表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第四章「小心者の×××」
23/52

-16




「あ、今日も走ってる……」


タカキが朝、ランニングしている公園を、同じ時刻に通る女の子がいた。

彼女の名前は、コナカ。

身長149センチ。

色白で、ボブヘアの彼女は、いつも小学生に間違えられている。

似合う服も少なく、いつもワンピースを着ているコナカは、少しでも大人に見せようと、頑張ってメイクをしていた。

だが、東京に住む小学生は、田舎の小学生よりも大人っぽい。

メイクなんて、当たり前。

中には、コナカよりも、年上に見える小学生モデルも存在する。

そのせいで、コナカは、日々大人っぽく見える為に、洋服や髪型を研究していた。


「今日も、恰好いいなぁ……あの人」


名前も知らないタカキを見つめながら、コナカは小さく頬を染めた。


「高校一年生くらいかなぁ? どこの学校だろう」


タカキも平均身長よりは低く、童顔な顔をしている。

だが、コナカとタカキは、なんと同じ十九歳だった。

学校には通っているが、タカキは大学生だ。

コナカは高校を卒業してすぐに、舞台の世界に行ったので、大学には通っていない。

アルバイトをしながら、大好きな演劇を続けるために、日々努力を重ねていた。


「今日も会えたから……凄く良い日!」


タカキを遠くから見つめる事が、コナカの密かな楽しみだった。

タカキは、毎朝走っているわけじゃない。

運が良い日だけ、タカキがランニングしている時に遭遇できるのだ。

小心者のコナカは、自分から声をかけたりはしない。

だけど、公園の柵の外から見えるタカキの横顔に、いつも見惚れていた。


二人の距離は遠い。

柵を隔てた、その先にいるのだから。


走っているタカキを少しだけ眺めてから、コナカは再び歩き出す。

けれど、その時、コナカの目の前に、ある虫が現れた。


「ひ……っ?!!!」


声にならない悲鳴をあげる。

目の前にいたのは、スズメ蜂だった。

コナカは、目に涙を浮かべながら、逃げようとするが、スズメ蜂は、何故か近づいてくる。


キランとスズメ蜂の目が光った瞬間、コナカは大声をあげて、逃げ出した。


「い、嫌ぁぁぁぁぁぁ!!! 来ないでぇぇぇぇええ!!!」


コナカは懸命に走るが、蜂の速さに勝てるはずもない。

スズメ蜂の鋭い針がコナカを狙っていた。

こんな早朝じゃ、誰も助けにこない。


コナカが諦めかけた。

その時だった。


「……へ?」

「スズメ蜂か、」


いきなり、コナカの目の前が真っ白になった。

よく見れば、自分の頭にふわりとタオルがかけられている。

誰のかと思って振り向いた瞬間。

コナカは、目を見開いた。


「――ッ!?」


そこには、ずっと憧れていたタカキがいたのだ。

タカキは、スズメ蜂から目を反らないまま、指笛を吹いた。


「え、な、何……――ッ!」

「リョースケ、」


バサッと広げられた翼から、一枚の羽が零れ落ちる。

大きな鷹が、コナカの真上を通過した。


「と、鳥……?」


飛んできた八角鷹はちくまを見て、スズメ蜂が、慌てて逃げていく。

そんな一連の流れを見ながら、コナカは、ポカンと口を開けた。


「大丈夫?」

「え、あ、ぁ……」


タカキの腕にとまった大きな鳥を見て、コナカはフリーズした。


「ん? あぁ、この鳥の名前は″リョースケ″って言うんだ。(タカ)の一種だよ」

「ど、どうして、こんなところに?」

「俺が呼んだから? リョースケは、八角鷹はちくまという種類の鷹なんだ。元々、蜂の天敵が熊なところから、その名が名づけられている」

「蜂の、天敵……??」

八角鷹はちくまには、基本、蜂の毒針が効かないんだ」

「効かない、んですか?」

「うん、そもそも刺さらないからね」


タカキは、コナカの被せたタオルを取って言った。


「ごめん。咄嗟だったから、タオルを投げてしまった」

「い、いえ! そんな、その、」

「多分、その黒い髪に反応したんだと思う。スズメ蜂は日中、黒いものに対して反応する傾向があるから」

「それで、白いタオルを……」

「咄嗟とはいえ、俺が使ってたタオルだから、気になるようなら、本当に申し訳ないことをしたと、」

「あ、違っ、あ、あの、わ、たし……っ」


タカキに謝られ、否定したかったがテンパって仕方がなかった。

あわあわと、頭を真っ白にさせながら、再び涙目になる。


「あ、ありが……ッ、ご、ごめんなさい……っ!!」


御礼よりも先に謝罪の言葉を吐いて、その場から走って逃げだしてしまった。

本当は、ちゃんと御礼が言いたかったのに。

