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テーブルに置かれた燭台の仄かな光によって照らされる闇の中、カルマは悩ましいと腕を組む。
アリスは両手を膝の上に置き、無言で話を待つ。
「ふぅむ。まずは何から話し始めようか」
自分の考えを纏める様に紡がれた独り言は、近くにいたアリスにも聞こえる大きさだった。
こめかみに人差し指を当て、瞼を閉じて難しそうにカルマは唸る。
アリスは手持ち無沙汰に熟考を重ねるカルマを眺めた。
その視線に気付いたのだろう。
カルマは片目を開けて、アリスに微笑み掛けた。
それは良い考えが浮かんだと言わんばかりの表情だった。
「そうだ! アリス。君は私に何を聞きたい? それから話す事にしよう」
人懐こい笑みで、アリスに話の流れの全てを託した。
自分で招いておいて、それはないんじゃないかなとアリスは思った。
アリスは呆れてカルマを見る。
考えるのが面倒になって放り投げたのではと考えたのだ。
カルマはちろっと舌を出す。
軽い悪戯をした子供の様だ。
その外見でお前は何歳のつもりだよ。
アリスはカルマの無駄に突き出した胸を見て、毒々しく思った。
「……ここはどこなの?」
しかしアリスはカルマの提案に乗って質問する。
カルマの調子で話が進めば自分が振り回される事になるのは目に見えている。
今でさえ意味不明な状況にあって、アリスは戸惑っているのだ。
これ以上の困惑が訪れない様に、手綱を握る必要がある。
「ここは私の館だよ。七面倒な魔法で作った自信作さ。もう二度としたくない」
カルマは胸を張って言った。
その動作によってたゆんと揺れたそれにアリスの心はダメージを受ける。
負った傷は深かった。
今したばかりの決意は虚しく、この世の不平等を泣き叫びたい気分だ。
「七面倒な魔法って、カルマは魔女なのに?」
アリスは陰鬱な気を漂わせ、不思議そうに聞いた。
魔女は魔法が得意であるはずだし、カルマも自分で魔法が得意だと言っていた。
なのに面倒とは矛盾している気がした。
「同じ魔法でも色々な使い方があるんだよ。ひょいと指を振ったり、かっこいい呪文を唱えたりね。私は特にこれと言った拘りはないけど」
カルマは顔を顰める。
そんなに面倒な魔法があるんだろうか。
アリスは胸の大きさに悩んでいた事など忘れて、カルマの話の続きを待った。
「巨大な建造物を建てたいなら、やはり緻密な計算が必要なんだ。防衛用の魔法を仕込むなら、それだけ余計に手間がかかる。その計算が面倒で面倒で、何度投げ出したか分からないよ」
「ふーん」
アリスの知る魔法は、感覚的な使い方をする物だと言う話だった。
自分では使う事がないから、その話が信用に足る物かアリスには少しも判断が付かない。
けれど難しい物なら魔法使いの数も少ないはずだから、きっと簡単に使えるはずだとは思っていた。
カルマも先ほど色々な使い方があると言っていたから、間違ってはいないはず。
しかし複雑な魔法の存在をアリスは聞いた事がない。
もしかしたら高位に位置する魔法なのかもしれないとアリスは考える。
魔女にしか使えない魔法があって当然である様に思えた。
「この館は聖堂都市から離れた場所にあるのかな。私はそんな話を聞いた事がないんだけど」
アリスはパネルで地図を開くが、そこには縦長な食堂しか映っていない。
館がある場所は分からなかった。
少しだけアリスは不安になる。
全く知らない変な場所にあったなら、街に帰る事さえ難しい。
出来れば離れた場所でない事をアリスは願った。
さもなくば死に戻りさえ視野に入れなければならなくなる。
答えを求めてアリスがカルマを見れば、その目が輝いている様に見えた。
瞬きの間に輝きは消えていた。
なんだ、錯覚だったか。
アリスは納得して、再びカルマの話に興味を戻した。
「心配いらんよ。ここは聖堂都市の中にある。それもど真ん中だ」
カルマは愉快そうに声のトーンを上げた。
アリスは困惑する。
「聖堂都市の中心は大聖堂だと思っていたけど」
