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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第一章「ミネラル戦士 ミネラル・ライト」
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-3


「……朝、」


タカキが、起き上がろうとした、その時。

指に、不思議な違和感を感じた。


「あ、……本当だ」


指には、キラリと光る指輪が嵌められていた。

ライトの言っていた通りだ。

右手の薬指にピッタリのサイズなソレは、黄色と薄桃色の混ざった宝石が埋め込まれている。

タカキは、普段アクセサリーをつけない。

指輪も、腕輪も、ネックレスも、一つも持っていなかった。


「少し……重さがある」


そうタカキが感じたのは、慣れていなかったからだろう。

タカキは、指輪に挨拶をした。


「おはよう」


何も反応は起こらなかったけれど、タカキは満足した。

腕を伸ばして、今度こそ布団から起き上がる。


カレンダーに描いてあった花丸のマークが目に映ると、タカキは指を鳴らした。


そう。今日は、月に一度のお弁当の日なのだ。


タカキは、冷蔵庫から鍋を取り出して、火にかけた。

コトコトと、スープが煮込まれていく。

その間に、おにぎりも握った。

紫蘇と胡麻と甘辛く味をつけた魚の身を解して混ぜ合わせる。

さらに、もう一種類。

ちりめんじゃこをオリーブオイルと鷹の爪とニンニクで味をつけたものを中に詰めた。

卵焼きは、少し甘めに作る。


タカキは、シンプルなタッパーを五つ用意した。

そこに、おにぎり二種と卵焼き。

作り置きしておいた、空豆と人参のヒジキと蓮根と生姜のつくね。

下の階のご夫妻から、お裾分けして貰ったプチトマトを詰め込んでいく。

あっという間に、見事な手作り弁当の、出来上がりだ。


保温ができる水筒を二つ用意し、その中にスープを注ぎ込む。

そして、最後に、この家には、あまり似合わないピンクのマグカップにスープを注いだ。


「いってきます」


写真に手をあわせたタカキは、その弁当を紙袋に入れ、スープを持って家を出た。

そして、隣の203号室の窓をノックする。


「はーぁい、あ、タカキだ、おはよぉ~ちゃん」

「キョウカさん、おはよう。ご飯作った」

「キャーっ、お弁当だ! お弁当っ! 超嬉しい!!」


キョウカさんは飛び跳ねて、タカキから、お弁当を受け取った。

隣の部屋なのに、わざわざ、このお弁当仕様でキョウカさんに渡すのには、理由がある。

キョウカさんは、生まれて一度も、手作りの弁当を食べたことがなかったのだ。

初めて、タカキが作って持ってきた時には、ボロボロと涙を溢しながら完食した。

それを見て以来、タカキは、お弁当を作る時には、必ずキョウカさんにも同じお弁当を作っている。

キョウカさんは、お弁当を抱きしめながらニコニコと笑っていた。


「あぁ~ん、今からお昼が楽しみ!」

「こっちは、スープ」

「わぁ、ありがとう~! こっちは、朝ごはんに貰っていい?」

「そう言うかなって思った」

「ふふっ、嬉しい」


キョウカさんは、普段の色っぽい笑い方ではなく、本当に幸せそうに笑った。

その顔を見て、タカキも笑い返す。

ニコニコとした、癒し空間が生まれた。


「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい! ありがとう!」


上機嫌のキョウカさんに見送られ、タカキは次の目的地を目指した。




◇◇◇




「また、お前か」


タカキの顔を見るなり、コーブツは呆れた顔で溜息を吐いた。


「弁当とスープ」

「……」

「瞳さんの分も」


瞳さんと言うのは、コーブツの母親の名前だ。

お弁当二つと、保温水筒に入ったスープを持ったタカキが、それをコーブツに向かって差し出す。

コーブツは、タカキの持ってきた弁当を見ながら、腕を組んだ。


「スープの温度は」

「やや、熱め」

「卵焼きは」

「甘め」

「ご飯は」

「味付き」

「それ置いて、さっさと帰れ」


それは「食べるから、そこに置いておけ」という意味だった。

タカキは、机の上にそれを置いて、素直に立ち去ろうとした。

その時。


「オイ、タカキ」

「なに」

「これ、片していけ」


コーブツは、タカキに来いと手招きをした。

素直にタカキが近づくと、そのまま、口の中に何かが押し込まれる。

小さくて甘いソレは、懐かしい味がした。


「……金平糖?」

「二度と俺の鉱物と間違えんな。次は、殺す」

「わかった」

「さっさと行け」

「コーブツ、」

「あぁ?」

「ありがとう」

「シネ」


結局、いつも通りのコーブツだった。




◇◇◇




大学に着いてすぐに二限目の授業が始まった。

この授業は、珍しくタカキ一人で受けている。

ナイトも、他の友人たちも、誰も受けていない。

変わり者の教授の授業なので、皆受けるのを嫌がったのだ。


曲者ということで有名なやな教授。

だが、タカキは、この授業を結構気に入っていた。



二限目の授業を受け終わり廊下に出ると、ナイトが壁に寄りかかりながら、タカキを待っていた。


「タカキ」

「ナイト、顔近い」

「今日は、弁当なんだね」

「うん」

「ってことは、もしかして今日も、彼奴の家行ったの?」

「誰? キョウカさん? コーブツ?」

「両方だよ!」

「行った」


タカキの返答に、ナイトは頭を抑えた。


「百歩譲って、いつも菓子パンくれる相手に御礼の代わりに作るのはわかるけど、なんで彼奴にも作るんだよ! 何もやってないだろ?! むしろ、迷惑しかかけてこない!」

「コーブツにもコーブツのお母さんにもお世話になってるよ。仕事とか紹介して貰うし」

「は?! じゃあ、もしかして、タカキがやってた、あの意味のわからないバイトとかって、まさか……」

「意味のわからない?」


タカキが首をかしげると、ナイトは一つずつ指を折りながら言っていった。


「どこの世界に、国の情報機密処理の仕事がアルバイトである? それだけじゃない。鉱山まで鉱物を掘りに行かされたり、忍者村の忍者やらされたり、映画のスタントマンになったり、政治家のボディガードもしてたことあったよな」

