-18
「おっーす、タカキ。おはよう〜さん」
「クラゲさん……」
タカキが朝、公園をランニングしていると、クラゲが後ろから走って来た。
珍しくジャージを着ている。
タカキは、少し左に寄って、隣に並んで走った。
「おはよう、ランニング?」
「あれから、たまに走るようにしたんだよ。この体に、少しは筋肉つけねぇとな」
「ご飯は?」
「お陰様で、ちゃんと食うようになりましたとも~」
「筋肉つけたいなら、タンパク質中心の食事にするといいよ」
「タンパク質って、何だ?」
「ささ身とか、納豆、ツナ?」
「あー、カロリー低そうなやつな。はいよ〜! わかった」
「バランスよく摂るのが大事だから、タンパク質だけ食べるような偏った食事にはしないでね」
「お前は、本当にいい嫁さんになりそうだなぁ。それにしても……」
クラゲは、走りながらタカキの脇腹を突いた。
「お前さん、筋肉ついてる割に、細過ぎねぇ?」
「クラゲさんの方が、細いよ」
「俺は筋肉無いから、こうなの! 俺だって、タカキぐらいの歳の時は、すげぇ筋肉マッチョだったんだからな?」
「……」
「なんだ、その、疑いの目は? おーい、タカキ? タカキくーん?」
クラゲを置いて、タカキがスピードアップしようとした、その時。
タカキたちの目の前に、女の子が飛び出してきた。
「キャーーっ!! おはようございますー!!」
「?」
「おっ? タカキ、朝からモテモテだな?」
女の子は、突然現れ、興奮した様子で、タカキの腰に抱きついた。
タカキは、身動きが取れず、立ち止まる。
小柄な、その女の子を見て、タカキは首を傾げた。
「君は、……もしかして、3日前のスズメバチの時の……?」
「そうです!! あの時は、ありがとうございましたっ! まるで、ヒーロみたいでした! すっごく、格好良かったですー! 会えて、よかったぁ! 私、頭がパニックになってて、ちゃんと名前も名乗れなくて、逃げちゃったから、ずっと後悔してたんですぅ。今日は、絶対会うんだって意気込んで、待ってました!」
「……どういたしまして」
タカキは、少なからず驚いていた、
目の前にいるコナカが、あの時に会った女の子とは、別人のようだったからだ。
見た目も違う。性格も違う。
服装も派手で、化粧も濃くなっている。
あの時の印象が全くと良いほど、無くなっていた。
「あ! そうだ、自己紹介がまだでしたよね! 私の名前は、カナコです!」
「……カナコちゃん?」
「はいっ!! 嬉しいなぁ! タカキさんに、カナコって呼んでもらえるなんて!」
「え、あの……」
「あ! そろそろ、バイトに行かなきゃ! そうだ! 私、VIN SANTOって、お店で働いてるんです! よかったら、是非是非来てください!」
カナコは、タカキの両手を握りながら、その手にサッと手紙を握らせる。
「じゃあ、私はこの辺で! あ、これ、貰ってください! またお会いしましょ! タカキさんっ!」
カナコは、タカキに手紙を渡して、タカキが何か言う前に、嵐のように去っていった。
それを一部始終見ていたクラゲが、小さな声で呟く。
「すげぇな、今時の女の子って」
「あの子……」
「ん? どうした?」
タカキは、チラリとクラゲに視線を寄越した。
クラゲはタカキの顔を見て、首を傾げる。
タカキがジッと見つめ続けると、クラゲは、自然とタカキを誘導した。
「どれで、迷ってる?」
「クラゲさんに話すべきか、否か」
「話してみ」
「あの子、俺の名前知ってた。名乗ってないのに」
「熱狂的なファンとか?」
「それに、この間は、足にあんなアンクレットつけてなかった」
「最近、買ったんじゃないか? アンクレットくらいオシャレでつけるだろうよ」
「あとは……」
「あとは?」
「……」
「他に気になるところは?」
「……気になったのは、それだけ」
「ご報告ありがとうよ、」
クラゲは、適当に返事をしているフリをして、しっかりとタカキの伝えたい言葉を汲み取っていた。
信頼はしているけれど、お互いに秘密は明かしていない。
二人ともお互いの核心をつかないように上手に駆け引きをするのが、上手かった。
「俺そろそろ、帰る」
「お、俺も仕事に行かないと! それじゃあ、またな、タカキ」
「またね、クラゲさん」
クラゲとタカキは、それ以上余計なことは言わずに別れた。
タカキが公園から出て行く。
