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家に帰ってきたタカキは、ミキをベッドの上に下ろして、ふと自分の恰好を思い出した。
「ライト、そうだ。この恰好って、着替えられるの?」
『あ、そうだった、戦闘モードのままだったわ』
「これって、装飾外したら、マズイんだっけ?」
『装飾と言うより、武装よ。一応、戦闘モードだけでも、解除しておくわね』
「どうすればいい?」
『ミネラル・チェンジ!』
ライトが叫ぶと同時に、タカキの着ていた服が、ミネラル星での、ライトの私服に変わった。
服の系統は、少し変わっているが、露出はない。
「ちゃんと、布で覆われてる……」
タカキがホッとした、その時。
ミキが、ゆっくりと目を開けた。
「ん……」
「あ、目が醒めた?」
「ここ、どこ……痛っ」
「どこか痛いの?」
「頭が……つか、アンタ誰よ」
「えっと、通りすがりの……」
「通りすがりって、……っ嘘、ここどこ?! 外なの?! 私、化粧、化粧は?!」
「お、落ち着いて!」
「いやぁっ!! 見ないで!!」
ミキは、叫びながら、布団に隠れてしまった。
タカキは、怯える彼女に、なんて声をかけようか迷う。
「突然、ごめんね。怪しい者じゃないから、安心して」
「何で、こんなところにいるのよ!」
「何だか、パニックになってたみたいで、君が突然、外に飛び出して来たんだ」
「嘘……私が? 記憶にない……と言うか、記憶が飛んでる」
「ぶつかった瞬間に気を失っちゃって、そのままにしておけなかったから、ここまで運んできちゃったの」
ミキは、静かに布団の中から声を出した。
「あんた……私のこと、知ってるわよね」
「え、」
「ニュースぐらい見るでしょ」
「……ミキちゃん、だよね?」
「知ってるなら、なんで助けたの」
「なんでって?」
「あんたも、私のこと、嘘つきのブスだって馬鹿にするんでしょ。あんたみたいな、化粧も碌にしてないのに、美人な人間には、私の気持ちなんて一生わからないんでしょうね。一体、何が目的なの」
ミキは、完璧にタカキを疑っていた。
正確には、誰も信用できなくなっていたのだ。
「マスコミがたくさんいた」
「……でしょうね」
「危ないと思ったから、ここまで連れてきちゃった。勝手なことして、ごめんなさい」
タカキは、布団の上から、ミキをポンポンッと撫でた。
「謝るとか、意味わかんない……っ」
ミキは、苦々しい声でそう呟く。
タカキが口を開こうとした、その時。
彼女が、勢いよく布団から出てきた。
「お風呂、借して。汗で、べったべた」
「うん。今すぐ、用意する」
急いで、湯船にお湯をはる。
タカキは、ミキにタオルを渡して、シャンプー等のボトルの場所を教えた。
「じゃあ、ごゆっくり」
タカキが脱衣所から出ると、しゅるしゅると服を脱ぎ捨てる音が聞こえてきた。
彼女がお風呂に入ると、途端に啜り泣く声が聞こえてくる。
強がっていても、ミキは、女の子なのだ。
「うっ、ひっく、うっ……うぅっ」
お風呂に入って、涙を流す彼女を思うと、心が痛くなった。
タカキは、コンコンっと、風呂場の扉を叩く。
「ミキちゃん、大丈夫?」
「うっさい、話しかけてこないでよ……」
「……泣かないで、」
タカキは、小さな声で、そう呟いた。
ミキの啜り泣く声が、ピタリと止まる。
すると、突然、風呂場の扉が開いた。
真っ裸のミキが、タカキの腕を引いて、無理矢理、風呂場へと引き入れる。
「え、あっ」
気付けば、服を着たまま、湯船にぶち込まれていた。
見た目は女同士とはいえ、タカキは立派な男だ。
慌てて顔を背けようとしたが、ミキの言葉により、それは叶わなかった。
「同情なんて、してんじゃないわよ!!」
「……え、」
「ブスが傷付いちゃいけない?! 泣いたら余計ブスになるから?!」
「ミキちゃん……?」
「涙くらい流させてよ! 悲しいんだから……っ、悔しいんだからぁ!」
大粒の涙が湯船に落ちる度に、水面に波紋が広がる。
