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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第三章「Mr.クラゲは、ズルい×××」
16/52

-15


家に戻るなり、クラゲは小さな身体のまま、ソファーにダイブした。


「ははっ、やっべぇ~、久々に興奮した」

「クラゲ、ありがとう」

「クロノス嬢、あんな風でよかったか?」

「えぇ、想像していたよりも、ずっと、貴方は強かった」

「そいつは、光栄だね」


クラゲは、ソファーに座り直して、伸びをした。


「それにしても、タカキ可愛かったなぁ~。あの姿は、ライトちゃんの身体なのか?」

「ミネラルたちと人間は、通常、外側から合体するものなのだけれど、あの子達は、内側から融合しているから、タカキの身体が変化しているの。完全なるライトの肉体ではないから、混ざっていると言う言葉が、おそらく適切ね」

「ふーん、そっか。俺があと十歳ぐらい若かったら、付き合いたいもんだな」

「今は、無理なの?」

「地球には、いっぱいしがらみがあんのよ。出身、年齢、性別、家柄、職種、肌の色……差別ばかりで嫌になるね」


クラゲが小さな指を折りながら答えると、クロノスは、肩をすくめた。


「私も差別を受けたことがあるわ」

「クロノス嬢が?」

「えぇ、昔、恋をした時にね」

「ぶふぉっ、恋……したことあんだ。いや、そうだよな……でも、なんか意外」


クラゲが思ったことを口にすると、クロノスはクスッと笑った。


「不釣り合いだと反対されて、結局お別れしなくてはいけなくなってしまったの。あの時、他の誰かの目なんて気にしないと思っていたけれど、それだけでは、生きられないということも知った。私たちは、孤独の中では生きられない。宇宙で二人だけになれればいいのにと切に願ったことはあったけれど、今思えば、あさはかな願いだったと反省しているわ」

「いいね。美少女の恋話が聞けるなんて役得だ」

「クラゲには、そういう人はいないの?」

「そういう人って、彼女? いない、いない。俺みたいな人間に彼女なんていたら、世間もびっくりのニュースになるだろうよ」

「そう? クラゲは、人気がありそうなのに」

「おう、ガキの頃はモテたぞ。同級生からも下級生からも上級生からも、告白されたぜ。中には、成人済みのショタコンもいたな」

「ショタ……?」

「あぁ、聞きなれない単語だよな。こっちでは、少年に対して、特別な愛情を持つ女性の事を、ショタコンって呼ぶんだ。ショタコンのお姉さん方からしたら、その対象の少年オレは、ショタって呼ばれるわけ」