「短期間だけね」

「普通の大学生なら、イタリアンでバイトとか、家庭教師とかするだろう」

「普通のバイトだよ。数が少ないから珍しく思うだけ」


ナイトは眉間に皺を寄せながら、タカキの肩を叩いた。


「危険なバイトとかは、請け負うなよ。心配だから」

「わかった」

「本当にわかってるのか? タカキはすぐに色々なことに首を突っ込むからしんぱ……ッ?!」

「ナイト?」

「な、は、そっ、な!」

「何、は? それ、なんだよ、であってる?」

「指輪?!」


ナイトは、タカキの手を掴んで持ち上げた。

右手の薬指には、指輪が嵌められている。

しかも、ナイトは本物の宝石を見慣れているので、タカキの指輪が相当な価値のものであることを瞬時に見抜いてしまった。


「……これ、どうした」

「あ、貰った」

「貰った?! 誰に!」

「えっと、」


タカキは、一瞬悩んだ末に、答えを濁した。


「知り合いに、」

「ただの知り合いがこんな高級な指輪渡すのか? しかもこの指に、」

「自分の体の一部みたいなものなんだって」

「体の一部!? そいつ誰? どこの知り合い? 俺も知ってる?」

「知らない」

「いつ知り合った人?」

「最近、知り合った人だから」

「最近知り合った人間から、こんな指輪受け取っちゃったのかよ……それで、よく今まで、生きてこれたな」


ナイトは、苦々しい目で指輪を睨んだ。

こうして、あからさまな嫉妬の目をすることは、珍しいことではなかった。

タカキが絡むと、ナイトはメンドクサイ彼女のようになってしまうのだ。


「確認するけど、恋人じゃないんだな?」

「うん」

「なら近々、返したほうがいい。向こうに、期待を持たせる方がダメだろ」

「期待……」


ナイトの言っている意味はわかった。

だけど、タカキは首を横に振った。


「大丈夫」

「それは、どんな意味での大丈夫」

「恋人とか期待するって意味の指輪じゃないから」

「なら、どうして、」

「お土産」

「は?」

「遠いところのお土産……この指にぴったりだから、つけてるだけ」

「これ、お土産ってレベルか?」


ナイトは納得のいかない顔をしていたが、これ以上はタカキも譲らないと思ったので、仕方なく折れることにした。


「ヤバい相手だったら絶対に言えよ? 後になってからでもいいから」

「わかった」

「差し出されたからって、むやみやたらと口の中に入れないこと。お土産と言えど、今回みたいな高価な指輪とかは、簡単に受け取らないこと。変な書類に名前とかも書くなよ」

「はい」


素直に返事をすると、ナイトはやれやれと溜息を吐いた。


「あと、ちなみに聞くけど、俺がお土産に指輪とか買ってきたら、つけるの?」

「……」

「アクセサリー苦手だもんな。わかった。いいよ、俺は、美味しい各地のスイーツでも買ってくるから安心しろ。理由があって、その指輪つけてるんだろう?」

「……」


タカキが頷くと、ナイトはやっぱりな、と言う顔をしながら、苦笑した。


「タカキは、危なっかしいからな。心配なんだ。うるさく言って、ごめん」

「心配かけて、ごめん」

「お前まで謝るなよ。さて、俺は、昼飯でも食べに行こうかな」


そう言って、タカキの横を通り過ぎようとしたナイトの肩を掴む。


「どうした?」

「一緒に弁当……」

「え、弁当分けてくれるの?!」

「違う、ナイトの分」

「へ?」

「前、コーブツ達に作った時、俺だって食べたことないのにって怒ってたから、あったら食べるのかと思って」

「嘘、嘘、本当に? 本当に俺のお弁当なの? タカキが俺に作ったお弁当?」

「うん」

「……!」


