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「なんつーか……平和だな」
クロノスがクラゲの家に来て一週間が過ぎた。
外見だけを見ると、縁が程遠い二人だが、同居生活は思いの外、安定している。
クラゲは普段、仕事場にいる時間の方が長い。
クラゲが仕事している間に、クロノスがタカキとライトに、敵が近付いていないか、ミネラル戦士に危険が迫っていないかを調べている。
もし、誰かに危険が迫っていたら、クロノスから報告を受けたクラゲが直ぐ様、出動するという作戦だ。
クラゲ自身は、自分が人助けをすると言うことに、些か違和感を感じていた。
柄ではないと思っていたからだ。
けれども、美少女の頼みは断れない。
この日も、ブラック企業でフラフラになりながら、クラゲは会社の屋上でクロノスとお茶をしていた。
自分は缶コーヒーをあけ、クロノスには、りんごジュースのパックを渡す。
丁寧に、ストローを刺した状態で。
「タカキをサポートする少年の正体が俺だってことは、そのライトちゃんには、バレない方がいいんだよな?」
「えぇ。正確には、貴方だと言うことよりも、私が裏で糸を引いているということを隠したいの。だから、貴方が彼女たちをサポートしている間、私は存在を時空間に隠して見守ることしかできないわ」
「なるほど。じゃあ、タカキには、俺の正体がバレても平気なのか?」
「平気だけれど、あの子はライトと繋がっている。常に繋がっているわけではないようだけれど、ライトにバレずに貴方の正体をタカキ少年に伝えることなんて、できるの?」
「うーん、タカキなら、多分わかるだろうなぁ」
クラゲの言葉に、クロノスは信頼の目を向けて言った。
「判断は、貴方に任せるわ」
「ありがたき、しあわせ」
よれよれのスーツ姿でも、紳士的な言葉は忘れない。
クラゲは、会社の屋上から街を見渡して言った。
「タカキたちは、どうだ?」
「最近、公園の近くで、ミネラルのエネルギーを感じるの。おそらく、次は、あそこに現れるわ」
「敵か? 仲間か?」
一呼吸おいて、クロノスは言った。
「敵よ」
クロノスの答えを聞いて、クラゲは「そうか、」と小さく返事をした。
「クラゲは、そんなに働いていて平気なの?」
「心配ご無用! いざとなれば、若返るんだから、ちゃんとタカキとライトちゃんのサポートは出来ますよ」
「私は、貴方自身の心配をしているの」
真剣な目で見つめられ、クラゲはぽりぽりと頬をかいた。
「SEなんてカンヅメが当たり前さ。帰れない時もよくある。飯は食べたり食べなかったり。そのくせ、酒は付き合いで馬鹿みたいに飲まされる。上司は、怒ってばかり。部下は、どんどん鬱になっていく。たまに早く帰れたと思えば、その日は十八連勤目ときた。自分でも、曜日の感覚はおろか、日付の感覚すら無くなってくるよ」
「……」
「変なやつだと思うか? そんなに大変なら辞めればいいのにって、よく言われる」
「貴方が選んだ道を、私は否定しない」
「そ。ありがたいね」
クラゲが答えると、クロノスはクラゲの前に立ち、その手をギュッと握って言った。
「だけど、心配してくれる人の存在を忘れて、自分を蔑ろにしている今を当たり前だと思うことはダメよ」
「心配してくれる人の存在ね。この世には、それがいない奴も大勢いる。理不尽な社会の中で働いている孤独な戦士が地球に何人いると思う? 日本には、特にそういう奴らが多いだろうな」
「私がいる。私が貴方たちの心配をしている。地球人でも他の星の者でも関係ない。私はこの宇宙の中で、時を感じる余裕がない生き物たち全てに、愛と安らぎの時間を与えたい」
クロノスの真っ直ぐな言葉を聞いて、クラゲは苦笑する。
「……女神って、マジでいるんだな」
クラゲは、しゃがんでクロノスと目を合わせた。
彼女の小さな手のひらにキスを落とす。
「ありがとうよ。クロノス嬢」
「貴方にとって、辛い時間が早く過ぎ、楽しくて、しあわせな時間が長く続きますように」
「それは、魔法?」
「違うわ。祈りよ」
クロノスも、クラゲの手の甲にキスを落とした。
「祈りは、時として、魔法よりも素晴らしい結果をもたらすわ」
