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「観念するがいい、人間よ」
アダムスが手を振りかざすと、空中に氷の結晶が集まった。
「私は、ミネラリアンの中でも、Aランクの鉱物。ミネラル戦士とは違い、個々に力を持った存在。それが、三光石だ」
「ミネラル戦士じゃないのに、戦えるのか?」
「私たちは、ミネラル星のご加護を受けている。ミネラル戦士が生まれる前は、私たちがミネラル星を守っていたのだ」
「守っていた…?」
その言葉に疑問を抱いたタカキだったが、ギラリとした視線を受けて、目を見開く。
「お喋りは終わりだ! ダイヤモンド・キャノン!」
アダムスは、鋭いダイヤモンドの塊を出して、タカキへと投げつけた。
「アダムス!」
「黙れ、人間!」
「俺の名前は、タカキだ……!」
アダムスに向かって、タカキは叫んだ。
だが、その言葉は受け入れられなかった。
頬の血を拭いながら、部屋の中を走る。
ダイヤモンドの塊は、まるで氷柱のようだった。
一回でも当たれば、即死だろう。
身体を回転させながら、器用に避けて行く。
部屋の壁には穴が空き、何千万もする花瓶や絵は、ことごとく破壊された。
狭い部屋の中では、動きが限られる。
ましてや、相手に反撃できない悪状況。
だが、タカキの頭は冷静だった。
「懲りない人間め。また、ミネラル星を狙うとは、愚かな」
「……またってことは、過去に地球人に襲われた経験があるのか?」
「あぁ、だが、お前には関係ない」
「関係あるよ。だって、俺は、」
「逃すか!」
「おっと、」
与えられた攻撃を最小限の力で避けていく。
相手は、ミネアンビーではなく、ミネラリアン。
ライトの星の民とあっては、迂闊に手が出せない。
「アダムス、君が言う地球人とは、誰の事なんだ。教えてくれ」
「お前に言う義理は無い!」
「知らなければ、何も動けない。俺は、ミネラリアンを傷付けるつもりはない」
「嘘をつけ!! お前らの考えはわかっている。お前ら人間の望みなんて、いつも同じだ!」
「アダムス、」
「ダイヤモンド・スピナー!」
その時、アダムスの攻撃が四方から襲ってきた。
完全に避けるのは、不可能だ。
タカキは、仕方なく、技を繰り出した。
「アズマ 神月一心流、花一華…!」
タカキが技を放った瞬間、部屋に爆風が吹き荒れる。
その風が、ダイヤモンドの先を砕き、タカキをギリギリのところで守った。
それを見て、アダムスは、クッと悔しそうに顔を歪ませる。
「人間め……!」
「頼む、話がしたい」
「煩い。話す事など何も無い! いつも、私たちを力で抑えつけるようなお前らに、一体何を話せと言うのだ!」
アダムスの悲痛な声を聞いて、タカキは眉を寄せた。
アダムスには、これだけの力がある。
ミネラル戦士、一人一人の力も、何千人もの軍隊に値するだろう。
人間と戦ったとしても、簡単に負けるはずが無い。
それなのに、どうして、アダムスは、こんなに怯えた目をしているのか。
タカキには、理解できなかった。
「人間は、愚かで汚い。どれだけ時が過ぎても、それだけは変わらなかった」
「……人間に、何をされたの」
タカキの言葉を聞いて、アダムスはようやく、重い口を開いた。
「……ミネラル星を占拠し、我々を奴隷にして、地球を乗っ取ろうとしたのだ」
「……!」
その言葉を聞いて、タカキは目を見開いた。
アダムスの言っている言葉に、嘘は感じられない。
「それは、ドローンのことか、」
「違う!それより、ずっと前の事だ!まだ、ライトたちすら、産まれてすらいなかった頃……かつて、ミネラル星は、混沌とした闇の星と化し、全てを失った」
アダムスは、そう言って、涙をこぼした。
その涙を見て、タカキは固まる。
攻撃なんて、出来るはずがなかった。
「アダムス、君と話がしたい……!」
「断る! 私は、二度と、人間は信じない!」
タカキは、アダムスの出したダイヤモンドの上を伝って、アダムスの目の前まで一瞬で舞い降りた。
