ミキの一週間
ミキの月曜日。
学校が終わった後、早々にキッチンに籠ったミキは、ガチャガチャと泡立て器を使いながら、何やら作っていた。
「ミキ、今日も凄い数のお菓子ねぇ。こんなに作って、どうするの?」
「明日、現場で配るからいいの!」
お菓子作りに励むミキを見て、ミキの母親は、不思議そうにそんな娘の姿を眺めていた。
元気になったのは、嬉しいことだけれど、何だか以前にも増して、自分磨きに力が入っている気がするのだ。
「ミキ、何か、あったの?」
「なんで?」
「何だか、ここ最近、特に頑張ってない?」
「アカリ様に会った時に、何も出来ない自分でいたくないの! 試合に出るのが決まってから練習しても意味ないでしょ! 勝負に勝つ為には常に努力し続けなきゃいけないのよ!」
「アカリ様……?」
ミキの母親は、首を傾げた。
アカリ様に出会ってからと言うもの、ミキは自分磨きに命をかけていた。
ミキの目に炎が見える。
「アカリ様って、何が好きなのかしら? ガトーショコラ? シュークリーム? チーズケーキ? マカロン? あぁっ! もう、何でも可愛い!」
ミキは、無我夢中で、お菓子を作る。
母親、そっちのけで、次第に妄想の世界へと入って行った。
「だって、アカリ様がもし、甘いものが好きだったら…」
~以下、ミキの妄想。
『ミキちゃんの作ったお菓子、とっても美味しい」
『アカリ様にそう言っていただけたなら、何よりです……!』
『……』
『どうかしましたか? アカリ様』
『もう、前みたいに呼んでくれないの?』
『へ?!』
『前は、アカリさんって、呼んでくれたのに』
『えっと、これは、その、』
『ね、お願い。アカリさん、ううん、アカリって、呼んで?』
妄想終了。
「なんてね! なんてね! はぁぁぁぁ! 尊い! らぶみがやばい!」
「ミキ……貴方、大丈夫?」
「ハッ、つい、妄想の世界に!」
母親は、怯えたように心配していた。
我に返ったミキは、自分の頬を、パチパチと叩く。
ミキに、油断はない。
毎日のメイク。
毎日のファッション。
毎日のオシャレ。
いつ、どこで、アカリ様に会ってもいいように。
日々、自分を磨いている。
ミキの火曜日。
「ミキぃ~、聞いたよ。ボイストレーニングも始めたんだって?」
「結構、テレビに映る機会も増えたしね。後は、仕事関係の人とカラオケとか行くこともあるから、やっておいて損はないでしょ!」
「あんたの、その仕事魂には、惚れ惚れするよ」
サナは、ミキより一つ年下のモデル仲間だった。
可愛いモデルが多い中で、サナは高身長のボーイッシュ系モデルとして、活躍している。
ユニセックスな服を着こなすサナは、ミキと一緒に仕事することも多い。
ミキとは、仕事抜きにして、仲のいい友人だった。
「それに、もし、いつか、アカリ様とカラオケに行くことになったら……」
「アカリ様?」
~以下、ミキの妄想。
『凄い、歌も上手いのね!』
『そ、それほどでも、』
『歌が上手い人って、憧れるなぁ』
『アカリ様だったら、アイドル目指せると思います! 可愛いし、可愛いし、声も素敵だし、もう、そこにいるだけでも、私にとっては、アイドルって言うか!』
『私が……アイドル?』
『あ! でも、アカリ様が皆のものになっちゃったら、私の手の届かない存在になりそう……!』
『ふふっ、ミキちゃんがおかしなこと言ってる』
『私は、本気です!』
『なら、二人でアイドルデビューしちゃう?』
『アカリ様と!? そんな、恐れ多いっ……!!!!』
『でも、やっぱり、やめよっか』
『アカリ様?』
『せっかくのミキちゃんの歌、独占できなくなっちゃうの、何だか、寂しいから』
『……へ?』
『ねぇ……私の為だけに、ラブソング歌って欲しいな』
妄想終了。
「……ミキ、あんた、涎出てるよ」
「おっと、しまった!」
「あんた……あれ以来、ちょっと変わったよね」
「何か言った?」
「いや、何でも。元気なら、それでいーや」
「元気よ? 当たり前でしょ」
「はいはい」
サナは、呆れたように苦笑した。
ミキの水曜日。
「ミキち~、今日のファッションも可愛いわね~」
「トレンドのセーターに、自分で、アレンジして、リボンをつけてみたんです!」
「んっもう、そういうオリジナリティー大好きっ! あんた、天才っ!」
「へへ、キャノさんに褒められると、凄く嬉しいですね!」
「あら、そ~ぉ?」
「はい! いつか、アカリ様にも、褒められる日が来るのかなぁ……」
~以下、ミキの妄想。
『お待たせしてます……!』
『わぁ、ミキちゃん、今日も可愛いね』
『そんな、アカリさんの方がとっても綺麗で可愛くて素敵です!』
『そんなことないよ。私オシャレとかそんなに得意じゃないから、ミキちゃんに教えて欲しいな』