ミキの言葉を聞いて、タカキは、自然と彼女の頭を撫でていた。
そして、真っ直ぐな眼差しで、ミキの瞳を捕らえる。
「泣いてもいいよ。でも、一人で泣くのは、辛いでしょ」
「……え、」
「一人で泣かないでって、言いたかったんだ。泣いちゃダメって、意味で言ったわけじゃないよ。ごめんね」
タカキの言葉を聞いて、ミキは、そのままタカキの身体に、思い切り抱きついた。
ぽよんっとした、ミキのまだ小さな胸が、タカキの身体にあたる。
濡れた素肌に触れるのには躊躇したけれど、タカキは優しくミキの背中に手を回した。
「……私、中学まで、ドイツにいたの」
「帰国子女だったんだ」
「ドイツで、同級生たちから、ブスだ、ブスだって馬鹿にされてて、超悔しかった。絶対綺麗になってやるって思って、化粧を勉強したの」
「そっか」
「高校デビューして、綺麗になって、友達も増えて、嬉しかった。でも、どうしてもすっぴんを見せるのが怖くて、お泊り会にも行けないし、彼氏も作れないし、嬉しいはずなのに、どこか寂しくて。そんな寂しさなんて吹き飛ばすくらい、仕事頑張ろうって、いつも必死になってた」
「うん。頑張っていたんだね」
タカキが背中をポンポンッと撫でると、ミキの目に涙が溢れた。
「嘘つきだって、みんなが言うけど、化粧してどこが悪いのよ!」
ミキの叫び声が、風呂場に響く。
「私だって、整形するつもりだったんだもん! すっぴんも綺麗になって、堂々と生きてくつもりだった! その為に、お金もいっぱい貯めてた! でも……っ」
「整形しなかったのは、どうして?」
タカキは、その答えを知っていた。
だけど、あえて、ミキに言わせる。
ミキは、タカキから少し距離をとって、タカキの顔を見ながら言った。
涙で、真っ赤になった目と顔を晒しながら、ミキは、本当のことを話したのだ。
「うちのお爺ちゃん、昔は、凄く元気だったの。なのに、病気で入院してから、凄く痩せちゃって。笑わないお爺ちゃんを初めて見た時、心が凍りつくかと思った。太陽みたいに笑う人だったのに、どうして、こんな寂しい目をするようになってしまったんだろうって、凄く悲しくなったの」
初めて、病院に行った時。
痩せ細って、見る影もないくらいに暗く沈んだお爺ちゃんの姿を見て、ミキは衝撃を受けた。
歳には敵わない。
病気だから、どうしようもない。
親戚の誰もが、仕方のないことだと言った。
だけど、ミキだけは、諦めなかった。
どうしても、また、あの笑顔が見たい。
また、お爺ちゃんに、笑って欲しい。
そんな風に考えていたミキの目に映ったのは、お爺ちゃんが最高の顔で笑っている写真だった。
白黒の古ぼけた、一枚の写真。
お爺ちゃんの隣には、大好きなお婆ちゃんの姿があった。
「お爺ちゃん、私のブスな顔、見る度に、死んだお婆ちゃんに似てる、大好きなお婆ちゃんの顔にそっくりだ、可愛いって、笑うんだもん。ブスだから、見せたくなかったし、外で、すっぴんでいるなんて絶対に嫌だったけど、お爺ちゃんが、あんまりにも幸せそうに笑うから……っだから、私、」
「お爺ちゃんを幸せにしてあげたかったんだね」
「お爺ちゃんに、笑って欲しかったんだもん……っえっぐ、ひっく、だって、ミキのお爺ちゃんだから、世界中で……っ誰より、ミキのこと、本気で可愛いって、言ってくれる、お爺ちゃんだからっ」
ボロボロと零れた涙は、本当に宝石のように美しかった。
「ミキちゃんは、優しいね」
「でも、撮られたけどね!! まさか、あんな場所で撮られるなんて思ってなかったわよ! と言うか、お爺ちゃんのことまで書くなっつーの! ほんっと、マスコミって信じられない! 最低っ!」
散々、叫んだ後に、ミキは、風呂に顔を埋めた。
ぷはっ、と顔をあげた瞬間に、タカキが両手で、パシンッとその顔を捕まえる。
「綺麗だね」
「は?! アンタ、私に嫌味言ってんの?!」
