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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第三.五章「番外編」
17/52

コーブツの一日



AM 6:00


「……ん、」


コーブツの朝は早い。

ベッドの上から手を伸ばし、眼鏡をかける。

寝起きは、悪くない。


「……」


だが、表情があるわけでもなかった。


起きて、すぐに顔を洗いに行く。

髪の毛をあげて、バシャバシャと、水だけで洗顔した。


ボサボサの髪の毛はそのままにして、コーブツは、鉱物に会いに、研究室へと戻る。




AM 6:15


コーブツの研究室の奥に、秘密の部屋がある。

厳重に護られた扉は、指紋認証と暗証番号と眼球認証でしか、開かない。

つまりは、コーブツ以外に、この扉を開けることは出来ないのだ。


「セキュリティ、解除」


全てが認証され、重たい扉が開く。

その先には、あまりにも美しい光景が広がっていた。



「おはよう、俺の鉱物たち」



蕩けそうなくらい優しい顔で微笑むコーブツ。

こんな顔は、人間相手では見られない。


部屋は、まるでエデンの園のようだった。

太陽がない代わりに、人工太陽光があてられている。

室内には、草木が生い茂り、川のような水まで流れている。

土も本物で、何処から流れているのか、風まで吹いていた。


鉱物を観賞用のガラスケースに入れているのかと思えば、そんなことはなかった。

コーブツは、自然の中で生きる鉱物たちを、ありのままに愛でていたのだ。


コーブツは、裸足のまま、その部屋を歩く。


部屋の一番奥の壁に辿り着くと、コーブツは二度、その白い壁を二回叩いた。

すると、白い壁が透明な壁に変わる。

個別に仕舞われた鉱物たちも、存在した。


「ごめんな、隔離してしまって。いつか、みんなと一緒にいられるようにしてやるからな。今日も、研究頑張るよ。俺の愛する天使たち」


鉱物の中には、毒を出すもの。

他の鉱物と一緒の空間においておけないもの。

自然に放すと、形が崩れてしまうもの。


など、扱いが大変難しい物が、いくつも存在する。

全てを同じ空間に放しておくことは出来ないのだ。


だからこそ、コーブツはそんな鉱物たちが、他の鉱物たちとも暮らせるように、研究を重ねている。


「独りにはしないよ」


優しい言葉をかけて、部屋を出る。







AM 7:30


冷蔵庫に常備してある、プロテインドリンクを喉に流し込む。

コーブツは、最低限の栄養さえあれば動けるタイプだった。

棚に置いてあったサプリメントを数個取り出して、飲み込む。


そんな偏った食事のせいで、コーブツの身体は、驚くくらいに痩せていた。


細身のタカキと同じか、それ以上に腰が細い。

コーブツは、タカキよりも身長が高かった。

けれども、体重は筋肉のあるタカキと、そんなに変わらない。






AM 8:00


歯を磨いて、ペットボトルの水を研究室において、研究を開始する。


その後は、脇見もせずに研究。


本を見ながら、パソコンを開きながら、顕微鏡を覗き込みながら。


ひたすらに、時間は流れて行く。






AM 11:45


「コーブツ、来たよ」

「げっ!」


昼になると、タカキが現れた。

露骨に顔を歪める。

さっきまでの蕩けそうな笑顔は何処へ行ったのか。


「くそッ、次から指紋認証入れてやるからな」

「じゃあ、コーブツの指紋取っとかないと」

「ケッ、何しに来た」

「頼まれてた資料、昨日届けに来れなかったから、今日来た。ついでに、これお昼ご飯」


サンドイッチを口にしながら、コーブツは資料を受け取る。

右へ左へと眼球を動かしながら、超スピードで読んだ。


最後に、ポケットに手を突っ込んで、タカキにお菓子を食べさせる。


「次は、金曜日の夕方になると思う」

「もう来るな。シネ」

「欲しい資料あったら、またメールして」


タカキが帰ると、コーブツは研究を再び始めた。


ちなみに、タカキが来ない日は、昼飯を取らずに、ずっと研究している。

コーブツは、基本、食事を自分からしない。


だが、タカキが持ってきたものと、母親の瞳さんが買ってきたものは、ちゃんと残さず食べる癖がついていた。