『私が教えるだなんて……! アカリ様は、何を着ても、可愛いです!』
『ふふっ、オシャレな服も知りたいけど、それよりも、ミキちゃんの好みが知りたいかも』
『わ、私の好み?』
『どんな服が好き? どんな髪型が好き?』
『えっと……私は!』
『ねぇ、』
『……!』
『ミキちゃん好みの私にしてくれる?』
妄想終了。
「……むり」
「ミキちー……?」
「尊みが天元突破。世界は、愛で満たされている」
「何、マザーテレサみたいなこと言ってんのよ」
「ハッ、アカリ様って、生きるマザーテレサじゃない?」
「誰か、このポンコツモデルさっさと、現場に戻してちょーだい!」
ミキの木曜日
「はぁ……肩が痛い」
「ミキ、お風呂湧いてるわよ」
「今入る~」
「入浴剤、この間、作ったやつ置いておいたから、好きなの入れてはいりなさーい」
「はーい」
ミキは、自分で作った、バスボムを選びながら、たい焼きの形をした、シュールな入浴剤を湯船に投げ入れた。
しゅわしゅわと音を立てながら、魚が風呂に溶けていく。
「お風呂……か、そう言えば、私、あのアカリ様と一緒にお風呂に入ったのよね……」
正確には、一緒に入ったのではなく、ミキがアカリを風呂に投げ入れたのだが、そこは綺麗に記憶が修正されていた。
~以下、ミキの妄想。
『可愛い、手作りの入浴剤?』
『はい! 重曹があれば、簡単に作れますよ』
『ミキちゃんって、何でもできるんだね』
『そ、そんなことないですよ~、えへへ』
『そんなことあるよ!』
『よ、よければ、好きなの貰って下さい!』
『え、いいの?』
『アカリさんに、貰って欲しいです!』
『でも、どれも可愛くて悩んじゃうな。ミキちゃんのオススメはどれ?』
『私のオススメ……ですか?』
『うん、教えて』
『じゃあ、この紅茶とハーブの香りの入浴剤なんてどうですか?』
『ミキちゃんはこの匂いが好きなんだね。じゃあこれにする』
『喜んでもらえたなら、嬉しいです』
『ふふっ、ところで、ウチのお風呂、今日はこの匂いなんだけど、一緒にどうですか?』
妄想終了。
「キャー! ミキ、ゆだってる! 浸かり過ぎよ!」
「ふふっ、ふふふ……」
風呂に、真っ赤になりながら、浮かぶミキは、にやにやと口を綻ばせていた。
ミキの金曜日。
「これと、これ下さい!」
「あら、ミキちゃん、今日もたくさん買っていくのね。今回は、何を作るの?」
「今日は、ふわもこ、キュートなパジャマです!」
「あら、素敵ねぇ」
近所の布屋さんは、ミキの行きつけだった。
ここで、リボンや布を調達して、買った服にアレンジしたりしている。
しかし、最近では、アレンジだけでは足らず、服まで作るようになった。
「えっと、型がこれで、布だとここで着るから……」
独学で、どんどん技術をあげていく。
元々器用なミキは、ミシンを使いながら、巧みに服を仕上げて言った。
「アカリ様のくれた服は、宝物だけど、元を辿れば、あの男のものだものね……いや、それでも一度は、アカリ様の着た服だもの! あれは、プレミアよ! でも、アカリ様には、もっと可愛くて素敵なパジャマを着て欲しいわ。そして、素敵なベッドの上で、ぬいぐるみや、お花に囲まれて、すやすやと快適な睡眠をとって貰いたい……!」
~以下、ミキの妄想。
『どう、かな?』
『わっ、凄く似合います!』
『ほんと? ミキちゃんが作ってくれたパジャマ、凄く可愛くて、着る時ドキドキしちゃった』
『本当に、凄くお似合いです! めちゃくちゃ可愛い~っ! ここに、キラキラストーンつけて、よかった!』
『このパジャマ、ミキちゃんのとおそろいなのね?』
『あ、嫌でした?!』
『ううん、違うの、すっごく嬉しい……!』
『アカリ様……!』
『このパジャマ、凄く肌触りがいいのね』
『ふわふわのもこもこの布の方が、寝る時に気持ちがいいかと思って!』
『凄くふわふわ……えいっ』
『わっ! あ、アカリ様?! いきなり抱きついてくるなんて、どうしたんですか!?』
『ミキちゃんも、もこもこで、私ももこもこだから……くっついたら、もっと気持ちがいいんじゃないかと思って……ダメだった?』
『そんなわけ! あ、でも、これは、その』
『ミキちゃんも、ふわふわだね。へへっ、おそろい』
妄想終了。
「あああああああああああああああああ! 頭がふわっふわになっちゃう!!!!」
後日、出来上がったパジャマを着たミキの写真がSNSにアップされると、販売希望のコメントが殺到した。
ミキの土曜日。
「は? 護身術ですか?」
「そうなのよ、ナイトくん」
届けものをしに来ていたナイトは、出された紅茶に口をつけながら、ぽかんと口を開けた、
