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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第七章「ウィリアム・ベリルの××」
47/52

‐35



「俺は外へ行く。何かあれば、この番号にかけろ。いいな」

「はい」


ウィリアムは起きて早々に部屋を出た。

分刻みでスケジュールをこなすウィリアムにとって、無駄な時間など少しもない。

ウィリアムが出て行ったのを確認した後、タカキはすぐにシャワーを浴びた。

頭を整理したかったからだ。

その後、部屋に戻って、パソコンと向き合う。

時間は、いくらあっても足りなかった。


「まずは、記録を読んで、そこから残った選択肢で調べていくしかないか」


ウィリアムに貰った、膨大な資料を片っ端から読んでいく。

その調書を読みながら、タカキは、自分の置かれた状況に違和感を感じていた。

監視という割には、この部屋には盗聴器も監視カメラも仕掛けられている様子はない。

ウィリアム自身の身を案じて、つけなかったとしても、見張りの一人もつけずにいるのは、妙に落ち着かなかった。


さらに疑問なのは、何故タカキに依頼をしたのか、と言う事だ。

タカキは今まで相手にされていなかった存在。どこで野垂死にしていても、構わないと放って置かれた人間だった。

それなのに、どうして今更タカキに暗号を解けなどと言ったのか。


「……可能性は五分五分だな」


当のウィリアム自身の態度も引っかかっている。

以前は、タカキのことを人だと思っていなかったはずなのに、今は人として扱っている。人権を尊重されているということが、奇跡のようなことだった。


遠い記憶が蘇る。

夜、眠る時、タカキに与えられたのは、薄い布一枚。それも、部屋の中に置いてあったもので、タカキの為に渡されたものではなかった。

幼い頃は、真っ暗な部屋で月明かりを頼りに、本を読んだ。何冊も、何冊も。

年齢は理由にはならず、毎日膨大な量を覚えさせられた。マナー、知識、武術。

出来なければ、容赦なく振るわれる暴力と罵声に耐えながら生きた。


『この子は、万が一の時の為に生かしているだけだ。使えないようなら、いつ消えてしまっても構わない。徹底的にやりなさい』


それが、タカキの祖母、フライヤの命令だった。

誰も、彼女には逆らえない。

そんなタカキを、当時のウィリアムはまるで汚いものを見るかのような眼で見ていた。

タカキは、奴隷と同じような存在。

当主として育てられていたウィリアムとは、住む世界が違っていたのだ。


だからこそ、今のこの状況が不思議でならない。

ウィリアムと同じ部屋で、しかも、ベッドの上で寝かせてもらえるなんて、タカキには理解できないことだった。


「英数字、256394桁。数字の方が圧倒的に割合を占めているな。英数字を組み合わせても特別な言葉にはならない。エニグマ式の暗号か……いや、だとしたらとっくに解読されているはず。ヒントになりそうなのは、ウィリアムの言っていた言葉。これは、ベリル財閥から、20年前にある宝を盗んだとされている犯人の唯一の手がかり。俺が生まれた頃に起きた事件……。盗まれた宝を追い続けているということは、相当な宝だったんだろう。それほどまでの事件が、世間に知られてないものと考えると、言えない理由があるのか」


ブツブツと独り言を言いながら、タカキは、パソコンであらゆるタイプの可能性を探した。


「犯人の資料についても、謎が多い。まず、誰だか本名すらわかっていない。わかっているのは、犯人は女だと言うことだけ。姿形も不明」


これで、よく犯人だと言ったものだ。

国際警察も諜報機関もお手上げだろう。


「ベリル財閥に忍び込むのだから、おそらく念入りな計画がなされていただろう。と、考えると、およそ数か月はロンドンに住んでいた可能性が高い。他国から侵入して、すぐさま逃げたとしても、殆どの経路は断たれていたはず。そうなると、潜伏して頃合いを見計らって国から出たことになる。それか、死亡事故を偽装したか……どちらにせよ、裏ルートは、ベリル財閥の管理下にある。ロンドンから逃げ出すのなら、事故に巻き込まれたかのようにして逃げるのが、ある意味の正攻法だ」