「時の神様が言うと、説得力が違うね」
「私は時の神ではないの。ただ時間を操る力を与えられた使者よ」
「俺からしたら、神様とそんな変わらねえよ」
そんな平和な会話をしていた、クロノスとクラゲだったが、戦いの日が訪れたのは、それから間も無くしてのことだった。
◇◇◇
「クラゲ、敵が来るわ」
突如、職場に現れたクロノスに、クラゲはスマフォをポケットに仕舞いながら、訊ねた。
「マジで? あとどのくらい?」
「2秒」
ピースサインを見せたクロノスに頭を抱える。
クラゲは、近くの廊下を通りかかった上司にサラリと告げた。
まるで、トイレにでも行くかのように。
「あ、部長。すみません、今日、帰ります」
「おう、さっさと……は? オイ、ちょっと待て! 今なんて言った?!」
後ろでハゲかかった部長が叫んでいるが、気にしない。
クロノスは時空の間から顔だけを出して、クラゲに聞いた。
「叫んでるけど、いいの?」
「気にしない、気にしない。だってここ、ブラック企業だし? 社員がブラックでも仕方ないだろう」
「あの人も、子どもの頃はキラキラした眼をしていたのに……」
「今は、その分、頭がピカピカしてるぜ。それより、クロノス嬢、この身体じゃ公園まで半日かかる」
クラゲの言葉を聞いて、クロノスは時空の間から出て、空を飛びながら、クラゲに向かって力を放った。
「クロノス・ペルパタオ!」
その瞬間、クラゲの身体が空中に浮き、光に包まれながら変身していく。
あっという間に、子どもの頃の姿に戻ったクラゲは、見事地面に着地した。
「こうなれば、こっちのもんだぜ!」
ニヤリと笑って、クラゲは街の中を、空を飛ぶように駆け抜ける。
まるで、忍者のように。
道行く人の視線を掻っ攫って、敵の場所へと向かった。
一方、その頃、公園では、ミネラル戦士に変身したタカキが、ミネアンビー相手に戦いを繰り広げていた。
「……キリがない」
『タカキ! これは分裂する鉱物よ! 分裂するごとに大きさは小さくなるけれど、それぞれが個々の意識を持っているから、厄介だわ!』
「意識は、それぞれあっても、脳は一つなはず。それを見つけて叩くか」
公園に着いたクラゲは、一番高い木の上から公園全体を見下ろしていた。
タカキが守った子供たちが、公園の外へと逃げ出している。
「ヒュー。ガキがいっぱいだ。つか、今は、俺もガキだった」
「いた、あそこ」
「任せろ、クロノス嬢は隠れてな!」
クロノスは時空の間に隠れ、クラゲは振り返ってタカキの戦いを見つめた。
「アズマ 神月一心流 山査子!!」
クラゲは、タカキの戦い方を見て、ニヤリと口端を吊り上げる。
久々の空気に、興奮が隠せなかった。
「やるねぇ……っと、あれは、」
その時、小さな男の子が逃げ遅れているのが、クラゲの目に入った。
だが、クラゲはタカキの方に視線を戻す。
「いや、俺の任務は、タカキを助けることだろ」
クラゲは、首を左右に振った。
なんだかんだ、タカキたちからは、少し離れたところにいる。
その内、勝手に逃げるだろうと放っておこうとした。
しかし、ちらりと横目に子供を見ると、その身体は、ガタガタと震えている。
あれでは、一向に逃げられそうにない。
タカキも攻撃を避けることに夢中で、少年の存在には、気づいていなかった。
「グォワァァァア――ッ!!」
ミネアンビーが、タカキの連続の攻撃に怒り、反発する。
その時、瓦礫とともに吐かれたマグマのような液が、逃げ遅れた少年の元へと襲い掛かった。
「たっ、たす、け……っ!!」
絶体絶命。
少年の目がギュッと閉じられた、その時。
少年の体が、ふわりと宙に浮いた。
「え、」
ゆっくりと目を開けると、少年の目の前には、青い空が広がっていた。
抱き抱えられてることに気付き、少年は、クラゲの顔をジッと見る。
「お兄ちゃん……誰?」
「特別だぞ。キラキラした瞳のガキが減ったら、クロノス嬢が悲しむからな」
クラゲが一瞬で少年を抱き抱え、公園の外へと飛び去ったのだ。
あまりの早さに、ミネアンビーもタカキも何が起こっているのか、わからなかった。
ただ、少年が消えたことで、ミネアンビーの標的がタカキだけになったのは、確かだ。
「結局、助けちまったぜ」
