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協会では良い依頼を見つける事が出来なかった。
なのでアリスは当初の予定通り、青牡牛を獲物に定めた狩りをする事にした。
青牡牛の良い所は大人しい所だ。
逃げないし、攻撃しない限り襲って来る事もない。
ロイから貰った兵士の直剣を使えば一撃で葬れるのも都合が良い。
アリスは剣で思い出した。
黒化ゴブリンが落とした大刀の性能を未だに詳しく調べていない。
丁度良いので、この武器の使い心地も確かめる事にしよう。
アリスはインベントリを開いた。
(えっと、これかな?)
黒鬼の大刀。
見た目の大きさ通り威力が馬鹿馬鹿しいほど高い。
それに加え称号が付いている。
虐殺と鋭利の2つだ。
前者が全ての敵へのダメージを増幅する特性で、後者が武器の切れ味を上げる特性であるらしい。
通りで。アリスは頷く。
この大きさでありながら、人間を軽く両断出来るのは、この称号の影響だろう。
武器と合っていて、実に優れた称号だ。
黒化した魔物が落とすアイテムは強い物が多いのかな。
アリスは右腕に嵌める腕輪を見る。
黒化毒沼鯰が落とした、毒王の称号を持った腕輪だ。
これはスキルを追加する特性であった。
考えるまでもなく強力な称号だ。
「いずれ黒化狩りもしたいなあ」
良いアイテムが貰えるならば、挑んでみたくある。
手に入れたアイテムのデザインは全て禍々しいけど、その強さと珍しさの前では、アリスにとってはマイナスの評価に繋がらない。
でも女神教ならば違う反応をするかもしれないとアリスは思った。
黒い加護は、彼らが信仰する女神の白い加護と対極に位置する様だし、持っているだけで反感を買う可能性もある。
今更ながら腕輪を聖女に見られなかった事に安堵する。
もしあの場で見つかっていたら、カルマの件を併せて、きっとしつこく尋問されたに違いない。
気を付けよう。
女神教の関係者に会う機会などほとんど無いとは思うけど、十分に注意を払う事をアリスは心に決めた。
「今日も沢山魔物がいるね」
平原に着いて辺りを見渡した。
平原兎や青牡牛などが多く目に付く。
今回の狙いは青牡牛だけなので、他は基本的に無視をする。
襲われた場合は別だが、幸いにも昼間なら攻撃的な魔物は少ないし、強い魔物はほとんどいない。
考えなくても問題ない事だ。
早速戦いに行く前に、アリスは大刀の刃に軽く手の平を押し当てた。
冷たい鋼の感触が肌に食い込む。
ズキリと鋭い痛みが走り、アリスは顔を顰める。
自分で付けた細長い傷からは血が滲み出ていた。
(まずはこれくらいだよね)
アリスは怪我した方の拳を握り締めて、もう片方の手で、近くに居た青牡牛に大刀を振り下ろした。
<怪力>のスキルによって扱われる大質量の鉄塊は、それが持つ称号の影響から凄まじい鋭さを誇っている。
大きな地響きを轟かせ、地面に溝が穿たれる。
前と後ろに分けられた青牡牛は、瞬時にその姿を消え失せた。
予想通りの威力であった。
アリスは感嘆するが驚きはせず、冷静に握り締めていた左手を開いた。
血の跡はあるが、傷はない。
痛みもなくなっている。
つまりこの程度の怪我なら、青牡牛を倒すだけで回復する。
では次だ。
アリスは大刀を地面に突き立て、インベントリから兵士の直剣を取り出した。
「うう。ゲームなんだが、怖いなぁ」
アリスは直剣を握り締めながら、激痛の恐怖に震えた。
武器を手で弄んだ後、考えを改めて、アリスはインベントリに直剣を入れた。
本来なら直剣で自分の手を貫くつもりだった。
その怪我が青牡牛を何体倒せば治るのか調べる気だったからだ。
しかしアリスは怖気付いた。
矢で肩を射抜かれた時が思い出され、計画を実行に移せなかった。
(調べるのはまた今度にしよう。今日はやらない)
大刀を引き抜き、肩に乗せる。
実験を中止した訳だし、それだけ時間に余裕が出来た。
余裕が生まれた分、より多くの青牡牛を倒す事をアリスは決める。
ラドヘのお土産も少しは欲しいし。
優しさからの思い付きだったが、獲物である魔物からしたら碌でもない考えだ。
しかしアリスを止める手段を持つ者は、今この場に居なかった。
アリスは大刀の称号通り、目に付く青牡牛の皆殺しを始める。
その残虐な行為は、太陽が沈み始めて空が赤くなるまで続いた。
(流石に疲れたかな)
日が落ち始めて、アリスは作業の手を止めた。
インベントリを確認すると、今日の狩猟数は68体だった。
