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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第四章「小心者の×××」
24/52

-17


「ふぃぃ~……休憩ぃ~……」


バイトの休憩に入ると、コナカは、バックヤードで伸びていた。


コナカのバイト先は、個人営業のイタリアン。

名前は、「VIN(ヴィン) SANTOサント

イタリアのデザートワインから、取った名前で、熱血で暑苦しい店長がやっている、一風変わったイタリアンだ。

今年で、創業8年になる。

都内で、飲食店が成功しているのは、珍しい。

この店の人気のポイントは、朝・昼・夜と充実したメニューが楽しめるところと、テイクアウトもやっているところだ。

だからこそ、常に店は周り、店員は忙しい毎日を送っている。


「コナカちゃん、何、落ち込んでるの~?」

「はぅあ、すみません!」

「バックヤードだからいいけど~、あんまりにも暗いオーラ撒き散らしてたら店長に、煩いくらい構われるよ~?」


タレメ先輩は、垂れ目だから、みんなからそう呼ばれている。

アルバイト歴、七年目というベテランだが、年齢は店長以外、誰も知らない。

面倒ごとは嫌いだが、面倒見は良いという、謎の先輩だ。

その為、人見知りをよくするコナカも、2年以上一緒にいるお陰で、タレメ先輩とは普通に話せている。

ショートカットのスレンダーのせいで、話さなければ、男性に間違えられることもあるタイプの女性だった。

私服も、カジュアルで、女性らしい色合いでもない。

中性的な彼女は、コナカのバイトのアルバイトマネージャーだった。


「何があったの~、休憩被ったよしみに聞いてあげるよ~」

「え、えっと……今朝、好きな人? と初めて話したんですけど」

「ストップ」

「はい?」

「好きな人、いたの? コナカちゃんに?」


タレメ先輩は、少し驚いたような声で、そう聞き返した。

コナカは、慌てて首を振る。


「え、あ、いや、その気になってる感じの! 人でして!」

「どんな人? 演劇の先輩とか?」

「い、いえ、そのよく見かける程度の人なので、全然知り合いでも何でも無くて、」

「一目惚れってやつかー……、なるほど」

「そんなっ! 私みたいなのが、一目惚れなんて、恐れ多いと言いますか!」

「いや、誰かを好きになるのは、個人の自由なんだから、そこは胸張りなさいよ。それにしても、コナカちゃんに好きな人か~……こりゃ、数人泣くな」


最後にボソッと言った言葉は、コナカの耳には届いていなかった。


「話し途中で遮って、ごめん。それで?」

「その人が、今朝、スズメ蜂に襲われてる私を助けてくれたんですけど……」

「スズメ蜂?! ハッ、しまった、また止めちゃった! いや、でもスズメ蜂って、大丈夫だったの?!」

「あ、はい……! あっという間に、追い払ってくれて……!」

「追い払うっつったって、あれ、攻撃したら余計に襲ってくるタイプの虫でしょ? なに、その人、スズメ蜂駆除のプロとかだったわけ?」

「いや、は、ちくま? って、種類の鳥を飼ってる人みたいで?」

「蜂熊?」

「なんでも、蜂を食べる鷹の仲間らしいです! その人が指で笛を吹いたら、どこからともなく現れて、蜂を追い払ってくれました!」


興奮気味に話すコナカだったが、タレメ先輩は、頭をおさえていた。


「え、それ、普通なの? つか、鷹を飼ってる人って早々都内にいる?」

「そうですよね。もしかして、野生の鷹だったんでしょうか……?」

「そこじゃないよ、コナカちゃん」


タレメ先輩は、スマフォで“はちくま”について、検索する。


「ふーん、確かに、鷹の仲間みたいだね。蜂を餌に……へーぇ、初めて知った」

「私もさっき調べて、初めて知りました!」

「それで、色々ツッコミたいところはあるけど、ちょっとキリがなさそうだから、先に話を進めよう! そのヘンテコなはちくま君が追い払ってくれて、それで、どうしたの?」

「はちくまくん?」

「コナカちゃんの好きな人。それとも、名前もう聞いたの?」

「あ、知らないです……!」

「知らないんかい」

「鷹の名前は、リョースケくんって言うらしいです!」

「鷹の名前は、知ってるんかい!」

「彼の名前は、聞きそびれちゃって……と言うか、その、殆ど、お話できなくて」

「ん? それが落ち込みの理由?」

「いや、その……せっかく、助けてもらったのに、私テンパってて、頭が真っ白になっちゃって……結局、ありがとう、より先に、ごめんなさいしか言えなくて……それで、」

「あー……ちゃんと、御礼が言えなかったわけか」

「はい……」


しょんぼりと落ち込んでいるコナカの頭をポンッと小突いて、タレメ先輩は言った。