助けるなんて、柄じゃない。などと、言い訳をしながらも、クラゲはしっかりと安全なところへ、少年を逃した。
「じゃあな。気をつけろよ」
「……ッ!!」
また元の場所へ戻ろうとしたクラゲに対して、少年は勇気を振り絞って叫んだ。
「行っちゃ、ダメだ!」
「あん?」
「行ったら、危ないよ、お兄ちゃんも死んじゃうよ……!」
少年は、ボロボロと目から涙を溢して言った。
さっきまで助けての一言も言えなかった子どもが、震えながら、そう叫んだのだ。
「――……ッ」
クラゲは、目を見開いた。
その時、わかってしまったのだ。
あの時に、ザックが発した。
大丈夫の言葉の、本当の意味が。
「行かないで、お兄ちゃん…っ」
クラゲは、少年に近づくと、少年に目線を合わせるように腰を曲げて言った。
「……“大丈夫”」
「へ……?」
「俺、超強いから、あの化け物から、お前らのこと守ってやる」
「お兄ちゃんも、子どもなのに……?」
「関係ねぇよ。俺、すげぇ強いからな。あんなの瞬殺だ! 瞬殺!……だから、安心しろよ」
そう言ってクラゲは、その少年の頭を撫でて、再び公園へと戻った。
霧がかっていた景色が晴れたかのように、視界がクリアになる。
公園に着くと、凶暴化しているミネアンビーがタカキに攻撃を仕掛けているところに遭遇した。
木は倒れ、鉄でできた遊具が毒によって、溶かされている。
「あれには、触らない方がよさそうだな」
「君は……?」
「おっと、見つかった」
タカキと目が合うと、タカキはクラゲに向かって叫んだ。
「早く、ここから逃げて!」
「え、」
「ここにいたら、危険だ!」
クラゲがキョトンとした顔をしていると、後ろからコッソリ近づいて来ていたミネアンビーたちに、捕まってしまった。
腕や足を押さえ込まれながら、ギリギリと締め付けられる。
「成る程、確かに」
これは、ピンチか。
と、落ち着いた様子で、クラゲは自分の体に巻きついている鉱物を見上げた。
「その子を離せッ!」
「グォ、お前に、は、誰も、守れない、無力な、自分を、呪うが、いい……!」
「……ック!」
タカキは、子供を人質に取られたと思い、ミネアンビーに手が出せなかった。
「我の、名は、雄黄、お前ら、などに、負けはしない」
雄黄と名乗るミネアンビーは、散りばめられていた小さな雄黄を吸収し、どんどん大きくなっていく。
やがて、公園の木程の大きさになった雄黄は、片手でクラゲを握り潰すようにして、持ち上げた。
「お前らに、勝ち目は、ない、」
捕まっているクラゲの姿を見て、タカキの顔が歪んだ。
いつも、冷静な顔のタカキが、こんな顔をするのは、珍しい。
誰かが苦しんでいるのを、ただ見ているだけなんて、タカキには、耐えられなかった。
そんなタカキの顔を見て、クラゲは雄黄に掴まれたまま、クスリと苦笑する。
その笑い方は妖艶で、子供らしさを完全に消していた。
「そんな顔するなよ、お姉さん」
「え、」
「大丈夫だから」
そう言って、クラゲは自分の身体に力を込めた。
あまりの気迫に空気中の風が、渦を巻くようにして、クラゲの周りを包み込んでいく。
「ハァッ――!!」
クラゲは、自力で雄黄の腕から抜け出すと、手土産と言わんばかりに、その腕を破壊した。
雄黄の悲鳴が公園に響く。
「よっ、と! それじゃあ、そろそろ行くよ」
そして、タカキが驚いている間も無く、クラゲは雄黄の体を蹴って飛び上がり、空中から攻撃を仕掛けた。
息を小さく吸いこんで、身体中の全神経を集中させる。
「サクヤ ドラゴン式 炎の蹄!」
クラゲが、叫ぶと同時に、ドロッとした毒の液が弾け飛んだ。
雄黄は、大打撃を受け、揺らめく。
「グォワッ!! うぐ、貴様は、一体?!」
そこに居る誰も、クラゲの正体を知らなかった。
クラゲは、ニコニコ笑いながら、再び宙を舞う。
「!!」
『何、あの子、何者?!』
タカキは、目を見開いた。
なぜなら、タカキはその技を知っていたからだ。
「サクヤ ドラゴン式 ――灼熱の鱗!」
次々に攻撃を仕掛ける少年から、タカキは目が離せなかった。
「あの子は、一体……」
タカキが、立ち止まっていると、タカキと目線を合わせたクラゲが挑戦的な目で言った。
「お姉さん、降参なの?」
「え、」