心臓が爆発しそうで、それ以上、その場に留まることができなかった。


コナカは、グスグスと泣きながら、走り去る。

そんな彼女の後ろ姿を目で追いかけながら、タカキは、タオルを肩にかけた。



「……デリカシー無いことしちゃったかな」



ポツンと立ち尽くしながら、一人、反省するタカキであった。




◇◇◇




「今日のは、結構、手強かったな……」


その日、タカキは大学が終わるとすぐに、コーブツの家へと向かった。


暗号を解いて、セキュリティーを解除して、家の中へと進んで行く。

コーブツの研究室についたタカキは、研究机に紙袋を置いた。


「お邪魔します」

「何しに来たクソが。三秒以内に出て行け」

「……」


ギロリとタカキを睨みつけたコーブツの目は、血走っていた。

これは、相当機嫌の悪い時に来てしまったと察する。

いつも口の悪いコーブツだが、ここまで酷いのは、久しぶりだった。


「コ……」

「帰れ」

「……」


コーブツは、今にも殴りかかって来そうな顔で、タカキに言った。

だが、タカキは、何事もなかったかのように、椅子に腰掛ける。


「コーブツ、手紙来てた」

「聞こえなかったのか、今すぐ帰れ!」

「変わった手紙だな。名前がないけど……この判子、どこの国のだろう。海外から?」

「話を聞け! 俺は、今、苛立ってんだっ! 出て行けっ! 二度と来るな!」


そう言いながら、タカキから手紙を奪い、目の前で火をつけた。

燃えカスになった手紙を踏みつけながら、コーブツは、椅子にドカッと腰掛ける。

どうやら、その手紙の主が、コーブツの機嫌の悪さの原因らしい。

コーブツの苛々した表情を見て、タカキは、一度、席を立った。


「……台所、借りるよ」

「帰れっつってんだろ」

「すぐ戻る」

「クソが! シネ……ッ!」


悪態しかつかないコーブツだが、タカキは、気にしない。

コーブツが人間に悪態をつくのは、もはや当たり前のことだった。

だが、コーブツが、鉱物に対して、優しい言葉を吐くことも、タカキは知っている。


タカキは、滅多に使われることがないコーブツの家のキッチンに立ち、湯をわかした。

そして、戸棚にあった漢方薬を手にし、戸棚の下に潜ませておいた薬研やげんを使い粉薬にする。


「よし……できた」


お盆の上に、正方形の薄紙を置き、その上に粉薬を盛る。

お湯を冷まして、白湯にし、湯呑みに注いだ。


ちょうど、それをコーブツの元に運ぼうとした、その時。

振り返ると、コーブツが、キッチンの扉に背を預けながら、こちらを睨んでいた。


「オイ」

「ちょうど、よかった。はい。漢方」

「……黙れって言いたいところだが、その前に、俺の質問に答えろ。まず、何故、この家の戸棚に、俺が知らない漢方薬が存在する」

「前に、瞳さんにもあげたから。コーブツも使うかもしれないと思って、そのまま置かせてもらってたんだ」

「チッ、次に、そのバカでかい器具はなんだ」

「漢方薬の製造に使用されていた薬研やげんだよ。漢方の薬種を砕いて、粉状にする為に用いる器具の名称だけど……くすりおろし、って呼んだ方が馴染み深かったか?」

薬研やげんだの、くすりおろしだのと聞いて、馴染み深さを感じるわけねーだろ、クソが!!」

薬研やげんは、俺のアパートの真下の階に住んでる、澤田さわださんがくれたんだ」

「どういう経緯で、んなもんよこしてきた」

「作り過ぎたカレーをお裾分けしたら、御礼にくれた。薬研やげんの扱い方も、澤田さんから聞いたんだ。ちなみに、漢方を処方してくれたのも、その人だよ」

「信用できんのか、ソイツ……」

「NASAで働いてたんだって」

「なら、知識くらいは持ってそうだな。信用はできねーけど」


NASAに勤めていたという言葉に対して、ツッコミは入らなかった。

コーブツは、キッチンで立ったまま、白湯が入った湯呑みを手にする。


「ぬりぃ……」

「白湯は熱すぎるのも、ダメなんだよ」

「で?」

「これ、」

「なんだこれ」


何の薬かわからないが、コーブツはタカキが答える前に、それを飲みきった。

飲んだ後に、べっと舌を出す。


「少し、甘いな」

「コーブツは、千金翼方センキンヨクホウって、知ってる?」

「中国の医学書のことだろう」

「その記述によると、琥珀は、精神を安定させて緊張や不安を鎮める働きを持っているんだって」

「やっぱり、琥珀か。結構貴重なものだぞ」

「そうなんだ?」


タカキの言葉を聞いて、コーブツは、もう一度、白湯に口をつけた。


「中国では、古来より琥珀という宝石は、虎が死んだ後、その身が地球に還り、石となったものだと考えられてきた。だから、琥珀は、昔から貴重な宝物として扱われてきたんだ」

