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昨日の噂が広まったせいか、甘味サークルは、開催時からすでに列が並んでいた。
女性客で賑わい、大盛況である。
昨日よりも早く完売させたタカキは、カバンの中に琥珀糖をいくつか詰めて、大学を回った。
「いた」
「タカキ~! おはよう」
「…おはよう」
「おはよう、クラゲさん、クロちゃん。はい、これ昨日渡せなかった宝石菓子」
琥珀糖を手渡すと、クロノスの顔が、パァッと明るくなった。
あまり表に表情が出にくいクロノスだが、喜んでいるのがわかる。
タカキは、そんなクロノスの姿を見て、嬉しく思った。
「すげぇ、キラキラしてんな」
「琥珀糖って言うお菓子なんだ。幼馴染から教わって、作ってみた」
「幼馴染? そいつも、Heavens Collegeなのか?」
「ううん。普通の日本の公立学校出身だよ。でも、頭は凄く良い。俺よりも良いと思う」
「は? タカキより?」
「うん。鉱物について、研究しているんだけど、観察力とか、知識とか人並外れてるし。俺が知らないこと、たくさん知ってるよ」
「そいつは、すげぇな。そいつも、この大学なのか?」
「うん。コーブツも、この大学だよ」
「コーブツ?」
「うん。コーブツってあだ名なんだ」
「そうなのか。鉱物が好きだからか?」
「そうだよ」
「変わり者だってことは、よーっくわかった」
クラゲは、はは、と苦笑しながら頷いた。
クロノスは、首を傾げている。
変わり者の基準が、クロノスには理解できないのだ。
「それで? そいつは、今日は来ないのか?」
「コーブツは普段からあまり外に出てこないんだ。今日みたいに人が多い日は、絶対来ないと思う」
「成程、人嫌いか」
「人嫌いって言うよりも、鉱物以外に興味が無いんだ」
「それは、それは。今まで、よく生きて来れたな?」
「一般人の中にいると少し目立つけど、Heavens Collegeの中にいたら、きっと普通だよ」
「あ~……そうかもな。あそこは、変わり者の巣窟だったからな」
「クラゲさんも含めて?」
「……さぁ、どうだろうな?」
ニコッとクラゲは、笑みを浮かべると、クロノスと視線を合わせるために、その場に屈んだ。
「よし、俺らは、今日は何処回る?」
「タカキ……さんは?」
「タカキでいいよ。俺は、今から一人だけ案内しなきゃいけない人がいるから」
「案内? 誰だ?」
「ナイトのお父さん。セブキ会長だよ」
「あぁ、セブキ財閥のトップか。え、お前いつの間に仲良くなったんだ?」
「クラゲさんに、仲が悪いなんて話したことあったっけ?」
「うぉっほん、ごほっ、ごほっ」
「仲良く、と言うよりも頼まれたんだ。ユキナリさんに」
「ユキナリさん?」
「ユキナリさんは、Heavens College出身の人だよ。ジョージ閣下の寮の生徒だった」
「マジかよ! 日本にも結構いるもんだなぁ」
「集まるところには、集まるんだね」
「強さは?」
「恰好よかった」
「何だよ、それ。強さの比較がわかんねーよ?」
「戦い方がスマートで、無駄がなかったんだ。動きが洗練されていて、真剣に戦ったら、勝てないかも」
「わぉ。お前がそこまで言うか」
「憧れる強さだね」
「うわぁ、ちょっとジェラシーだわ、おじさん」
クラゲが、嫉妬していたので、今度はタカキが首を傾げる。
「今、ジェラシー感じるところあった?」
「クラゲは、タカキに憧れてもらいたいのよ」
「そうなの?」
クロノスの答えを聞いて、タカキは、屈みながら、クロノスに聞いた。
「クラゲさんのことも憧れてるんだけど、どうしたら本人に伝わると思う?」
「思い切って、言ってみるのはどう?」
「ちゃんと、聞いてくれるかな?」
「うーん、照れて逃げてしまうかもしれない」
「そうだね」
そんな茶番を目の前で繰り広げられて、クラゲは目を見開いた。
タカキもクロノスも冗談を言うことが殆ど無い。
そんな二人が、自分を揶揄っているのだとわかり、クラゲは、頬を赤く染めた。
「まだ、何も言ってないのに、赤くなってる」
「うわぁ。お前ら、俺のこと、意外と好きだね~?」
「……」
「……」
クロノスとタカキは、クラゲのその言葉を聞いて、目を見合わせた。
そして、二人同時に呟く。
「「 好きだけど? 」」
それが、何か?