それを見届けた瞬間、時空の間からクロノスが現れた。
「どうだ?」
「間違いないわ。あの子に、ミネラル戦士がついている。だけど、少し大変そうね」
「どうして?」
「すでに、厄介な鉱物に取り込まれてるわ」
「そりゃあ、大変」
「タカキ少年は、気付いているみたいね」
「そりゃあな! でも、あの様子じゃ、確信は持ててないみたいだぜ?」
そう言いながらも、クラゲは嬉しそうに答えた。
クロノスは、そんなクラゲを見てキョトンとする。
「クラゲ?」
「悪い、ちょっと、ワクワクしちまった」
「戦えるから?」
「それもあるけど……タカキは、俺が、あの小さな少年になれることに気付いてる。おそらく、俺がタカキの味方である事も。だけど、俺から言わないって事は、言えない理由があるってこともわかってて、聞いてこないんだ。そんなあいつが、ここから、どこまで俺を見抜いていくのか、楽しみになっちまってさ」
「見抜かれるのが好きなの?」
「暴かれるのは、嫌いじゃないね」
「変わった人ね」
「よく言われる! ……それにしても」
「ん?」
「その服、やっぱり超似合ってるわ! 最高に、可愛いよ、クロノス嬢~!」
ご機嫌なクラゲに、クロノスは苦笑する。
クラゲはご機嫌に、クロノスを連れて家へと戻った。
途中で、クラゲが職質されたのは、言うまでもない。
◇◇◇
その日の夕方。
大学が終わると、タカキは鞄を背負った。
「タカキ、今日の帰りだけど……」
「ごめん、今日は寄りたいところがあるんだ」
「寄りたいところ? バイトじゃなくて?」
「うん、バイトは無い」
「何処に行くんだ?」
爽やかに聞いてきたナイトだったが、タカキが答えた瞬間に、その態度は一変した。
「カフェ」
「誰と」
「え、」
「タカキは、一人でカフェとか行かないだろ。誰と行くの? もしかして、この間のホームレス? それとも、隣のキャバ嬢か、まさか、あの鉱物男と行くつもりなんじゃ……?!」
「クラゲさんは、カフェに行かなくても自宅で本格コーヒー作れる人だし、キョウカさんは、コーヒー得意じゃないし、コーブツは家から滅多な事がない限り出てこないよ」
「じゃあ、誰と?」
「一人」
「へ?」
「今朝、そこのカフェの店員さんにお世話になったから、お礼を言いに行きたかっただけ」
タカキがオブラートに包んで言うと、ナイトが両手でタカキの手をギュっと握った。
その顔は、満面の笑顔だ。
「俺も行きたいな!」
「俺の私用に、ナイトを付き合わせる事になるよ?」
「喜んで!」
「並ぶかもよ?」
「タカキと一緒なら何処でも行くさ! 俺ならコーヒーも好きだし、並ぶのも構わないし、タカキの好きなケーキ二つ頼んで、半分こもできるよ」
「……」
ナイトのキラキラした目がタカキを襲う。
タカキは、こくんと頷いた。
「やった……!」
途端にパァァっとナイトの顔が明るくなった。
ナイトは、嬉しそうにタカキの隣に並ぶ。
「で? どこのカフェに行くんだ?」
「前に、ナイトと行ったところ。VIN SANTOだっけ?」
「あぁ、あそこか!」
「あそこの店員さんだったから、覚えてたんだ」
「タカキは、人の顔を覚えるのが得意だよな」
そう。タカキは以前から、コナカの存在を知っていたのだ。
ナイトと行った時に、コナカがたまたまバイトに入っている日だった。
その時に、大きなホールで、一際小さな身体で一生懸命に働いているスタッフがいたので、印象に残っていたのだ。
「あそこの角だ」
「お、着いた。うわっ、結構並んでるなぁ〜」
「本当だ。平日のこの時間なのに、珍しい」
大行列と言っていいほど、混んでいる店を見て、二人は呆然としていた。
また、別の日にしようかとタカキが思った、その時。
並んでいる人達の会話が聞こえてきた。
「ここの店員ちゃんに、すっごく可愛い子がいるらしいぜ?」
「聞いた、聞いた!」
「何でも、女優の卵なんだろう?」
「一目だけでも見たいよな!」
「名前なんだっけ? ええっと……カナコちゃんだったか?」
その名前を聞いて、タカキは、頭に疑問が浮かんだ。
いつの間にか、有名になっていたカナコは、いつそうなったのか。
しばらくタカキが黙っていると、隣にいたナイトが心配そうにタカキの顔を覗き込んだ。
「どうした、タカキ?」
「ナイト、ごめん。今日は混んでるから、また今度にするよ」
