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 ロイとの話し合いを程々に終えて、アリスは宿屋に戻る。

 帰りの路地は普段通りだ。

 魔物はここに来ていないのだろう。

 どこにも壊れた場所がない。

 宿屋も同じく元のまま、綺麗な外観で人気がなかった。

 鼠の装飾がされた木の扉を開ける。

 中には作業中のラドと、テーブルに突っ伏した珍しい姿のエルメダがいた。

 アリスはまずラドに近寄った。


「……どうやら無事らしいな」


 アリスが近くまで来ると、ラドは作業の手を止める。

 それから頭から足までを見下ろして言った。

 心配していてくれたらしい。

 アリスは笑みを作った。


「うん。なんとかって感じだったけど」


 水の回復魔法がなければ腕を失っていたし、何度か死にかけた。

 しかし今は体に感じる疲労以外は、極めて健康であると自負している。

 ラドは安堵したように長く息を吐いた。

 随分と心配させてしまった様だ。

 申し訳なさを感じた。


「今は何をしていたんです?」


 いつものカウンターとは違って、壁際に立っていた。

 そして壁に埋め込まれた装置を弄っている。

 こんなのなかったと思うけど。

 アリスが良く観察すると、近くのテーブルに板が置かれている。

 片側が壁の模様と同じだ。

 つまりこの板で巧妙に隠されていたらしい。


「防衛設備の整備だよ。久しぶりに使ったからな。どこにも不調がないか確認している所なんだ」

「ふーん」


 覗き込んでも良く分からない。

 電子機械の様に複雑だ。

 これも魔道具なのだろうけど、知識がない者からするとオーバーテクノロジーの様に感じてしまう。

 少なくとも自分に手伝える事はないと察する。

 アリスはそっとその場を離れて、今度はエルメダの元に向かった。

 静かな歩みのまま傍に立つが、エルメダは机に顔を伏せている。

 アリスが来た事にも気付いていない様だ。

 とても珍しい。

 アリスは音を立てない様に近くの椅子に座った。


「ん。やっと帰って来たのね」


 すると流石に気付いたらしく、エルメダは体を起こした。

 緩慢な動きだ。

 普段と比べる必要もなく鈍い。

 表情からは疲労がはっきりと見て取れる。

 前に一緒に戦った時は何百本もの糸を同時に操って攻撃していたのに、決して疲れた様子はなかった。

 なのに今回は疲れている。

 どうしたのだろうか。


「助けてくれてありがとう」


 頭を占める疑問をぐっと堪える。

 それを聞く前に、アリスは礼を言った。

 エルメダの手助けがなければ、邪竜退治が成功したかは怪しい。

 拘束があったからこそ、好きな様に攻撃を叩き込めたのだから。

 そんな感じの賞賛を送ったら、エルメダは小さく微笑んだ。


「当たり前でしょう。私を誰だと思っているのよ」


 疲れていても強気な発言は健在だった。

 アリスは苦笑する。

 エルメダの普段と変わりない対応に少しだけ安心したのを隠すように、出来るだけ呆れた風を装って。

 反応が悪い事にエルメダが不満を飛ばした。

 でもそんな事は気にしない。

 何はともあれ、これで聞きたい事を聞ける。


「今日使ってた赤い糸。綺麗だったけど、特別製?」


 そう聞いたらエルメダは頷いた。

 特別製らしい。

 どんな物なのか詳しく聞く。


「あれは簡単に言えばアラクネの糸を魔力でコーティングした物よ」

「ふむ。魔力で強化したって事か?」

「その認識で合っているわ」


 何でも膨大な魔力を圧縮すると、魔力は結晶のような物に変質するらしい。

 その原理を応用した成果が赤い糸だ。

 物体に魔力を込める。

 そして内包する魔力量が限界値を超えた時、物体は結晶化するのだとか。

 結晶化の際に物体の性質が強化されるよう調整するのに苦労したとは、エルメダの言葉である。

 魔法に疎いアリスはさっぱりと分からない領域の話だった。


(多分プレイヤーはまだ使えていない技術だな)