「ミキ……どこに向かうつもりなんだ?」
「何かあった時に、アカリ様を守るのは、私の役目なの! って、本人は言っていたけれど……アカリ様って、一体誰なのかしら?」
「……さぁ、僕も凄く探しているんですけど、未だに手がかり一つ掴めないんですよ」
「あらあら、そうなの?」
「まぁ、大丈夫だと思いますけど。それで、ミキは、護身術を習いに、今は出かけているんですか?」
「そうなのよ、暫くは帰ってこないと思うわ」
~以下、護身術を学んでいる最中のミキの妄想。
『アカリ様の敵は、私の敵!』
『ミキちゃん、痴漢を撃退してくれるなんて……!』
『ご無事ですか?! アカリ様!』
『怖かったけど、ミキちゃんが助けに来てくれたから、大丈夫。ありがとう』
『この身の程知らずは、私が地獄に送っときますね! 速達で!』
『ミキちゃん、まるで、王子様みたいだった』
『お、王子様だなんて、そんな』
『強くて、恰好よかった。まだ、胸がドキドキしてる……』
『……!』
『聞こえる?』
『……聞こえ、ます』
『でも、ミキちゃんも女の子なんだから、無茶しないでね。ミキちゃんに何かあったら、私……』
『私なら、大丈夫です! 護身術習ってますから! いつだって、アカリ様を守ってあげられます!』
『……それって、ずっと?』
『もちろ……へ?』
『一生、私を守ってくれますか?』
妄想終了。
「はぁぁぁぁぁんっ、御守り致しますとも! うらぁっ!」
「き、君には、護身術は、必要ないんじゃないかな……?」
「次ぃ!」
「はいぃぃっ!」
こうして、今日もミキは強くなっていく。
物理的に。
ミキの日曜日。
「ミキ先輩~、平日は、学校に行きながら、お菓子作りに、入浴剤に、裁縫までして、その上、ボイトレに、護身術も習って……本当に、人間なんですかぁ?」
最近、入ってきた、年上だけど後輩モデルのまゆかは、ぶりっ子が売りのモデルだった。
彼女は、ストイック過ぎるミキの働きっぷりに、尊敬を通り越して、若干引き気味だ。
「自分磨きは、いくらしておいても、損はないわ」
「うぇぇ、私、絶対できなーい」
「できるわよ。簡単だもの?」
「どこがですかぁ? 話聞いただけで、おかしくなりそう~~~」
「簡単よ。好きな人を作ればいいんだもの?」
「へ?! ミキ先輩、好きな人いるんですか? ひゃぁ、彼氏ぃ? どこのモデルさんです? 写真ないの~?」
途端に、積極的にグイグイくるまゆかを押し退けて、ミキは、言った。
「いるわよ。でも、間違えないでね。その人が綺麗な人が好きだから、綺麗になるんじゃないのよ。私が、好きな人の傍で、可愛くいたいから、頑張るの。誰かの為に、頑張るんじゃないわ。全部自分の為よ」
「えぇ、そんなので、綺麗になれます~?」
半信半疑の目でミキを見てくるまゆかに向かって、ミキは美しい顔で微笑んだ。
その顔に、まゆかは、同じ女ながらに、ドキッとする。
「私が証明してみせるわ」
そんな彼女を、ぽーっと見つめながら、まゆかは一人で呟いた。
「私も、好きな人、つくろ……」
~以下、ミキの妄想。
『モデルのお仕事って、大変?』
『そうですね、大変なこともありますけど、これが私の好きなことなので』
『仕事を頑張るミキちゃんって、凄く素敵。それに綺麗』
『アカリ様に言われると、照れちゃいます』
『また、様って呼んでる』
『あ、ごめんなさい。アカリ……さん』
『ふふ、もっとくだけていいのに』
『あの、アカリさんのお陰で、私、振り切ることができたって言うか……すっぴんがブスなのは、変わらないんですけど、前見たいに整形しようって思わなくなって、その分、自分磨きを頑張って、魅力的になろうって思ったんです』
『ミキちゃん』
『ありがとうございます、アカリさんがいたから、今の私があります』
『私は何もしてないよ。ミキちゃんが頑張ったから、今がある。そんなミキちゃんが、好きよ』
『……アカリさん、私、そんなこと言われたら、勘違いしちゃいそうで』
『……勘違いじゃないって言ったら、迷惑?』
『アカリさん……』
『ミキちゃん……』
妄想終了。
「ハーイ、カット! 凄いね、ミキちゃん! 凄く、大人っぽかったよ! 何考えてたの?」
「今後の人生のシミュレーションを考えていました」
キリッとした顔で、ミキはつらつらと答える。
「くっは~、想像まで、真面目だねぇ! でもいいんじゃない? 今回のコンセプトは、好きな人との初デートだからね。この顔バッチリ!」
スタッフから、太鼓判をおされた写真を見て、ミキは、ソッと微笑む。
想像ではなく、妄想だが。
人間、邪な気持ちが、最大限人を成長させる。
……事もあるのだ。
こうして、さらなるカリスマに育っていく、ミキであった。