「え、いいのか? 俺、並ぶの平気だけど?」
「うん、店内も忙しいだろうし。そんな中、話しかけても迷惑だろうから」
タカキが、そう言って、列から外れようとした、その時だった。
遠くから聞こえてきた声に、ナイトの顔が引き攣る。
周りの男性陣たちの視線も、一気にタカキに集中した。
「キャーっ! カナコのヒーロー! 本当に、お店に来てくれるなんて、嬉しい!!」
「あ、今朝の」
「カナコに会いに来てくれたんですか? カナコお仕事しててごめんなさい~! でも、タカキさんに会えて、超ハッピーです!!」
「突然ごめんなさい。ここしか、貴女がいる場所わからなかったから」
タカキの腕にギュッと抱きついてきたカナコは、上目使いにタカキをジッと見つめた。
その姿を隣で見ているナイトは、爽やかな笑顔の裏で、恐ろしいサタンを待機させている。
「タカキさん、カナコに、用があったんですよね?」
「うん」
「やっぱり~~! キャー! どうしよう! カナコ、超嬉しい~!」
「あの、」
ぴょんぴょんと兎のように跳ねるカナコを見て、タカキは話をするタイミングを失っていた。
すると、後ろからナイトの手が肩に伸びてくる。
その手の先には、恐ろしくブラックな顔をしたナイトの姿があった。
「あれは?」
「カナコちゃん。今朝、舞台のチケットを貰ったから御礼を言いにきたんだ。それに、ちゃんと観たいから、お金も払うつもりで来たんだけど……話聞いてないね」
「なら、帰ろう。すぐに帰ろう」
「ナイト、顔が怖い」
タカキが注意すると、ナイトは得意の笑顔を浮かべた。
「あ、それ、カナコの出る劇なんで、チケット代はいらないですよ~!」
「出るなら、なおさら払うよ」
「いいです~、と言うか、そろそろ案内できそうなんで、お腹いっぱい食べてってください~! なんなら、私が特別ラブラブはっぴ~ぱんけぇき、作っちゃいますよ!」
ねっ! と、ウィンクした瞬間に、タカキとナイト以外の男性たちが、ウィンクの流れ弾に当たって弾け飛んだ。
「ウィンク一つで、この威力……凄い」
「タカキ、何、真面目に分析してるんだよ! それに、ウィンクぐらい俺にもできる!」
対抗して、ナイトがバチンっとウィンクすると、その場に並んでいた、女の子たちが、キュンッと胸をおさえて、次々に倒れていった。
「おぉ……ナイトに、こんな技があったなんて」
「まぁ、使うこと殆ど無いけどな」
「俺も鍛えてみようかな……」
「タカキもできるの?」
「威力は無いけど、できるよ。……ほら」
――パチンッ。
「「 あぁ~~んッ!! 」」
タカキがウィンクをした瞬間。
カナコとナイトが、メロメロの爆風に当たり、胸の奥まで焦がされた。
あまりの威力に、悶え死にそうになる二人。
「最高、タカキさん、本当に素敵……っ」
「タカキのウィンクゲット……クッ!」
「二人とも……大丈夫か? それと、カナコちゃんは、そろそろお店に戻らないと」
「あ、そうでした~! じゃあ、案内しますね! こちらです~!」
そう言って、店内に案内され、メニューを渡された。
「じゃあ、本日のオススメケーキセット二つ。飲み物は、二人ともブラックでお願いします」
「かしこまりました~!」
ウキウキで、戻って行くカナコの姿を見つめながら、タカキは、彼女の笑顔に見惚れている客たちの姿と、彼女の変貌に戸惑っているスタッフたちの姿を観察した。
明るくて、人懐っこくて、ムードメーカーなイメージの彼女は、あの時とは、やっぱり別人のようだ。
今も、まるで、アイドルのように、お客さんに手を振っている。
もちろん、今の彼女が悪いわけではない。
でも、タカキには、引っかかっていることがあった。
タカキが悩んでいると、ニュッと伸びてきた手が、タカキの髪に触れた。
「タカキ、いつまで、見てるんだよ」
「ナイト、ごめん」
「いいけど、あの子ばっかり見てると、ちょっと寂しい」
「わかった」
タカキが素直に頷くと、ナイトは、小さく溜息を吐きながら、片手で自分の顔を隠すように頬杖をついた。
それを見て、タカキは首を傾げる。
「……タカキって、俺といて疲れない?」
「なんで?」
「俺、我が儘じゃん?」
「自分の気持ちに素直なのが、いけないことなのか?」
「……いけない、時もあるだろ……多分」
「そっか。疲れないよ。ナイトが、自分の気持ちを出してくれるのは、嬉しい」