と聞き返したそうな声で言うと、今度こそ、クラゲは顔を両手で覆ってしまった。
恥かしいのと、嬉しいので、一杯一杯になってしまったのだ。
「はぁ~~……天使が二人もいる」
「クラゲって、時々おかしくなるのよ」
「そうなんだ。でも……確かに、そうかも」
「なぁ、頼みがあるんだけど!」
クラゲは、勢いよく顔を起こすと、タカキとクロノスに向かって手を合わせた。
何の頼みかと、首を傾げたタカキとクロノスだったが、クラゲのお願いとは、意外なものだった。
「クラゲさん、何枚撮るの?」
「あと、20枚だけ!」
クラゲは、パシャパシャと、タカキとクロノスの写真を撮る。
タカキの膝の上にクロノスを座らせたり、タカキと、クロノスの頭をくっつけたりしながら、ポーズ指定まで完璧に指示して撮っていた。
「俺の天使二人が映っている写真とか、最高に俺得過ぎる」
「クラゲさん……何か、最近変わったね」
「本来のクラゲの性格がこっちだったのかもしれないわ」
「なるほど」
タカキは、頷きながら、クラゲのカメラを覗き込んだ。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
「ん?」
クラゲの手を引っ張って、タカキは強引にクラゲをクロノスとの間に引き寄せた。
「写真を撮るなら、みんなで」
「クラゲだけ映らないのは、狡いわ」
二人のその意見を聞いて、クラゲは、呆気にとられたように、ぽかんと口をあける。
カメラを向けられて、慌てて、顔を作ろうと思ったが、それより先に口元がにやけた。
「うわっ、俺、すげぇ、だらしない顔してる」
「良い顔だよ」
「そうね。自然体だわ」
「はは、これ待ち受けにしよ~、サンキュ。タカキ、クロ……っちゃん」
「どういたしまして。そろそろ、俺、ユキナリさんたちのところに行くね」
「えぇ、また」
「またな、タカキ! 菓子もあんがとよ!」
「ありがとう」
「二人とも、ゆっくり学祭楽しんでね、それじゃあ」
二人に手を振って、タカキはその場を後にした。
待ち合わせていたユキナリさんたちと合流し、ナイトの投票を済ませる。
セブキ会長は、あれから、色々な手を使って、ナイトの笑顔を見ようと試みているが、一向に笑顔を見ることが出来ず、落ち込んでいた。
「どうしたら、あの顔が見れるんだ……」
「大分、お困りのようで」
「ナイトの好物を出しても、テストの点を褒めても、あの頃のように笑ってはくれない。ナイトは、本当に、お前のように笑うのか?」
セブキ会長は、ギロリと涙目に睨みながら、タカキの頬を両手で引っ張った。
「いひゃいです」
「くそ、もち肌め!」
「セブキ会長。タカキ様を苛めますと、ナイト様に怒られますよ」
「ハッ! ぐぬぬ、仕方あるまい」
セブキ会長は、渋々タカキから手を離すと、ナイトのパネルを眺め見た。
「この写真、もう少し大きくしてもよかったんじゃないのか?」
「ナイトは、フォローしなくても一位になりますよ」
「当たり前だ!セブキ財閥の御曹司だぞ!私の息子が一位以外なわけなかろうが!」
参加している本人よりも意気込んでいるセブキ会長を見て、タカキは苦笑しつつも、微笑ましいと思ってしまった。
それは、ユキナリさんも同じだったらしい。
二人は、目を合わせて、やれやれと微笑んだ。
「あ、そうだ。セブキ会長。これ」
「なんだ、これは」
「ナイトが家に帰ったら、これをあげてください。昨日のと違って、これはナイト用に作ったものだったんですが、今日はナイトも始終忙しくて直接渡せそうにはないので」
「それでは、私がこの学祭に来たのがバレるではないか!」
「バレても大丈夫ですよ。それに、それをお渡しになられたら、ナイト様もきっとお喜びになられますよ?」
