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「ん……」
「あ、目が覚めた?」
「……へぁ!! な、なんで、え、ここは?!」
「君のバイト先の二階だよ。スタッフは、下でまだ働いてる」
タカキは、コナカのバイト先に、コナカを運んだのだった。
「一応、お店の人には、コナカちゃんが貧血で気を失ったところに、偶然居合わせたので、送り届けに来ましたって説明してあるよ」
「あの、私……」
タカキは、手の甲で、コナカの首元に触れた。
ピクリと、コナカの肩が跳ねる。
タカキは、無表情のままで、頷いた。
「熱は無いね。体調は、平気?」
「……タカキ、さん」
「あれ? 名前覚えてるの?」
「あ! えと、ええっと、はい……」
「と言うことは、記憶も残ってる?」
タカキが顔を覗き込むと、コナカは恥ずかしそうに目を泳がせながら頷いた。
「ぜんぶ、じゃ、無いんですけど……」
「そうなんだ」
「元々、マリンちゃんが夢に出てきて、それでお話しした次の日から、私ずっと夢の中で、カナコになってて……」
「そっか。記憶は、夢で共有してたんだね」
コナカは、胸をギュッと抑え込んだ。
「すみません……ご迷惑おかけしてしまって、」
「全然。それよりも、体調は?」
「私は大丈夫です、でも、マリンちゃんが……」
「マリンは、今、力を使いすぎて眠っているだけだよ。コナカちゃんは、マリンの事どこまで知ってるの?」
タカキが優しく尋ねると、コナカは首を横に振りながら答えた。
「殆ど知らないです。私が、マリンちゃんに協力したのは……マリンちゃんの守りたい子の話を聞いたからで……まさか、それが、タカキさんの中にいる人とは思わなかったですけど」
「ライトのこともわかるの? じゃあ、さっきの戦いのことも覚えてる?」
「マリンちゃんを通して、見ていたので……あ! そうだ、あの方は! タカキさんのお友達の……!」
「ナイトは、家まで送って行ったよ。途中で、目が覚めたから、これからコナカちゃんも送ってくって伝えてわかれた」
「あの、私が聞くことでもないかもしれないんですが、目が覚めたら、いきなり私がいて、ナイトさんは驚いてませんでしたか?」
「意味がわからないって顔してたけど、後で説明するって言ったら、わかってくれた」
タカキが、困っている人を放っておけない性格なのを、ナイトは、よく理解していた。
コナカが目を覚ましていない以上、そのまま放置するわけにもいかない。
コナカのバイト先まで着いて行くと言ったが、ナイトも一度、倒れた身なのだから安静にしていろとタカキに諭され、ナイトは渋々頷いた。
「ナイトさんは、ライトさんのことをご存知なのですか?」
「ううん。知らないよ。だから、この事は、秘密にしておいてもらえたらありがたい」
「それは、もちろんです…! ベラベラ話したりなんてしません!」
「うん、ありがとう」
タカキがニコッと微笑むと、コナカは無意識に眉を寄せた。
苦しそうな表情を見て、タカキは心配する。
「コナカちゃん?」
「変、ですよね……今頃になって、涙が出るなんて……っ」
コナカは、自分の手をギュッと握りしめた。
「私、カナコみたいな、人になりたいと思ってたんです…! 小心者で、弱虫なコナカじゃなくて、明るくてムードメーカーな、カナコみたいな、人に……一回だけ、マリンちゃんの意識を借りて、舞台の練習に出たんです、その時、ちゃんと役通りの演技ができて、オッケーも、貰えたのに、わたし……凄く、悔しくて……っ!」
ブワッと、涙を零したコナカは、手の甲で必死に、その涙を拭う。
「ひぐっ……せっかく、褒めて貰えたけど、それは、私じゃないから、全然嬉しくなくて……ひっく、余計に悔しくなって、それで、また奥に引っ込んで、どんどん外に出るのが怖くなって……えっぐ」
「悔しかったのは、コナカちゃんが真剣にやっていた証拠だよ」
「タカキさ……」
「いつでも良い結果が伴うような世界じゃない。真面目に頑張っていても、結果が出せない事なんて山ほどある。だから、人は、悔しく思ったり、泣いたり、傷付いたりするんだ。だけど、その気持ちは絶対、無駄じゃない。だって、頑張らないと得られない気持ちなんだから」
タカキは、コナカの頭を手のひらで優しく撫でた。
コナカは、さらにボロボロと涙を流す。
「うぇ、っ、うぇぇ……」
「よしよし」
「タカキさんがマリンちゃんに、小さな心にも気づける優しい女の子なんだって、言ってくれてたのが、すごく嬉しくて、」
「あれ、聞こえてたんだ」
「私の、パパとママが、そんな風に育って欲しいから、この名前にしたんだよって、小さい頃に教えてくれました。だけど、私、タカキさんに言われるまで、ずっと、忘れてて……」
コナカの両親は、周りよりも一回り小さな体で産まれてきたコナカを見て、思ったのだ。
