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「お待たせ、待った?」
「俺も、今来た」
「ん? あれ、元気ない? 暑い中、待たせてごめん、」
「え、」
五月の風のように爽やかな笑顔で現れたナイトに、タカキの近くにいた女性たちは、一瞬で目を奪われた。
タカキ相手だと言うのに、まるで彼氏のような台詞だ。
ナイトはタカキの体調を気にして、自分が被っていた帽子を、ポスンッとタカキの頭に乗せた。
「これ、」
「熱中症になったら大変だろ? 被っとけよ。それより、なんかあったのか?」
「何もない」
「お前って、嘘がつけないタイプだよな」
「……」
「はは、やっぱり。何か、悩んでたんだろう?」
ナイトの質問に、タカキはコクンと一度頷いた。
「友達の大事にしてた物、うっかり食べたんだ……」
「それって、まさか、あの、鉱物男?」
タカキの「友達」と言うワードに、ナイトがピクリと反応した。
一瞬にして、爽やかな顔が引き攣る。
「ナイト……やっぱり、コーブツ苦手?」
ナイトは、殆どの人に対して、人当たりがいい。
そんなナイトが唯一人前で喧嘩した相手が、コーブツだった。
大学に入学してから間も無くして、タカキとナイトは友達になった。
授業が殆ど被っていた為、ナイトとタカキはよく一緒にいた。
ある時、タカキに用事があったコーブツは、ナイトと話しているタカキを見つけ、無理矢理その場から連れ出した。
余りに強引で乱暴な態度にナイトが注意すると、コーブツはナイトに対して暴言を吐いた。
『 馬鹿は、話しかけてくるな。耳が腐る 』
真顔で、そう言い放ったコーブツに、その場にいた全員が固まった。
それも、そうだろう。
ここは、日本で一番頭の良い大学。
つまり、ここの学生たちは、今までの人生で『馬鹿』と言われたことが限りなく少ない人種なのだ。ただし、例外はいる。
タカキが急いで止めに入ったが、コーブツは「うぜぇ」と呟きながら、タカキの腕を引っ掴み、その場から立ち去った。
残されたナイトは、怒りで体を震わせていたが、そのことは、タカキだって知らない。
ただ、それ以来。
ナイトは、コーブツが大嫌いだった。
「コーブツが得意な奴なんて、世界にお前一人だと思うぞ。と言うか、彼奴の大事なものって、まさか……」
「コーブツが発見した新種の鉱物。金平糖に見えて食べちゃったんだ」
「なっ?! 身体は、大丈夫なのか?! どこか変なところは、」
「大丈夫、俺、丈夫だから。舐めたら消えちゃって、コーブツ凄く落ち込んでた」
「彼奴のことは、どうでもいいけど、タカキの身体が心配だ」
キッパリと言い切るナイトに、タカキはパチパチと目を瞬きさせた。
普段、誰に対しても穏やかなナイトだが、時折、こういう一面が現れる。
「身体は平気 。勝手に食べたこと反省してた。せっかく遊びに来たのに、気にさせてごめん」
「それは、全然いいよ。身体の調子が悪いのかと思って、心配しただけだから。まぁ、今も心配だけど。何か異変を感じたら、すぐ俺に言って?」
「ナイト、」
「タカキを病院に連れてった後で、法外な慰謝料をあの鉱物男に請求してやるから」
爽やかな笑顔はそのままのはずなのに、今は背中にサタンが見えた。
世間では、ナイトのような男を「腹黒」と呼ぶ。
「流石に混んでるなぁ〜、当たり前か」
「ナイト、並ぶなら、あっち」
「ん? 多分これ並ばなくていいチケットだと思う。ちょっと待ってて」
ナイトが受け付けのお姉さんに話しかけに行くと、受け付けのお姉さんたちは途端に頬を染めながら対応していた。
忘れそうになるが、ナイトは、世間一般で言うところのイケメンなのだ。
周りを見れば、何人もの女性がナイトを見つめている。
「お待たせ、タカキ?」
「どうだった?」
「このまま入っていいって。案内してくれるみたいだから、行こう」
ニコリと笑うナイトを見て、タカキはクスッと笑った。
さっきの受け付けのお姉さんの前では、完璧な微笑み方をしていたのに、今は少年のような顔をしている。
「え、何? 俺の顔に何かついてる?」
「ついてたけど、剥がれた」
「え! マジでついてたの? 早く言ってよ!」
貼り付けた愛想笑いがすっかり剥がれて、素のナイトになっている、ということは、タカキだけの胸にしまわれた。
◇◇◇
二人は、説明を受けながら、VRの機械を装着した。
目元が少し重くなる。
真っ暗だった視界に光が灯ると、世界が一瞬で変わった。
「バーチャルリアリティ、すごいな……」
「綺麗だ……」
