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地面を覆う氷の上に足を投げ出して座って、疲労感が薄まるのを待っていた。
邪竜によって引き起こされた火災も相まって、気温が高いから良い心地だ。
マントを下に敷いているし、エルメダの服の防水性が高いのも、快適な清涼感に浸れる理由なのだろう。
冷た過ぎず、溶けた氷で濡れもしない。
「あー」
無意味に溢れた声が乾いた暑い空気の中に溶ける。
好い加減、戦闘によってボロボロになったマントを脱ぎ捨てたい気持ちになる。
この暑さは驚異的だ。
今だと邪竜よりも手強く感じる。
しかし、そうした時の自分の格好を客観的に見ると、どう考えても痴女のそれ。
我慢するしかない。
どうにか気温から意識を逸らそうと、アリスはパネルを開いた。
「あ、レベルが上がってる」
後で祈りに行こう。
それにしてもとアリスは思う。
間隔が早い。
レベルは急激に上がり辛くなると聞いていたのだけど、それにしては随分と調子良く上がる。
邪竜の経験値が美味しかったのか。
アリスは踏み付けていただけだから、あまりしっくりとこない。
しぶとかったのは確かだけど。
納得がいかないが、何の損もないので、複雑な表情でパネルを眺めていた。
すると自分の横に歩み寄ろうとする誰かの足音を、アリスの耳は捉えた。
見上げると、その人はテレリだった。
「何とかなったわね」
「そうですね」
金色のオーブに視線を向けて、テレリが口を開いた。
アリスは同調して頷いた。
死に戻りをするかもと考えていただけに少し拍子抜けだ。
勿論、自分だけでは碌に攻撃も出来ずにやられていた事は認識の上だ。
危険な場面は幾つもあった。
手助けがなければ、初手で女神像まで戻っているに違いないのだが。
「あのレアドロップ」
テレリがオーブを指差した。
見上げながら首を傾げて、アリスは言葉の続きを待つ。
「あれは今の所アリスさんに所有権があります」
「えっ、そうなの?」
「はい」
驚いたアリスに対して、テレリは至極当然の様な顔をして頷いた。
アリスはてっきり冒険者協会が回収するものだと思っていた。
と言うのも街の防衛などと言う幾つかの特殊なイベントは、協会に緊急クエストとして扱われる。
緊急クエストで冒険者が手に入れたドロップアイテムは一旦協会に回収され、そして活躍した者から順に良い報酬が与えられるのだ。
基本報酬に上乗せされる形になるから非常に儲かると評判だった。
だから今回のアイテムも、そうなるのだと認識していたのだ。
そう話すと、テレリはおかしそうにクスクスと笑った。
「でもアリスさん、依頼を受けていないじゃないですか」
「あ!」
「それに今回は複数の組織が討伐に協力していました。その中で協会はあまり活躍出来ていません。なので優先度的に協会に所有権はないんです」
「はー。なるほどね」
アリスは言っている意味がよく分からなかったが頷いた。
分からないと答えて、より詳しい説明をされるのは勘弁だ。
しかしアリスはオーブを見つめて、念の為に再度確認する。
本当に自分が貰って良いのかと。
「私の他にも手を貸してくれた人は居たと思うけど、その人たちに所有権とか言うのは無いんですか?」
「いいえ。ありましたよ」
聞いてみると、テレリはあると答えた。
あれ、おかしいぞ。
アリスは首を傾げる。
それだと自分だけがアイテムを貰うと他の人たちが文句を言うのでは。
そう思ったのだ。
しかしテレリはその心配を否定する様に首を横に振る。
「今この場に残っているのは私とアリスさんだけです。他の人たちは既に姿をくらまして、所有権を放棄しています」
「そうなのか」
アリスは理解を示す。
