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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第七章「ウィリアム・ベリルの××」
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-37


《  生きている価値の無い子  》


フライヤの言葉が頭を過ると、タカキはカッと目を見開いた。

心臓がバクバクと激しく鳴っている。

滝の様な汗が、額から流れ出た。


「……今のは、」


白昼夢のような現象に戸惑いを隠せない。

胸を押さえて、呼吸を整えていたその時。部屋の扉が開いた。

タカキは、慌てて振り返る。


「なんだ、その顔は」

「……いえ、何でもありません」


ウィリアムは、タカキのそんな反応を見て眉間に皺を寄せた。


「汚い顔だな」


呆れたような物言いに、タカキは胸を掴んだ。

まだ、心臓は五月蠅く鳴っている。


「今朝の話の続きを聞こう」

「……はい、暗号よりも先に、事件のことについてお聞きしたいことがあります。少しだけお時間をいただけますか」

「あぁ」


ウィリアムは頷きながら、タカキの側に寄る。

タカキは、ゆっくりウィリアムを見上げた。

美しいブロンドの髪に、碧眼の瞳。透き通るような白い肌には、傷一つ見当たらない。


タカキが顔を見ている事に気付いたウィリアムは、低い声で言った。


「何だ」

「いえ、何でもありません……この、資料にある此処の、ッグ!?」


タカキが説明しようとした瞬間に、首を掴まれ、机に叩きつけられた。

喉に親指が食い込み、呼吸が苦しくなる。

抵抗しようとしたタカキだが、すぐに指の力が緩んだので、咳き込むだけで終わった。


「ゲホッ、ゴホッ」

「そんな力で、よくあの学校に入れたものだ」


トンッと、ウィリアムの手がタカキの顔の横に置かれる。

タカキは見上げるように顔を傾けて、ウィリアムに視線を向けた。


「もしかして……貴方も、あの学校へ?」

「まさか。そんなことするわけないだろう。そもそも必要が無い」

「そうですね」


最新の情報も、最良の環境も全て整っていた。

ウィリアムは生まれながらにして、ギフテッドチャイルドなのだ。

それに比べれば、タカキは醜いアヒルの子のような扱いだった。


「首など簡単に折ってしまえそうだな」


抑揚の無い声でそう囁かれ、タカキはゴクリと息を飲み込んだ。

だが、ウィリアムにはそれ以上の感情は無かった。


「それで、質問とは何だ」


ウィリアムはタカキを見下ろしたままで尋ねた。

タカキは、ウィリアムの手に触れないように顔をずらしながら、身体を起こした。


「澤田さんに頼んで調べてもらいました。当時の技術の最高峰。あらゆるセキュリティーシステムを作ったフランスの研究者、ドミニク博士。彼が極秘でベリル財閥にあるものを作れと頼まれた。それが、ベリル財閥の屋敷の地下にある、あの部屋……ですよね」