そう言いながら、クラゲは自分を指差した。


「そうなのね。でも、今の貴方は、外見は子どもでも、中身は大人でしょう?」

「そ。ズルいショタだよな!」


クラゲは、そう言って、二カッと笑った。

クロノスは、クラゲに近づくと、その小さな頭を抱えるようにして抱きこんだ。


「へ?」

「私が貴方にこうしていたら、ショタコンって言われるのかしら」

「……さぁ、見た目が同じ歳だからなぁ?」

「でも、中身は貴方より、ずっと年上よ」

「その場合は、なんて言うんだろうな」

「わからないわ。でも、少年じゃなくても、貴方が好きよ」


クロノス嬢が、ふわりと花が咲いたように、そう言って微笑んだ瞬間。

珍しく、クラゲの顔が真っ赤に染まる。


その後、クラゲは眉をキッと吊り上げて言った。


「……クロノス嬢、それ誰にでも言ったらダメだからな? 誤解されるぞ」

「あら、誰かに好きだと伝える事を制限するの?」

「俺だからいいけど、下手したら誘拐されちゃうから、ダメ。いいか、地球の男を信用するな。いや、女もだ。美少女は全人類から狙われる存在なんだ」


大真面目な目をして、クラゲが説得を試みるが、クロノスはキョトンとした顔で、不思議そうに首を傾げた。


「時空間に逃げれる私を攫うなんて、出来るのかしら」

「いいから、油断するなよ」

「でも、もし、そうなっても、貴方が助けてくれるでしょう?」

「俺は、ガキは助けない主義なんでね」

「嘘よ。今日、助けてたもの」

「あれは……!」


クラゲが言い訳しようと顔をあげた瞬間。

クロノスの聖母マリアのような顔が目に入る。


クラゲは「うぐっ」と言葉を飲み込んだ。


「助けてくれて、ありがとう」

「……それは、あのガキの台詞だろ」

「私が悲しむから助けたのだと言い訳していたのが、聞こえたわ」

「時空間って狡いよな。盗み聞きし放題じゃん」

「ズルいのは、貴方でしょ。ショタくん」


クラゲは、クロノス嬢の背中に手を回して、ギュッと子どものように抱きついた。


「違いない」


そう言って笑う。クラゲの顔は、むじゃきな子どもの目をしていた。

クロノスも、クラゲにつられて笑う。


「身体、戻してくれるか?」

「えぇ、もちろん。――ミネラル・セレス」


クロノスが呪文を唱えると、クラゲの身体が一瞬で元のサラリーマンの姿に戻った。

一気に身体が重くなり、静かにクロノスから手を離す。


クラゲは、覚悟を決めたように、立ち上がった。


「何か、するの?」

「ケジメをつけようかと思ってさ、」

「ザックのこと?」

「そう。そして、俺のこと」


クラゲは、自分のスマートフォンを取り出した。

その画面を見ながら、静かに深呼吸を繰り返す。


「今日、わかっちまった。あの時、なんで、ザックが俺に大丈夫って言ったのか」


クラゲが少年を助けた時。

クラゲがタカキを助けようとした時。


相手の目を見て、思った。


「ザックは虚勢を張ったんじゃない。俺を安心させたくて、大丈夫って、言ってくれたんだ。それなのに、俺は、あいつが無理して自分に言い聞かせているように見えた。それが嫌だったんだ」


ザックの言う《大丈夫》は、クラゲの事を思って出た言葉だった。

だけど、クラゲには、それが“嘘”に見えてしまった。

だから、悔しかったのだ。


「……俺の前では、泣いてほしかった。他の奴の前と同じように、強がってほしくなかった。親友だから、苦しさも悲しみも、共有したいと思ったんだ」


それは、クラゲの我が儘でもあり、本心だった。


「タカキの顔を見た時、一瞬、不安で瞳が揺れたのがわかった。あんな目を見たら、誰でも絶対、大丈夫だって言ってしまうよな」


例え、あの時、本当に絶体絶命のピンチだったとしても、今まさに負けてしまいそうな瞬間だったとしても。

あんな目で見られたら、強がりでも何でもなく、自然と口にしてしまっていたことだろう。


大丈夫、という、魔法の言葉を。


「結局、どんな時でも、他人を一番に思いやれる奴が一番強いわけだ」

「だから、貴方も強いのね」

「俺は、まだまだ弱い」

「そんな事ないわ」


クロノスは、クラゲと目を合わせて言った。


「バスケができなくなった友達のことを思って泣けるんだもの。人は個々の心を持っている。どれだけ、愛し合っていても、相手と全く同じ感情を得られるわけではないわ。でも、違うからこそ、世界は広がるの」


クラゲは、ザックと気持ちを共有したかった。

彼の悔しさを同じように悔しいと思い、彼の幸せを自分の幸せのように喜びたかったのだ。


「でも、あれは、俺の我が儘だった。クラゲの気持ちを勝手に決めつけて、共有させてくれないことを悔しがって、あいつを傷つけたんだ」

「純粋に、相手と共感したいと思う気持ちは、悪ではないわ。貴方がよくなかったところは、たった一つだけ。ザックに、自分の本当の想いを伝える前に、日本に来てしまったことよ」