なんて、可愛い子なんだ、と。
そして、この子にふさわしい名前をつけようと、三日三晩考えた末に、名付けたのが「小心」だった。
人の小さな心にも気付き、あたたかい心配りが出来るような、優しい子に育って欲しい。
そんな思いから、名付けたのだ。
「素敵な両親だね」
「うっ、ひっく、タカキさん、ありがとう、ございま、す……っ、ずっと、お礼も、言いたくて」
「うん、」
「私の、舞台も、ほんとうに、出来るなら観に来て、欲しいです、一生懸命演じるので…………あぇ?」
「どうしたの?」
泣いていたコナカの涙が、ぴたっと止まった。
ギギギ、と嫌な音を鳴らしながら、自分のポケットに入った携帯を引き出す。
画面に溢れていた、大量の着信履歴を見て、一気に顔面蒼白になった。
「け、け、けけ、稽古ーーー!!」
「あ、すぐ起きたら危ないよ。さっきまで、倒れてたんだから」
「そそ、そんな、だって私、無断で、休……っ!!」
ガタガタと震えるコナカの所にドタドタと階段を登る音が聞こえて来た。
スパンッと、勢いよく障子を開けられ、現れたのは、なんとコナカの舞台の大先輩、マイカだった。
大女優が汗を流しながら、息を切らしてやってきたのだ。
コナカは、土下座の準備をした。
「ま、ま、マイ、マイカさん……っ! 申し訳、」
「怪我は?!?!」
「……へ?」
マイカは、コナカの元へ膝をつき、その身体をペタペタと触り、確かめた。
「どこか、変なところは!?」
「あ、ありません……?」
「痛みは! 吐き気は! 熱は?!」
怒涛の質問に、コナカがパニックになっていると、後ろから追いかけてきたであろう、監督たちが、続々と現れた。
「マイカ、落ち着けって。コナカちゃんがパニックになってるだろ」
「これが、落ち着いてられますか!」
「マイカさん……監督?」
「コナカちゃんが来ないって、うちに連絡があったんだよ」
「タレ目先輩!」
仕事の区切りをつけたタレ目先輩は、エプロンをつけたまま二階に上がってきた。
「うちのコナカは無断欠席なんて絶対しない子なのに、稽古に来てないんです! 何か知りませんか! って、モノ凄い勢いで電話があってね。ほら、実家は遠いし、コナカは一人暮らしだから、携帯が繋がらないとなると、後は、こっちの職場ぐらいしか連絡できないでしょ。そうしたら、タイミングよく、そこのハチクマくんが、コナカを背負って、うちの店に来てくれたってわけ」
「た、多大なご迷惑を、おかけして……!」
「そんな事より、身体はどうなのよ!!」
「げ、元気ですぅ!!」
マイカの噛み付くような質問に、涙ながらに返事をするコナカの姿を見て、タレ目先輩は声に出して笑った。
「ははっ、コナカちゃんのことさ、ちょっと心配してたんだけど、どうやら杞憂だったみたいだね」
「タレ目先輩?」
「ちょっと、妬けちゃうな。コナカちゃんには、私らの他にも、こんなに素敵な仲間がいるんだね」
「へっ、あ、あの、」
コナカが、顔を赤くしながら慌てていると、監督たちが口を揃えて言った。
「そりゃあ、うちの子ですから!」
その言葉を聞いて、コナカはポカンと口を開く。
「可愛くて仕方ありませんよ。指導も愛の鞭!」
「コナカは、本当に優しい子だからなぁ」
「団員が怪我してたり、体調不良だったりすると一番に気付くのがコナカだもんな」
「あ、それうちのバイト先でもそうですよ」
「やっぱり? コナカはどこに行ってもそうなんだな!」
そんな風に劇団員とスタッフが話しているのを聞いて、コナカは決意を固めた。
マイカの前で、まっすぐに彼女の目を見つめる。
「マイカさん……!」
「何よ」
「この間の、あれ、返上させて下さい!」
「あれ?」
「私……将来は、大女優になるのが夢なんです!!」
コナカの宣言に、後ろにいたみんなが静まり返った。
黙って二人の会話を見届ける。
「私の名前は、小さな心と書いて、コナカと読みます。でも、小心者のコナカからは、もう卒業します!」
「小心者じゃないのなら、あなたの名前は、今後どう表現していくのよ」
マイカの態度は、決してぶれない。
コナカは、マイカの前で、堂々と言った。
「これからは……どんな小さな心にも応える、大女優のコナカになります!」
言い切った瞬間に、拍手が湧いた。
「よく言った!!」
「それでこそ、コナカだ!」
「もう、とっくに出来てるよ!」
「み、皆さん……」
コナカが、ぺこぺこと頭を下げていると、監督がコナカの頭をぐしゃりと撫でて言った。
「あのな、コナカ。頼って良いんだからな」
「へ?」
「何でも一人でやろうとするな。俺たちは、一つの家族なんだ。役が掴めなかったら、相談しろ。マイカが本当に伝えたかったのは、そこだ」
「マイカさん……?」
コナカがマイカを見ると、マイカは顔を赤くしながら、慌てて顔をそらした。