 アリスは市場に出回る道具から、そう考える。

 プレイヤーにとって既知の技術であれば、生産系の人たちの手によって商品になっているはずだから。

 早く誰か作って欲しいと思った。

 

「それ、新しいマント?」


 エルメダは指を差して聞いてきた。


「そうだよ。邪竜が落としたんだ」

「なるほど。中々の性能ね」


 エルメダは感心した様にマントを見る。

 アリスは悪戯げな笑みを浮かべて、言った。


「良いだろう。でもあげないよー」


 するとエルメダは鼻で笑った。

 小馬鹿にする様な目で。

 アリスは口を尖らせる。


「いらないわよ。どんなに性能が良くても、何よそのデザイン。後ろのマークの所為でアホっぽく見えるわ」

「ひ、酷っ!?」


 考えない様にしていたけど、確かにアリスもそう思っていた。

 邪炎竜とかカッコイイ名前の魔物が落としたのに、背中の部分にあるデフォルメされた炎のマークが可愛らしいと。

 涙目になったアリスを笑いながら、エルメダは自分の服のポケットを探る。

 そして目的の物を取り出した。


「これ、貴女にあげるわ」


 それは赤い服だった。

 鮮やかな真紅の色は、今し方話題にあがった糸のそれと良く似ている。

 アリスは驚きで目を丸くしながら、エルメダの顔を見つめた。


「お察しの通り、あの赤い糸で作った服よ。これを短時間で作るのには死ぬほど疲れたわ。感謝して欲しいわね」


 エルメダの自慢顔を目に焼き付けつつ、アリスは服を受け取る。

 またボディスーツ……。

 勿論エルメダからのプレゼントだから凄く嬉しかったが。

 これを着るの恥ずかしいんだよね。

 アリスは何とも複雑そうな笑顔を浮かべた。


「どうして私に?」

「だって、腕切られていたでしょ。服も一緒に。だから今度はもっと丈夫な奴を拵えてやったのよ。これで切り刻まれても安心ね?」

「安心はしないけど、ありがとう」


 アリスは服をインベントリに入れた。

 後で着替えそう。

 ついでにお風呂にも入るか。

 アリスは適当に予定を立てた。


「さてと。私の予定は済んだし、今日は疲れたからもう休むわ。また明日ね、アリス」

「そっか。おやすみ」


 エルメダは自室に戻っていった。

 なのでアリスもインベントリから取り出したご飯を食べた後、地下に向かった。

 お風呂に入って汚れを落とす。

 そして貰ったばかりの赤い服に着替えると、自分の部屋に足を向けた。

 扉の前に立ち開けようとして、気付いた。

 押し殺した様に小さな呼吸の音が聞こえる。

 アリスには誰がいるのか、すぐに予想がついた。

 扉を開けると、大きな声を出して女性が飛び出して来る。


「カルマ、また来たんだ」

「あれ、驚かれないぞ!?」


 アリスは呆れた様に言うと、カルマが逆に驚いた。

 不思議そうに首を傾げて何故バレたのかを考え出す。

 真剣そのものな顔をしている。

 下らない事のはずなのに重要に思えて来るので不思議だ。

 アリスは頭を悩ませるカルマの背を押し、部屋に入った。

 昨夜の様にベッドに腰を下ろす。


「それで。今日は何の用なの?」


 長くなりそうな考えを遮る様にアリスが言った。

 カルマはすぐに顔を上げる。

 それからアリスに柔らかく微笑みかけた。


「ちょっとね。聞いてみたい事があったのさ」


 カルマはどこか影のある表情で言う。

 まだ日は高いというのに暗い雰囲気だ。

 今日は何かと珍しい物が見られる。

 アリスは呑気な感想を抱いた。


「ところでアリスは私に聞きたい事はないか? 何でも良いぞ。今日の事でも」


 しかし身に纏う空気を切り裂いて、朗らかな声がカルマの口から発せられた。