タカキの言葉を疑いつつも、ユキナリさんの一言で、セブキ会長は何とか納得した。
「いいか! 私は、まだ、お前とナイトの交友を許したわけじゃないからな!」
「はい」
「少しでもナイトを利用しようとしたら、海の藻屑にしてくれるわ」
そう言い残して、セブキ会長は、さっさと帰ってしまった。
ユキナリさんは、深々と御礼を言いながら、頭を下げて、その後を追いかけていく。
そんな二人の後ろ姿を見届けながら、タカキは、肩をおろした。
その時。
「……っ!」
ピリッとした感覚が身体を走る。
その瞬間に、ライトと繋がった。
『タカキ!』
「ライト、どうした」
『敵の反応よ! この反応は、ミネアンビーだわ! だけど、反応が小さすぎて、どこにいるのか、ハッキリわからないの』
「……探すしかないか」
『でも、いつでも武器は出せるようにしておきたいわ!』
「わかった、なら変身しよう。人気のないところに移動するから、少し待ってくれ」
タカキは、走って校舎裏まで行くと、指輪にキスをした。
「ミネラル星に選ばれし、戦いの鉱物。きらめく光の戦士、ミネラル・ライト、」
パチッと目をあけて、窓ガラスに映る自分を見る。
久しぶりに見るライトとの融合した姿を見て、タカキは少し悩んだ。
「ライト、この姿のままだと少し目立つ。服を変えれるか?」
『でも、それだと防御が……』
「ミネアンビーを見つけたら、変えればいい。露出が多過ぎるこの恰好だと、下手すれば、学校側に止められてしまう。足止めを食らうのは、時間の無駄だ」
『わかったわ、それじゃあ、普段の服に変えるわね! ミネラル・チェンジ!』
ライトの言葉に反応して、タカキの服装が宝石の戦闘服から、布生地の服に変わる。
それでも、少し目立つ恰好だが、個性的だと言い張れば、問題ない程度だった。
タカキは、急いでその場から走り出す。
大学内のいたるところを駆け巡りながら、ミネアンビーの反応を探した。
途中で、色々な人がタカキの姿を見て、振り返ったが、タカキは気にも留めていない。
『待って、タカキ! あの王冠!』
「王冠……?」
すると、ある一か所で、ライトが反応した。
見ると、ステージの奥に飾ってある王冠に、ある鉱物が埋め込まれていた。
その鉱物が、怪しく光っている。
「あれか……まだ、化け物には変身してないな」
『どういうことかしら、変身しててもおかしくはないのに』
「何か、チャンスを狙っているのか?」
その時、ステージの上に、思いもよらぬ人物が現れた。
「エントリーナンバー10番! 飛び入り参加の、ミキでーす!」
途端に会場が大声援に包まれる。
そう、ミキが一般の部のミスコン参加者として舞台に上がっていたのだ。
『もしかして、またウパラを狙っているのかも』
「そういうことか」
『マズイわ、タカキ! あの王冠が、ミキちゃんと接触したら、また乗っ取られるかもしれない』
「ステージに飛び込んで、あの王冠を奪うか……」
どうやっても、目立ってしまうが、今はそれ以外にいい方法が思いつかなかった。
タカキが、頭を抱えそうになっていた、その時。
ステージ上に、ナイトが現れた。
「さて、こちらのミキさんですが、なんと! ミスターコン、優勝候補のナイトくんの従姉妹なんですってね!」
「そうなんです~! ナイトの従姉妹です!」
「はは、従姉妹同士でステージに上がるのも、不思議な気分です」
「右を見ても、左を見ても美しい! はぁ、司会も楽しくなって参りました!も う一般の部は、満場一致この方に決まりでしょう!」
パネルの一般の部の投票を見ても、ミキがダントツで一位だった。
そのパネルを見て、ミキは、ドヤ顔で笑う。
当然! と言いたげな自信満々な顔で、マイクを向けられたミキは、おもむろにマイクを奪い取って、観客に向かって言い放った!