どうやら、本当の事らしい。
「飯くらい、いくらでも奢ってやる。お前は、そういうの遠慮するけどな、甘えられた方が嬉しい時だってあるんだよ。劇団員なんてのは、飯食いながら、グダグダ演技の話に花咲かせてナンボだ。そうやって、コミュニケーションとって、そうやって、周りの意見聞いて、役を整えていくんだよ」
「監督……」
「だから、一人で夜中に、公園の中で練習すんのはやめなさい!」
「な! なんで、それを!」
「危なっかしくて仕方ないよ。俺たち、結構、陰から見守ってたんだからな」
「ちなみに、監督は変質者と間違えられて、職質された事もあったんだぜ!」
「馬鹿っ!それは言うな!」
そんな監督たちの言葉を聞いて、コナカは胸がポカポカとあったかくなった。
優しい気持ちが心に広がる。
その時、自然と満面の笑顔が出た。
「監督、今度、お時間があったら、ご飯してください!」
「お、おぉ、いいぞ。コナカ、それより、お前、その顔……!」
「よかったら、このお店に来ませんか! うち、遅くまでやってますし、すっごく美味しいんです!」
コナカの言葉を聞いて、監督は苦笑する。
どうやら、アドバイスの必要は、殆ど無くなったようだ。
「狡い、監督! 俺もコナカと飯行きたいッス!」
「あたしたちも、コナカっちと、ご飯いくー!」
「あら、まずは、私とよ」
劇団員たちに頭を撫でられながら、コナカは嬉しそうに、それを受け入れた。
そんな姿を見て、タカキは、優しく微笑む。
だが、次の瞬間。
そこにいるタレ目先輩以外の視線が、タカキへと突き刺さった。
「……?」
監督が、オホンッと咳払いをして、タカキの前に正座する。
タカキもつられて、正座した。
「ところで、君。自己紹介がまだだったね。お名前は?」
「自己紹介が遅れまして、すみません。タカキです」
「歳は?」
「大学二年生です」
「コナカとの関係は?」
「か! 監督! 何聞いてらっしゃるんですか!! タカキさんは、私の恩人です!」
「ほほう、恩人? 恋人ではないと?」
「こ、恋人なわけ!」
コナカが真っ赤になって否定していると、下から物凄い勢いで上がって来た男がいた。
「コナカちゃんの恋人だとぉぉぉお!! うちの可愛い娘の彼氏は、どこだーっ?!」
「落ち着きなよ、店長!!コナカちゃんの恩人だってば! 彼氏未満!!」
慌てて、タレ目先輩が間に入る。
熊のように大きく髭面の男の正体は、この店の店長だった。
「て、店長までぇ〜!」
「うちの大事な看板娘の彼氏とあっちゃ、黙っていられなくてよ!」
「だから、彼氏じゃないです〜!」
コナカが羞恥に染まりながら否定して回っていると、タレ目先輩がボソッと呟いた。
「まだ、な」
「なっ!」
「まだ、だと……」
「と、言うことは、可能性があると言うことか」
「店長! 監督!」
「これは、ジックリ話を聞く必要がありそうだな。タカキくん」
「下で、飯でも食いながら、腹を割って話そうじゃないか」
「もう、やめてくださいぃぃ!」
コナカの肩をポンっと叩いて、タレ目先輩は言った。
「諦めな。コナカには、父親がいっぱいいるってことだ。めでたい、めでたい」
「だからって、タカキさんにご迷惑が!」
「案外、はちくま君は楽しそうだからいいんじゃない? それより、コナカ。あんた気付いてる?」
「え?」
「みんなの輪の中心にいて、明るくて、人懐っこい自分に、今なってたってこと」
タレ目先輩に言われ、コナカは目を見開いた。
コナカらしい、明るさ。
それが、ようやく、わかったのだ。
「次の稽古では、良い演技が見れそうね」
「マイカさん…!」
「言っておくけど、その顔忘れたら許さないわよ。貴女みたいな子はね、愛くるしいって言葉が、一番似合うんだから。オドオドしてないで、ずっと笑ってなさい」
キツイ口調なのに、マイカの言葉には、もう何処にも怖さはなかった。
「……っはい!」
満面の笑みで、コナカが笑い返すと、マイカも自然な笑顔を返した。
そんな二人を見て、監督と店長は、よかった、よかった、と微笑む。
「じゃ、めでたし、めでたし。という事で、タカキくんは、あっちで、おじさん達と話そうか!」
「酒なら、任せろ! 良いのが揃っている!!」
「いいっすね、店長!」
「その方が、腹割って話せるっつーもんよ!」
「監督〜! 店長〜! ダメですーっ!!」
コナカの言葉を聞き入れないまま、話は進んでいく。
結局、タカキは、本当に監督と店長たちと呑む羽目になった。
酒を呑みながら、舞台の話や、店の話に、花を咲かせる。
タカキは、途中で尋問を受けながらも、宴会を楽しんだ。
『小さな大女優の卵』コナカは、やがて大きく成長する。
舞台が大成功し、コナカの名前が、コナカとして、有名になるのは、そう遠くない、未来の話だ。




