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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第六.五章「番外編」
42/52

‐203号室の住人……の息子(仮)



俺の名前は、ネコタ。26歳。

職業 秘書。


15年前に、203号室の住人「キョウカ」に拾われた。


出逢いは、最悪だった。

俺が、孤児院の裏の路地で従業員の女に、ずっと傘で殴られ続けていたところを発見されたのだから。

良く聞く話だから、別に珍しいことではないが、孤児院での虐待は当たり前と化していた。


15年前、俺は11歳だった。

まだ、ガキだったが、それでも大人と同じくらい冷静に物事を見ていたと思う。

虐待していた女の顔は、少しも幸せそうではなかった。

そのことを今でも鮮明に覚えている。


「ねぇ、子どもに何してるの?」

「……アンタ、誰よ」

「私? 私は、キョウカよ」


何が起きたのか、一瞬わからなかった。

気付けば、従業員の女は倒れていた。

俺は、その後、病院に運ばれ、意識を失った。

キョウカが、酷く悲しそうな顔で、俺を抱きしめていたのだけは、覚えている。

だけど、起きたらその温もりは消えていた。


結局、虐待されていた女は、キョウカの通報によって辞めさせられ、孤児院には新しい「マザー」が来た。

今度は、口うるさいが暴力こそ振るわない、普通の人だった。

それに安堵していたのも、つかの間。

キョウカは、再び俺の目の前に現れた。


窓の淵に腰掛ける、不法侵入者の姿を見て、俺は呆れた溜息を吐いた。


「なんだよ」

「はは、驚かないんだ~?」

「驚いて欲しかったのか?」

「うん。ちょっとだけね。あのさ~ぁ、君、強いよね」

「別に」

「でも、傘くらい避けれたでしょ? なんで避けなかったの? どうして逃げなかったの?」

「逃げても意味がなかったからだ。俺の家は、今ここ以外にはどこにもない。家に帰っても逃げ場がないんじゃ、どこに逃げりゃいいんだよ」

「なるほど〜〜あの人のこと、恨んでる?」

「一人を恨めれば楽だが、この問題は、あの女だけの問題じゃない。それに恨む人数を増やせば、余計に体力を消耗する」

「合理的じゃないってことかぁ。しっかりした考え方だな〜〜」

「言いたいことは、それだけか?」

「あのさ、君、勉強する気ある~?」

「は?」

「私、会社作るんだ~、だから、君みたいに冷静で優秀な秘書が欲しいのよ。あと10年ぐらいしたら、また声かけに来てもいい?」


へらへらとした顔で、そんなことを言いのけたキョウカを見て、当時は、珍しく口を開けて驚いたのを覚えている。

もう何年も、こんな風に、驚かされたことなんてなかった。

俺の顔が無表情から変わったのが嬉しかったのか、キョウカはキャッキャッと笑った。


「それって、10年後じゃなきゃダメな話か?」

「ん~?」

「アンタ、俺の里親になる気はないか。そしたら、今からアンタの秘書になってやる」


俺がそう言って、キョウカの右手を掴むと、あまりにもおかしそうに、アイツは笑った。


「あははははは、君、すっごいなぁ、やっぱり、超優秀~~っ」

「どうなんだよ、オイ」

「はは、いいけど~、いや? ダメだよねぇ~、こんな小学生を働かせらんないもん~」

「別に、ばれなきゃいいだろ」

「ははは、肝っ玉座ってるねぇ~~、そういう子、好きだよ」


そう言って、キョウカは、俺の屈むと、俺を思い切り抱きしめた。


「私みたいなのが、母親なんて笑えるよねぇ~」

「別にいいだろ。仮だ、仮」

「マジかぁ~、仮ならいいかなぁ? 君、うちの子にして、怒られない?」

「怒る親なんて、どこにもいない」

「そっかぁ、ふふ、じゃあ、うちにおいで。ねこたん」

「おう……ねこたん?」

「病院に運ばれた時に名前見たの~。ネコタくんって言うんでしょ~? だからぁ、ねこたんっ!」

「絶対にヤメロ、二度と呼ぶんじゃねぇ」

「え~~~、可愛いのに。じゃあ、手続き済ませちゃおうか!ごはん苦手だから、好きなもの食べにいこう!あ、お風呂洗いは、得意だよ~」


その後、キョウカは、本当に俺を引き取った。

何だか、色々な手続きをしていたが、子どもの俺にはよくわからなかった。

キョウカは、意外と金を持っていて、生活に不自由はしなかった。


高校生になった俺は、毎日のように、職員室に呼び出されたいた。

それは、進路の話でだ。決して、目つきの悪さや、素行が悪かったからじゃない。

それなりに勉強したお陰で、割と成績はよかった。

だけど、大学に行く気はさらさらなかった。


「ねこたん~、大学も出なね~ぇ」

「別に勉強さえできりゃあ、出なくてもいいだろ」

「ダメだよ~、もし転職することになったら、学歴は必要だもの~」

「アンタの下以外で働くつもりはねーよ」

「ダメだよ~、いつ私が死んじゃうか、わからないでしょ~」

「縁起が悪いこと言ってんじゃねーよ。アンタみたいな奴は、俺の親と違って、ぽっくり死なねーだろ」

「ねこたんの、パパとママね。一度会ってみたかったなぁ」