「……はは、逃げてきたからな」

「きっと、怒っているわ」

「その方がいいね。無関心に忘れられているよりかは、ずっとマシさ」


クラゲの強がりを聞いて、クロノスは、クラゲのスマフォごと、彼の手を優しく握った。


「言葉で相手に想いを伝えることは、テレパシーを使うよりもずっと難しいことよ」

「そうだな、俺もそう思う」

「だからこそ、貴方なら、できるわ」

「どうして、そう言いきれるんだ?」

「だって、貴方は強いもの」


クロノスの言葉に、クラゲは面食らったような顔をした後に、苦笑した。


「ガキの姿だった時の方が、強いけどな」

「私から見れば、みんな子どもよ」

「そうだな、ククッ……ありがとうよ、クロノス嬢。ちょっくら、勇気、出してみるわ」


そう言って、クラゲは、迷うことなく、番号を押した。

何年経っても、忘れることはない。

親友の、携帯の番号。


あれから何年も過ぎている。

もしかしたら、とっくに番号を変えているかもしれない。


そう思いながらも、クラゲは最後の番号を押して、通話ボタンを押した。


トゥルルルー……トゥルルルー……


ひとまず、番号がかかった事に安堵する。

だが、安心したのもつかの間。



ザックは、3コール目で、電話に出た。



「ハロー?」

「……っ、」

「おかしいな、通じてる?」


それは、数年ぶりに聞く声だった。

昔と何も変わらない話し方に、目頭が熱くなる。


「んー……イタズラ電話かな」

「……!」

「ごめん、この番号、登録してなかったんだけど、君は誰?」

「っ、ぁ……」


上手く話せなかった。

声が緊張で出てこない。

ひたすらに電話口で震えていると、一呼吸置いた後。



ザックが、おそるおそる、聞いてきた。


「…………クラキ?」

「あ、……っ!」


その時、一際大きな声をクラゲがあげた。

名前を呼ばれるなんて、思っていなかったものだから、その場で、目を見開く。


「クラキ!! クラキなのか?!」

「あ、……っざ、っく」

「クラキっ、お前、どこにいるんだよ! と言うか、今までどこにいたんだよ!」


クラゲの耳に、懐かしい親友の声が響く。

何度も名前を呼ばれ、その度に、クラゲは大きな身体を縮こませた。


「クラキ……お前、まさか、声がでなくなったわけじゃないよな……?」

「……いや、…悪い、話せる、」

「よかった……! 俺の番号、覚えてたんだな」

「忘れるわけがない……」


徐々に話せるようになったクラゲは、ゆっくりと、ザックと話をする。


「……一方的にかけて、ごめん。少しだけ、話してもいいか」

「あぁ、もちろん」

「俺、今日、子どもを助けたんだ」

「子どもを……?」


クラゲの言葉を聞いて、ザックは少し驚いたような声をあげた。


「俺みたいなやつが、って思うだろう。俺も思う。柄じゃないって……。助ける数秒前まで、助けようなんて思ってなかった。でも、子どもが目の前で死ぬってなった瞬間、気付いたら考える間もなく、飛び出していた。その後、子どもに、俺自身の心配をされて、それで、俺、あの時のお前の気持ちが、少しだけわかったんだ」

「あの時の、俺の気持ち?」

「そう、ザックの気持ちと、俺の気持ち……」


クラゲは、スマフォを持つ腕を反対の手で握った。


「俺、お前に、大丈夫だからって言われた時、凄く腹立って、お前に酷いこと言っただろう。あの時、俺は、悔しかったんだ。俺の前だけでは、弱いお前を曝け出してほしかった。お前に頼って貰えない自分が情けなかったんだ。誰よりも、何よりも、お前がバスケを愛していたのは知っていたのに、何もできなくて……。その上、あの時、お前は、俺のことを思って、言ってくれたのに、俺は、そんなお前にトドメを指すようなことを言った。本当に……ごめんなさい」


ごめんなさい、と謝る謝り方は、ザックが教えたものだった。

ザックの目が電話の向こうで見開く。

子どものような謝り方だが、クラゲには、この言葉以外に出てこなかった。


謝る時には、ちゃんとそう言うんだよ、と言われ、今まで殆ど使ったことがなかった言葉だったが、ここに来て、クラゲは、初めてちゃんと謝罪したのだった。


クラゲの話をちゃんと聞いてから、ザックは、落ち着いた声で言った。


「それは、違うよ」

「……ザック?」

「あの時、俺はお前の言う通り無理してた。みんなに心配かけさせないように、落ち込む自分を隠していたんだ。だけど、お前だけは、そんな俺を見つけてくれた」


少女を助けたことに後悔はない。

だから、落ち込んではいけない。


ザックは自然と、自分にそう言い聞かせていたのだ。

だからこそ、自分でも気づかない内に、自分を苦しめていた。


「クラキがいたから……俺は、あれから、泣けたんだ! バスケがしたい。本当は、ここで辞めたくない。それが、俺の本当の気持ちだった。自分の声を、ちゃんと聞いてやる事が出来たのは、親友の、お前のお陰なんだよ……っ!」