全員が所有権を放棄したから自分に回って来たのだろう。
流れを汲み遠慮するかと一瞬だけ考えたが、既にその案は没にする。
レアドロップを見逃すなんて選択肢を、アリスが選ぶはずがなかった。
「あれ、でも聖女様は?確かここにいた筈だけど」
早速受け取ろうとしたけど、アリスは直前で動きを止めた。
聖属性と思わしき力を付与してくれた人の事を思い出して、アリスは質問する。
「あの方は辞退なされたの。自分は大した事をしていないと言ってね。指揮官だった騎士の方も、同じように」
「ああ。あの指揮官の人、生きてたんだ」
血を凄く流していたから、大丈夫だろうかと気にしてはいたのだ。
だから途中で声が聞こえて安心したし、無事を知って良かったと思った。
「聖女様が回復魔法で怪我を治したのよね。危ない状態だったらしいわ」
「へー。回復魔法まで使えるんだ」
「そうよ。だから前線に向かうと言っていたわ。外壁周辺も戦闘が収まりつつある様だし、怪我人の治療に向かうみたいね」
「なるほど」
聖女は随分と活動的らしい。
正しく聖女と言うべき優れた精神なのだろう。
予想以上の長期戦になったし、聖女も疲れているはずなのだが。
アリスはその行動力に舌を巻いた。
「じゃあ遠慮なく貰います」
アリスはそう断って、アイテムをインベントリにしまった。
そして表示された名前を見て、丁度良いと嬉しさの余り叫んだ。
テレリの驚いた視線に晒されて、赤面しながら、いそいそとそのアイテムを取り出す。
そのアイテムとは、背中に炎の模様が描かれた黒いマントだった。
「へー。マントか」
テレリが呟くと、アリスはインベントリに書いてあった説明を、あやふやな記憶の通りに読み上げた。
「邪炎竜のマントって名前です。防御力が高い上に、<火炎無効>と<灼熱無効>のスキルあるみたいですね」
「うわ、何それ。破格の性能じゃない」
アリスは鼻歌交じりに襤褸の様なマントを脱いで、今手に入れたばかりのマントを代わりに装備する。
あれほどあった暑さが消えて、快適な気温になる。
素晴らしい。
アイテムを賛辞を送っていると、テレリの何とも言えない様な視線が突き刺さっている事に気付いた。
どうしたのかと顔を見上げた。
「……変な服を着ているのね」
テレリは顔を引き攣らせていた。
アリスは自分の失態に気付く。
人前でマントを脱いでしまった。
つまりボディスーツ姿を晒してしまったのである。
羞恥でみるみる顔が赤くなった。
「どこで手に入れたの、それ?」
「……友達から貰ったんです。見た目はそこそこ過激ですけど、品質や性能は凄く良いんですよ」
誤魔化そうかと考えた少しの間の後、アリスは正直に答えた。
嘘を付くのはエルメダに対して失礼だと思ったからだ。
「そっか」
テレリは呟くような小声で言った。
沈黙が場に降りる。
これ以上こうしていると気不味い雰囲気を味わいそうだった。
アリスはすくりと立ち上がった。
「私、これから南の広場に行こうと思うのですが、テレリさんはどうします?」
言わずもがなレベルアップの為だ。
この広場の女神像は破壊されているから、別の場所に出向く必要があった。
邪竜も面倒な事をしてくれたものだ。
「私は、そうですね。西門辺りの状況を見に行きます。被害状況を調べないと」
「そっか。では、頑張って下さい」
「はい。あっちにも職員はいますし、私がする事なんてないと思きますけどね」
アリスはテレリと別れると、言葉通り南の広場に行った。
そこで女神像に祈りを捧げて、新たなスキルを獲得したのである。
「<音速拳>か。へー。アクティブスキルは初めてだ」
アクティブスキルとは、つまり常時発動はしないスキルの事だ。
