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コーブツの家から帰る途中、タカキの目の前に一人の男が現れた。
「よ、ターカキ」
「クラゲさん、」
クラゲは、いつものスーツ姿ではなく、休日のラフな格好をしていた。
へらへらと笑いながら、タカキに近寄る。
「暇? 俺とデートしない?」
「……」
「そう、身構えるなよ」
ナンパでもするかのように話しかけてきたクラゲだったが、何かが起きたのあろうことを、タカキは察していた。
クラゲは、こう見えて、タカキと同じHeavens College出身だ。
つまりは、秀でた何かを持っているという事。
だが、傍から見れば、好青年に絡んでいる怪しい不審者にしか見えない。
しかし、最初に比べれば、クラゲの見た目も大分変化した。
少なくとも、浮浪者からは脱出したと言ってもいいだろう。
筋トレのお陰か、少しずつ筋力も戻ってきている。
タカキが、ジッとクラゲを見つめると、クラゲは、ご機嫌に頬を緩ませた。
「クラゲさん、顔」
「悪い、悪い。タカキが可愛くって」
「クラゲさんって、一度心許した相手には甘いよね」
「好きな奴と、その他で、世界が作られているからな!」
クラゲは、タカキの隣に来ると、その肩を持ちながら、誘導した。
タカキは、為すがままに連れて行かれる。
「何かあった?」
「いや、何、ちょっと~、会いたくなって?」
「なんで、俺が彼処にいるってわかったの?」
「ん〜、愛かな!」
「……」
「そんなスーパーの特売の玉葱を見るような目で、俺を見るなよ」
クラゲの話に付き合いながらも、クラゲは迷いなく足を進めていく。
連れて来られた先は、珍しくカフェだった。
それも、この間、タカキが来たばかりのVIN SANTOだ。
「あ! タカキさん!」
「こんにちは、コナカちゃん」
タカキが挨拶をすると、コナカは、ボフンっと顔を赤くする。
そんなコナカを見て、クラゲはニヤニヤと笑った。
席に案内されると、クラゲは頬杖をつきながら、タカキに囁く。
「モテモテじゃねーの? 色男」
「クラゲさん」
「あの子、公園で会った子だよな? 随分と雰囲気変わったみたいだが……俺は、今の方が断然好みだわ」
「それで。本題は、何?」
「クールだこと。実は、最近、ちょっと面白い展開になっててな。俺にも、友達が出来たわけよ」
「うん?」
「その友達っつーのがさ、ちょっと変わった奴で、怪物が出てくる夢をよく見るんだけどな。それが、どうにも正夢になるらしい」
「……怪物?」
その単語に、タカキがピクリと反応する。
「そ。それで、昨日、その怪物が出てくる夢をまた見たらしいんだが、その夢に出て来た場所っつーのが、ここだ」
「……ッ」
クラゲは、一枚の写真をタカキに見せた。
タカキは、それを見て、目を見開く。
「ナイトの家……」
渡されたスマフォの画面には、ナイトが家から出てくる姿が映っていた。
「隠し撮りなところは、目を瞑ってくれ。で、タカキの友達だった気がすんなぁ〜って思ったから、一応、情報共有しとこうと思って」
「クラゲさんの友達は、ナイトのこと知ってるの?」
「いや、知らない」
「その彼女は、何者?」
「さぁな。俺には、よくわからねぇや」
「彼女ってことは、やっぱり、相手は女の子か」
「……お前、ちゃっかりカマかけたな」
タカキは、ニッと笑みを浮かべた。
「なんてね。それだけわかれば、十分。ありがとう、クラゲさん」
「おう」
「お待たせしました~」
御礼を言ったところで、垂れ目先輩が珈琲を運んできた。
タカキは、顔を上げて、挨拶をしようと試みるが、肝心の名前が出てこない。
「ありがとうございます、……垂れ目先輩?」
「はは、いいよ、その呼び方で。慣れてるし、結構気に入ってるんだ」
「はい」
「そちらのお兄さんも、どーぞ」
「ありがとう、綺麗なお嬢さん」
クラゲが御礼を言うと、垂れ目先輩は、口をポカンと開けた後に、噴き出すようにして笑った。
「ハチクマくんの友人は、みんな面白いな」
「お、何か、ウケたぞ、やったな! タカキ」
クラゲがピースをしてきたので、ピースサインを返すタカキだったが、ふと、クラゲの指に傷がついていることに気が付いた。
垂れ目先輩が持ち場に戻った後で、タカキは、クラゲの手を掴む。
「……怪我してる」
「もう治りかけだ」
「なんで、怪我したのか聞いてもいい?」
「……この間、カマイタチみたいな風が吹いてきて、その時にやられたんだよ」