「霊験あらたかなものだったんだね」

「あぁ。ヨーロッパの方では、魔除けとして身に付ける奴の方が多かったらしいがな」


コーブツが普通に話しているので、タカキは内心、ホッとしていた。


「落ち着いた?」

「……」

「琥珀の力なら効くんじゃないかと思って」

「……チッ、テメーは、本当に憎たらしい人間だな」


髪の毛をぐしゃぐちゃと掻き毟って、コーブツはずれた眼鏡を乱暴に手のひらで押しあげた。

そのまま、キッとタカキを睨みつける。


「安眠効果も期待できるらしいよ」

「残念だったな。こっちは、毎日安眠してんだよ」

「その眼で言っても、説得力ない」

「……」

「そんな顔してたら、大好きな鉱物たちも心配するよ」


タカキのその一言が、決定打となった。

一瞬、部屋が静まりかえる。


コーブツは、大きな溜息を吐きながら、湯呑みを流し台に置いて、言った。


「……鉱物の研究を続けるのは止めろって言われた」

「誰から?」

「知らねぇ奴。けど、なんで、俺の研究に対して口出されなきゃいけねーんだよッ、くそが! シネ!」


頭をおさえるコーブツを見て、タカキは、ふと天井を見上げた。


「コーブツの夢は、あの時から、ずっと変わってない?」

「は? 当たり前だろ」

「なら、俺は応援する」

「……」

「コーブツは、コーブツの好きな研究をするべきだ。誰に言われても、それを止める必要はないと思う」

「テメーが、語るな」

「うん」

「言われなくても、俺が俺の考えを変えるわけねーだろ。次に何か言ってきたら、八つ裂きにしてやる」

「コーブツが人間を相手にするなんて、珍しいね」

「……ソイツの研究資料をいくつか、読んだからな」

「なんだ。同じ鉱物学者だったのか」

「……あぁ」

「その様子だと、相手は、アマチュアの鉱物博士じゃなさそうだね」

「知らねーよ。他人だ。興味もねぇ」

「そっか」


タカキは、コーブツの性格を少し理解していた。

コーブツが、こんなに心乱されるのは、珍しい。

おそらく、タダの鉱物学者ではないのだろう。

タカキは、そう予測していた。

そして、それは、当たっている。


タカキは、シンクの中の湯呑みを洗いながら、言った。


「今日は、瞳さんは帰ってくる?」

「あぁ」

「じゃあ、帰るよ」

「だから、さっさと帰れっつってんだろ」

「うん。長居してごめん。じゃあ、また」

「ケッ、シネ」


タカキが、キッチンから出て行こうとした、その時。

後ろから、コーブツがタカキの背中に声を投げた。


「今日は、持ってねぇ」

「……え?」

「次来た時にやる」

「……」

「その時まで、待ってろ」


それが、あの御礼のお菓子のことを言っているんであろうことは、すぐに理解できた。

だけど、コーブツの口から、そんなことを言われると思っていなかったタカキは、思わずキョトンとした顔をする。


「なんだ、その顔」

「……驚いてる」

「お前が驚くなんて、珍しいな」

「コーブツがそんなこと言う方が珍しいだろ」

「そんなことって、何だよ」


タカキは、一度下を向いた。

そして、ゆっくり顔をあげる。



「“待ってろ”って、初めて言われた」



タカキは、珍しくコーブツの前で、満面の笑みを見せた。

その顔を見て、コーブツは、眉を寄せる。


「それの何が嬉しい」

「コーブツには、わからないと思う」

「わかんねーな。理解する気もねぇ」

「また、来るよ」


タカキは、そう言って、振り返り際に小さな声で言った。


「待ってて」


その瞬間、コーブツの目が見開く。

キッチンの扉が閉まり、タカキの姿が完全に見えなくなってから、コーブツは自分の頭をおさえた。


「あのクソが、何が、俺にはわからないだ……!」


コーブツの言う“待ってろ”と、タカキの言う“待ってて”には、実は、同じぐらい重要な思いが込められていた。


コーブツの言いたかった言葉と、タカキが言いたかった言葉。

その意味がわかったコーブツは、一人舌打ちを鳴らした。


「チッ、俺にわからないことがあってたまるか。あの馬鹿が」


タカキに悪態をつきながら、コーブツは、自分のスマフォを取り出した。

履歴のページを開き、通話記録の一番上の欄の番号を消す。





「ざまぁみろ」



不敵な笑みを浮かべたコーブツは、ようやく“らしさ”を取り戻したのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