その中でも幾つか種類があるが、スキル保有者が行うと決めた時に発動するのが一般的である。
今回得たスキルもそれだった。
高速の殴りが放てるらしい。
はっきり言って微妙そうなスキルだ。
アリスは頬を掻いて、ランダムだし仕方がないかと思った。
因みにアリスがこれまでに手に入れていた4つのスキルは、パッシブスキルと呼ばれる物だ。
常時効果が発動しているのである。
(どんなスキルなのかな)
アリスは気になって、<音速拳>を使ってみる事にした。
被害が出ない様に女神像から離れる。
そしてスキル名を意識したまま、軽く殴る動作をした。
風を貫く。拳は空を穿った。
肩から酷い音がする。
体が射出された様に突き出された腕に引っ張られたたらを踏んだ。
右腕から肩に掛けて鈍い痛みが走った。
恐らく反動でダメージを受けたのだ。
マジか。使えねぇ。
「おお、アリス! 無事だったか」
愕然としているアリスに、話し掛けて来る者がいた。
喜んでいる様な声色だ。
アリスが視線を向けると、鎧姿の男が手を振りながら小走りで近付いてきている所だった。
「ロイさん。お元気そうで」
「ああ。運が良かったよ。南門を守っていたんだが、魔物は殆ど来なかった。全部西の本陣に行ったらしいな」
つまり南に来るはずだった魔物が西門に集まったのか。
だから西の被害だけ他と段違いに多いのに、南は殆ど損傷が無かったのか。
アリスはなるほどと頷いた。
「じゃあ南では被害はほぼ無し?」
「おう。軽い怪我人は数人出たが、重傷者や死者はゼロだ」
「それは良かった」
しかしロイの顔は、その報告とは裏腹に暗く曇っていた。
どうしたのかと聞いてみると、ラドは西の広場の方向に目を向けた。
「西では数十人が死んだらしい」
「……冒険者の人たちが、ですか?」
「一応はそうみたいだな。だがまだ登録して一月もしない様な新米だよ」
ロイは悲痛な面持ちで言った。
自然とアリスも悲しげな表情になる。
つまり自分のほぼ同期が死んだらしい。
「西門の戦闘は、そんなに酷かったんですね」
アリスの呟きにロイは違うと首を振る。
「死んだのは西門で戦闘をしていた冒険者ではない。逃げ遅れた奴らだ」
「逃げ遅れた?」
「そうだ。西の広場にあった宿屋が邪竜のブレスで燃やされたんだ。そこに居た者は全員やられた」
アリスは驚いて目を丸くする。
1度だけ吐いたブレスは、アリスからは明後日の方向を焼き払ったが、そこには人がいたらしい。
「でも非戦闘員の避難は済ませていたはずじゃ。女神教の騎士が集まっていた広場の周辺なんて、すぐに完了していると思ったけど」
「ああ。俺もそう思っていた。だけど宿屋の話を聞くに、そいつらは決して宿から出ようとはしなかったらしい」
ロイは不思議な事を言った。
なぜと首を捻るアリスに、ロイも困惑を隠せない様子で答えた。
「俺にも良く分からないが、そいつらは宿は安全地帯だと言っていたらしい。きっと恐怖で錯乱していたんだろうな」
ロイは沈痛な雰囲気で言葉を終える。
ふとアリスは思い出した事があった。
今は違うが、ベータ時代の宿屋は戦闘禁止エリアで、プレイヤーはダメージを受けない設定だったと。
(気のせいだな)
アリスは頭を振って、思考を打ち消す。
そもそも死人がプレイヤーなら死体が残っている訳がない。
すぐに女神像でリスポーンする為だ。
死んでもリスポーンがないのなら、或いは死体が残る可能性もあるのかもしれないが、そんな事が起きる訳がない。
恐らく運営が用意した犠牲者用のNPCなんだろうと結論付けた。
良く作り込まれている。
アリスは悲しみと同時に、深く感心した。
名前:アリス
種族:獣人/兎/女
レベル:5
<格闘術><怪力>
<浸透勁><昏命の法>
<音速拳>