「何度か見かけてるなら、はちくま君が現れる場所は、ある程度わかってるんだろ?」

「え、はい、わかります!」

「なら、次に会った時に、この前は、ありがとうございましたって、言えば?」

「……あ!」

「次に話すきっかけにもなるし。うじうじ落ち込んでるよりも、次に会えた時に、なんて言うか考えときなよ」

「た、タレメ先輩~……っ!」


コナカは、また涙目になりながら、タレメ先輩の手をぎゅっと握った。


「あ、ありがとうございます……!」

「ん、その調子。私相手に言えるなら、言えるよ」

「頑張ります……っ」

「あんたが今から頑張るのは、しーごーと。それに、この後も、舞台の稽古行くんでしょ?」

「はい!」

「いいね、次の役は妖精さんだっけ? 凄いじゃん」

「でも、私、稽古の足を引っ張ってばかりで……」

「そうなの?」


何よりも演劇が好きで、続けているけれど、なかなか上手くいっていなかった。

人見知りの激しいコナカにとって、劇団は、なかなかハードルが高い世界なのだ。

仲良くしようにも、緊張が優ってしまい、未だに殆ど話せていない人達もいる。

コナカは、ずっと、それを気にしていた。


劇団は、一つの社会の集合でもある。

言わば、もう一つの家族のようなものだ。


そんな劇団が、コナカは好きだった。


けれども、オドオドしてしまう。

なかなか、舞台で上手く、演じれない。

そんな小心者で、実力の足りない自分に対して、悔しい気持ちでいっぱいだった。


「コナカちゃんってさ、確かに、人見知りだし、手も背も小さくて、なかなか上手くお皿運べなくて、最初の頃は、いっぱい失敗してたよね」

「今でも、失敗しちゃいますけど……タレメ先輩には、最初の頃は、特に、ご迷惑ばかりおかけして……申し訳ない限りでした、」

「でも、誰より頑張ってた。一度も遅刻したことないし、少しでも早く慣れようって、必死にくらいついてきたじゃん」

「タレメ先輩……」

「あの時、この子、すっごくガッツあるなって思ったよ。今では、新人ちゃんに教えようと頑張ってるくらいだしね」

「ーー……ッ」


タレメ先輩が、ジッとコナカを見つめた後。

突然、ガタっと立ち上がった。


「きーめた」

「へ?」

「次のコナカちゃんの舞台、ここの人達、誘って観に行こうっと」

「え! えええ?!」

「何、行っちゃダメなの?」

「だ、ダメじゃないですけど、その、お、お店は……?!」

「休みのやつだけ誘っていくからいいよ。そろそろシフト出す時期だったし、確か、来月の頭の日曜だったよね?」

「えっと、その……はい」

「チケット、当日券ある?」

「ありますけど、ああああの、もしタレメ先輩たちがいらっしゃるので、あれば、私からチケット渡しますから、言って下さい!!」

「はっはっは、万が一行けなかったら申し訳ないから、ギリギリまでわからないんだけど、いい?」

「もちろんです! 絶対言って下さいね!」

「はいはい。そんじゃ、休憩終わりっ。戻りますか~!」


タレメ先輩に言われ、コナカは、バックヤードを後にした。

廊下に出たあとで、タレメ先輩が密やかに笑っていたことを、コナカは知らない。





◇◇◇






「ストップ! コナカ! 今の動きは、もっと大胆に!」

「はい! すみません!」

「ラスト一回! 決めろよ!」

「はいっ……!」


コナカは、稽古場で今日も必死にレッスンしていた。

バイトが終わってからの練習は、なかなか大変なものだったが、疲れたと思う暇はない。

とにかく、身体の動きを覚え、役のキャラを掴まなくてはいけないのだ。


だが、コナカの演じる妖精は、みんなを幸せにする役目を持ったキャラクターだった。

性格は明るく、どんな時でも、笑顔が特徴の、太陽のような妖精。

自分とは正反対の役の性格を、コナカはなかなか掴めないでいた。



「コナカ、次までに、絶対仕上げて来いよ! わかったな!」

「はい!」


返事は「はい」以外に、許されない世界。

だが、答えたはいいものの、次の練習までに、ちゃんと掴めるか不安で仕方なかった。

台本は、ボロボロになるまで読み込んでいる。

稽古が終わった後も、必死に公園で練習していた。

だけど、全然成果が現れていない。


そんなコナカの後ろ姿を見て、苛々している人間がいた。


「……はぁ、どうしよう」

「ねぇ」

「は、はいぃぃぃ!」


稽古後に、コナカが更衣室で服を着替えていると、後ろから、突然、声を掛けられた。


今回の舞台の主役を演じる「マイカ」だ。


顔も性格もキツイが、演技は一流なことで有名な舞台女優である。

子役の頃から、舞台慣れしている彼女は、凛としている迫力美人だった。

まだまだ女優としては、若手な28歳だが、コナカとは10歳近く離れている。