その時、タカキの目が見開いた。
「クラゲさん……いたんだ」
「ん?」
「気付かなかった……」
「どうした、タカキ」
クラゲの手を掴んでいたはずのタカキの手を握り直して、クラゲは、その手を撫でるようにして握った。
「自分が、まだまだだなって思っただけ」
「お前が落ち込む必要ってあるの?」
「精進しないと、大事な人を守れないから」
「ストイックな精神は尊敬するけど、それじゃあ、ダメだ」
「ダメ?」
クラゲは、タカキの手をひっくりかえして、手のひらに、人差し指で、マルを描いた。
そして、そのちょうど真ん中を人差し指で押さえる。
「お前は精一杯やってんだろ。なら、まずは反省することよりも先にやることがあんじゃねーの?」
「先に……?」
「自分を褒めてやるんだよ」
「……!」
その言葉を聞いて、タカキはキョトンとした顔をした。
クラゲにそんな言葉をかけられるとは、思ってもみなかったのだ。
「俺、すげぇ。頑張ってる。ちょー、良い奴。ほら、リピートアフターミー?」
「……」
「いいから、言ってみろって」
「俺、凄く頑張ってる。凄くいい奴?」
「そうだ。頑張ってて偉い! 偉いから、今日は、甘いもの好きなだけ食ってもいい! とかな、」
「……クラゲさん、」
「そうやって自分甘やかしていけよ。お前が甘やかせないなら、俺が甘やかしてやってもいいけど? 俺の甘やかし方は、凄いぞ」
ふふんっと、ドヤ顔で笑うクラゲを見て、タカキはクスッと笑みを零した。
「クラゲさんに甘やかされたら、凄そう」
「おう! 徹底的に甘やかすからな」
「じゃあ、遠慮しておく。まずは、自分で甘やかす努力をするよ」
「それがいい。そんで、たまには、俺に甘やかさせろ、いいな?」
「……加減してくれるなら」
タカキは、そう言って、珈琲に口をつけた。
ブラックのはずなのに、何故だか、甘く感じたのは、きっと心が甘いからだろう。
「ナイトのことは、こっちで何とかする」
「おう、悪いな。突然、引っ張ってきちまって」
「ううん。教えてくれてありがとうって、その子にも伝えて」
「わかったよ」
ひらひらと手を振ったクラゲをおいて、タカキはカフェから出た。
もちろん、お代をテーブルの上において。
クラゲは、タカキの置いていった500円玉を指で弾きながら、呟く。
「今度、ケーキバイキングでも奢ってやるか…」
「言わなくてよかったの? タカキ少年に」
「何を〜?」
「私のこととか……色々」
タカキが出た後で、クロノスは時空の狭間から現れ、タカキが座っていた席に腰掛けた。
「いいんだよ、あれで。タカキに必要な情報は全部伝わってるから」
「マリンの時、クラゲは私と時空の狭間から、あの子たちを見守っていた。タカキ少年が気づかないのは、当たり前のこと」
「だろうな。でも、例えそれを言ったところで、あいつは同じことを言ったと思うぜ?」
クラゲの言葉を聞いて、クロノスは首を傾げる。
タカキの後ろ姿を眺めながら、クラゲは誇らしげに呟いた。
「だって、あいつ、アズマ師匠のとこのガキだから」
アズマ式は、言い訳無用なのが、ルールなのだった。
それを聞いた、クロノスは呆れたように、返事をする。
「クラゲも、タカキ少年も人間離れしているけれど、その師匠たちは、もっと凄そうね」
「だろうな。だって、あの人たち人間じゃねーもん」
「宇宙人?」
「どうかなぁ。でも、すっげぇ、面白いよ」
「会ってみたいわね」
「いつか、会えるかもしれないぜ?」
「そうなの?」
「アズマ師匠は、弟子のピンチには、地球の裏側にいたってかけつける人だからさ」
クラゲが笑って、そう言った瞬間。
アイスコーヒの氷が、カランと溶けて、音を鳴らしたのだった。
◇◇◇
タカキは、カフェを出ると、その足で、真っ直ぐにナイトの家に向かった。
ナイトは、今日、講演会に行くと言っていた。
だとすれば、ナイト自身は、おそらく安全だ。
でも、なんでナイトの家なんだろうか。
そう思いながら、ナイトの家に向かっていたタカキは家の前まで来て、その理由に気付いた。
大きな豪邸は、閑静な住宅街の中でも、一際目立っている。
「そうか、ここには、宝石がたくさんあったんだ……」
ナイトがお金持ちだった事実を思い出し、タカキは自分の頭を小突いた。
屋敷の外を回りながら、異常がないか、確かめる。
広い広いこの家の何処かで鉱物が反応したのだとしたら、中の使用人達にも被害が及ぶだろう。
被害は、最小限に止めたい。
タカキは、忍び込もうか否か、悩んでいた。