「ザック、」


クラゲの目から、大粒の涙が零れ落ちる。

それは、長年封印されていた、涙だった。


「まだ、親友だって……っ」

「まだ、とか言うな! お前が俺の親友じゃなかった時なんて、出会ってから一秒も無いんだからな!」


ザックの言葉を聞いて、クラゲは、子どものように、泣き噦る。

その時、クロノスの言った言葉が、クラゲの頭の中で再生された。


《 感情には、愛や喜びだけでは、感じられない想いがある。悲しみや、怒りも、時には必要で、それが愛に繋がることもあるということを、知って欲しい 》


言われた時には理解できなかった言葉が、今では、よくわかる。

それを知ったクラゲは、痛いくらいに鳴る心臓をギュッと抑えた。


「ザック……っ、俺、ずっと、お前のこと、考えてた……っ」

「俺もだよ! それなのに、お前ときたら、あれからすぐに行方を眩ましやがって! こっちは庶民なんだよ! クラキみたいに、広い人脈も、ネットワークも無いから、全然手掛かりも見つけられなくて、どれだけ探し回ったかっ!」

「ぐす……っ、悪かったよ、俺だって自分がこんな阿保だったなんて、知らなかった。今日、初めて知ったよ」

「泣きたいのは、こっちだ。なぁ、イギリスに戻ってくる気はないのか? 一時帰省でもいいから、帰ってこいよ」

「今はこっちで、やらなきゃいけない事が出来たから、すぐには無理だ。でも、必ず帰省はするよ。その時は声をかけるから、飯でも付き合ってくれ……ると、助かる」

「言っとくけど、声をかけずに帰ってきたら、今度こそ許さないからな!!」

「ははっ、お前が怒る声なんて、初めて聞いた」


クラゲは、噴き出すように笑った。


すると、そんな声を聞いたザックが安心したような口調でたずねる。


「最後に、報告があるんだけど、この話の続きはいるかい?」


ザックの言葉に、クラゲは涙を拭って、大きく頷いた。



「あぁ、Please give me some more.(もっと、欲しいな)」




◇◇◇





翌朝。


タカキが早朝、公園を走っていると、後ろからクラゲか現れ、同じようにランニングしながら並んできた。

タカキは、自然と走るペースを減速する。


「おはよう、クラゲさん」

「おぉ、タカキ〜〜、はよっす」

「早いね」

「たまには、な」


公園を走りながら、クラゲとタカキの会話は続く。


「朝の散歩か? この後、大学?」

「うん。早朝散歩。今日は、土曜日だから大学は休みだよ。クラゲさんは、今から仕事?」

「いや、今日は休んだ」

「休めたの?」

「無理矢理な。つか、明け方まで、電話してたから、くっそねっみぃ〜」

「その割には、元気そうだね?」

「そうか?」

「うん。今日の、クラゲさんは、何だかいつもと違う」

「お前と会う時は、大抵いつも、ここで寝てるダメダメサラリーマンだからな」

「でも、今日は一緒に走ってる」

「たまには、体を動かさないとと思ったんだが、想像以上にキツイわ、これ。徹夜にランニングは毒。あー……俺も、体力戻そう。筋トレしねーと、年々階段の上り下りが辛くなる」

「切実だね」

「ほんとにな」


暫く走った後、二人はいつものベンチに腰かけた。

クラゲが奢ったミネラルウォーターを飲みながら、二人で、雲一つない空を見上げる。

静かな時が流れた。


「クラゲさん」

「なんだ」

「俺、アズマ師匠の寮だったんだ」

「そうか。イメージあるなぁ」

「クラゲさんは、サクヤ女帝の寮生だったんだね」

「あれれ? 俺、タカキに教えてたっけ?」

「……人伝に聞いたんだ」


クラゲの答えを聞いて、タカキは、わざとそう言った。

そんなタカキを見て、クラゲはクスリと笑う。


「今日は、酔ってないの?」

「あぁ、だからシジミ汁は、おあずけだ」

「残念」


クラゲは、タカキの前に立つと、腰を曲げて、タカキの顔を覗き込んだ。


「その代わり、これから時間があるなら、俺のお茶に付き合ってくれないか」

「寝なくていいの?」

「仮眠したから、平気」

「クラゲさんの家?」

「あぁ、美味しい珈琲を淹れてやるよ。ついでに、聞いて欲しい自慢話があるんだ」

「どんな話し?」


タカキが聞き返すと、クラゲはスッと、背を伸ばして、言った。




「今度、バスケのパラリンピックに出る、俺の親友の話し」



クラゲのボサボサの前髪の間から見えた目を見て、タカキは、フワリと優しく微笑んだ。


太陽の光が、公園を優しく照らす。



「沢山、聞かせてよ。白クラゲさん」



そう呼ばれたクラゲは、澄んだ瞳で、タカキに笑い返したのだった。







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