その上、マイカは身長172センチと、男性とほぼ変わらない長身の持ち主だった。

その為、横に並ぶと、その比率が半端じゃない。


「あ、あの、」

「はぁ。アンタ、そんなんで、本当に次の舞台、間に合うの?」

「え、」

「役の性格、全然掴めてないじゃん。他の人に代わってもらう?」

「……っ!」


コナカは、思わず声を失い顔を全力で横に振った。

すると、マイカは、ギロリとコナカを目で睨んだ。


「なんで、そんなにビクビクしてんのよ。アンタ、それでも女優なの?」

「っ、あ、その、」

「今回の役、ちゃんと理解してる? 明るくて、誰にでも人懐っこくて、太陽のように笑うムードメーカーな妖精の役なのよ?」

「は、はい……、」

「アンタ、まさか、自分と全然違う役だからできません、なんて言うつもりじゃないでしょうね」

「そんな……っ!! それは、違い、ま……っ!」

「だったら、なんで、できないのよ」


ビクッと、コナカの体が震える。

マイカは、コナカ自身を指さして、言った。


「アンタ、名は体を表すって言葉、知ってる?」

「え、は……はい、」

「私の名前はね、舞台で耀くと書いて、マイカと読むのよ。アンタの名前、小心者のコナカ、そのまんまじゃないの」

「……!」

「舞台に小心者はいらないわ。続けたいのなら、自分を変えてきなさい。でないと、足を引っ張るだけよ」


コナカと言う字は、マイカの言う通り、小心コナカと書く。

小さい心と書いて、コナカ。

そのせいで、コナカは、小心者と呼ばれ続けてきた。


足を引っ張る。

それは、自分でも自覚していた。

やっと大きな役が貰えたのに、自分と違い過ぎるからと言って演じられないのでは、女優としての才能がないと言われても仕方のないこと。


「じゃあね。役を代わりたいなら、今日でもいいから監督に自分から言いなさい。いいわね?」

「……」


マイカは、言うだけ言って、着替えルームから出て行った。

残されたコナカは、一人、着替えを終わらせて、逃げるように、稽古場から走りだした。


時間が惜しい。


夜になって、暗い公園で一人。

コナカは、涙を流しながら練習した。

汗と涙で、顔がぐちゃぐちゃになる。


「……っく」


マイカの言う通りだ。


舞台に小心者はいらない。

自分を変えられないのなら、この役は誰かに譲るべきなんだ。

だけど、誰にも譲りたくない。

誰にも、渡したくない。


「……っはっ、っはぁ、っキャ!」


足がもつれて、草原に転がり込んだ。

息が切れて、痛みも上手く感じられない。

ただ、悔しくて仕方なかった。


ボロボロと涙を流しながら、立ち上がろうとした、その時。



コナカの目の前で、ある石が光っていた。


「……何これ、……ひかって、る?」


おそるおそる手に取ってみると、その石は、光らなくなった。

だが、代わりに、キラキラと公園の電灯の光が反射して輝いている。


「反射してただけ? ……それにしても、キラキラしてるな」


緑と紫に輝くその石を見て、コナカはそれをギュッと握りしめた。

その時、石が密かに反応する。


コナカは、首を横に振りながら、立ち上がった。


「私は、まだ頑張れる……っ、絶対、あの役は、渡さない!」


そう言って、コナカは、その石をポケットに入れて、再び練習を始めた。

終電ギリギリまで、練習を続ける。

たまに、擦れ違う人間がコナカの姿を見ていた。

だが、コナカの目には、誰の視線も入らない。


くたくたになって帰ったコナカは、シャワーから出た後、ふらふらになりながら、ベッドへと倒れ込んだ。


明日は、朝からバイトが入っている。

稽古は、二日後だ。


どんな風でも、構わない。

今の自分と、全く違う自分になりたい。

別人の、誰かに。



そう思いながら、眠りについたコナカの横で、持ち帰った石が、光りだした。

石は、みるみる形を変えていく。

そして、アンクレットの形になった石は、キラキラと光りながら、コナカの足元へと移動した。

ピタリと装着させられたアンクレットは、普段は、周りから「意識されない」ものとして存在することになる。


淡い光を放ちながら、アンクレットの中の、ミネラル戦士は、ゆっくりとその石の中で瞼を開けた。


彼女の名前は、ミネラル・マリン。

雷のミネラル戦士だった。


彼女は、他の鉱物たちよりも、眠っている時間が長かった為。

大分、意識を取り戻していた。


だが、彼女もまた、心に不安を抱えている。


そのせいで、彼女の心には、すでに、ミネアンビーに囚われていた。




「……コナカちゃんの願い、私が叶えてあげるわ。だから、私と一緒になりましょう。ね、()()()ちゃん」












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