「あの部屋のこと、お前も知っていたのか」

「以前、一度だけ知る機会があったので」

「よく殺されなかったものだな」

「命がけでは……ありました」


タカキはパソコンのキーボードを叩いて、あるページをみせた。


「この暗号ですが、不可解な点がいくつもあります。まず、これはパソコンに残されていたものではありませんよね?」

「あぁ、そうだ」

「どこにあったものなのですが?」

「ベリル財閥の持つ緑の石盤に書かれた暗号だ」

「と言うことは、この暗号が作られたのは、20年前では無いのですね」

「この石板が作られたのは、今からおよそ300年前。ベリル財閥の秘密が此処にある」


300年前のイギリス。

そこで何があったのかは、誰にもわからない。

ただ、代々ベリル財閥に受け継がれている石盤には何か大切なものが書かれているのは間違いなかった。


「これをパソコンに打ち込んだのは、貴方ですか」

「あぁ」

「どうやって……あの部屋は誰も行き来は許されていなかったはずです。貴方も例外では無かった」

「行き来は許されていないが、一度だけ、俺はあの部屋に入った事がある。その時に覚えた」

「覚えたって……っ! 256394桁のバラバラの英数字を全てですか?!」

「一度目に写せば、全て覚えられる。あの部屋を出てからすぐに書き写したから間違いはないはずだ」

「……凄い」

「当然のことだ」


人間では出来るはずのないことだ。

並外れた能力。

それは、まさに神が与えた超能力と言っても過言ではない。


「かつて、石に刻まれたこの暗号を解けたものは、ベリル財閥において、一人もいなかった。この俺でさえも、わからなかった」


ウィリアムは、優秀なベリル財閥の一族の中でも飛び抜けて才能を持っていた。

どの世界(ジャンル)においても、最良の結果を出す。

それがベリル財閥の現当主の力だった。


「貴方に解けないものが、俺に解けるはずがありません」

「そうか」

「貴方がこの暗号を解けと言った理由は、暗号を解読する為じゃないですよね」

「何が言いたい」

「この暗号と、盗まれた宝の件は全く別の案件です」


タカキはカチッとマウスを動かした。


「俺の母親は、生きている。それを、俺に教えるために、俺にこの暗号を解けと言ったのではないですか」

「生きていたのか」


白々しい言葉を吐いたウィリアムだったが、その眼は少しもゆらいでいなかった。


「20年前に盗まれた宝、犯人は女性。生死は不明。ここから探し当てた犯人の候補の中に、俺の母親だと思わしき人物の資料がありました。さらに詳しく調べてみましたが、母は行方不明者のリストに入れられていた。ベリル財閥が殺していたのなら、さっさと死亡者にしていたでしょう。行方不明にされたら、余計な詮索が入りかねない。それなのに、ベリル財閥は、母を行方不明者であることを容認した。いや、容認せざるおえなかった」

「何故、そう考える」

「母は、ベリル財閥の何らかの秘密を知ってしまった。もしくは、その秘密を持っている。だから、犯罪者として指名手配することも無ければ、死亡者として偽造することもしなかった。いつか、生かして捕らえる為に……」