良い稼ぎだとアリスは思う。
以前よりもレベルが上がっているから、数が増えるのも当然だ。
しかしそれだけではない。
今回は青牡牛の位置が非常に良かった。
密集していたから移動時間が短くて済んだのだ。
また武器のリーチが長く、1度の攻撃で複数体を巻き込めたのも大きかった。
その結果がこの通りだ。
素晴らしい。
アリスは自分の功績が記されたパネルを満足そうに眺めた。
端的に言って、この時アリスは油断していた。
狙った魔物を全て一撃で葬っていた訳だし、この平原で自分に適う存在はいないと慢心していたのだ。
だからアリスは自分に向けられた害意に気付けなかった。
「ふぎゃ!」
背中を打った衝撃で、情けない悲鳴を上げて前に転がる。
アリスは力を失った両手足を地面に投げ出し、うつ伏せで倒れた。
痛みは感じない。
それどころか、目と耳以外の感覚が働いていない様だった。
立ち上がろうと力を込めても、指1本も動かない。
もしかしたら状態異常かもしれないとアリスは思った。
恐らく麻痺状態だ。
あれは体が痺れて動かなくなるらしい。
痺れさえも感じないが、体が動かないのは同じである。
何をされたのかは分かった。
では次に気になったのは、誰が何の為にこんな事をしたのかだ。
アリスは暗殺などの暗い理由を思い浮かべ、冷や汗を流す。
「勘違いするんじゃない。別に殺したりはせんよ」
この状態では抵抗も出来ないし、良い様に攻撃された悔しさを感じていた所に、上から声が落ちて来た。
嗄れていて男か女かも分からない、老いた者の声だった。
その人物はアリスの傍に膝をついた。
そこはアリスが顔を向けている方向だったけど、同時に視界の隅だった。
見えるのは、薄汚れている黒いローブを着ている事くらい。
恐らく魔法使いだろうと予想をつけた。
「お主がアリスだろう?ああ、別に答えんでも良い。それくらい儂には分かるからのう」
そもそも答えられないし、別に答える気もなかったが、老人が言うので、アリスは答える素振りさえ見せなかった。
喜びに浸っていた自分を不意打ちしたこの老人に、アリスは腹を立てていた。
その怒気を感じ取ったか、老人は掠れた声で笑う。
こいつは絶対に性格が悪いとアリスは確信した。
顔を見てやりたいと思ったが、麻痺は相変わらず継続したままだ。
体が動かなかった。
「お主に使った魔法は特殊でな、相手を無力化するに特化した物じゃ。その麻痺の拘束は他とは段違いの効力を持つ」
老人は自慢気に語る。
動いて見せて、意地悪そうな老人に一矢報いたい気持ちはあった。
しかし態々自慢するだけあって、アリスがどんなに力を入れても、少しも動けなかった。
「さて。そろそろ儂の目的について話そうかの」
永遠に続くかと思った自慢話は不意に途切れ、老人はようやく本題に入った。
やっと終わった。
寝転がっているだけなのに、とても疲れた様子のアリスは、心の中だけで盛大に喜んだ。
「儂はお主の血液が欲しくてここまで来たんじゃ。吸血鬼の様に食事として欲した訳ではなく、言うなれば研究の為だ」
老人は厳かに告げる。
しかし直前に行った長話が、その厳かさを破壊した。
同じ事を何度も繰り返して話していた老人に、アリスは阿保の評価を付けていたのだ。
その為、厳かを装う老人の姿を、まるで滑稽な演技の様に感じた。
「断っても構わんぞ。勝手に採らせて貰うのでな。その為に予め魔法を掛けておいたんじゃ」
老人はそう言って何かを取り出した。
一瞬だけ視界に入ったそれは注射器の様な形をしていた。
老人はそれを首筋に持って行った。
何も感じなかったが、老人は何らかの作業を行った。
言っていた通り血を採ったのだろう。
離れる時、赤い液体に満たされた注射器が見えた。
「よし。これにて完了じゃ。では儂は帰る。またな、アリスよ」
自分の目的が済むと、老人は瞬く間に消え去った。
虚空に吸い込まれる様に居なくなったので、アリスは驚く。
瞬間移動の様な魔法だろうか。
あの老人は思った以上の実力者であったらしい。
老人が消えると同時に、アリスの体に感覚が戻り始めた。
笑いたくなる様な痺れを無理矢理抑えながら、アリスは緩慢とした動きで立ち上がった。
老人が何者なのか結局分からなかったが、一先ずは無事に済んで良かった。
空を見上げると、既に太陽の姿はない。
もうすぐ完全に日が落ちる。
余計な時間を使わされた事を腹立たしく思いながら、アリスは街へと帰った。




