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帰り道の途中で協会に立ち寄った。
酒飲みたちで賑やかないつもの光景を横目に、アリスはカウンターに急いだ。
今日の収穫を売却する為だ。
ざっと見渡した受付嬢の中にテレリの姿はない。
昼にすれ違ったので、居ないだろうと確信はあった。
迷う事なく最も近い位置にいる受付嬢の元へ行く。
端数をインベントリに残して、青牡牛の落としたアイテムを置いた。
鑑定が終わるまで少しある。
アリスが急いだ所でその時間は短くなったりしないので、鑑定が終わるまでの暇潰しに酒飲みの話を聞く事にした。
それらの大半が聞くに堪えない不確かな自慢話だったり、陰鬱とした誰かへの愚痴だったりする。
だがその中でも、稀に気になる事を話す者たちもいた。
アリスはその人らの話に耳を傾けた。
「なあ、聞いたか?」
「何を」
「女神教が大慌てしている理由だよ」
「ああ、知っている。屍魔女の情報が出たんだってな。俺も賞金目当てに探してみたが、全く駄目だったよ。流石に女神教から隠れ続けているだけある」
屍魔女の情報を持つアリスは一瞬ビクリと震えた。
「いいや、違う。屍魔女も理由の1つだが、それだけじゃねえんだ」
「何? 他に理由があるのか」
「そうなのさ。女神様からお告げがあったらしい。邪悪がやって来るってな」
「マジかよ。ヤベェじゃねえか。……それで、邪悪って何だ?」
「そんな事は知らねえよ。俺も又聞きした程度の噂だからな」
その時、鑑定が終了したと言う声がした。
アリスは盗み聞きをやめて、お金を受け取った。
結果、懐が少し潤った。
贅沢は出来ない。
しかしラドの宿なら長期間の宿泊に十分な額だ。
そろそろ前払いした宿代が尽きるはずだし、今日の内に延長しておこう。
売らずに取ってある青牡牛の肉も、その時に渡せば良いだろう。
アリスはそんな予定を立てた。
協会にいた時間は長くなかったが、外は既に暗くなっている。
アリスは満天の星空を眺めて明るい歓声を上げた。
現実では殆ど見る事が出来ない、黒く染めた絹布に宝石が散りばめられた様な美しい光景だった。
大きな月に薄く雲が掛かっているのも雅である。
綺麗な物が見れた事を喜びながら、光石のランプを取り出して、暗い夜道を照らしながら帰った。
宿屋の前に着いたらランプをインベントリにしまい、アリスは扉を開けた。
「あれ」
宿屋の中には朝と同じ様に、ラド以外の人がいた。
しかし朝とは違って、その人はアリスも良く知る人だった。
その人は赤い髪を揺らして、アリスの方を振り向いた。
布を巻いただけの様に見える特徴的な服装に、蜘蛛の下半身。
「エルメダ!」
「こんばんは。こんな時間までご苦労様ね」
その人の名を呼びながら、アリスは顔を輝かせて駆け寄った。
苦笑しながらエルメダはそれを迎える。
エルメダの元には、普段の酒場にはない高めのテーブルと椅子が置かれている。
それらを不思議そうに眺めながら、まあ良いかと、背が高い椅子に登って腰掛けた。
「来てたんだ」
嬉しそうにアリスが言う。
あまりに素直な感情が向けられて、エルメダは少し恥ずかしそうにした。
「夕暮れ頃に着いたわ」
「そうなんだ。迷路みたいだったでしょう。迷わなかった?」
「地図が分かりやすかったから、迷う理由がないわよ。……アリスにしては上手に描いてあったわ。褒めてあげる」
珍しいエルメダの賛辞。
しかし残念ながら、地図はアリスが書いた訳ではない。
アレは貰い物である。
その真実を教えると、エルメダはとても納得したらしい。
アリスは頬を膨らませた。
「通りで、しっかりした地図だった訳ね。良かった。アリスの評価を見誤ったかと少し思ったけど、私の目は正しかったらしい」
「待って。今なんで私は馬鹿にされてるの?」
「気のせいよ。意味もなく人を馬鹿にしたりしないもの。私は純然たる事実しか言っていないわ」
「余計に酷いな」
そうしてエルメダとの会話を楽しんでいる所に、ラドがやって来た。
用件は夕飯がいるかどうかの確認だ。
アリスはお腹が空いていたので、勿論欲しいと答えた。