「美しく、輝くって書いて、ミキ、って読むんでしょ。名前の通りだ。美しくてキラキラ輝いてる。おじいちゃんが大好きだから、幸せな気持ちにしてあげたかったんだよね。優しくて、あたたかいミキちゃんがいてくれて、お爺ちゃんは凄く嬉しかったと思うよ。それに、仕事してる時のミキちゃんは、誰より真面目で格好よかった。お化粧もすごく沢山勉強したんでしょ。それ、全部、ミキちゃんの持つ美しさだよ。少しも、無駄じゃない」
タカキの言葉を聞いて、ミキは目を見開いた。
渇いたミキの心に、優しい言葉の雨が降る。
ミキは、ぽつり、ぽつりと話した。
「私、メイクが好き、髪の毛いじるのも、可愛い洋服選ぶのも、大好き」
「うん」
「私がしてきたこと、ほんとに、無駄じゃない?」
「無駄じゃない」
「私、これからも、メイクしてもいい?」
「もちろん」
好きな恰好をして、好きなように生きればいい。
人生は、一度しかない。
それなのに、誰かに遠慮していたら、勿体ない。
「この世には、嫌いなことがたくさんある。それをしなきゃいけない時もある。だからこそ、好きを諦めないで、大好きを手離さないで」
タカキの言葉を聞いて、ミキは泣きながら、頷いた。
「……っうん、」
もう一度、抱きついてきたミキの頭を撫でながら、タカキは、彼女に心からの応援を送ったのだった。
「一先ず、これ着て」
「これ……男物?」
「……私のパジャマ」
「顔に似合わず、男っぽいの着るのね。借りるわ」
今更かもしれないが、なるべく、ミキの裸は見ないように服を渡した。
しかし、ミキはタカキの気も知らず、堂々としている。
そして、タカキもタカキで、びしょ濡れになってしまったので、コソコソと服を着替えた。
「ライト、ごめん……」
『別に、タカキなら気にしないから、目を開けて着替えたら?』
「それは、ダメだ」
ミキに聞こえないように、部屋の隅でライトと会話しながら、急いで脱ぎ着する。
目を瞑りながら、器用にタカキの服に着替えた。
若干、大きかったので、袖をまくる。
「なんか、私が着てた服、砂がついてるんだけど?」
「あ……なんか、風が強かったから、そのせいかも」
「ふーん」
「その服でよければ、あげるから、貰って」
「……いいの?」
「うん。帰りは、タクシー呼ぶから、安心して」
「あ、」
「ん?」
ミキは、タカキの服の裾を掴んだ。
「あ、りがと……」
「……! うん、どういたしまして」
タカキがクスッと笑うと、ミキは、ボンッと顔を赤く染めた。
「な、名前、貴女の名前、なんて言うの……?」
「えっと……」
名前までは、考えていなかったので、思わず、言い淀んでしまった。
「タカキ」と言うわけにはいかない。
だけど、「ライト」と答えるのも、どうだろうか。
『適当に言ったらいいじゃないの』
ライトの言葉に、タカキは、悩んだ末に、答えた。
「アカリ、」
「アカリって言うの? 可愛い名前、」
「ミキも可愛い名前だよ」
「……! ね、年齢はいくつ?」
「19歳」
そこは、素直に答えてしまった。
だが、それを聞いて、ミキは「え?!」と目を開かせる。
「嘘、と、年上?! でも、確かに、雰囲気は落ち着いて……え、あ、と言うか、助けてくれたのに、私、最初から、凄く態度悪くて、その……ごめんなさい!」
「いいよ? 気にしないし、年齢とか、大したことじゃないから」
「アカリ……さんは、私のこと、生意気とか思わないの?」
「思わないよ?」
「あんなに、酷い態度取っちゃったのに?」
「余裕が無い時は、誰でもああなるよ。気にしないで」
ミキがタカキの言葉を聞いて感動していると、突然ミキの携帯が鳴った。
「うわ、凄い着信……ってか、何これ」
ミキが携帯を開くと、そこには、夥しい数の連絡通知が来ていた。
ラインにも、友人達や、仕事仲間からの励ましのメールが届いている。
その中には、キャノさんからのメッセージもあった。
≪ あんたは、私が認めたカリスマモデルなんだからね! 引きこもってないで、さっさと出てきなさいよ! あんたの美しさなら、私が写真で証明してあげるわ! ≫