「来年は、この大学に入って、ミスキャンパスを狙うわ!」
「「「「うぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」
「来年も応援よろ………え、」
ドヤ顔だったミキの顔が、一気に真っ赤に染まっていく。
そんな彼女を見て、観客がそわそわした。
ミキは、片手で持ったマイクを両手で持ち直す。
「な、なんで、ここに……?」
「あの、ミキさん?」
「あ、あ、……」
「あ?」
「アカリ様……――ッ!」
ミキが叫ぶように名前を呼んだ瞬間。
ナイトの目が、夜叉のごとく鋭く光る。
そして、観客の視線が一気にタカキに集まってしまった。
「……あ、」
タカキは逃げ出そうとも思ったが、周りが人だらけで見動きも取れない。
明らかに雰囲気の違うタカキを見て、周りの観客たちは、ざわざわとざわめき始めた。
「オイ、なんだ、あの美少女」
「この大学の子か?」
「すげぇ、可愛い。ハーフかな?」
「ってか、ミキチー、今、アカリ様って言った?」
「モデル仲間か?」
どうしたものかとタカキがきょろきょろしていると、手を引っ張られ、壇上へとあげられた。
司会者が、ここぞとばかりに、タカキを連れてきたのだ。
ミキは、顔を真っ赤にさせながら、まるで少女のように大人しくなっている。
「あ、あの、アカリ、さま」
「ミキちゃん、久しぶり……様?」
「アカリ、さんって呼ぶのが恥ずかしくて、すみません……っ!」
様は、恥ずかしくないんだろうかと、疑問に持ったタカキだったが、深くは突っ込まないでおいた。
目の前で照れているミキをよそに、後ろからは、文字通り、刺さる視線が身体を突き抜ける。
見た目は、ニコニコしているが、後ろに閻魔大王が見えていた。
「失礼」
「……はい」
「ミキから話は伺っています。何でも、タカキとも知り合いのようで?」
「……えぇ」
「どのようなご関係で?」
眼が決して笑ってはいなかった。
タカキとナイトとの会話は、マイクを通していないので観客たちには聞こえていない。
「友達です」
「本当に?」
「嘘はつきません」
「……そうですか」
少しも納得の言っていない目をしながら、ナイトはそう答えた。
面倒なことになってしまったと、タカキが思ったその時。
内側から、ライトが話しかけてきた。
『やったわ、タカキ! 自然に、ミネアンビーに近づけたわね』
「自然かな……」
『問題ないわ! 後は、どうやって、あの王冠を奪うかだけど……』
「これだけ人の視線が多いと、派手なことはしにくいな」
タカキが、そう心で思っていると、後ろから突然司会者が声をかけてきた。
「ううん、見れば見る程、美しい……綺麗だ。本当に人間ですか?」
「へ?」
「近い、近い、ちかーーーーい!!!」
「ぐえっ」
タカキの顔をまじまじと見る司会者を、思い切り突き飛ばしたミキは、上から怒鳴りつけるようにして、言った。
「綺麗だなんて、そんなの当たり前でしょう!! アカリ様は、この世で一番美しいんだから!」
「ミキさんがそう言ってしまうと、一般の部の優勝は、彼女に変わってしまいますが、よろしいんですか?」
「アカリ様以外に優勝者がいると思ってるの?!このお方はね、この顔で、すっぴんなのよ?! まさに生きる宝石なんだから! 図が高いわよ!」
「ははーーっ!!」
ミキと司会者がそんなやり取りをしている中、置いてきぼりをくらうタカキ。
「あ、あの……」
振り絞って声を出したものの、二人には届いていなかった。
『チャンスじゃない! このまま優勝すれば、あの王冠は、タカキが貰えるんでしょう!』
「でも、そうなると、ミネアンビーが気づいて、この場で暴れることになるかも」
『そうなったら戦うしかないけど…一瞬で、あの王冠を持ち去れば、何とかならない?』
「これだけ人が多いと、怪我人を出さないように動くのは、至難の業だ」
タカキがライトと会話していると、後ろにいたナイトが、タカキに声をかけてきた。
「何を一人でブツブツと呟いていらっしゃるんですか?」
「あ……少し、考え事を」
「ミスコンが苦手でしたら辞退することも可能ですよ?」
さっさと目の前から消えろと言っているかのような笑顔に、タカキは引き攣った笑いを浮かべる。
ナイトにこんな顔を向けられたのは、初めてのことだった。
「ちょっと、ナイト! なに、アカリ様と話してるのよ!」
「ミキ、突然引っ張ってきたら、彼女も迷惑だろう」
「あの、」
「だって、アカリ様に優勝して欲しかったんだもの! と言うか、優勝はアカリ様以外にあり得ないでしょう! ね、アカリ様!」
「ミキちゃん、前は敬語じゃなかったのに」
「え?!」
「アカリさんって、呼んでくれてた」
「あ、それは、その、あの時は!」
「もう、呼んでもらえない?」
流石に、アカリ様呼びは慣れない。
タカキは、できるだけ控えめに、ミキにお願いをしたが、上目使いに加え、八の字眉のタカキ、もといアカリの姿を見て、ミキが興奮しないはずがなかった。
「あ、……かわ、天使……ッ」
「ミキちゃん?」
「あかりさん、可愛すぎて、生きるのが、楽しいっ!! 私、しあわせ!」
「敬語は取れたけど、カタコトになってる?」
「はーーーーーっ、尊いっ!! 世界がファンタスティック!」
タカキの声はもはや、ミキには届かなかった。
そして、そんなやり取りをしている間に、王冠がキラリと光り出した。
会場の視線が一気に王冠に集まる。
このままじゃ、まずい。
タカキがそう判断した、その時。
天の助けの声が、飛んできた。
「ちょっと、待ったー!!」
「……コナカ、ちゃん?」