まるで、星が降ってくるみたいだった。
周りが宇宙に包まれる。
最新の技術に、二人は目を瞠った。
「地球にいながら、宇宙を楽しめるなんて、変な感じだな」
「贅沢な気分」
「ははっ、わかる」
案内に連れられながら、俺たちはVRの世界で宇宙を旅していた。
その時、タカキの視界に、『ある星』が映った。
「あれ、あの星……」
「ん? どれだ?」
「なんか、煙が出てる……なんだろう」
「煙? そんなの出てる星、あるか?」
「あの、黒っぽい星だよ……南西の方角の」
タカキの言葉に、ナイトは首を傾げた。
そんなものは、どこにも見えない。
タカキには、もしかして別の映像が見えているんだろうか。
ナイトは、心配になった。
一方、タカキは、その星から目が離せなかった。
星は、どんどん黒くなっていく。
暫く黙って見つめていると、やがて、その星の一部が爆発した。
そこから、大量の流れ星が発生する。
その中の1つが、タカキのギリギリ近くまで来ると、光を放ちながら瞬く間に姿を変えていった。
オーロラのような光の中から、一人の少女が現れる。
「……っ」
少女は、人間と似た姿なのに、どこか違って見えた。
ふわふわとした長い髪の女の子が、悲しそうな顔でこちらを見ている。
彼女が必死に何かを伝えようとしているが、タカキには、何も聞こえなかった。
何か、大切なことを言っている。
それだけがわかったタカキは、彼女にソッと手を伸ばした。
すると彼女は嬉しそうにその手を取り、そのままタカキの唇にキスをした。
タカキは、思わず目を見開く。
そして、つい言葉に出してしまった。
「……君は、誰?」
「タカキ……!!」
目につけていたVRの機械をナイトに外された。
ナイトは慌てながら、タカキの肩を揺さぶる。
「オイ、大丈夫か?! 何か、変な映像が見えてたのか?」
「女の子が現れて……」
タカキがそう言うと、VR内のスタッフたちは、不思議そうに首を横に振った。
「あり得ません、そんな映像は無いはずだ」
「他の映像と混ざったにしても、女の子が出てくる映像なんて……」
「じゃあ、タカキが見たのは一体……」
何だかマズイことになりそうだったので、タカキは空気を読んだ。
「俺、昨日、眠りが浅かったから、夢見てたのかも」
「立ちながらか?」
「うん、今日が楽しみでなかなか寝付けなかったんだ。もう、大丈夫。心配かけて、ごめん、ナイト」
タカキの言葉にナイトは、少し照れながらも「タカキが、大丈夫なら」と渋々納得した。
その後、他のVRもせっかくなら、と楽しんで、タカキとナイトは大いに休日を満喫した。
そうして家に帰った時、ふと、指に違和感を覚えた。
見ると、右手の薬指に痣が残っている。
まるで指輪をつけていたかのような痕に、タカキは首を傾げた。
◇◇◇
その夜のこと。
タカキが眠りにつくと、また、あの少女が現れた。
今度は、声もちゃんと聞こえる。
彼女は、名前を呼びながらタカキに飛びついてきた。
「タカキ……っ!!」
「君は、さっきの……」
「私を受け入れてくれてありがとう!! よかった……!」
タカキが頭にはてなマークを浮かべていると、彼女は潤んだ目を擦りながら言った。
「自己紹介が、まだだったわ! 私、ミネラル星からきた、ミネラル・ライト! よろしくね」
「俺は、タカキ」
「知ってる、今日貴方の隣にいた子がそう呼んでたし、昨日のアイツも……」
「彼奴?」
「そう! アイツよ! アイツ! よりにもよって鉱物って呼ばれてた、アイツ!」
「あぁ、コーブツか。コーブツにも会ったの?」
「違うわ。正確には、貴方が私をあそこから救い出してくれたのよ。結果、食べられちゃったわけだけど」
そう言って、彼女は人差し指でタカキの唇を突いた。
タカキには、まだ何のことだか理解ができない。
「昨日、コーブツの家に行った時に、新種の鉱物を食べたでしょ?」
「あ……うん。食べた」
「アレが、私だったの」
「そうだったんだ。ごめん。金平糖みたいで綺麗だったから、つい」
「綺麗だなんて、そんな……って、照れてる場合じゃなかった! いいのよ! お陰でアイツの元から逃げられたんだから!」
「捕まってたの?」
「そうね、捕まってたも同然ね。アイツは新種の鉱物見つけて、ただ喜んでたみたいだけど、とことんまで調べられてたことを考えたら、ゾッとするわ……」
ライトは、ガタガタと肩を震わせた。
「ふぅ……あのね、折り入って、貴方にお願いがあるの」
「うん」
「私の仲間を見つけて欲しいの……!」
「うん、いいよ」
「え! 待って?! もっと、よく考えて!」