「そうだぞ。地上では大聖堂が中心だ」
カルマは悪どい笑みを浮かべる。
何だか本当に子供みたいな女性だとアリスは思った。
悪戯を語る時の子供の表情をしている。
「この館は地下にあるんだ。大聖堂の真下にね」
「え、本当かよ!?」
アリスは焦り出す。
しかしカルマはケラケラと笑った。
自分が焦っているのに、心底楽しそうに笑うので、アリスは少しむかついた。
「だから心配はいらんと言ったじゃないか。大丈夫だよ。ちゃんと送って帰してやるさ」
「それなら、別に良いけどさ」
そうは言ったものの、アリスは釈然とせず渋面を作った。
だがカルマはそんな事を気にする性格はしていない。
「にしても地下ねぇ。だからこんなに暗いのか」
アリスはなるほどと呟いた。
地下にあるなら外から明かりが入らないはずだ。
窓が見当たらないのも頷ける。
最初にカルマがこんばんはと挨拶して来た事もあるし、今は恐らく夜だろうから、外からの明かりなんて微々たる物だろうけど。
「これでも普段より明るいけどね」
カルマはアリスの言葉を修正する。
アリスは訝しげにカルマを見た。
これ以上に暗いと確実に生活に支障が出る事になる。
しかしカルマの答えは明瞭だった。
「私たちは例え常闇の中だって物が視えるのさ。光がなくても何も問題はない」
大した事でもない様にカルマは言う。
暗視能力があると言う事だろう。
アリスは薄っすらと見える壁際に佇む目隠しメイドに目をやった。
目隠しをしているから暗視も何も無い気がするが、それはさておき。
あのメイドを見る限り、カルマの発言も可笑しくはないとアリスは思った。
彼女でも目を頼りにせずに動いている。
魔女であるカルマなら、もっと様々な手段を取れるに違いない。
「なら今日は私を気遣って明かりをつけてくれたんだ」
アリスは良い笑顔で聞いた。
カルマはもっと良い笑顔で肯定する。
でもそれなら。
アリスは更に言葉を重ねた。
「もっと明るくしてくれても良かったんじゃないの?」
アリスは不満を零した。
折角明るくするのなら、不自由がない位まで明かりを用意して欲しかった。
この建物にあるのが良質の物ばかりなのは見て分かる。
それが良く見えないのは勿体ないし、残念でもあった。
「だって魔女の館と言えば陰鬱としていそうだろう?私はその雰囲気を味わって欲しかったのさ」
「雰囲気作りかよ……」
呆然とアリスが呟いた。
物凄く下らない理由だった。
そんな事に拘るなら、館らしく明かりを点けてやれと思う。
カルマは笑い声を大きくしながら、グラスに入った真紅の飲み物を口に運ぶ。
(何がそんなに楽しいんだか)
アリスはカルマの事を眺める。
強烈なアルコールの臭いがする飲み物をカルマはがぶ飲みして、グラスをすっかり空にした。
ワインだろうか。
凄く綺麗な赤色をしていた。
浮かべている笑顔は変わらず、既に酔っているのか僅かに顔を赤くしている。
整った白い顔立ちに赤みが差し、とても健康的に見えた。
綺麗だなとアリスは思う。
けれどやはり気になったのが目立つ2本の縫い傷だった。
どうしてその傷が刻まれたのか、アリスはとても疑問だった。
「その縫い傷どうしたの?」
アリスが聞くと、カルマはポカンと口と目を丸くした。
まるでそんな事を聞かれるとは思っていなかったかの様な顔である。
「おいおい、アリス。本気で言ってるのか?君もまだまだ未熟だなあ」
カルマは手を広げる。
そして呆れた様に首を振った。
アリスは何の事を言われてるんだか分からず首を傾げる。
「見て分かるだろう。これはチャームポイントだ」
カルマはずいと身を乗り出して言う。
縫い傷が良く見える様に顔をアリスに近づけて、誇らしい顔をしたのだった。
変人とは言え、その美貌は本物だ。
アリスは頭を背凭れに押し付けて、恥ずかしそうに少し距離を取ろうとした。
その分カルマが詰め寄るので、その試みは失敗に終わるのだが。
カルマの顔は、お互いの鼻の頭がぶつかりそうなくらい近くにある。
だからアリスは直視が出来ず、赤くした顔を精一杯逸らした。