あくまでも憶測だが、ウィリアムの反応から、これが間違いのない事実であろうことを、タカキは確信する。


「それで、彼女がどこにいるのかはつきとめたのか」

「何処にいるのかは、俺にもわかりません……」

「そうだろうな。この年になるまで、母親が生きていたことすら知らなかったようなお前だ。だが、俺には何の関係もない。時間を無駄にした。もう帰っていい」

「嫌です」

「なんだと」


予想外な反応にウィリアムは、タカキに向き直る。

タカキは立ち上がって、ウィリアムに手を伸ばした。ウィリアムは眉間に皺を寄せる。

だが、タカキの伸ばした手は振り払わなかった。


「やっぱり……熱があります」


額に手を当てたタカキがそう言い当てると、ウィリアムは一瞬、目を見開いた。


「さっき首に触れられた時、掌が前よりも熱かった。だから、もしかして、と思ったんです」


タカキの言葉を聞いて、ウィリアムはまた無表情に戻った。


「休んでください、あと俺に出来ることがあれば、手伝います」

「何のつもりだ」

「貴方こそ、何のつもりで俺に会いに来たんですか」

「答える義務は無い」

「なら、俺にもありません。まだ四日です。貴方と約束したのは、二週間でした。それまで、俺は此処にいます」


ハッキリ答えると、ウィリアムは腕を組んだ。

だが、見下すような視線を受けても、タカキは少しもひるまなかった。


「お前が俺に命令でもするつもりか」

「命令はしません。これは……お願いです」

「願う事が、許される立場だと?」

「俺は……貴方の敵じゃありません」

「――…!」

「貴方が治るまででも構いません、俺は毒も盛らないし、夜に襲ったりもしません」

「毒には耐性がある。それに、お前ごときに襲われたところで、殺すことなど容易い」

「仕事の邪魔はしません」

「何故、そこまで拘る。何を企んでいる」


怪しむウィリアムの目の前に立ったタカキは、真っ直ぐな目で答えた。


「何も企みなどありません。サポートがしたいだけです」

「俺に不完全なところがあるとでも?」

「いいえ、貴方は完璧です」

「なら、余計な心配など……」

「余計なことじゃありません。だって、貴方は人間だ。いくら完璧でも神にはなれない」


タカキのその一言を聞いて、ウィリアムの目が鋭く光った。

背後のオーラが、禍々しく揺れている。

ピリッと静電気のように張り詰めた空気がタカキの頬を刺した。


「本当に消されたいのか」


地を這うような低い声が響く。


「……」

「俺が、ただの人間だと、もう一度言ってみろ。その喉潰してやる」


タカキはその件に関して、それ以上は言わなかった。

だが、このまま引き下がるわけにはいかない。

ウィリアムは、人を殺しそうな目つきのまま、タカキを見つめていた。


「熱は、おそらく38度以上はあると思います」

「そのぐらい、自分でわかる」

「今日、他に仕事は……」

「無いから戻った」


お世辞にも明るく楽しい会話ではないけれど、そもそもにして、ウィリアムと会話をすること自体が、とても凄いことだった。

社交の場や、ビジネスでしか、基本ウィリアムは話さない。

それは、他の人間と話すことを全て無駄だと思っているからだ。


「食事は取りましたか」

「こっちに来ている間は、携帯用の食事で済ませている。そもそも食べなくても問題は無い」

「何か作ります」

「……お前が作ったものを口にしろと言うのか?」


今度こそ、怒りではなく、心底理解が出来ないという表情を浮かべたウィリアムは、呆れたように髪の毛をかきあげた。


「お前の方が、熱があるんじゃないのか」

「貴方が熱を出すなんて、よっぽどな事だとわかっています。口外はしません。外の二人にも余計なことは言わないと約束します」

「暗号も解けないお前を此処に残して、俺に何の得がある」

「無いかもしれません。でも、暗号の解読は続けます。それに、少なくとも、日本にいる間の身の回りの世話くらいでしたら、手伝えます」

「それを、する理由は何だ」

「……確かめたいんです。貴方が、どうして、俺を此処に呼んだのか……その真意が知りたい」

「俺が話さないと言ってもか?」

「勝手に見つけます」

「……小鼠が図太くなったものだ。勝手にしろ」


ウィリアムは諦めたように、首の骨を鳴らした。

そのまま踵を返す。ウィリアムはタカキの作業部屋を出て、リビングへと向かった。

タカキも後ろからその後を追う。


「すぐ、用意します」


ウィリアムと同じリビングのソファーには座らず、タカキは、まっすぐキッチンへ行く。

オープンキッチンなので、リビングから調理しているところが見えた。


「食べれない物はありますか?」

「無い」

「好きな味付けは?」

「口に入れば、全て同じだ」

「わかりました」


タカキは早々に調理を始める。

外のボディガードに買い物を頼んでいて正解だった。

手際良く調理して行くタカキの姿を、ウィリアムはただ見下ろす。


「完成した瞬間に、皿をひっくり返されるとは思っていないのか」

「無駄な労力は使わない方だと思っています」

「どうだか」

「投げつけられても、溢されても、何度でも作ります。貴方がその行為を無駄と思うまで」


タカキの言葉を聞いて、ウィリアムは皿を投げつける事は無駄だと悟った。

並べられていく食事を眺めながら、タカキを目で追う。