その時に、アリスは青牡牛の肉と延長用の代金を渡す。
ラドはアリスの懐事情があまり良くないのを知っていたので、良心を働かせて必要ないと言おうとした。
しかしアリスは案外きっちりしている所もあって、断固として引かない。
根負けしたラドに代金と贈り物を渡し、勝ち誇った顔をした。
エルメダはそんな2人のやり取りをニマニマと眺めた。
それが目に入ったアリスは怪訝そうな顔をした。
「何さ。気持ち悪いぞ」
「別にー。凄く仲良さそうだなって思っただけよ」
面白そうにエルメダは喉を鳴らした。
何か奇妙な誤解をされてる気がする。
アリスは眉を顰めた。
何を誤解されているのか考えて、すぐに思い付いたのはラドとの仲だった。
「違うからね」
慌てて否定の言葉が口に出る。
それは断じて違う、誤った想像だ。
笑みを深めたエルメダに、アリスは首を振った。
そもそもラドとは20近くも歳が離れている。
自分は成人していないが、ラドはもうすぐ40歳になると言っていた。
「何が違うのよ?」
エルメダはテーブルに手を置いて身を乗り出しながら、その顔には嫌らしい笑顔を浮かべている。
アリスの言葉が事実であると分かって、その上で言っているのだ。
本当に酷い性格だ。
アリスは毒を吐き、自分の知っている事実を付け足した。
「ラドはもう結婚しているはずだぞ」
「あら、そうなの?」
アリスは頷く。
聞いた訳ではないが、間違いないと確信している。
ラドの左手薬指には銀色の指輪が嵌められている。
その装飾に虹色の玉が嵌め込まれているのを、アリスは覚えていた。
婚姻玉と呼ばれる物がある。
元は無色透明のガラス玉の様に無価値な物だが、女神の下で互いを愛する者同士が結婚を誓い合うと、虹色の輝きを持つ不思議な宝玉だ。
小ネタとして、アリスは偶然それを知っていた。
それが書かれていたサイトには、真に愛する者同士と制約はあるものの、双方の性別に関する決まりはないとか。
変な事を調べている奴がいるなと笑った事があるから、はっきりとそれを覚えている。
「なら不倫ね。そんな事をしていると女神様のお叱りを受けるわよ」
「だから違うと言ってるだろうに!」
アリスが吠える。
兎が吠えた所で怖くはないし、エルメダを楽しませるだけだった。
賑やかな2人のやり取りに苦笑を零しながら、ラドが食事を持って来た。
そこで話は中断される。
全くエルメダは失礼な奴だ。
アリスはそんな事を思いながら、美味しい肉料理を堪能した。
「私、お風呂に入りたいわ」
アリスが夕食を食べ終えた所で、エルメダが呟いた。
なら私もとアリスも賛同し、2人して地下の浴場に向かう。
脱衣所でアリスは服と格闘を始める。
アリスの着ている服はボディスーツなだけあって、脱ぐのも着るのも少し手間がかかる。
しかしエルメダの着ている服は至極簡単な構造になっているから、あっという間に裸体を晒した。
服を脱いだだけで揺れる胸を憎々しげに睨みつつ、ようやくアリスが下着姿になった頃には、エルメダは浴室の中に入っていた。
アリスは急いで追い掛けた。
「エルメダは普段お風呂に入るの?」
「当たり前じゃない。半分は蜘蛛でも、もう半分は人なのよ」
体を洗っている時、そんな事を聞いたら怒られてしまった。
言われて見れば確かにそうだ。
エルメダは異形だけど人族だ。
お風呂にだって入るか。
盲点だった。
てっきりもっと幻想的な方法を取るのだと考えていた。
「私はそんなに魔法が上手くないわよ」
「あー。糸に全振りされてそうだねぇ」
体を洗い終え浴槽に近づいた時、アリスは気付いた。
浴槽が深くなっていたのだ。
エルメダが入れば、丁度良い具合にお湯の上に肩が出る。
しかしアリスの身長だと、立ったままでも顔がお湯に浸かってしまう程の深さだ。
浴槽の内壁に出っ張りがあるので、アリスはそこに腰掛けた。
半身浴になってしまうが、それもそれで良いだろう。
半蜘蛛女の湯に浮く肉袋を極力目に入れない様に努力する。
言うまでもなく腹立たしいからだ。
自分程度の大きさでは、浮いても自覚は出来ない。
誰が見たって完敗だ。
顔を明後日の方向に向けながら、アリスはエルメダが今まで何をしていたのかを聞くことにした。




