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中にいたのは、グレーのスーツを着た、瀬文城会長だった。
元々、社長だったが、ナイトの祖父が入院したことによって、ナイトの父が会長となったのだ。
まだ、50代のナイトの父は、現役で働いていることもあってか、若々しく見える。
一見、人当たりが良さそうだが、その目の奥の光をタカキは見逃さなかった。
「どうぞ、かけてくれ」
セブキ会長に言われ、タカキは言われた椅子へと座る。
まるで、品定めでもしているかのように、ジロジロと見ながら、セブキ会長は言った。
「私の方の自己紹介は、しなくても問題ないかな」
「はい」
「君が外にいるのが見えてね。随分と、ナイトと仲良くしているそうじゃないか」
「はい」
「何故?」
「何故とは?」
言っている意味が、わからず、タカキは質問を質問で返した。
すると、セブキ会長は目を細める。
部屋の中の温度が一瞬にして、1度下がった。
「何が言いたいのですか」
「単刀直入に言おう。ナイトと、もう交流するのはやめて貰いたい」
「お断りします」
タカキは、ハッキリと答えた。
途端に、セブキ会長の目が丸くなる。
まるで、そう言われることを予想していたように、タカキは冷静だった。
「君は、ナイトの友人に相応しくない」
「ナイトの意思が決めることです」
「わたしは、ナイトの父親だ」
「俺は、ナイトの友人です。それは、ナイトが決めたこと。父親でも意思を操ることはできません」
タカキが一歩も引かない目をすると、セブキ会長は、その目を鋭く光らせた。
「ナイトが、君に迷惑していると言ったら?」
その一言で、タカキは黙った。
セブキ会長は、眉をあげる。
「どうなんだ」
「ナイトが……もし、迷惑だと思っているなら、俺からナイトに付きまとう事はしません」
「そうか。なら、話は早そうだ」
「迷惑だと、思っているならです」
「……何が言いたい?」
「ナイトが迷惑だと言ってきても、頷きはしません。それは、本心ではない可能性がある。ナイトの意思で、俺から離れたいと思わない限り、俺はナイトの友人をやめたりはしない」
「君のいうとおり。人の心は、わからない。だが、頭の中を見て確認することも出来ない。ならば、口で言うことが全てだろう?」
「いくら口で否定されても、嫌いだと言われても、ナイトの目を見ればわかります。嘘をつける人間だけど、ナイトは嘘が好きじゃない」
セブキ会長は、顔を歪ませた。
「ハッ、戯論だ」
「真実です」
「ナイトは、君を切り捨てるだろう」
「貴方がそう言う風にしろと言えば、ナイトは、そう言うかもしれません」
「私が命令しなくとも、それがナイトの意思だ」
「俺がナイトに出会った頃、ナイトの意思は、ナイトですら、聞いたことがありませんでした。今、ナイトは自分の声に耳を傾け始めています」
「それが、どうした」
「ナイトの声を聞いてあげて下さい」
「聞いているさ」
お互いに一方通行の道を歩んでいるかのような会話だった。
タカキの少しも歪まない顔を見て、セブキ会長は、面白くないと腕を組んだ。
そして、タカキの顔をじっと見つめながら、言った。
「君のことは、少しばかり調べさせて貰ったよ」
「……」
「タカキくん、君はーーベリル財閥の息子だね」
セブキ会長の言葉を聞いて、タカキは静かに目を閉じた。
沈黙は、肯定と同じこと。
タカキは、小さく拳を握った。
「ベリル財閥は、イギリスの、いや、世界でもトップクラスの財閥だ。航空、輸出、銀行、あらゆる企業を手がける、経済の中心と言ってもいい。世界の富の、5%を所持していると言われている。君は、その財閥の血を引く者……だった」
そう言って、セブキ会長は立ち上がった。
タカキを指差して、嘲笑うように言い放つ。
「そう。君は捨てられたのだ。自分の家族に」
「ーー……」
「君の母親は、日本人だった。君の父親は、表向きには一度だが、本当は、二度結婚している。一回目は、君の母親と駆け落ちした時。そしてもう一回は、君と一緒にベリル財閥に戻った時だ。駆け落ちなんて馬鹿なことを。だが、すぐにその愚かな行為に気付いて、戻ったのだろう。戻ってきて、すぐに君の父親は嫁をもらった。そしてその時に、連れ子だった、今の現当主、ウィリアム・ベリル。彼が君の兄だ。先日、長年行方不明だった君の父親の死亡届が受理されたとあった。その事により、正式に当主に選ばれたウィリアムの存在のお陰で、君は用無しだ」
ベリル財閥の情報は、隠された事ではない。
少し本気で調べれば、それらのことは出てくる情報だった。
「残念だったな。万が一にでも、父親が生きていれば、君にも、相続の可能性はあったかもしれないのに」
「……それを知って、ナイトに命令したのでしょう。俺と友人になれ、と」
「何だ、気付いていたのか」
「最初から、知っていました」
「なら、何故、言わないまま友達のフリをした? その方が都合が良かったからだ。ナイトの懐を狙っていた、そうだろう?」
「違います。友達のフリは一度もしていない。ナイトは俺の友達です。初めて会った時から、ずっと」
「白々しい」
「俺が何者であっても、ナイトが何者であっても、俺たちの関係は変わりません。俺はナイトの友達で、ナイトは……俺の親友です」
「君は、ベリル財閥から切り離された。もう、ただの、タカキだ」
