‐101号室の住人
「こんにちは、山田さん」
「んっも~、タカキちゃんったら、全然遊びに来てくれないんだもの! いい加減、私も拗ねちゃうわよぉ」
「拗ねないように、たくさんお邪魔します」
「そうこなくっちゃ!」
101号室に遊びに来ていたタカキは、菓子折りを山田さんに渡しながら、案内された茶の間のこたつへと足を入れた。
「あったかい……」
「ふふっ、いいでしょう! こたつは、やっぱり最高よね!」
「俺も買おうかな」
「あら、ダメよ」
「ダメ?」
「だって、この部屋にタカキちゃんが来てくれる理由が一つ減っちゃうじゃない。こたつであったまりたかったら、うちに来ればいいのよ」
そんな山田さんらしい言葉に、タカキは「そうします」と素直に頷いた。
タカキのこういうところが、山田さんにとっては、可愛くて仕方がないのだ。
山田さんは、オカマバーの店長をしている。
年齢は、40歳くらいの、筋肉のしっかりついたオカマだ。
普段は後ろで髪を結っているが、出勤時は、ぐるぐるに縦巻きカールをつけている。
化粧もばっちりで、そこらの女子高生より詳しかった。
「そう言えば、この間、201号室の方とご挨拶できたんだ」
「あら、そうなの?珍しいわね。滅多に人前に出てこないのよ。あの河童」
「やっぱり、河童なんだ」
「えぇ、あぁ見えて、結構稼ぎいいみたいなのよ。それなのに、どうして、このオンボロアパートを選んだのかしらね。私には、さっぱり理解できないわ」
「このアパートは住みやすいよ」
「あらん! 本当に可愛い! さ、りんごのホットドリンクができたわよ! 買ってきてくれた焼菓子と一緒にお茶にしましょ」
「うん」
山田さん手作りのりんごのホットドリンクは、とても美味しかった。
タカキは、一口飲んで、心をほっこりさせる。
「美味しい……」
「オカマの愛情たっぷり入ってるからね」
「作り方は?」
「簡単よ。りんごをすりおろして、蜂蜜とお湯で割ったものに、少しレモン汁を入れるの。あれば、りんごのコンポートなんかを角切りにして入れると、オシャレだし、ショウガなんかを少し混ぜると、りんごとジンジャーのホットドリンクになって、寒い夜なんかは、指先まで温まるわよ」
「凄い。流石、山田さん」
「この仕事してると、喉は大事だし、休めないし、お店の子たちの体調管理もしなくちゃいけないからね」
「大変な仕事なんだね」
「でも、楽しいからいいの。私は、私の店に誇りをもっているんだから」
「いつか、遊びに行きたいな」
「タカキちゃん一人じゃ絶対にダメよ? 客にも、うちのスタッフにも頭から食べられてしまうわ」
「仲良くなれたら嬉しいのに」
「あぁ、もう! だから、タカキちゃんって大好き! ほんと可愛いわぁ~、良い子ね! ちゅーしちゃう!」
ほっぺに、チュッ、チュッとキスする山田さんだったが、タカキは普通に受け入れていた。
外国生活も長かったので、頬にキス程度は、慣れているのだ。
「タカキちゃんって、隙だらけなのに、隙がないわよね」
「鍛えてるからかな?」
「ん~、安心っちゃ、安心よ。でも、不思議ね。あなたみたいな子、生まれて初めて会ったわ」
「そうなんだ」
「タカキちゃんが恋人連れてきたら、よっぽどいい人じゃないと、いじわるばばぁになっちゃいそう! 頼むから、紳士淑女を連れてきてね!」
「暫くはないよ」
「もう、モテるくせに~っ!」
ツンツンと、頬をつつかれ、タカキはくすぐったさに笑う。
「山田さん、彼氏は?」
「二か月前に別れたわ。あの野郎、三股かけやがって。次に会った時には、スープの具にして、煮込んでやるわっ!! タカキちゃんも下半身男とは付き合っちゃダメよ! 本当にあいつらったら、それしか考えてないクズ野郎なんだから!」