「うん?」
余りの順応の高さに、思わず、ライト自ら話を止める。
タカキの疑うことのない眼差しと即答に、ライトは、戸惑っていた。
「私、何も持ってないわ! 貴方に払える対価がないの!」
「対価とか、いいよ」
「危険な目に遭うことになるのよ?!」
「そうなんだ」
「私は、貴方に一つも得にならないことをお願いしてる……だけど、貴方以外に頼れる人もいなくて……。迷惑をかけることはわかっているんだけど、助けて欲しいの」
ライトは話す内に、どんどん顔を曇らせていった。
ミネラル星の鉱物は、ピュアな心にしか反応しない。
この、タカキと言う人物は、確かに、ピュアな心の持ち主だった。
しかし、だからこそ、巻き込んでしまうことに罪悪感を覚えた。
「……私の故郷、ミネラル星が悪いヤツに襲われてしまったの」
「それって、もしかして、今日VRの映像で見えたあの星?」
「そう、あれが、ミネラル星よ。煙が出ていたのは、敵の宇宙船が、ミネラル星を攻めてきたからなの。ミネラル星は占拠され、私たちは力を求めて、この遠い地球まで飛ばされてきたの」
「私たちってことは、他にもいるの?」
「全部で八人いるわ。私を含めて七人のミネラル戦士たちと、時空移動石、クロノス様よ。地球に来るまでは一緒だったんだけど……地球に着地した時に、バラバラになってしまって」
「ライトが探しているのは、そのミネラル戦士たちと、クロノス様なんだね?」
「彼女たちと再会して、人間の持つ物質の力を手に入れて、ミネラル星に帰らないといけないの……っでないと、ミネラル星が、ミネラル星が、あんなヤツのものに!」
ライトが悔しそうに拳を握り締めると、その手をタカキが上から覆うようにして握った。
「見つけよう。俺も協力する。大丈夫」
「タカキ……」
「どんなに辛くても、状況は変わらない。この一瞬の時に、拳を握り締めることも、手のひらを重ねることも、君の心次第だ」
ライトは、タカキの言葉に目を開いた。
「辛い時こそ、自分じゃなく、誰かの手を握るんだって、俺は、大切な人から教わった」
「……っ」
「握り締めるものが違うだけで、きっと何かが変わる」
「あ、」
「俺を信じて」
タカキの言葉を信じて、ライトは握った拳を緩めた。
そして、ソッとタカキの手に重ねる。
途端に、温かいものが込み上げてきた。
「うん、その調子」
「さっきから、凄く当たり前に私のこと受け入れてくれてるし、少しも驚いてないみたいだけど……貴方、何者なの?」
「俺は、地球人のタカキ」
「貴方みたいな地球人もいるのね……」
「地球人に、詳しいんだね」
「詳しく……は、ないわね。そうね。知らない内に、入ってきた情報だけで、勝手に決めつけていたみたい……」
地球人が自分たちよりも、弱いとか、劣っている等と考えてたことを、ライトは恥ずかしく思った。
「タカキ……本当に協力してくれる?」
「もちろん」
「じゃあ、私の後に続いて、呪文を唱えて」
ライトの言葉に、タカキはコクンと頷いた。
『 大いなる宇宙に繋がりし、物質のエネルギーたちよ。この波動の光を集めて、我が身にその力を与え給え。我こそは、ミネラル星の聖戦士、ミネラル・ライト。その力を、今、地球人タカキと共有する 』
タカキが後につられて唱えると、不思議な光がライトとタカキの周りを包んだ。
そして、タカキの中の光が一際大きく光ると、その光の線がタカキの指先に巻き付いた。
やがて、光がタカキの身体に吸い込まれるように消えていく。
ライトは、ホッとした様子で、タカキに笑いかけた。
「できた?」
「完璧よ!」
「俺、何か変わった?」
「朝起きたら、指輪を嵌めてるわ。それが、私よ」
「指輪になったの?」
「そうよ。元は、私の一部分だけどね」
タカキは自分の指を見たが、指輪は嵌めていなかった。
「明日、目が覚めたら、わかるわ。普段は、指輪の中で大人しくしているから安心して……と言うよりも、正直な話、まだ地球に慣れてないから、ずっと交信していられるほどのエネルギーがないの。でも、仲間に近づいた時や、貴方に危険が迫った時には、交信できるようになってるから、大丈夫!」
「わかった」
「とは言え、貴方を危険に晒すことは変わらないわ。敵が現れた時には、貴方にも戦ってもらうことになると思う」
「いいよ」
「もう! そんなに簡単に返事していいの?!」
ライトがツッコムと、タカキはクスッと笑みを浮かべた。
その笑顔を見て、ライトは固まる。
「大丈夫。俺が決めた事だから」
この瞬間。
ライトが、タカキに、恋をしたのは言うまでもなかった。