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 黒い巨竜が地面に降り立つ。

 後ろ足の2本で器用に立ちながら、前足をダランと垂らしている。

 すぐ近くに現れた巨大な威圧感に怯える。

 アリスは動揺したまま、慌ててテレリの元まで走る

 全力の後退だった。

 敵を目前にしながら情けない姿だ。

 しかし冷静でないアリスにそんな事を考える余裕はなく、一目散に保身に走ったのである。


「邪竜って感じね」


 ドラゴンの様子を伺いながら深呼吸するアリスの横で、テレリは呟いた。

 正しくその通りだと思う。

 ドラゴンの姿は魔物と呼ぶには禍々し過ぎる。

 女神が作り出したとは思えない。

 あのドラゴンもまた黒い加護に侵されているのだと、アリスは考えた。

 つまり普通よりも強化されている。

 ただでさえドラゴンは強いとされる存在なのに、それが強化されるとか、凄く絶望的である。

 周囲に他プレイヤーの姿は見つけられない。

 恐らくは街の外で魔物の侵入を食い止めているのだろう。

 不味い事態だ。

 アリスの顔には焦りが浮かんでいた。


「どうしようか」

「どうしようも何も、逃げる訳にはいかないでしょう。街を守る為には倒さないと」

「そうだよね」


 アリスの不安な呟きを、テレリは簡潔に切り捨てた。

 選択肢など既になかった。

 アリスも薄々分かっていた事で、その事実を目の前に突きつけられたから、大きく溜息を吐いた。


「分かった。倒そう」


 アリスは戦闘回避を諦める。

 本当はテレリをこの場から離したかったのだが、話しているだけでもその気はないと良く分かる。

 説得出来るとは思えない。

 テレリの手を握り一緒に逃げる選択肢を捨てて、代わりにアリスは大刀を強く握り締めた。


「アリスさん。私は氷の魔法を使います。それ以外の戦闘魔法はほとんど使えませんし、近接戦闘は苦手です」


 邪竜との戦闘をイメージしていると、テレリが申し訳なさそうにして話し掛けて来た。

 意図が分からず、そちらに視線だけを向けて、アリスは話を促す。


「つまり、私が邪竜と戦うには魔法に集中しなければなりません。なので近接戦闘が出来ず、後衛に徹する必要があるんです」

「うん」


 魔法が殴り合いをしながらでも簡単に使えるなら、誰もがそうするに違いない。

 しかしそんな話は滅多に聞かないし、スキル運に恵まれたプレイヤーでも同時に行うのは難しいらしい。

 ベータ版の時の情報だから今は更新されているかもしれないが、テレリの様子を見るに変化はないのだろう。

 言い方は悪いが、最初から期待なんかしていない。

 最もアリスは息をする様に魔法を使う女性を知っていたけど。


「アリスさんには近接戦闘の全てを負担させてしまいます。とても危険な役目です。請け負ってくれますか?」


 アリスは思わず吹き出した。

 あまりにもテレリが変な事を言うので、堪え切れなかったのだ。

 深刻そうにしていた顔が一変して、目を丸くしている。

 その表情はとても可愛らしく、不安な戦闘を控えたアリスの心には、素晴らしい癒しとなった。


「ドラゴンと戦うんだから、前も後ろも関係なしに危険だよ。むしろ巨体に隠れられる分、前衛の方が安全かもしれないと思ってさえいる」


 アリスは口元に笑みを浮かべたまま、饒舌に語り出した。

 人に頼られたのが嬉しかったのか、いつになくやる気に溢れている。


「前衛は任せてよ。得意分野だから。逆に後衛やらされても何も出来ないし」


 アリスがドラゴンを向いて宣言した。

 真剣に勝利の道筋を探し始める。

 考えれば考えるだけ絶望的だ。

 回復手段となる魔法薬は尽きた。

 面倒がって魔法薬を扱う店を探さなかった代償が今になってやって来たのだ。

 仲間はテレリだけ。

 あれだけいた騎士は全て倒れている。

 死んでいる人がいるし、生きている人も重傷で、動く事さえ出来ないだろう。

 唯一、指揮官は何とか意識を保っているらしい。

 爆発地点から最も近くにいたはずなのだが、その割に致命的な怪我をしている様でもない。

 しかし爆風に吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられた鎧は既に半壊している。

 致命傷は負わずとも、全身は怪我だらけで血塗れだ。

 他の騎士と同じく、戦力としては期待出来そうにない。


(だが希望はある)