 あっという間の変わり身だ。

 少し戸惑う。

 いつものカルマとはどこか違っている様な気がした。

 でも違和感は、幾つも浮かび上がった疑問に押し退けられる。

 まずは何から聞こうか。

 アリスの思考は、すぐにそっちへと向けられた。


「そうだ。じゃあ、この石の事、何か知ってる?」


 ネックレスの装飾を持ち上げて聞いた。

 虹色の光沢を持つ星型の石。

 腕を治して貰った時、精霊の力はここから湧き出ていた。


「勿論知っているとも。それは精霊石と言う」

「精霊石?」

「そうだ。精霊は基本的に自らの属性により存在出来る環境を縛られる。だけど精霊石がある場所なら、その制限を無視出来るのさ」


 アリスは石に視線を落とした。

 射し込む日の光により美しい7色の輝きを見せる。

 インベントリに入れた時の名称は虹色石のネックレスだった。

 しかし今入れてみると、違う名前に変わっていた。

 カルマの言う通り、精霊石となっている。


「何だか貴重そうだ」

「間違いなく貴重だよ。死ぬまで大切にしなさい」


 カルマの言葉に頷いて、ネックレスを首にかけた。

 そうしたら次に気になるのは最初のブレス攻撃の時の事だ。

 どこからか飛んできた薬液入りのガラス瓶。

 あれは何だったのか。

 それを聞いてみた。


「瓶に入っていた薬は錬金術によって作られていた」

「錬金術って、もしかして」

「ああ。あの性悪な老女の仕業だろうさ。間違いない」


 アリスは自分の血を奪った者の事を思い出した。

 あの人はカルマの友達で、錬金術師だったはずだ。

 確か名前はダッダラと言ったはずだ。


「でも何で助けてくれたんだろう。あまり良い接点は思い付かないけど」


 初対面で襲撃されたくらいだ。

 何が目的なのかは知らないが、あの出来事から言って助けてくれるとは思えない。

 首を傾げた。


「別にアリスを助けようとした訳ではないと思うぞ」

「……? なら、どうして?」


 しかし今度は答えてくれなかった。

 カルマは悪戯っぽい笑みを浮かべるばかりだ。

 教えてくれる気はないらしい。

 それならそれでいい。

 アリスは追求するより、まだまだある質問を聞く事にした。


「邪竜がブレスを一点だけにしか撃たなかったのにも理由ってあるのかな。薙ぎ払った方が効果的だったと思うんだけど」


 あの時の邪竜は可笑しかった。

 燃え尽きた建物しかない場所をひたすら燃やし続けていたのだから。

 誰かしらの暗躍があったんじゃないかとアリスは疑っていた。


「正解だよ、アリス。理由はある」


 その疑いは正しかったようだ。

 カルマが満面の笑みで頷いた。


「あれはマリアの光魔法によるものだ。光を捻じ曲げてアリスの虚像を邪竜に見せ続けていたのさ」

「マリアさんが!?」

「そうだ。今度礼でも言ってやってくれ。きっと喜ぶだろうから」


 こくこくと頷く。

 喜んだ顔、見たい。

 アリスはだらしなく頰をゆるめた。


「マリアさんって色々な魔法を使えるんだね」


 アリスは興奮したように言う。

 少なくとも2種類の魔法を使えるのは分かった。

 雷の魔法を前に見た事がある。


「あれ、もしかして尻尾を雷で焼き切ったのもマリアさん?」

「そうだよ。雷魔法はあいつの得意分野だからな」

「へー」


 だから最初に話した時に雷魔法を使ったのだろうか。

 一瞬で気絶したお陰で痛みは全くなかったから、てっきり捕縛用の魔法なのかと思っていた。

 しかし今日の戦闘で認識を改める。

 あれは完全に攻撃用だった。

 手加減してくれていたのだろうけど、アリスはよく生きていたなと思った。