「もう戦えない? 俺がコイツ、やっつけてあげようか?」
クラゲは、試すようにそう言った。
その言葉に、タカキが一気に戦闘モードに戻る。
タカキは、自分の役目を思い出し、呪文を唱えた。
「ミネラル・レコード!」
現れたミネラル・ソードをキャッチし、雄黄相手に突き進む。
ミネラルの力を込めようとしないタカキを見て、ライトは中で声を荒げた。
『タカキ?! せっかく剣を出したのに、ミネラルの力を使わないつもり?!』
「サクヤ寮の生徒を前にして、何もしないでいたら、師匠に怒られるからね」
『どういうことよ?! 実践で使わないと意味ないじゃない! 負けちゃうわよ?!』
「負けないよ」
ライトの忠告を無視して、タカキは攻撃を仕掛けた。
雄黄は、殺気を放ちながら、毒を噴射する。
だが、毒が届くより早く、タカキが叫んだ。
「アズマ 神月一心流 竜胆!!」
タカキはクルリと回転しながら、雄黄の毒を吐く攻撃を避けると、そのままの体勢から勢いよく、切りかかった。
「やるねぇ!」
「ドラゴンには、竜じゃないと」
「そうこなくっちゃ!」
雄黄の毒は、剣の放つ威力で消え去る。
ミネラル・ソードは見事、雄黄の身体を引き裂いたのだった。
だが、分裂した雄黄は、それぞれが雄黄の分身となっていく。
それを見た、クラゲがタカキに向かって言った。
「お姉さんは、どうしたら、勝てると思う?」
「個々の体は持っているけど、指示を出しているのは、一つだ。奴らの中に、核を持った本体がいる。その本体を砕けば、分裂も再生も出来なくなるはず」
「俺も、そう思う。じゃあ、効率のいい方法は、1つだな」
クラゲの視線に気づいた、タカキは、コクンと頷いた。
『え、何? 何をするつもりなの?!』
ライトは、一人作戦が理解できず、タカキの中でおろおろしていた。
「核が、どれかを探し出すよりも……」
「一体ずつ、倒していくよりも」
「「 一網打尽にした方が早い 」」
タカキとクラゲの声が重なったと同時に、クラゲが勝負に出た。
「サクヤ ドラゴン式……」
クラゲは、空中で両手を広げた。
「紅龍の風――ッ!!」
その手を勢いよく交差させ、竜巻を巻き起こす。
その竜巻の風に雄黄たちが吸い込まれていった。
「……アズマ 神月一心流」
そして、タカキもすかさず攻撃を繰り出す。
「風信子――!」
目にも止まらぬ速さで振られたミネラル・ソードが、空中を引き裂いていく。
クラゲは、思わず口笛を吹いた。
次々に竜巻の中へと吸い込まれていった攻撃は、真っ直ぐに敵へと突き進む。
四方八方から攻撃を受けた雄黄は、今度こそ散り散りとなって、ただの鉱物へと戻っていった。
『やった! 終わりよければ全て良し!』
ライトが半分諦めながらも、喜ぶ。
タカキは、息を切らしながら、先程から、ずっとこちらを見ているクラゲに向き直った。
クラゲは、タカキの戦いっぷりを見て、拍手を贈る。
「流石、お姉さん。強いね」
「君は、何者?」
「さぁてね」
クスクスと意味深に笑いながら、クラゲはタカキの元に近づいた。
タカキに、逃げる様子はない。
それを良いことに、クラゲはタカキと真っ直ぐに見つめ合った。
「ねぇ、お姉さん」
そして、背伸びをして、鼻先が触れ合いそうな距離まで顔を寄せ、ソッと囁く。
「俺の嫁にこないか?」
その言葉を聞いて、タカキは目を見開いた。
「!」
『な!!』
「ふはっ! その顔、最高!」
タカキの反応を見て、クラゲはこれ以上ないくらい楽しそうな顔で笑った。
「またな、お姉さん!」
タカキに手を振りながら、クラゲは木を飛び渡って、帰っていった。
残されたタカキは、呆然と、その後ろ姿を見送る。
『何、あの子…! ものっすごく、おませさん!」
ライトが、少し拗ねたような声でそう言うと、タカキはようやく意識をこちらに持ってきた。
『やっぱり、地球人って不思議ね。タカキみたいな人間が、他にもいるなんて思わなかった。しかも、あんな子ども……タカキ?』
「……」
『どうしたの? あの子、もしかして、タカキの知り合いだった?』
ライトの、その言葉に、タカキは首を横に振った。
「いや、知らない子だよ」
タカキは、少年が飛び去った方を見上げながら、静かにそう答えた。