「どうどう」
「キーっ、ほんと腹立つ! でも、タカキちゃんに愚痴ったら、ちょっとすっきりしたわ。ごめんなさいねぇ、オカマの恋バナなんて聞かせて」
「傷付いてたなら、掘り返してごめんね」
「傷付くわけないでしょ! 怒りは、悲しみを蹴散らしてくれるのよ」
「強い」
「当たり前でしょ。弱かったら、オカマなんてやってられないわよ」
「男の強さも女の強さも持ってるから、最強なんだよね」
「そうよ。オカマはいつだって最強なの! たとえ、何が起きても、笑顔で生きていけるわ」
そう言って山田さんは、ニカッとさわやかな顔で笑った。
その顔が自信に満ちていて、どんな苦難をも乗り越えてきた証だったのだ。
タカキは、ホットドリンクを飲みながら、親指を立てた。
「山田さんは、凄いステキだ」
「タカキちゃんに褒められると、オカマやってて良かったって思うわね」
「山田さんが、女でも男でもステキだと思うだろうけど、今は余計にステキが詰まって見える」
「褒め上手ね~、もし、タカキちゃんがこっちの世界に興味あるなら、何をしてでもうちの店にスカウトしてたわ。でも、タカキちゃんはそのままが一番魅力的ね」
こたつに入りながら、まったりと会話していると、そんな二人を見て、一匹の猫が混ざりにきた。
「にゃー」
「あら、いらっしゃい。甘い匂いに寄せられてきたのからしら」
山田さんは、窓を開けて、猫を家に入れる。
「ここ最近、よく遊びに来る≪ノラ≫って言うの」
「ノラ猫だから?」
「そうよ。コタツが気に入ったみたいでね。最近、入らせてくれーってくるから、好きにさせてるの」
「そっか。ノラも、コタツの常連なんだね」
「タカキちゃんよりも、来る回数は多いわよ」
「じゃあ、俺より先輩だ」
「ノラ先輩ね」
「ノラ先輩、よろしく」
「にゃー」
ノラ猫のノラは、真っ黒なしっぽをゆらゆらと揺らしながら返事をした。
そのまま、タカキが座っている膝の上へと上がり込む。
「あら、いい男を察知する能力があるなんて、やるじゃない、アンタ」
「座り心地はいかがですか?」
「にゃー」
ノラが嬉しそうに鳴いたので、タカキは微笑んだ。
「気に入ったみたい」
「羨ましいわ~~~ノラめぇぇぇ!」
「山田さんも乗る?」
「あたしが乗ったら、完璧にタカキちゃん潰しちゃうわよ! も~、猫になりた~い!」
タカキが、山田さんをよしよしすると、山田さんは気恥ずかしそうにしながらも照れたように苦笑した。
「あら、猫可愛がりのつもり?」
「山田さんは毛並がいいね」
「そりゃあ、たっかいトリートメント使ってるもの!」
「いーこ、いーこ」
「四十にもなって撫でられるのは、恥ずかしいわぁ~! タカキちゃん、他の人には秘密よ?」
「うん」
「でも、もう少し撫でて貰おうっ! 年を取るとね、撫でられことなんて殆ど無くなるの。褒めて欲しいのは変わらないんだけどね~!」
「山田さんは、いつもお仕事頑張ってるし、お店の子のこと考えてるし、面倒見が良くて、優しくて、偉いと思う。強いのは、生まれつきじゃない。みんな頑張って強くなるんだ。強くなった分だけ、優しくなれるから。だから、強い山田さんは、凄く優しいんだ」
「……っ」
「ありがとう、山田さん」
「やめて。マジ泣きするわよ」
男の声で言われ、タカキはくすっと笑った。
「泣いても、いいよ」
「あー、もうダメ、この子! ほんと、だめ!」
タカキのいーこ、いーこは、その後。
山田さんが泣き止むまで、続いたのだった。
END