その時。
「失礼致します。もしや、タカキ様でいらっしゃいますか?」
「……はい、貴方は」
屋敷の奥から現れたのは、初老の男性だった。
燕尾服を身にまとい、髪はしっかりとオールバックに纏められている。
白髪混じりの髪が、黒に混じって、髪の色が灰色に見えた。
タカキが、ジッと見つめていると、目の前の男性は背筋良くお辞儀した。
「この屋敷の使用人にございます、ユキナリと申します。ナイト様のご友人の方だと、お話しを伺っております。よろしければ、中に入られますか?」
「今日は、ナイトと約束してないんです。ただ、ちょっと近くまで来たので、ふと外観を眺めてしまいました。怪しい真似をして申し訳ありません」
「いえ、その様には思っておりません。たた、ナイト様のご友人にお会いしたいと、当主がお望みでしたので」
「当主?」
「ナイト様のお父上にございます」
ユキナリさんは、そう言いながら、屋敷の中へとタカキを促した。
大きな扉を開けて、ニコリと微笑んでいる。
一見、タカキに答えを委ねているようにも聞こえるが、ユキナリさんの目は、有無を言わさない目をしていた。
タカキは、悩んだ末に、ナイトの家に入る。
ナイトに連絡を入れようか迷ったが、タカキは自分のスマフォをポケットに仕舞った。
「ここへいらっしゃるのは、初めてですね」
「はい」
「何故、突然? それもナイト様のいらっしゃらない時に来られたのですか」
「偶然です」
「そうでしたか」
「はい」
しばらく、沈黙が流れた後。
今度は、タカキから口を開いた。
「ユキナリさんは、いつからこの屋敷で働いていらっしゃるのですか」
「ナイト様がお生まれになられる、ずっとずっとの昔の冬からにございます」
「そうでしたか」
「はい」
また、暫しの沈黙が流れる。
廊下を歩きながら、タカキはある事に気付いた。
「ユキナリさんは、ボディーガードも兼ねているんでしょうか」
「おや、変わった質問でございますね。何故、そう思いに?」
「……足音が一切しなかったので」
そう言って顔を上げると、ユキナリさんは顔色を変えないままで、答えた。
「昔、剣道を嗜んでおりましたので、そのせいでしょうか。すり足の稽古の時に、よく音を鳴らして叱られたものです」
「一般の人は、歩く時に、つま先を浮かせ、踵から地面に着きます。そのせいで音が鳴る。けれど、つま先から地面に足をつける人間は、足音が鳴らない。それは隙を見せる事なく、次の動作に直様移れるよう訓練されているからです。次の動作とは、すなわち反撃……。その足音は、強さの証かと」
「とんでもございません。剣道を習っていたとは言え、今となっては、全く使えない落ちぶれ者にございます。強さの欠片もない格好の悪い老いぼれです」
「落ちぶれているなんて、ご謙遜を。貴方は、イギリス紳士のように、美しくて、品がある。それに、瞳の奥の輝きからは、少しも老いが感じられない」
「まるで、口説かれているようですな」
「格好いいと申し上げているのは、確かです」
ハッキリと言うと、ユキナリさんは、肩を一度あげた。
「ナイト様が、貴方を気にいる理由がよくわかりました」
「ナイトは、家で俺の話をするんでしょうか?」
「いいえ。殆どなさいません」
「そうだと思いました」
タカキが納得したような声で頷くと、「ですが……」とユキナリさんは、言葉を続けた。
「タカキ様と出逢ってから、ナイト様は、この屋敷の中で携帯を眺めていらっしゃる時間が多くなりました」
「でも、ナイトと連絡を取っているのは、俺だけではありませんよ?」
「一度、お尋ねしたことがございまして。あまりにも嬉しそうな顔をされていたものですから。普段、私からそのようなお声がけをすることがありませんでしたので、珍しく思ったのかもしれません。ナイト様は、素直に、こうお答えなさいました」
ユキナリさんは、目を細めて言った。
「友達が出来たんだ。と」
「……!」
「その後に、待ち受けの写真を見せて下さりました。それで、タカキ様のお顔を存じ上げたのでございます」
「納得です」
タカキが答えると、ユキナリさんは、ニコリと笑みを見せた。
「楽しい話は、ここまで。……こちらです」
ユキナリさんは、意味深にそう囁いて、曇った笑みを浮かべた。
その笑みに、疑問を抱きながらも、タカキは大きくて立派な部屋の扉の奥へと足を進める。
「初めまして、タカキと申します」
一歩足を踏み入れたその部屋には、ピリッとした空気が漂っていた。