一瞬で目を輝かせたナイトは、凄い勢いで弁当を受け取った。

嬉しそうな姿を見て、タカキは、安心したように微笑む。


「そうだ! 写真! インスタ!」

「載せるの?」

「載せる! というか、タカキも写って!」

「ナイトのインスタ……俺ばかり、写ってる気がする」

「いいんだって!」


ナイトはウキウキしながら、スマフォを構えた。

それを見て、タカキは片手でカメラの部分を覆う。

そして、ナイトの手からスマフォを奪うと、ナイトも入るようにしてカメラを構えた。


「はい、チーズ」


驚きつつも、カメラを構えられれば一瞬で顔が作れるナイトに、タカキは拍手をした。


「やっぱり、ナイトはカメラ映えする」

「ヤバい……! ツーショット!」

「載せないの?」

「これは勿体無いから、弁当の写真だけ載せる」

「タッパーしか無くて、ごめん。オシャレじゃなかった」

「全然! むしろ、そこが手作りっぽくていい」


ナイトは、真面目な顔で言った。

元々、ナイトはこういうことを不特定多数の人間が見ているSNSなどで発信するタイプではなかった。

フェイスブックは、パーティの様子や報告ばかりに使っていたし、インスタにもたいした写真は載せていなかった。

ナイトが、初めて誰かの目を考えずにSNSにあげたのは、タカキと作った砂の城の写真だった。

その時のナイトは、世間からの批判の言葉を覚悟していた。

世界に名立たる御曹司が、良い歳して砂遊びだなんて、あり得ない。

下品だとか、ガッカリだとか、そんなコメントが送られてくるかと思えば、ナイトの元に届いたのは、殆どが暖かいメッセージばかりだった。

こうだと決めつけていた世界が、そうではないのだと知った。

その時、ナイトは、自分の想像の全てが現実とイコールではないことを学んだ。

自分の思考は、現実的な考えだと思っていたが、そんなことはなかった。


現実は、想像とは違う。


ナイトは良い意味で、それを実感したのだった。


「タカキの写真載せると、最近アクセス数が凄く多いんだよ」


そう言いながら、ナイトは少し渋い顔をした。


「アクセスが多いのが嫌なのか? 目立ってるから?」

「いや、目立つのには慣れてるし、嫌じゃない。だけど、閲覧者の中に、何人か危なそうな奴がいるから、ちょっと心配なんだ」

「大丈夫か?」


タカキは、SNSを一切やっていない。

だが、実はインスタの中で、タカキは結構な有名人だった。

ナイトの言う危ない奴とは、タカキに対して色々コメントをしてくる奴のことだ。

タカキの写真をもっと載せてくれと言うファンみたいな奴もいれば、ナイトとタカキが一緒にいるのを嫌に思う奴もいた。

『ナイト様には、もっと相応しいご友人を選ぶべきだ』なんて、大きなお世話を、堂々とナイトに送ってきたりする。


「あー……腹立つ。こう言う馬鹿なコメント打つ奴の気が知れない」

「ナイト、声に出てる」

「まぁ、名前も住所も弱味も特定済みだから。いざとなれば、どうとでもできるけどね」

「顔が怖い」


人からどう見られるか、どう見られているか。

社交界の中で生きてきたナイトにとって、それは重要なことだった。

それなのに、ナイトは、大学でタカキに出会ってから変わった。

愛想笑いは相変わらずだが、自分の好きなものを隠さなくなった。

それは、タカキから言われたからだ。


「“意思と意識の声を聞いて、意思に従え”」

「……それ、」

「前にタカキに言われた言葉。意思は、自分の考えや、心。意識は、六感を通じて得ている情報を自分で認識している心の働きのことを表す。昔の俺は、無意識の行動が多かった。無意識に意識を働かせていた。本当の自分の意思なんて、無視してたんだ」