「タカキは、心広すぎ」
「そんなことない」
「でもって、俺は、めちゃくちゃ心が狭い」
「自分の空間を大事にしているだけだろ。そんなことで落ち込んでるなんて、ナイトらしくないよ」
「……タカキ」
タカキとナイトが二人だけの世界に入りかけた、その時だった。
「お~~~~またせしましたぁん! ふっわふわのもっちもち! その名もラブラブはっぴ~ぱんけぇき、カナコスペシャルです!!! ……あと、珈琲とチーズケーキです」
「おぉ……でかい」
「ははは、店員さん。何だか、僕の分だけ、質素じゃないですか?」
「えええ? そんなことないですよ~~! クレームですかぁ?」
「と言うか、どう見ても、チーズケーキの上のミント乗せ過ぎでしょ?」
「あ、それ、パクチーですよ」
「ミントですらない!!!!! しかも、匂いキッツい!!!!!!」
ちなみに、タカキのパンケーキは、もちろんメニューに無い特別なものだった。
パンケーキに生クリームとラズベリーのソースとイチゴがたっぷりのった、超甘そうなケーキだ。
パンケーキの横には、「タカキさんLOVE」とチョコレートで書かれている。
タカキは、何も考えずに、それに口を付けた。
「うん。美味しい」
「タカキさんから、美味しいって言葉、もらえました~~~! はっぴ~~!」
「ほら、ナイトも」
「え?!」
「えぇ?!」
タカキが、ヒョイっとフォークに刺したパンケーキを差し出すと、二人の目が点になった。
カナコの目は、絶望でいっぱいになり、ナイトの目は、キラキラと輝いている。
それを見たタカキが不思議に思っていると、ナイトは勝ち誇った顔で、そのパンケーキを食べた。
「あぁっ! タカキさんからのあーんを!」
「……うっま」
「私が作ったんだから、当たり前ですぅ!!」
「タカキが食べさせてくれたから、世界で一番美味いパンケーキになったんですが、何か? お仕事戻らなくていいんですか、店員さん??」
「うぎぎぎぎ!」
ニコニコといつもの百倍くらい綺麗な笑顔を浮かべなら、ナイトは、余裕の顔で、カナコに向かって、そう言った。
ちなみに、タカキはナイトのパクチーズケーキも食べている。
「合わなくは……ないのか?」
「タカキが!! 俺のチーズケーキ食べてる!! 可愛い!!」
「ナイトが半分こにするって、言ってたから」
「はうっ!! タカキさん、ダメですよ、そんな苦いの食べたら!!」
「だったら、出すなよ!」
「ケーキって言うより、こういうオカズみたい?」
「なるほど……!」
カナコが頷いていると、後ろから、タレ目先輩が現れた。
「友達?」
「あぁっ、すっみませーん!! 私ってば、うっかり話し込んじゃった! ごめんなさい、ごめんなさい、タレメ先輩っ! すぐ持ち場に戻ります!!」
「いや、店も少し落ち着いて来たし、友達なら休憩入れてあげるから、ゆっくり話したらって言おうと思ったんだけど……全然聞いてないな。行っちゃった」
カナコは、そう言って、笑顔で仕事へと戻って行った。
そんなカナコを見て、タレメ先輩はやれやれと溜息を吐く。
「あの、」
「あの子の友達?」
「……」
タカキは、迷った末に、頷いた。
「そっか……あのさ、あの子、何かあったのかな。何か知ってますか?」
「いえ、俺は何も……」
「僕は、今日、彼女と初対面なので」
「そうだったんですね。いきなり、あんな性格になったから、スタッフも常連客もみんな驚いていて……次の舞台で、明るい妖精役をやるって言ってたから、その役作りなのかもしれないんですけど……」
タレメ先輩は、少し寂しそうな眼をした。
「皆を連れて観に行くなんて言っちゃったから、プレッシャーかけちゃったのかな」
「彼女は、いつから変わったんですか?」
「三日前からかな、その日、ちょっと落ち込んでて、元気になったと思ったら、あの調子だから」
「三日前って言うと、ちょうど、俺と会った時だ」
「え?! じゃあ、もしかして、君が、はちくま君?!」
「はちくま?」
タカキが首を傾げていると、タレメ先輩が、「あ! ごめん! こっちの話!」と慌てて、謝った。
「八角鷹を呼んで、スズメバチを追い払ったからかな?」
「そう、それ!」
「あ、じゃあ、そのはちくま君は、俺で合ってます」
「やっぱり、君か! うわぁ、まさか会えるとは……!」
タレメ先輩は、タカキを見て、感動していた。