「キャノさん……」
「ミキちゃん、これ見て」
「え、」
タカキがテレビをつけると、ミキの特集番組が取り上げられていた。
朝までは、ミキを非難するような内容だったのが、いつの間にか、一変している。
『カリスマ・モデルのミキチーのすっぴんが明らかになって、非難の声が殺到していましたが、どうやら、事態が急変している模様。現在では、擁護の声が高まっています』
『現場のスタッフたちだけでなく、モデル仲間からも、様々な抗議の言葉が発信されているようです』
『SNSでも、ミキチーのメイク術が知りたい! とのメッセージや、ミキチーを応援する声が、次々に届いています』
『なお、病院に忍び込み、プライベートな写真を盗撮した某編集部の記者は、すでに所属事務所から訴えを起こされており、今後、厳しい処罰が下されることになりそうです』
ネットもニュースも、次々に、ミキを擁護する内容に変わっている。
ニュースキャスターの言葉を聞いて、ミキとタカキは顔を見合わせた。
「ねぇ、これ……こっち側に振り切っちゃうのって、有りかな?」
「はなまる」
タカキは、両手で はなまるのマーク を作った。
◇◇◇
それから、三週間後。
「きゃー! 見てみて、あそこにいるの!」
「カリスマ・ブスのミキ様じゃん?!」
「やだ、いつ見ても、整形級メイク完璧……っ!」
「めっちゃ可愛い〜!!」
撮影現場を通った女子高生たちは、興奮しながら、そんな会話を繰り広げていた。
「あの人見てると、私達でも綺麗になれるかもって、ワクワクするよね!」
「ミキ様と、同じ化粧品買おうって思うもん!」
「私、実は、ミキ様と同じイヤリング買っちゃったんだ!」
「わぁ、いいなぁ!」
「凄く、似合うよ!」
彼女たちの反応を見ていたら、タカキは、いつの間にか頬を綻ばせていた。
前と同じでは、ないけれど。
きっと、前以上に、ミキは、彼女たちに影響を与えていると、そう思ったからだ。
「お待たせ、タカキ」
「ナイト、」
「なんだ、なんだ、またミキか?」
「ミキちゃん、綺麗だね」
「なんだよ、やっぱり、ミキの顔が好みなのか?」
ナイトの目が、吊り上ったのを見て、タカキはクスッと笑った。
「笑顔が素敵な子は、好みかも」
「なっ!」
「なんてね」
鏡は、盾。メイクは、武器。
カリスマ・ブスの黄金メイク術!
そんなキャッチコピーで、今や世間の女の子の中心的存在にまでなった、ミキは、復活と共に、大成功をおさめていた。
「げっ! あんたたち、また見に来たの?」
「一度も見に来た覚えはないし、俺らが行く先々でたまたま撮影していたから、足を止めただけで、俺は、タカキとこれからカフェで珈琲を飲む予定だったんだけど?」
「うわ、男同士で、カフェとか入れるの?」
「俺とタカキがカフェに入ると、女性客が増えて仕方ないのが、現状だ」
「信じられない。世の中の女は、見る目がないわ……ん?」
その時、タカキのパスケースが地面に落ちた。
「これ、あんたの?」
「あ、」
ミキは、パスケースを拾い上げると、そこに入っていた学生証を見て、目を見開いた。
そして、タカキの胸倉を掴んで、叫んだ。
「ちょっと、あんた、なんで、ここに住んでるのよ?!」
「……え?」
「オイ、ミキ?!」
「東京都台東区の河童荘202号室って、あの方の部屋じゃない!! どうして、あんたの住所がココになってるのよ!」
「えっと、それは」
タカキは、完璧に油断していた。
まさか、住所を把握されていたとは、思いもしなかったのだ。
流石、ナイトの従姉妹と言うべきか。
「え、ちょっと待って、じゃあ、あの服、まさか、あんたの……?」
「服?」
「ここに、こういうマークのついたTシャツ。コレよ」
ミキは、スマフォで撮った写真をナイトに見せた。
すると、今度は、ナイトの目が見開かれる。
「あ、それ、タカキが一ヶ月半前に着てたやつ! というか、なんで、ミキが持ってるんだよ!」
「やっぱり、アンタのなのね! と言うか、どういうことよ! え、もしや……あんた、まさか、あの方と、アカリ様と、一緒に暮らしてるの?!」