ベリル財閥が草の根わけても捕まえられなかった女性だ。

おそらく、生きている「証拠」も掴めていないのだろう。

死亡届が出されているか、拉致事件の被害者になっているか。

はたまた、事故に巻き込まれたか、国外へ逃亡しているリストの人物と入れ替わったか。


「この暗号が作れるくらいだから、犯人は相当な能力の持ち主だ。当時から、ベリル財閥のセキュリティーは世界最強だと言われていたはず。そのベリル財閥から、宝を奪ったのだから、犯人はただの泥棒ではない。巨大組織の可能性もあるが、そっちの方が返って見つかりやすいだろう。大人数では必ずボロがでる。それを、ベリル財閥が見逃すはずがない。だとすれば、犯人は単独、もしくは複数名の犯行だと考えられる。問題は、これが紙ではなくデータで残されていたということだ。データが送られてきていたならば、おそらくどこの地域のどのパソコンから発信されたものなのか、すでに特定されているだろう。だが、少なくとも、その資料はここにはない。という事は、この暗号は送られてきたものではなく、残されていたものだと考えるのが、普通だ。つまり、犯人の女性は、ベリル財閥の屋敷、もしくは会社に忍び込み、宝を奪い、パソコンにこのデータを残し、逃げたということになる」


タカキは、高速でペンを回した。

どう考えても、無理だ。


「そんな女性がいるとしたら、人間離れし過ぎている」


だが、現実に存在しているのだから、否定のしようがない。

少なくとも、この女性の手がかりを見つけることがタカキに与えられた任務である。

そして任務ができなかったものが、どのような末路を辿るか、タカキはよく知っていた。


「少しでも情報が欲しい……」


そう呟いた、その時、タカキの部屋に置いてあった携帯が鳴った。

タカキの携帯の電源は昨日切ったはず。

そう思って近寄ると、そこには見たことも無い携帯が一台置いてあった。

タカキは、迷いつつも、その電話に出た。


「ハイ」

『よぉ、タカキ! 元気か!』

「……澤田さん?」

『おう! 悪いな! ビックリしただろう』


今回のことに澤田さんが噛んでいるのは理解していた。

澤田さんとウィリアムが繋がっていたことには驚いたが、NASAの研究所には、ベリル財閥の関係者たちも、大勢いる。

ロケットの開発に融資もしていた。

何かしらで、関係が出来たとしても、おかしくはない話だった。


「驚いたけど、大丈夫だよ」

『本当か?』

「どうして、澤田さんが心配してるの?」

『いや~、頼まれたとは言え、お前を騙す真似しちまったからさ。罪悪感で、ちょっとな~。あ、でも改築は本当だぜ! 今、建て直してる』

「そうなんだ」

『おうよ! そんでもって、今、どんな様子なんだよ』

「部屋に引きこもって、パソコンと睨めっこしてるところ。澤田さんとそんなに変わらないよ」

『いいねぇ! ついにタカキも萌えに目覚めたかーっと言いたいところだが、そんな話じゃねぇ! 仕事の内容についてだよ!』

「ごめん、詳しくは話せない」

『話せなくていい。何か、協力できることはあるか? ちなみに、そっちのウィリアム氏には、許可は貰ってるぜ? でないと、携帯なんて、鳴らせないだろう』

「それも、そうだね。許可貰ってるなら、話は早いな。19××年から19××年の間、イギリスのロンドンで、条件に合う女性を探してほしい。イギリスでの滞在期間が半年以上。その中から死亡届、行方不明者リストの中から、孤児、または両親が不明な人物で、かつ性別は女性の人を洗い出せる? 国籍、年齢関係なく」

『えらく具体的だな』

「これでも、おそらく結構いると思うんだけど、後はこっちで絞り込むから、今わかる範囲での情報が欲しい。できれば、国外に逃げたとか、攫われた拉致被害者の情報も含めてもらいたい。不法滞在者リストも女性のだけ調べられる?」

『任せとけって! 明日には、調べ切ってやるよ!』

「ありがとう、澤田さん」

『……お前、この状況でも、まだ俺に礼なんて言えるのか』


急に、澤田さんが真剣な声を出したので、タカキは、素直に答えた。


「澤田さんは、俺が嫌いで、こういうことをしたの?」

『……』

「多分、他に理由があるんだと思う」

『けど、そんなんわかんねーじゃん』

「うん。分からない。だから、怒らないんじゃない。怒れないんだ。まだ、何もわからないから」

『……はぁ、これだから天然ってやつは、困る』

「協力してくれて助かるよ。これは、本当。だから、ありがとうは間違っていないよ」

『はいはい、わかりましたよ! あんまり御礼言うなっつーの! マジで、困るわ、こんなもん。ったく、調べつくしてやるから、そこで待ってろよ。おじさんのハイパーテクニック披露してやるかんな!』