怯えるその目をジッと見つめながら、優しい声で呟く。
「大丈夫、俺は敵じゃない」
「……ッグ、嘘だ、人間など全て同じ、」
「お願い。俺を信じて。アダムス、俺の名前はタカキ。人間なんて、名前じゃない」
タカキの必死の言葉が、アダムスの心に響く。
懇願するタカキの姿を見て、アダムスは、目を細めた。
「タ、カ………ッハ!」
名前を呼びかけたアダムスだったが、途中で正気に戻った。
タカキの手を振り払い、キッと睨みつける。
「こうして、ライトも取り込んだのか!」
「誤解だよ。ライトを縛り付けているつもりはない。協力しているだけだ」
「ならば、問おう。何故、協力するのだ。種族も、性も、星も違う生命体を助けて、お前に何の得がある。何故、命をかけて守るなどと戯言が言えるのだ」
「ライトは、助けを求めてきた。それに応えた。それだけのことだ」
「だから、お前に利が無いのに、どうして、それができる。何か裏があるとしか、考えられない」
アダムスが苦々しい顔をしたので、タカキは、そっとその頬に手を当てた。
冷たいダイヤモンドの肌が、震えている。
「誰かの幸せを望むのに、理由はいらない」
「なんだと……?」
「人間でも宇宙人でも鉱物でも、関係ない。笑って欲しい、幸せになって欲しい。それが俺の願いだ」
「……そんな、バカな、」
「アダムス、君にも、笑っていて欲しい。その涙の理由を、怒りの理由を、俺は知りたい」
真面目な顔で、タカキがそう尋ねた、その時。
アダムスの頭が、急激に締めつけられるような痛みに襲われた。
アダムスはタカキから離れ、頭を横に振る。
まるで、ドリルで削られるような痛みが、アダムスは悲鳴をあげた。
「アダムス!」
「近づくな!」
頭を抑えながら、アダムスはフラフラと窓へと近づいて行く。
耐えきれなくなったアダムスは、窓を割って外へと飛び出した。
「おの、れぇ……っ!」
タカキが慌てて窓に近寄ると、アダムスの前には、ユキナリさんが立ちはだかっていた。
「ユキナリさん…!」
「タカキ様であっても、仕留められませんでしたか」
ユキナリさんは、そう言って剣を構えた。
「では、ここは、お任せください。私が仕留めましょう」
「違います、待って下さい!」
「ジョージ・ヘリオス式 銀の遠吠」
タカキが止めるのより先に、ユキナリさんは、剣を抜き、アダムスに向かって切りかかった。
「あれは……ブロードソード?!」
ブロードソードとは、16世紀から17世紀にかけて生まれたと言われている幅広の剣のことだ。
日本刀と違い、両刃の剣は、殺傷能力も高くなる。
刃が長く、重たいはずの剣を、ユキナリさんはいともたやすく片手で扱っていた。
「己……っ、人間が」
「おや、随分とお強い。私の剣を片腕で受け止めるとは」
「死ねぇ…っ!!」
アダムスが攻撃を仕掛けるが、ユキナリさんはそれを直近で刀を使って受け止める。
動きの一つ一つに無駄がない。
熟練された動きだった。
「ユキナリさん……!」
タカキが窓から飛び降り近付こうとするが、二人にはもう、タカキの声が届いてはいなかった。
アダムスは、頭を抑えながら、ユキナリさんの攻撃を避ける。
「クッ……あの男も、お前も、只者じゃないな。人間ごときが、どこで、その力を手に入れた」
「大昔に、学校で習得致しました。何、ほんの半世紀前のことです」
ユキナリさんは、ニコリと笑って答えた。
話しながらも、アダムスと激しい攻防戦を繰り広げている。
タカキは、二人の動きを目で追いながら、止めるタイミングを見計らっていた。
だが、静止する間も無く、ユキナリさんがアダムスに連続の攻撃を繰り出す。
「ジョージ・ヘリオス式 銀の噛付」
「なっ!」
剣が狼のように鋭く牙を剥いた。
ユキナリさんの攻撃により、アダムスは腕に傷を負う。
大した傷ではないが、ダイヤモンドの表面が削られるほどの攻撃だ。
ユキナリさんの威力が、どれだけ凄まじいものかを物語っている。
「この身体が、傷付けられるとはな……っ」
「随分と硬い身体でいらっしゃる。この攻撃は、大岩をも砕くと言うのに」