 <昏命の法>のスキルにより攻撃しただけ回復出来る。

 それにアリスは戦力にも当てがある。

 プレイヤーがこんな良さげな物を落としそうな存在を見逃す訳がない。

 多少の時間は掛かっても、彼らはここに来るだろう。

 人数の暴力は大きいはずだ。

 いかにドラゴンと言えど倒せないはずがない。

 アリスはそう確信する。


「じゃあ、私は斬り込むから。ドラゴンからの攻撃に気を付けながら魔法を撃ってね」

「はい。サポートは任せて下さい。アリスさんも気を付けて」


 アリスとテレリは頷き、同時に行動を開始した。

 アリスは邪竜に向かって走る。

 テレリは魔法の準備に入る。


(まずはとりあえず普通に攻撃しようか)


 地を蹴りアリスは駆けた。

 地面を砕きながら進むアリスは弾丸の様に、一直線に邪竜へと近付く。

 クレーターの縁でアリスは踏み切る。

 <怪力>のスキルで力任せに放たれたアリスは、大刀を振り被る。

 そして邪竜の横腹をすれ違いざまに切り裂いた。

 アリスのイメージでは、ちゃんとそうなるはずだった。

 しかし邪竜の鱗はアリスの想定よりも遥かに硬かったらしい。

 硬く鋭い音が大きく鳴り響いた。


「いったい!」


 アリスの全力で振るわれた大刀は完璧なタイミングで邪竜に当たった。

 それだけ威力は大きく、弾かれた事による反動も大きかった。

 重い痺れが腕全体に広がる。

 手に力が入らないまま、何とか大刀を握り、アリスは落ちる。

 衝突の衝撃で勢いが完全に殺され、横をすり抜ける事が出来なかったのだ。

 何とか着地を決めると、すぐにその場を飛び退いて、邪竜から距離を取る。

 大刀を地面に引きずりながら、アリスはクレーター内の端まで下がった。


(この剣で斬れないって、どんな硬さをしてるんだ)


 両手の痺れを振って解しながら、アリスは邪竜を見上げた。

 攻撃した事に対する反応はない。

 今の攻撃は邪竜にとって些細な物だったのだろう。

 邪竜はアリスの事が眼中にないと言った様子だ。


(武器を使っていてはダメージを期待出来ないか)


 仕方がないと、アリスは大刀をインベントリに放り込んだ。

 そうなるとやる事が余計に限られる。

 自分のすべき事が明確になったとも言えるけど。

 アリスは腕輪に触れる。

 長期戦になりそうだ。

 それなら、この<毒攻撃>の力も発揮される事だろう。

 ここからは無手戦闘だ。

 邪竜の防御を貫通する事が出来るのは、<浸透勁>しか心当たりがない。

 激しく動く事になりそうだから、アリスはベルから貰った星型の石のネックレスをマントの下に入れた。


「これでダメージ入れば良いけど」


 もしこれでも攻撃が通らなかったならどうしようかと不安に駆られた。

 そうなっても他にやる事も出来る事もないので、無意味な攻撃をし続ける事になるのだろう。

 それは嫌だから、攻撃が通って欲しい。

 アリスは悲愴感を漂わせながら、目の前の邪竜に突進する。

 そして邪竜の巨体を支える後ろ足の片方に、思い切り飛び蹴りを食らわした。

 <格闘術>と<怪力>により強化された蹴りは、<浸透勁>の補助によって堅い守りを貫いた。

 耳をつんざく様な邪竜の咆哮が、雷みたいに落ちて来た。

 人よりも聴覚が良いアリスは、間近で暴力的な音を聞き、よろめく。

 しかし槍の様に鋭い殺気に突き刺され、アリスはすぐに顔を上げた。

 邪竜の真紅の眼光が、アリス1人に向けられていた。

 膨れ上がる脅威に肌が粟立ち、引き攣った声が喉から漏れる。

 アリスは考える間も無く回避行動をとっていた。

 その直後、邪竜の尾が鞭の様にしなり、剣の様に振り下ろされた。


「ぎっ」


 真横に落ちた爆発みたいな衝撃に打ち付けられ、アリスは歯を食い縛る。

 避けれた。そう思った。

 しかし肩口の灼熱が、その幻想を容易く撃ち砕く。

 焼け付く様な激しい痛み。

 軽くなった左半身によってバランスを崩し地面を転がった。

 涙交じりの瞳で、左肩を押さえながら、そこに目をやる。

 アリスは無くなった左腕を呆然と眺め、認識した途端に高波の様に押し寄せて来た痛みで、悲鳴を上げた。

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