コーブツの一日
AM 6:00
「……ん、」
コーブツの朝は早い。
ベッドの上から手を伸ばし、眼鏡をかける。
寝起きは、悪くない。
「……」
だが、表情があるわけでもなかった。
起きて、すぐに顔を洗いに行く。
髪の毛をあげて、バシャバシャと、水だけで洗顔した。
ボサボサの髪の毛はそのままにして、コーブツは、鉱物に会いに、研究室へと戻る。
AM 6:15
コーブツの研究室の奥に、秘密の部屋がある。
厳重に護られた扉は、指紋認証と暗証番号と眼球認証でしか、開かない。
つまりは、コーブツ以外に、この扉を開けることは出来ないのだ。
「セキュリティ、解除」
全てが認証され、重たい扉が開く。
その先には、あまりにも美しい光景が広がっていた。
「おはよう、俺の鉱物たち」
蕩けそうなくらい優しい顔で微笑むコーブツ。
こんな顔は、人間相手では見られない。
部屋は、まるでエデンの園のようだった。
太陽がない代わりに、人工太陽光があてられている。
室内には、草木が生い茂り、川のような水まで流れている。
土も本物で、何処から流れているのか、風まで吹いていた。
鉱物を観賞用のガラスケースに入れているのかと思えば、そんなことはなかった。
コーブツは、自然の中で生きる鉱物たちを、ありのままに愛でていたのだ。
コーブツは、裸足のまま、その部屋を歩く。
部屋の一番奥の壁に辿り着くと、コーブツは二度、その白い壁を二回叩いた。
すると、白い壁が透明な壁に変わる。
個別に仕舞われた鉱物たちも、存在した。
「ごめんな、隔離してしまって。いつか、みんなと一緒にいられるようにしてやるからな。今日も、研究頑張るよ。俺の愛する天使たち」
鉱物の中には、毒を出すもの。
他の鉱物と一緒の空間においておけないもの。
自然に放すと、形が崩れてしまうもの。
など、扱いが大変難しい物が、いくつも存在する。
全てを同じ空間に放しておくことは出来ないのだ。
だからこそ、コーブツはそんな鉱物たちが、他の鉱物たちとも暮らせるように、研究を重ねている。
「独りにはしないよ」
優しい言葉をかけて、部屋を出る。
AM 7:30
冷蔵庫に常備してある、プロテインドリンクを喉に流し込む。
コーブツは、最低限の栄養さえあれば動けるタイプだった。
棚に置いてあったサプリメントを数個取り出して、飲み込む。
そんな偏った食事のせいで、コーブツの身体は、驚くくらいに痩せていた。
細身のタカキと同じか、それ以上に腰が細い。
コーブツは、タカキよりも身長が高かった。
けれども、体重は筋肉のあるタカキと、そんなに変わらない。
AM 8:00
歯を磨いて、ペットボトルの水を研究室において、研究を開始する。
その後は、脇見もせずに研究。
本を見ながら、パソコンを開きながら、顕微鏡を覗き込みながら。
ひたすらに、時間は流れて行く。
AM 11:45
「コーブツ、来たよ」
「げっ!」
昼になると、タカキが現れた。
露骨に顔を歪める。
さっきまでの蕩けそうな笑顔は何処へ行ったのか。
「くそッ、次から指紋認証入れてやるからな」
「じゃあ、コーブツの指紋取っとかないと」
「ケッ、何しに来た」
「頼まれてた資料、昨日届けに来れなかったから、今日来た。ついでに、これお昼ご飯」
サンドイッチを口にしながら、コーブツは資料を受け取る。
右へ左へと眼球を動かしながら、超スピードで読んだ。
最後に、ポケットに手を突っ込んで、タカキにお菓子を食べさせる。
「次は、金曜日の夕方になると思う」
「もう来るな。シネ」
「欲しい資料あったら、またメールして」
タカキが帰ると、コーブツは研究を再び始めた。
ちなみに、タカキが来ない日は、昼飯を取らずに、ずっと研究している。
コーブツは、基本、食事を自分からしない。
だが、タカキが持ってきたものと、母親の瞳さんが買ってきたものは、ちゃんと残さず食べる癖がついていた。
PM 20:00
「あーん! 遅くなっちゃった! コーブツ〜、ご飯よー!」