「だがマリアの腕では、魔法だけだと黒化したドラゴンの尾を破壊するのは力不足だっただろう。あれは白い加護に後押しされた結果だな」

「あー、聖属性だったっけ?」

「そうだ」


 死霊に有功な女神の属性。

 だから反対に位置する邪神の力にも効果的なのだ。

 今代の聖女からの補助がなければ、戦闘は余計に長引いたはず。

 そうならずに済んで良かった。

 ただでさえ疲れたのに、どれだけ大変な事になったか。

 アリスは運が良かったと、思い知った。


「……質問は終わりみたいだね」


 話が止んで少しすると、カルマは立ち上がる。

 何だか今すぐにでも帰りそうな様子だ。

 離れていくカルマの手首をアリスは捕まえる。

 驚いた目を向けられた。

 でも驚いたのは自分の方だと、心外に思う。

 仕方なく、アリスは残された質問をした。


「それで、私に何に聞きたい事って?」


 そう聞くとカルマは分かりやすく動揺した。

 目を揺らし、頰を掻く。

 ただ事でない様子だ。

 アリスはカルマをもう1度ベッドに座らせた。

 逃がさない意思を見せると、カルマは悩んだ末に短く聞いた。

 最初よりも暗く重い雰囲気で、作った様な笑みを貼り付けて。


「アリスは今が楽しいかい?」


 アリスはすぐに頷いた。

 当たり前だった。

 こうも自由で刺激に溢れた生活は、現実では考えられない。


「それは、どれくらいの楽しさ?」

「どれくらい?」


 アリスは思わず聞き返した。

 何だか変な事を聞いてくるカルマである。


「そうだなぁ。例えば君が世界の悪意を知ったとして、それでも楽しく過ごせるのかな?」


 想像してみる。

 悪意と言われて思い浮かぶのは暴れ狂う竜の姿であった。

 邪竜との戦闘を終えたばかりだから、思考が引っ張っられている。

 他にもゴブリンや毒沼鯰などの黒化した魔物の姿を思い出す。

 それに惨殺された冒険者の姿も。


「……うん。きっと変わらないと思うよ」


 しかしアリスはそれでも頷いた。

 アリスはこのゲームが好きだった。

 ログアウトが出来ないと言う重大なバグはあるけど、それでも致命的な問題にならない程度のバグだ。

 魔物による犠牲者を見るのは確かに悲しい。

 しかしそれは他のゲームでも同じだからね。

 アリスは俯瞰的にそう思った。


「本当に、絶対?」

「絶対!」


 アリスが言い切ると、カルマはようやく顔に自然な笑みを浮かべた。

 暗い雰囲気もなくなっている。

 カルマは嬉しそうに笑った。


「それなら良いんだ、アリス。変な事を聞いてごめんね」


 カルマは跳ぶ様にして立ち上がる。

 そのまま軽快な足取りで扉に向かった。

 上機嫌に鼻歌を奏でている。

 扉の前でアリスを振り返り、白い歯を覗かせて笑う。


「ではねアリス。また会おう」


 カルマが扉を開けると、そこは廊下ではなく常闇があった。

 その中に溶ける様にカルマは消えていった。

 扉は独りでに閉まり、鍵がかかる。

 アリスは首を傾げた。

 気になったのは扉についてではなく、カルマの意味深な言葉についてだった。


(これもイベントのフラグなのかな?)


 分からない。

 変な様子だったのが印象的で、そこにしか注意を向けていなかった。

 どこか寂しそうな感じだったなあ。

 何となくそんな風に思いながら、アリスはベッドに寝転び、瞼を下ろす。

 日はまだ高いが、だからこそ贅沢に昼寝だ。

 久しぶりに頭を働かせて眠気が押し寄せていた。

 詳しい事は起きてから考えよう。

 そして面倒事を先延ばしにした。

 アリスの意識は暗闇へと落ちて行った。

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