壊れる間際だった人形の時のような自分のことを、ナイトは思い出した。

あの時は、こんな風に自分が意思を出して行動する日が来るなんて、考えてもいなかった。


「自分のやりたい事をするようにしたんだ。タカキのお陰だよ」

「そんなことない」

「そんなことある」

「……ナイトが行動したのは、ナイトの意思だ。褒めるなら自分を褒めてあげてほしい」

「また、そういうこと言う。俺はタカキを褒めたいの」


ナイトは、そう言いながら、おにぎりをパクパクと食べた。


「流石、タカキ。弁当屋でバイトしてただけあるな」

「食べれそう?」

「何度も言うけど、俺が苦手なのは、知らない子からの手作りのプレゼントだから。タカキが作ったものなら、いつでも食べるし、むしろご褒美だよ」

「それなら、よかった」


ナイトの反応に、タカキは、ホッとした顔を見せる。

それを見てナイトは唇を噛み締めた。


「なぁ、タカキ」

「何」

「作ってくれて、ありがとう」

「うん、」


タカキの弁当のことで頭も心もいっぱいになったナイトは、タカキが嵌めていた指輪のことなど、すっかり忘れてしまっていたのだった。



◇◇◇



一日の授業を終えて、大学の門を出ようとした時、外車の横に、一人の女性が立っていた。


「あー! いたいた!」

「瞳さん」

「久々! もう、相変わらずかわいい〜!」


瞳さんがタカキを抱きしめた瞬間に、その豊満な胸にタカキの顔が埋まる。

ヒールを履いている瞳さんは、タカキよりも身長が高かった。


瞳さんのトレードマークは、真っ黒なサングラスだ。

今日はそれに加えて、大きな帽子に、ハリウッド女優のような服を着ている。

誰から見ても、一般人には見えなかった。


「……あの、どちら様で」

「ん? この子は?」

「大学の友達、ナイト」

「初めまして」


瞳さんがニコリと笑うと、ナイトもニコリと微笑み返した。

完璧な笑顔だが、どこか黒いオーラが漂っている。


「こちら、瞳さん。コーブツのママさん」

「それは、それは、コーブツ君のお母様で……へ?」

「ハーイ! コーブツのママでーす!」

「?!」


さっきまで仮面を被っていたポーカーフェイスのナイトも、目を見開いた。

それも、そのはず。

瞳さんは、どこから見ても若くて美しいモデルのような人だった。

彼女を見て、大学生の子持ちだと思う人は、まずいないだろう。


「コーブツから、連絡があってねー! 〝飯″って一文字だけ来たの! 嬉しくなって、速攻車飛ばして帰っちゃった!」

「お弁当、口に合いました?」

「最高よ! いつも私の分まで気を使ってくれてありがとうね。直接、お礼を言いたかったの。美味しかったわ、ありがとう。タカキ」


タカキは、その言葉にニコリと微笑んだ。

一方、ナイトは平静を装ったフリをしながらも、内心では、こんな常識的で美しい人が、本当にあのコーブツの親なのかと、頭をフル回転させていた。

血が繋がっているとは、到底思えない。


「さてと、お礼も言えたことだし、お仕事のお誘いも、ついでにしときましょうかね」

「あ、はい」

「今回の依頼は、二日後に上野で宝石の展示会をやるのだけど、それの警備員を務めて欲しいのよ」

「ボディーガード?」

「そうね。守るのは、八億円の宝石よ」

「……宝石、それって、珍しいやつですか?」

「珍しい? えぇ、そうね。珍しい宝石よ」


タカキは、考えた。

もしかしたら、ライトの探している鉱物たちのヒントが得られるかもしれない。


瞳さんは、サングラスの奥で目を細めて笑った。


「やってくれるかしら?」

「はい」


タカキが返事をした、その時。

指輪が、微かに光ったのだった。






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