「切り離されたのは確かですが、三つほど情報が間違えています。一つ、切り離されたのは、もっと前からです。言ってしまえば、俺が生まれた時からだ。二つ。父のことも母のことも詳しくは知りませんが、決して愚か者ではありません。人を愛することは、愚か者では、選べない選択だからです。最後に。家から捨てられようとも、名前を捨てたつもりはありません。この名前は、俺の両親がつけてくれた最初で最後の贈り物ですから」
タカキは静かに立ち上がった。
鋭い視線を、セブキ会長に向ける。
「タカキ・ファントム・ベリル。それが俺の名前です」
「だが、お前に、もう、その名前の価値はない」
「財閥の価値なんて、俺には元々ありません。ただの、タカキ。それで構わない」
「小生意気なガキだ」
そう言って、セブキ会長がタカキを睨みつけた、その瞬間。
部屋の棚がガタガタと揺れだした。
「なんだ、地震か……?」
「いや、外の木々には鳥がとまったままだ……」
タカキは耳をすませた。
カタカタと揺れる音の中に、小さく鐘がなるような音が混ざっている。
「……ここは、危険だ。セブキ会長、一旦部屋から出てください」
「ハッ、そう言ってこの部屋の宝石を盗むつもりだろう!そうはさせるか、っうぉお?!」
セブキ会長が、机の引き出しに手をかけた瞬間。
中から、勢いよく、なにかが飛び出した。
艶やかに光る肌を持ったソレは、セブキ会長の所持していたダイヤモンドだ。
その姿は、今までで一番人の形をしている。
キラキラと輝くダイヤモンドを身に纏い、髪は、床についていた。
「今まで磨かれた宝石にミネアンビーが乗り移ることはなかったのに、何故……!」
「ヒィィっ、ば、バケモノ!」
セブキ会長は、引き出しの奥に隠していた拳銃を掴み、おもむろにダイヤモンドに向かって撃ち放った。
だが、拳銃の弾を跳ね返すほどに、その表面は固い。
歯が立たない事に絶望したセブキ会長は、その場で腰を抜かした。
「な、なっ…」
「……目障りだ……消えろ」
ダイヤモンドが静かに囁き、尖った腕の先でセブキ会長の喉を引き裂こうとした、その瞬間。
タカキは、勢いよく、セブキ会長とダイヤモンドの間に入り、ダイヤモンドの体を蹴りつけた。
「……何者だ、お前は、」
「地球人のタカキ」
自己紹介をしたタカキは、セブキ会長を抱えて、部屋のドアの元まで、一気に飛んだ。
そして、ドアの向こうに向かって叫ぶ。
「ユキナリさん! セブキ会長のこと、頼みます」
「なっ、貴様、何故?!」
「ここは、俺がなんとかします……貴方は、早く安全なところに」
セブキ会長が何かを言う前に、部屋の扉が開き、奥から伸びてきた手がセブキ会長を外へと連れ去った。
一瞬だけ、タカキとユキナリさんの目が合う。
それだけで、お互いに、言いたいことがわかってしまった。
タカキは、コクリと頷いて、敵に向き直る。
ダイヤモンドは、パキパキと肩を鳴らしていた。
「ダイヤモンドが何故、変身を?」
「私の名前は、アダムスだ」
「アダムス……」
「ダイヤモンドは、単一の元素でできたもの。純粋な鉱物だからこそ、ミネラル星と繋がることが出来たのだ」
「他の鉱物と姿が違うのは、単一だからか?」
「それもあるが…気付かないか?」
「……?」
「私にビーは入っていない。私は、ミネラリアン、そのものだ」
「!?」
その言葉を聞いて、タカキは耳を疑った。
だが、明らかに今までのミネアンビーとは姿が違う。
ミネラル戦士のような姿をしたアダムスを見て、タカキは構えていた手を下ろした。
「なんだ、ミネラリアンとは戦わないとでも言うつもりか?」
「いや、戦うつもりだ。だけど、傷付けるつもりはない」
「そんな甘い事では、誰も守れない」
「ミネラリアンは、ライトが守りたいものだ。俺もそれを守ると約束した」
「……成る程な。ミネラル戦士が取り込まれたのも、頷ける」
「取り込まれた?」
タカキが怪訝な顔をすると、アダムスは、腕を振り下ろして、切れ味のいい風を巻き起こした。
その風により、タカキの頬が切れる。
「人間に取り込まれたミネラル戦士は、星を捨てて、人間の配下に陥る。そんな未来は許されない。我々ミネラリアンは、地球人に支配されるなんて事があってはならないのだ」
「人間は、ミネラリアンを支配したりしない」
「現にお前は、あの子を支配している。だからこそ、あの子は、お前の言うことを聞く。今ここに出てこないのも、お前が言ったからだろう」
その言葉には、反論できなかった。
ライトが出てこないのは、自分が無理矢理ライトを休ませたからだ。
指輪にキスをすれば、ライトも気付くだろう。
だが、それをしないのは、タカキの意思だった。
「ライトを支配しているわけじゃない」
「だが、ライトはお前とともにある」
「ミネラル星に帰れば、ライトは自由を取り戻せるはずだ」
「それを、あの子が望めばな」
アダムスは悲しそうな目をした。
その事を、タカキは不思議に思う。
タカキの頬から流れた血がポタポタと床に落ちた。
「お前は、あの子を支配している、あの子を自由にさせる為には。お前と言う存在を消さねばならない」
「俺を殺す気で地球に来たのか」
「お前を殺せば、地球にいるライトは消滅する。だが、ミネラル星でクリスタルの中で眠っているライトは生きているのだ。なんら問題はない」
「ライトに問題が無いのはいいけれど、俺は死ぬつもりはない。ライトに力を貸すと約束した。俺の絶対は、絶対だ。だから、俺は、あの子を守る」
「黙れ、地球人め……! また、私達から奪おうと言うのか!」
その時、アダムスが叫びながら、ダイヤモンドの塊を飛ばして来た。
それを避けながら、タカキは、聞き返す。
「……また?」