「は?! タカキは、一人暮らしだよ! アカリって、誰だよ!」
「ナイトに聞いてない! でも、アカリ様、あの部屋で、これパジャマとして着てるって言ってたもん!!」
その言葉で、ナイトの目から光が消える。
ヤバい、と本能的にタカキは、悟った。
「タカキ」
「違う」
全力で首を横に振って否定するが、ナイトは聞き入れちゃくれなかった。
「タカキ、今夜遊びに行っていいか? そういえば、最近タカキの部屋に上がってなかったなぁって、今、思い出したよ」
「今日は、バイトが……」
「終わるまで、待ってる。全然、待ってる」
「本当に、誰もいない」
「じゃあ、アカリ様とは、どういう関係なのよ!」
「アカリ……ちゃんとは……その、知り合い、です」
タカキが、そう返すと、すかさずナイトが前に出た。
「知り合いが、勝手にタカキの家に入ってタカキの私物を他の奴にあげるのか? なんだそれ、泥棒かよ。と言うか、その女、俺会ったことないんだけど、どんなやつ? どこに住んでるの? タカキといつ知り合った?」
「ちょっと、聞き捨てならないわ! 私の憧れのあの方に、なんて事言うのよ! どうせ、この男が、アカリ様のストーカーか、何かなだけでしょ!」
「タカキは、ストーカーにはならないし、だらしない女を連れこむようなタイプでも無いんだよ!」
「だらしないって、誰のことよ! あの方は、気品に満ち溢れていて、穏やかで、美しさの象徴みたいな人なんだから! びっちな女扱いしたら、吊るすわよ!」
二人が大ゲンカをし始めたので、タカキは、何とか宥めようと、間に入った。
「洋服は、俺があげていいからって言ったんだ、だから、泥棒じゃない」
「と言う事は、あの方の連絡先、知ってるのね?!」
「あ、」
「教えて!!」
「勝手に教えるのは、良く無いから……」
「お願い! お礼が言いたいの! やましいことなんて何も無いから!」
「ええっと……」
やましいことは何もないとはいえ、ミキの目は血走っているし、鼻息がとても荒い。
信じていないわけではないが、どちらにせよ、教えることはできないので、タカキは、どうしたものかと、頭を悩ませていた。
「オイ、ミキ! タカキを困らすな!」
「何よ! こっちは、大事な手掛かりを見つけたんだから、黙ってて!」
「そう言って、タカキに近づく口実なんじゃないのか?」
「そんななよっちぃ、男には興味ないわよ!」
「タカキは、武道の達人だぞ?!」
「知らないわよ! 私は、アカリ様にしか興味がないの!」
ギャンギャンと言い合う二人を見て、タカキは、これ以上は何も言えまいと、間に入ることを諦めた。
「ミキ。お前な、そんなことばっかり言ってると、嫁の貰い手なくなるぞ」
「別に、私は、結婚したいわけじゃないわ。いつも綺麗でいて、大好きな人の隣にいられれば、最高に幸せなのよ。と言うか、女の幸せって、結局は、そこなのよ? ナイトこそ、ぜーんぜん、女心わかってないんだから。そんなんじゃ、女の子にモテないわよ!」
「別に、俺はモテなくてもいいし。女の子とデートしているよりも、タカキと遊んでる方が百倍面白いからいいんだよ」
「あー! やだ、やだ! 男って、ほんっと、ガキなんだから!」
「女は、見た目を気にし過ぎなんだよ」
「いいじゃない! 女が見た目を気にするのはね、可愛いものが好きだからよ。だから、とびっきり綺麗で可愛くありたいの。自分を大好きでいたいからね!」
ミキは、そう言って、とびっきり可愛い笑顔で笑った。
その顔を見て、ナイトは、ぽかんと口を開ける。
仕事以外で、こんなに可愛い顔をするミキを、ナイトは初めて見たのだ。
「昨日より、今日。今日より、明日。もっと、もっと、も~~~っと、可愛くなってやるんだから!」
そう言って、ミキは、青空に向かって叫んだ。
「あー! 女に生まれてよかった!」
タカキは、その言葉を聞いて、嬉しそうに微笑んだのだった。