タカキは、キョトンとした顔で、先輩を見返す。
「ごめん、じろじろ見ちゃって。あの子の話を聞いた時から、凄い人がいるんだなって、気になってたんだ」
気になる、という単語を聞いて、ナイトの顔が一瞬ブラックに戻った。
すると、慌てて、タレメ先輩が一言付け足す。
「や、野生の鷹を飼っている珍しい人に会ってみたいな! って意味での、気になるだから! 特に深い意味は無いから!」
その答えを聞いて、ナイトは、スッと元の笑顔に戻る。
「タカキは確かに、珍しい生き物だよな」
「そう?」
「ところで、はちくまって?」
「俺の友達。ほら、リョースケのこと」
「あぁ、あの鷹か」
ナイトは、一度、リョースケと面識があった。
ニコニコしているナイトを見て、タレメ先輩は、よくわからないが、ホッとする。
その時、店の奥の方で、お客様と話すカナコの声が聞こえてきた。
カナコの声は、とても楽しそうで、明るい。
だけど、タレメ先輩は、そんなカナコのことを寂しげな眼で見つめていた。
「彼女が心配ですか?」
「え?」
「普通に考えれば、明るくなるのは、良いことだ」
「明るく……か」
「でも、貴女は、少し寂しそうな眼をしている」
「……そうだね」
タカキの言葉を聞いて、タレメ先輩は、苦笑した。
「なんでかな。明るくなったのは、確かに、良いことなのかもしれないけれど……今の彼女が、無理しているようにしか感じられなくて……」
「そうだったんですね」
「ごめんなさい、お客様に、こんな話。しかも、初対面の方なのに」
タレメ先輩は、そう言って、伝票を書きなおした。
「お二人の珈琲代は、驕りです。ゆっくりしていってください」
「女性に、奢らせるわけにはいきません」
「そうですよ、話くらい、いくらでも聞きます」
タカキの後に、ナイトも続いた。
タレメ先輩は、驚いた顔で、二人の見下ろす。
「どうかしました?」
「いえ、よく男性にも間違えられるので……。こんなにハッキリと女性扱いされた経験なんてあまり無かったから、驚いて」
そう言って、タレメ先輩は、タカキとナイトに、少しだけ照れたような笑みを見せた。
「やっぱり、珈琲代は結構です。その代わり、驕りじゃなくて、プレゼントってことにしてください。嬉しかったから、その御礼のプレゼントです。その珈琲、私が淹れたんで、いいですよね?」
「……」
「女性からのプレゼントを突き返すわけには、いきませんね」
そう言って、ナイトは、紳士的に立ち上がって、お辞儀をした。
それに続いて、今度は、タカキもお辞儀をする。
「ありがたく頂戴致します、美しい店員さん」
「ありがとうございます、」
「そんな、大層なもんじゃないから! 私の腕なんて、まだまだだし。次は、もっと美味しいのが淹れられるように頑張るんで、また、飲みに来てくださいよ」
「今のままでも、十分美味しかったです。でも、また来るので、その時は、是非」
「本当に、美味しかったです」
「ありがとう。君達、いい子だね。気に入っちゃった!」
そう言って、タレメ先輩は、ご機嫌な顔で、戻って行った。
一方、タカキは、顎に手を置きながら、どうしたものかと悩んでいた。
おそらく、何らかの鉱物の力が、カナコと関わっている可能性は高い。
でも、今までと違い、タカキに対して好意的だった。
戦おうにも、今のままでは戦えない。
気掛かりなのは、カナコの意識のことだった。
ミネラル戦士が意識を奪っているのか。
意識は、彼女のままなのか。
タカキの眉間に皺が寄る。
すると、目の前にパンケーキか突き出された。
「ほら、甘いもの」
「ナイト?」
「考え事してる顔してた。甘い物でも食べろよ」
「ありがとう」
タカキは、ナイトのフォークからパンケーキを食べた。
タカキが美味しそうに食べている姿を見て、ナイトは密かに感動する。
「どうした、ナイト?」
「〜〜っ幸せを噛み締めてただけ」
「ナイトも食べるか?」
「タカキが食べさせてくれるなら、パクチーでもケーキでも、何キロでも食えると思う」
「お腹壊すよ?」
「壊してもいいさ。俺は食べる!」
ナイトがそうまでしてケーキを食べる理由は、わからなかったが、ナイトがお腹が空いていそうだと思ったタカキは、ナイトの口に何度かパンケーキを運んだ。
それを、物凄い目で見つめているカナコがいるとも知らずに。




