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 白い大理石の床に立っていた。

 それは大きく円形に広がっていて、高い天井と繋ぐ壁も滑らかな白色だ。

 靴は履いていない。

 素足のまま、アリスは立っている。

 冷たい温度が肌に伝わってくる。


(おかしいな。ベッドで眠ったはずなのだけど)


 アリスは困乱の渦中にあった。

 状況が掴めない。

 意味不明な場所にいるのもそうだが、何よりも目の前にいる人物が原因だ。

 その少女の頭からは白い耳が天井に向かって生えていた。

 長く柔らかそうな兎の耳だ。

 頭髪も同じ様に純白だ。

 肌の色は髪と反対に黒い。

 艶かしい褐色をしていた。

 また自分と似た様な黒いボディスーツを着ている。

 平均よりもやや小振りな胸の形がはっきり分かる格好に、アリスはかなり恥ずかしくなった。

 自分もアレを着ていると考えると、何だか穴に埋まりたい気分さえする。


(いや、それは今は些事だ)


 アリスは羞恥心を追い出す。

 それより先に目の前の少女の謎を解かねばならない。

 アリスが少女を見つめれば、少女もアリスの事を見つめた。

 その少女は驚くべき事に、アリスの容姿と瓜二つだった。

 色は対照的だが、体のパーツは全く同じ構成になっている。

 服装さえも似ている。

 少女は黒で、アリスは赤だが。


「貴女、どちら様?」


 考えても答えは見つけられなかった。

 なのでアリスは最も単純な手段を使う。

 少女に直接聞いてみたのだ。

 しかし少女は微動だにせず、じぃっとアリスの事を見つめた。


「その少女の名前はスリアと言う。由来は言わずとも分かるよね?」

「カルマ?」


 少女は何も答えなかったが、答え自体は返ってきた。

 どこからか声が響いたのだ。

 それはすぐ隣から聞こえる様で、離れた壁から聞こえてくる気もすれば、床や天井から発せられている気もする。

 知った声の主的に、魔法が使われているのは想像に容易い。

 なぜカルマがこんな事をしているのかは不明である。

 謎が増えた訳だ。

 しかし少女の名前だけでも分かったので、アリスはこれを前進と捉えた。


「こんなにそっくりな人に会えるとは思ってなかったよ」


 アリスはスリアと紹介された少女に向かって話し掛けた。

 しかしスリアは口を閉ざしたまま動かそうとしない。

 会った時からアリスの事を視界に捉え続けるだけに留まっている。


「それは当然さ。スリアはアリスをベースに作られている。似ているより同一と言った方が近いだろう」


 カルマの声が響いた。

 答えは返ってきたが、アリスには残念ながら意味が良く分らなかった。


「つまりクローンの様な存在だ」

「なるほど」


 アリスはスリアの事を観察する。

 何で自分のクローンが存在するのか気になる所だ。

 理解出来る話ではあるけど。

 しかしクローンであると言うなら、完全に同一であるはず。

 だがそうではない。

 スリアの外見は色が違う。

 反転した様に対照的だ。

 明らかに故意の所業だろう。

 何の為に、そんな事を。

 アリスは眉を顰めた。


「さて。私は君をスリアと引き合せ、戦わせる様に頼まれている。その為にここに呼ばせて貰った」


 アリスは部屋を見渡した。

 出入り口はどこにもなかった。

 窓もない。

 全てが大理石で囲まれている。

 試しに床を殴りつけた。

 案の定壊れない。

 全力ではないが、普通の石なら壊れる程度には威力がある。

 魔法で強化が施されているのだろう。

 簡単に脱出は出来なさそうだ。

 自分とよく似た人と戦いたくはないのだけど、どうやって避けるべきだろう。


「まだ状況が理解出来ていないかもしれないけど、申し訳ないが始めさせてもらうよ」


 その言葉を切っ掛けに、今までほとんど動きがなかったスリアが構える。

 明らかに戦闘を目的にした姿勢を、アリスに向けて行った。

 アリスは首飾りをマントの下に入れて、そっと溜息を吐く。

 目の前にパネルが現れていた。

 特殊クエストが発生している。

 クエスト名は「鍵」。

 目標はスリアを倒す事だ。


「それでは戦闘開始だ。大丈夫。君なら勝てると信じているよ、アリス」


 カルマの言葉が終わると同時に、スリアは床を蹴った。

 その音は破裂音の様に聞こえる。

 凄まじい力で踏み込んだと察すると同時に、離れた場所に立っていたはずのスリアが目の前にいたな 。

 アリスは咄嗟に両腕を盾に、全力で後方へと飛んだ。

 重い鋼鉄の塊と衝突したかの様な全身を貫く圧力。

 簡単に吹き飛ばされ、アリスは壁に叩き付けられた。

 クローンであるはずのスリアの力や速さは、オリジナルであるアリスを完全に凌駕しているらしい。

 アリスは軽く咳き込んだ。


「スリアは老魔女ダッダラの最高傑作だ。私も驚いた。複雑に因子が絡み合っているのに単純で強固な完成形になっている」


 スリアは瞬時に間合いを詰めてきた。

 追撃だ。

 身を捻り、横に転がって躱す。

 スリアの蹴りは壁に直撃し、足が深くめり込んだ。

 硬いはずなのだが、驚くべき馬鹿力だ。