そう言って、澤田さんは通話を切った。

タカキは、苦笑しながら、携帯の画面を眺める。

どんな理由があってタカキを騙すような真似をしたのかはわからないが、きっと悪い意味ではなかったんだろう、と今の会話をしてみて、タカキは感じた。


「作業に戻るか、」


暗号解読から、二日目。

成果は、殆ど得られなかったが、タカキは、これまでにないくらい集中していた。





その夜。


「何か、成果は」

「今日はありません」

「寝るぞ」

「はい」


帰ってきて早々に聞かれ、タカキは首を横に振る。

タカキに対して期待していなかったのか、ウィリアムの態度は変わらなかった。

気付けば、時刻は日付を跨ごうとしている。

タカキは言われた通りに、ベッドへと向かった。

今日は、流石に迷うことはなかった。

真っ直ぐに、昨日と同じベッドへと向かう。

同じように目を瞑り、少しも動かずに寝た。


今日は、殆どウィリアムと会話をしなかった。

ウィリアムは、元々、よく話すタイプの人間ではない。

それこそ、昨日が特別だったのだ。


タカキは、僅かに顔を横に動かした。

音を立てないように、そっと。

すると、ウィリアムの寝顔が視界に映る。


「……――」


まるで死んでいるかのように、ウィリアムは動かなかった。

綺麗に整った横顔が、月の光に照らされて、凛と輝いている。

この人が、自分の兄だとは、今でも信じられなかった。

時計の秒針のように心臓の音が鳴る。

タカキは、顔の位置を元に戻して、ゆっくりと瞼を閉じた。





暗号解読生活を始めて、三日目。


ウィリアムの瞼が開いたと同時に自分も瞼を開ける。

おはようの、一言も交わさずに二人は早々に行動した。


「昨日、澤田さんと連絡を取りました。今日、彼から連絡がきます」

「暗号解読に必要な事なら、構わない」

「二、三点お聞きしたいことが、」

「帰ってからにしろ」

「はい」


タカキは、素直に引き下がった。

ウィリアムは、早々に部屋から出ていき、再びタカキは部屋で1人になった。


「金でもない、珍しさでもない。ベリル財閥はそんな物に固執しない。するとしたら、どうしても譲れないモノだけだ。それだけは、ベリル財閥は絶対に手放さない」


タカキは、資料を動画のように流しながら見た。


「……何故、犯人が少なくとも女性であることがわかったんだ。犯人の像はわかっていないのに。監視カメラに映っていたわけでもない。それでも女性だとわかった理由……女性でないと盗めない条件のもとに宝があったのか」


ベリル財閥に深く関係している「女性」でないといけない理由。そこに全てが隠されている気がした。


「一体……どんな秘密があるんだ」


タカキの顔が曇ったその時。

携帯が昨日と同じように鳴った。


「はい、」

『よぉ、タカキ! 調べられたぜ』

「もう? まだ、朝の7時なのに」

『アレから急いで調べたからなぁ〜〜、まぁ、俺にかかればこんなものよ。お前のパソコンのアドレス教えて』

「i923jft2655nhw.pcr.com」

『オッケー! 送った』

「ありがとう、あの広いロンドンで5430名か。思っていたより、少ないな」

『不法滞在者、拉致被害者、国外逃亡者、死亡者、行方不明者。まぁ、こんなところだろ』

「ありがとう、助かった」

『他に気になることは? いくらでも付き合うぜ』

「20年前のセキュリティシステムについてなんだけど、性別感知のセキュリティのシステムってあったりする? もしくは、血やDNAによる感知システム」

『20年前には、どっちもあったぜ。当時では割と高度な技術だったが、金を積めば手に入る』

「それを作った人の情報が欲しい」

『あいよ、任された!』


澤田さんと電話を切って、タカキは貰った資料に次々と目を通して行く。


そして、その中の一つの情報を見て、タカキは体が凍りついた。

写真も名前も正式な資料は残されていなかったが、その特徴から、タカキはたった1人の女性を思い浮かべる。







“薄茶色の髪の日本人”




「……母さん」








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