「ん、」
「もう、いただきます、くらい言いなさい!」
「そう言うのは、作ってから言えば?」
「母さんの手作りご飯食べたい?」
ちなみに、瞳さんの料理はポイズンクッキングだ。
コーブツは、そのせいで、何度か三途の川を見たことがある。
「コーブツが食べたいなら、母さん腕を振るっちゃおうかなぁ!」
「……」
コーブツは、小さな声で素直に答えた。
「……いただきます」
「今日も可愛い息子!」
瞳さんは、キャリアウーマンだ。
小さい頃から、コーブツを女手一つで育てて来た。
コーブツがまだ稼げない時から、鉱物が大好きな息子に我慢をさせたくなくて、朝から晩まで働いているのだ。
コーブツは、母親と過ごす時間こそ少なかったが、その分、好きなように実験や研究をさせて貰えた。
鉱物にしか興味がなかったコーブツにとっては、この上ない暮らしだ。
人間嫌いのコーブツだけれど、母親のことは、嫌いではなかった。
「サングラス外せよ」
「……うーん、」
「家だろ」
「そうね、」
サングラスを外した瞳さんの目を見て、コーブツは少しだけ優しい顔になる。
「そう言うところは、父親似ね」
「俺に父親なんていないんじゃなかったのか」
「そうだった!」
瞳さんはニコッと笑って、コーブツとの食事を楽しんだ。
PM 21:00
風呂に入る。
シャワーの方が楽だが、瞳さんが風呂に湯をためた時には、湯に浸かるようにしていた。
シャンプーとコンディショナーは、瞳さんが美容室で買ってきた良いものを使っているが、乾かすことがまず無いので、結局は、ボサボサのままだった。
PM 21:30
研究室に戻り、研究再開。
コーブツの研究は、まだまだ終わらない。
スマフォは持っているが、必要な時にしか使わないので、常に充電器にささったままだった。
研究している中で、気付いたことがあれば、タカキにメールして、その資料を取ってきてもらう。
この世で、コーブツの連絡先を知っているのは、たった三人しかいなかった。
PM 23:00
研究に使っていた鉱物たちを仕舞う時間がやってきた。
「今日も、ありがとうな。最高に綺麗だったよ。ゆっくりおやすみ」
まるで恋人に言うかのような甘い台詞を吐いて、コーブツは、鉱物たちを戻し、ベッドへと向かう。
本当は、研究室にハンモックがあるので、そこで寝ようと思っていたのだが、瞳さんがふかふかのベッドを買ってきたので、そこで、おとなしく眠っている。
お陰で、ハンモックは、ただの仮眠用になってしまっていた。
AM 24:00
就寝。
コーブツがベッドに入って、暫くが過ぎた頃。
コッソリと瞳さんがコーブツの寝室に入ってきた。
可愛い息子の寝顔を見ながら、ソッと頭を撫でる。
「起きてる時は、させてくれないのよね」
小さな声でそう呟いて、瞳さんは息子の額に手を当てながら、優しく祈った。
「今日も、この子を見守って下さりありがとうございます。明日も、この子が元気に幸せに過ごせますように」
研究者に、危険はつきものだ。
だからこそ、瞳さんは毎日のように、こうして、コーブツの為に祈りを捧げている。
明日も、明後日も。
コーブツが無事に楽しく研究ができるように。
瞳さんは、コーブツの額にソッとキスを落とした。
「おやすみ、コーブツ」
瞳さんは、ご機嫌な顔でパタリとドアを閉める。
瞳さんが部屋から出ていったあと、コーブツは音も無く瞼を開いた。
「毎日、よく飽きねーな……」
憎まれ口を叩きながら、コーブツは枕の下に隠してある小さな容れ物に手を伸ばす。
それはコーブツにしか開けられない、世界に一つだけの宝箱だった。
白くて幾何学的な形のその箱を、まるで知恵の輪のように回していく。
中を開けると、そこには、変わった色と形をした鉱物が埋め込まれた指輪が入っていた。
その指輪を取り出して、コーブツは小さくそこにキスを贈る。
「I pray for your safety.」