「とんでもないお人好しだった覚えしかねーな」

「だから、しっかりもののねこたんが生まれたのかもね」

「さぁな」

「だから、お願い~、大学は行こう?」

「……」

「私もちゃんと、朝ごはん食べるようにするから~」

「なんで、それが等価条件になってんだよ」

「ちゃんと、寝る時も、パジャマ着るからぁ~」

「……はぁ、ついでに、無理な仕事はしねぇって約束しろ」

「してないよ~」

「じゃあ、大学行かね」

「嘘嘘~、わかった~ぁ、ねこたんに心配かけるような、お仕事は絶対に受けません~約束、はい、ゆびきりぃ~」

「……絶対だからな」

「ん、やくそく」


そんな約束をしたせいで、俺は大学四年間は、しっかりと学んだ。

勉強は嫌いじゃないし、ゼミも案外楽しかった。

生活の基本は、キョウカの秘書として動いていたが、キョウカも俺が大学に行ったのがよほど嬉しかったのか、毎日のように大学の話を聞いてきた。


そして、俺が大学3年生になったある日。


キョウカが初めて俺に『自分』のことを話した。

信じがたい話だったが、キョウカは嘘をつかない。

だからこそ、俺は、その言葉を信じた。

信じた上で、アイツに言った。


「バッカじゃねーの」

「ねこたん……」

「俺は、お前の何なんだ、言ってみろ」

「……」


珍しく、口を噤んだキョウカの頬を両手でバチンと押さえた。


「いひゃい……」

「痛いなら、泣けよ、この大馬鹿野郎」


俺がそう言うと、キョウカはボロッと大粒の涙を溢した。

この十年間、コイツが泣いたところなんて、見たことがなかった。

当たり前だ。

泣けなかったんだから。

それを今まで話さなかったキョウカにも腹が立つし、今まで、無理矢理にでも問い質さなかった自分にも苛立った。


「俺は、アンタの息子だろう? 秘書だろう? 大事な家族だろう? ……支え合うのが大事って、俺に教えたのは、アンタじゃねーか。何、自分は迷惑をかけれませんって、顔で、へらへら生きてんだよ、ふざけんな」

「でも、仮だって」

「でも、じゃねーよ。何年前のこと持ち出してきてんだ。それとも何か。俺を息子とは思えないのかよ」

「そんなことない……けど、私が、ねこたんの母親って言える資格は、」

「母親に資格なんていらねーだろ。アンタが、俺を息子と思うのなら、俺はあんたの息子だ」

「ねこた、ん」

「俺は、アンタが母親になってくれて、嬉しかった」

「――!!」


ボロボロと、キョウカが泣いた。

そのことに、どこかホッとする。

今まで、踏み越えることができなかった壁を越えれた気がした。


「アンタが、俺の両親を知っていようが、関係ない。アンタは、俺の母親なんだ。俺に二度も母親を失えって言うのか」

「ううー……っ」

「アンタは一人じゃない。俺を頼れ。仕事では秘書として、プライベートでは、家族として、アンタを支えてやる。今まで、アンタが俺に、してきてくれたこと……少しぐらい、俺にもさせてくれたっていいだろう」

「何もしてない、ねこたんが、いたから、毎日、凄くしあわせで」

「……あぁ、知ってるよ。アンタが、ずっと、俺の苗字しか呼ばなかったこと、ずっと不思議に思っていた。最初は、俺のこと、子どもだと思っていないから当たり前だと思っていたけど、まさか、そんな理由を抱えていたとはな」

「……ねこたん、」

「ネコタだ、苗字は構わねーけど、ネコたんって呼ぶな」

「わぁぁぁぁ……ねこたーん、」

「ったく、アンタって人は、」

「ネコたん、ネコたん、ありがとう」

「おう。俺も、話してくれてありがとうな……」


初めて、自分からキョウカを抱きしめた。

あの時は、大きいと思っていたキョウカが、こんなに小さい身体をしていたと知って、驚いた。

見て見ぬフリは、もうやめだ。

こうなったら、とことん、関わってやる。


「オイ、卒業したら、今の会社、本格的に動かすからな」

「今でも、ねこたんのお陰で、動いてるよ~?」

「今後の目的が変わった。最初は秘書になって、アンタの会社を支えることが目的だったけど、今は、秘書になって、アンタがもっと幸せになるように、支えるっつー役目ができた。そうなったら、今のままじゃ、ダメだろ」

「……ネコたんって、ほんと凄いなぁ……お人好しなのは、ご両親似なんだね」

「頑固なのは、アンタに似たんだよ」

「はは、そっか~、嬉しいな。私似だ」


それから、五年が過ぎた今も、俺はキョウカの傍にいる。


今は、アパートに暮らしているキョウカだが、しょっちゅうこの家に戻ってきている。

仕事中は、常に一緒だし、正直、大学に通っていた時と、そんなに会っている時間は変わらなかった。


「ボス、今日は、西野区に行くぞ」

「了解」

「商談が成立したら、今夜は好きなもの食べさせてやるよ」

「やったぁ~、じゃあ、焼肉ねぇ」

「戻ってんぞ、ボス」

「はーい、頑張ります」


親バカ、子バカだと言われるかもしれないが。

俺たちは、これでいて


結構、上手くやっているのだ。




END





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