 あの攻撃はまともに食らっては駄目だ。

 まだ痺れている両手を酷使し、獣の様に4本足で床を蹴った。

 <怪力>によって体は簡単に吹き飛び、中央付近まで戻る。

 スリアが足を壁から力任せに引き抜いたのが見えた。


「最高傑作と言うだけあって、スリアの能力はほぼ全ての項目でアリスを上回っている。大して変わらないのは攻撃力だが、それさえもスリアに分がある」


 今の攻防で分かった事があった。

 スリアは幾つかスキルを保有している。

 最低でも<怪力>と<浸透勁>は使えるはずだ。

 防御を貫いて攻撃が入った。

 腕の痺れが中々消えない理由がそれだ。

 もしかしたら自分と同じスキルを所持しているのかもしれない。

 厄介だとアリスは思った。

 スリアが現れて右腕で殴りを放つ。

 アリスは最小限に避ける。

 左耳をかする様に空を切ったそれに合わせて、腹を殴った。

 赤黒い色の液体がスリアの口から噴き出される。

 ダメージは通るらしい。

 分析していたアリスは、崩れた体勢のまま放たれたスリアの攻撃を避ける事が出来なかった。

 しなった脚が左腕に当たり、回転しながら蹴り飛ばされる。

 床を何度か転がる。

 勢いを全身で殺して立ち上がると、スリアは口元の血を手の甲で拭っていた。

 与えたはずのダメージがないかの様に、しっかりと立っている。

 <昏命の法>も持つようだ。


「ダッダラの場合、クローンは元になった人物の血から作る。普段ならね。しかし今回はそれだけじゃなかった。あれはアリスが邪竜と戦っていた時に、君の片腕を入手したんだ」


 スリアが構えた。

 次にどんな攻撃をしてくるのか。

 アリスは相手の攻撃を待つ。

 殴りか、蹴りか。

 突き詰めると自分はそれ以外の攻撃が出来ない。

 そう思っていたから、アリスは接近のみを警戒をした。

 しかしスリアが行った攻撃は、そのどちらでもない。

 息を吸い込んだかと思うと、真紅の炎を吐き出したのだ。

 迫り来る燃え盛った炎に、アリスは邪竜の姿を見た気がした。

 炎は一瞬でアリスを包み込む。

 ただしダメージはない。

 マントについた<火炎無効>と<灼熱無効>に救われたのだ。

 すぐに追撃の光線が放たれたが、同じ様に完全に無効化する。

 流石のスリアも能面のような無表情を崩し、動揺を露わにしていた。

 アリスはその姿を見て驚く。

 スリアの外見が大きく変わっていた。

 まるで竜の様な鱗が皮膚を覆い、頭部からは鋭く逞しい角が生えている。


「スリアはアリスを元に作られたが、それだけではない。邪竜の因子によって強化されているのさ」


 邪竜の鱗で守られたスリアは、今度は歩いて近寄って来た。

 魔法が通じなかったから、再び近接攻撃に切り替えたのだろう。

 アリスは余裕を持って、それを待った。

 スリアの手札に何となく予想が付いたからだ。


「さて、アリス。君はどう対処する?」


 竜の鱗の防御力は高い。

 ほとんどの魔法に耐性があり、物質的な衝撃も防ぐ。

 しかしアリスはその防御を貫けるスキルを持っている。

 それはスリアも同じだ。

 なのに無防備に堂々と近付いて来るスリアにアリスは苦笑する。

 その調子なら、自分が仕掛けてやろう。

 間合いに入った瞬間、アリスは前に大きく踏み込み、右半身に向けて左の拳を真っ直ぐ放った。

 スリアは左に、アリスから見て右側に向かって避ける。

 予想通りの油断に満ちた動きだった。

 スリアには戦闘経験が少ないのだろう。

 アリスは確信する。

 それでは幾ら身体能力が優れても、宝の持ち腐れだ。

 更にアリスは間を詰める。

 前に出した足でスリアの足を床に踏みつけた。

 逃がさない。

 アリスは右手を上に突き上げた。

 音を置き去りにした拳は、スリアの顎を的確に撃ち抜く。

 <音速拳>。

 それは手に入れたばかりのスキル。

 すなわちスリアが存在を知らない技だ。。

 その直撃を食らって、スリアは頭を仰け反らせる。

 そしてそのまま後ろに倒れる。

 既に意識は失っている様だった。


(腕に痛みを感じない……?)


 アリスは疑問に思い、すぐに解決する。

 <昏命の法>が働いたのだ。

 攻撃、反動ダメージ、ドレイン効果。

 この順番で判定があったのだろう。

 だから負ったダメージは回復し、痛みがやって来なかった。

 便利なスキルだ。

 アリスは頷く。

 何はともあれ勝ったのだ。

 よく分からないまま始まって、今も分かっていないこの勝負も、これでお終いである。


「あらら。思ってたよりも簡単に決着ついちゃった」


 カルマの声が遠くから聞こえた。

 疑問に思うも束の間、世界から光が薄れていく。

 暗闇が押し寄せてくる。

 意識が覚束ない。


「ならこれであれとの契約は終了だ。おやすみ、アリス。起こしてしまって悪かったね」


 力が抜けてへたり込む。

 立っていられる程の力が失せていた。

 取り囲む様に現れた睡魔から逃れる術は存在しない。

 アリスは眠りに引き摺り込まれた。

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