PM 20:00


「あーん! 遅くなっちゃった! コーブツ〜、ご飯よー!」

「ん、」

「もう、いただきます、くらい言いなさい!」

「そう言うのは、作ってから言えば?」

「母さんの手作りご飯食べたい?」


ちなみに、瞳さんの料理はポイズンクッキングだ。

コーブツは、そのせいで、何度か三途の川を見たことがある。


「コーブツが食べたいなら、母さん腕を振るっちゃおうかなぁ!」

「……」


コーブツは、小さな声で素直に答えた。


「……いただきます」

「今日も可愛い息子!」


瞳さんは、キャリアウーマンだ。


小さい頃から、コーブツを女手一つで育てて来た。

コーブツがまだ稼げない時から、鉱物が大好きな息子に我慢をさせたくなくて、朝から晩まで働いているのだ。


コーブツは、母親と過ごす時間こそ少なかったが、その分、好きなように実験や研究をさせて貰えた。

鉱物にしか興味がなかったコーブツにとっては、この上ない暮らしだ。


人間嫌いのコーブツだけれど、母親のことは、嫌いではなかった。


「サングラス外せよ」

「……うーん、」

「家だろ」

「そうね、」


サングラスを外した瞳さんの目を見て、コーブツは少しだけ優しい顔になる。


「そう言うところは、父親似ね」

「俺に父親なんていないんじゃなかったのか」

「そうだった!」


瞳さんはニコッと笑って、コーブツとの食事を楽しんだ。






PM 21:00


風呂に入る。


シャワーの方が楽だが、瞳さんが風呂に湯をためた時には、湯に浸かるようにしていた。


シャンプーとコンディショナーは、瞳さんが美容室で買ってきた良いものを使っているが、乾かすことがまず無いので、結局は、ボサボサのままだった。






PM 21:30



研究室に戻り、研究再開。

コーブツの研究は、まだまだ終わらない。


スマフォは持っているが、必要な時にしか使わないので、常に充電器にささったままだった。


研究している中で、気付いたことがあれば、タカキにメールして、その資料を取ってきてもらう。


この世で、コーブツの連絡先を知っているのは、たった三人しかいなかった。






PM 23:00


研究に使っていた鉱物たちを仕舞う時間がやってきた。


「今日も、ありがとうな。最高に綺麗だったよ。ゆっくりおやすみ」


まるで恋人に言うかのような甘い台詞を吐いて、コーブツは、鉱物たちを戻し、ベッドへと向かう。


本当は、研究室にハンモックがあるので、そこで寝ようと思っていたのだが、瞳さんがふかふかのベッドを買ってきたので、そこで、おとなしく眠っている。


お陰で、ハンモックは、ただの仮眠用になってしまっていた。







AM 24:00



就寝。


コーブツがベッドに入って、暫くが過ぎた頃。

コッソリと瞳さんがコーブツの寝室に入ってきた。

可愛い息子の寝顔を見ながら、ソッと頭を撫でる。


「起きてる時は、させてくれないのよね」


小さな声でそう呟いて、瞳さんは息子の額に手を当てながら、優しく祈った。


「今日も、この子を見守って下さりありがとうございます。明日も、この子が元気に幸せに過ごせますように」


研究者に、危険はつきものだ。

だからこそ、瞳さんは毎日のように、こうして、コーブツの為に祈りを捧げている。


明日も、明後日も。

コーブツが無事に楽しく研究ができるように。


瞳さんは、コーブツの額にソッとキスを落とした。


「おやすみ、コーブツ」


瞳さんは、ご機嫌な顔でパタリとドアを閉める。

瞳さんが部屋から出ていったあと、コーブツは音も無く瞼を開いた。



「毎日、よく飽きねーな……」



憎まれ口を叩きながら、コーブツは枕の下に隠してある小さな容れ物に手を伸ばす。

それはコーブツにしか開けられない、世界に一つだけの宝箱だった。

白くて幾何学的な形のその箱を、まるで知恵の輪のように回していく。

中を開けると、そこには、変わった色と形をした鉱物が埋め込まれた指輪が入っていた。


その指輪を取り出して、コーブツは小さくそこにキスを贈る。



「I pray for your safety.」













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