「岩と私を一緒にするとは、いい度胸だ」
「これは、失礼」
アダムスは、勢いよく空中に手をかざした。
辺りは一瞬にして、気温が下がる。
アダムスは、正八面体のダイヤモンドを出すと、それを回転させた。
「これで、終わりだ」
「これは、」
「ーーダイヤモンド・ダスト」
その八面体のダイヤモンドが輝きだした瞬間。
強い光が襲ってきた。
眩しくて、目が開けられない。
タカキも、ユキナリさんも、あまりの眩しさに動きを封じられてしまった。
「……ッ!!」
その瞬間、細氷のように細かいダイヤモンドが、ユキナリさん目掛けて飛んできた。
タカキが助けに入ろうと思った、その時。
ユキナリさんは、ブロードソードを回転させて、盾を作り出した。
細かな細氷が、ユキナリさんこ身体の端々を傷付けたが、見事に致命傷を避けている。
戦い慣れたその戦闘技術に、タカキは目を見張った。
「くそっ……っ」
「レディーを傷付けたくはなかったのですが、我が主人を守るのが、私の使命。申し訳ありませんが、ここで倒させていただきましょう」
「お前ごときに、壊されてたまるか……っ!ダイヤモンド・キャノン!」
アダムスが技を繰り出したが、ユキナリさんはそれをスルリと避けて、アダムスとの距離を縮める。
一瞬の間に、間合いを詰めて、切りかかった。
鋭い刃が、アダムスに向かって行く。
「待って…!!」
だが、その刃がアダムスに届く前に、タカキがアダムスとユキナリさんの間に入った。
ユキナリさんは、寸前で刃先ズラしたが、僅かに、タカキの腕を掠る。
「タカキ様、」
「お前は、」
アダムスの目が見開かれる。
タカキは、アダムスに背を向けたまま、ユキナリさんと話した。
「ユキナリさん、アダムスは敵ではないんです。どうか、ここで止めてください」
「ですが、その者は、このセブキ財閥の敷地を荒らしました。秩序を乱す者は、排除しなければなりません」
「アダムスは、理由あって攻撃しましたが、決して悪ではありません。悪ではないものを排除しては、ヘリオスの名が廃ります」
「……」
タカキの言葉を聞いて、ユキナリさんは、剣を仕舞った。
それを見ていたアダムスが苦々しく舌打ちをする。
「それで、恩を売ったつもりか、」
「アダムス、大丈夫か?」
「触るな! 人間に庇われたと思うと虫酸が走る!」
そう言って、アダムスは後ろへ下がると、そのまま飛び去って逃げて行ってしまった。
ダイヤモンドの残骸は、氷のように溶けて行く。
そんな後ろ姿を見つめながら、タカキが複雑な表情をしていると、影から見ていたセブキ会長が、ドスドスと足音を鳴らして近寄ってきた。
「ユキナリ! ソイツを倒せ!」
「セブキ様、」
セブキ会長は、タカキを指差しながら言った。
「お前も見ただろう! あの化け物を、コイツは庇った! 大方、奴とグルなんだろう! この家の宝石を狙ってきたに違いない!」
「タカキ様に、一度助けられたじゃありませんか」
「ああして、私を助けたフリをして、追い出した隙にあの部屋の宝石を奪おうとしたのだ! 強かで、意地汚い! さっさとコイツを捕まえて、警察にでも何でも突きだせ!!」
「そんな事はできません。それに、彼は、ナイト様の大切なご友人です」
「ナイトの友人などでは無い! コイツは、ただの捨て犬だ!!」
セブキ会長は、吐き捨てるようにそう叫んだ。
タカキが、ただ、黙ってセブキ会長の言葉を聞いていると、後ろから何やら走ってくる足音が聞こえてくる。
セブキ会長が振り返ろうとした、その時。
顔面を片手の平で掴まれた。
セブキ会長の目の前が真っ暗になる。
「なっ、な?!」
「やぁ、父さん。こんな所で、どうしたの?」
「ナイト?! お前こそ、講演会はどうした!」
「ユキナリからメールがあって、速攻で切り上げてきたに決まってるだろう。それで?」
「ナイト……っ!」
「俺の大事な親友が、なんだって? 父さん」
ナイトは、氷点下2度のような綺麗な作り笑いを浮かべて、尋ねた。