ウィリアムは大人しく、タカキの料理に口をつけた。


「俺が食べている間、ずっとそこで見ているつもりか」

「え?」

「そこで待っているのは、無駄だと言っているんだ。お前も食事をしろ」

「……貴方と、食事を?」

「さっさとしろ」

「はい……っ!」


タカキが想像以上に目を輝かせたので、ウィリアムは呆気にとられた。

目の前で、タカキが手を合わせる。


「いただきます」


そう言って、スープに口をつけた姿を傍から見ていると、まるで家族の食事のようだった。

普通の、家族の――。


ウィリアムは、黙々と食事をした。

目の前の皿にある食べ物を全て平らげていく。

タカキは、ウィリアムがこんなに食べることを知らなかった。

ポカンとしていると、ウィリアムがギロリと目を光らせてくる。


「何だ。さっさと食べろ」

「いえ、胃腸の調子は悪くないようで安心しました」

「出されたものは、全て食べる。中国以外ではな」

「中国では、際限がありませんから。でも無理はしないでください」

「無理などしたことがない」


それが本当のことなのか、どうかはタカキにはわからなかった。

だが、全てを食べ終えたウィリアムが、タカキに顎だけで合図をする。


「寝るぞ」

「はい。あ、でも片付けが」

「明日、アイツらにやらせておけ。俺を待たせるつもりか」

「いえ、もう休みます。今日は暖かくして寝ましょう」


タカキは、そう言って、ウィリアムと共に寝室まで来た。

そして、ベッドの中へと入り、自然と目を瞑る。

いつもなら、音も立てずにこのまま眠るところだが、今日は違った。


「……」


タカキは、ベッドを抜けて、ウィリアムに近づいた。

目は瞑っているけれど、まだ眠ってはいない。

静かに、ベッドの横に膝立ちになったタカキは、ウィリアムの頭を優しく撫でた。

すると、ゆっくりとウィリアムの瞼が開く。

そのまま、透き通るような青い目がタカキの眼を見つめた。


「また、朝まで寝ないつもりか」

「何のことですか」

「大昔に、似たようなことがあった」

「…覚えておりません」

「そうか」

「はい」


だから、眠って下さい。


タカキがそう思いを込めて、もう一度、ウィリアムの髪を撫でると、その想いが伝わったのか、ウィリアムは目を閉じた。

だが、タカキが安堵したその瞬間。

自分の身体が、ふわりと宙に浮く。


「……っ!」

「いいか。これは、命令だ」

「あの、」

「眠れ」


抱きこまれるように、布団の中へと引きずり込まれた。

あまりの出来事に頭がついていかず、為すがままにされる。

タカキの首の下には、ウィリアムの腕があり、腰にも、しっかりと腕が回っていた。

今までの人生で、ここまでウィリアムに近づいたことはない。

タカキは、呼吸すらも止めようと思ったのに、何もうまくいかない。


「オイ、心臓が五月蠅い」

「申し訳ありません……」

「目を瞑れ」

「はい、」

「そのまま聞け。明後日、外へ出る。ビジネスの交渉だ。お前もついてこい」

「俺も、いいのですか……?」

「構わない。だが、念のため、変装をしろ」

「どのように?」

「無難に、女にでも化けてみろ。必要な物があれば、明日そろえる」

「明日の貴方の予定は?」

「一日中外にいる。明日はついてくるな」

「帰ってきたら、すぐに休めるように支度をしておきます」

「このくらい、何の問題もない」

「身体が動くかどうかの問題ではありません」


タカキは手を伸ばして、ウィリアムの額に手を当てた。

まだ額は熱い。

そのまま、前髪をすいた。


「先ほどの話ですが、明後日のドレスは、カジュアルですか、パーティーですか」

「イブニングドレスはこちらで用意する。だがパーティではない。個人的なビジネスの場だ」

「わかりました」

「ドレスは赤だ」

「赤いドレスの女は、縁起が悪いです」

「知っている」

「裏切られるのは、俺ですか? それとも……」


眼を瞑ったままで話していると、ふと耳にウィリアムの唇が寄せられる。

そのまま、耳元で囁かれた。


「裏切りは、自由だ」


まるで、愛の言葉を吐くように。

ウィリアムは、そんな残酷な言葉を吐いた。

タカキは、その腕の中で、静かに頷いた。

その言葉が何を意味しているのかは、わからない。

だけど、ウィリアムの声からして、いい未来が待っているとは思えなかった。


それでも――……。


「明日には、熱が下がっているといいですね」

「明日は無理だ」

「貴方の口から、無理だと聞くと、何故か安心します」

「今日は、よく喋るな」


ウィリアムの言葉を聞いて、タカキは小さな声で反論した。



「貴方の方こそ」



その後は、二人とも一言も発することはなかった。

気付けば、空が明るくなっていた。

ウィリアムが眠れていたのかはわからない。

少なくとも、タカキの意識は眠ってはいなかった。

なのに。

どうしてか、身体は辛くない。


タカキは、何事もなかったかのように、目を開けた。

そして、隣でゆっくりと瞼を開けたウィリアムに向かって、初めて、言った。




「おはよう、ございます……」






それが、タカキにとって、ウィリアムに対する初めての朝の挨拶だった。







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