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アリスが目覚めると、すぐに目に入ったのは豪華な食べ物の山だ。
長い机に敷かれた純白のテーブルクロスの上には、銀の皿が何枚も並んでいる。
その1枚ずつに溢れんばかりの料理が盛り付けられていた。
並ぶ料理のほぼ全てが高カロリーで、アリスは呆気に取られる。
誰が食べるのかは知らないが、健康に悪そうだと思った。
次にアリスは周りを見る。
薄暗い部屋だ。
壁には等間隔で蝋燭が灯されているが、この部屋はそれでは不十分な広さだ。
高い天井は闇に紛れて見えず、床には赤い敷物がある。
そして自分は無駄に高い背凭れの椅子に座っているらしい。
また対面にも同じ様な椅子が1つあった。
「やあ! おはよう。……いや、こんばんはかな? まあ、どっちでも良いか。やっと起きたみたいだね」
対面の席に座っていた者が大袈裟な動きで立ち上がる。
テーブルに勢い良く手を付いて、愉快に調子良く話し掛けて来た。
この人が、あの美しいメイドの主人だろうか。
満面の笑みを浮かべている。
幼く見える可愛らしい笑顔だったが、その姿は妖艶な美女だ。
大きな胸によって服は盛り上がり、黒色の変な服装からは腹が露出されている。
その体は程よく鍛えられ、美しく引き締まっていた。
短く切られた白い髪の上に、小さな黒い帽子を乗っけている。
赤いリボンが巻かれたシルクハットで、それもまた可愛らしいと、アリスは自分が陥っている状況も忘れ呑気に思った。
「思ったよりも落ち着いているね。素晴らしい事だ。鎮静薬を打つ手間が省けた」
女性はいつの間にか手に持っていた注射器を、用無しとでも言うかの様に床に放り投げた。
絨毯で跳ねて転がるのを、アリスは目で追う。
古い形ではあるけど、この世界にも注射器があるのかと驚いていた。
「ところで、ちょっと遠いよね?」
女性はアリスと自分を交互に指差した。
このテーブルが長いし、端と端に座っていれば遠いのは当然だ。
そう思ってアリスは頷いた。
「だよね! 折角の食事会なんだ。もっと近くでするべきだ」
女性は自分の言葉に何度も頷く。
それから大きく手を叩いた。
誰かを呼ぶ様におおいと言った。
すると女性の後方から、また別の女性が歩いて来た。
特徴的な格好だ。
目隠しをしていて、メイド服を着ている。
「では少し待ってくれ。今すぐに席を移すからね。おい。運んで」
女性は目隠しメイドに指示を出した。
恭しく一礼し、メイドは椅子を掴んだ。
そして軽く持ち上げる。
力んだ様子は見られない。
自分と同じだろうか。
アリスはメイドを眺めながら推測する。
<怪力>のスキルを持つなら、不思議ではない行動だ。
メイドを見続けるアリスに、無視された気になった女性は口を尖らせる。
だからそれを遮る様にして、女性はアリスに駆け寄った。
「君はあれが気になるのかい?」
女性はにんまりと笑う。
アリスはその顔を近くで見て初めて気がつく。
女性の顔には両目の位置で縦に2本、長い縫い傷があった。
「でもあれの事を教える前に、まずは自己紹介をしよう。私は君の事を少しは知っているけど、君は私の事を知らないみたいだからね」
アリスは頷いた。
女性の事は勿論だが、今の状況についても聞きたい事が沢山ある。
「どうしようか。私が先に名乗っても良いけど、君が名乗るのを先に聞きたい気持ちもある」
重要な問題だ。
難しそうにな唸る。
眉間に皺がよっているから、相当悩んでいるのだろう。
アリスはどちらでも良いと思った。
自己紹介なんて言われても、名前以外に教える事がアリスには思い付かない。
「よし、決めた。最初に君が自己紹介するんだ。それが良いや」
晴れ晴れとした笑顔で、カルマは言った。
ようやく運ばれて来た椅子に腰を掛け、メイドに片手を挙げて礼をする。
似合ってはいたが、そんな事よりもアリスは再びメイドに気を取られていた。
違和感があった。
じっと観察すると、その目隠しメイドの異常性に気付いた。
アリスの顔が強張る。
「そのメイドさん、息してなくない?」
置物の様に微動だにせず立ち尽くすメイドに、段々とアリスは恐ろしさを感じ始めた。
よく見れば顔は血の気がなく蒼白だ。
髪もくすんだ色をしている。
その主である女性は、口を三日月の様な弧を描かせて目を細めた。
「まあ、これの事は後でじっくりと教えてあげるとも。時間は余るほどに長くあるんだからね」
女性はとっても楽しそうに言った。
一体何に思いを馳せているのか、頬を赤く染めている。
アリスは少し椅子の片側に寄った。
それは女性から離れた方向だ。
「それよりもさ。早く自己紹介を始めようじゃないか」
優しく楽しそうに微笑み続ける女性に、アリスが感じたのは怖気だった。
女性の提案にアリスは従う事にする。
すぐ様に口を開いた。
「私はアリスだ」
「……え。それだけ?」
女性は愕然として、口をぽかんと開けている。
他に何を言えば良いのだ。
アリスの呟きを女性は聞き取った。
「例えば種族は何だい?」
「獣人だよ。兎の」
「ああ! そりゃそうだね。見たら分かる事だった」
愚かな質問をしてしまったと、女性は自分の額を叩いた。
「なら、特技を聞こうか。アリスが得意な事を教えてよ」
「特技って言われても」
アリスは少し悩んで、答えた。
「格闘、かな?」
「確かに。黒化ゴブリンとの戦闘は素晴らしかったよ。私が思っていたより、君はずっと強くなっていた」
椅子に座りながら、女性は口で音を付け足しながらパンチの仕草をした。
気付かない内に戦闘を見られていた事に対する強い警戒と、同時に拙い所を見られた恥ずかしさを感じる。
もうちょっと手際良く戦えていたらと反省した。
「なら次は、そうだなぁ。生まれについて聞こうか。君の出身地はどこだい?」
「出身地?」
アリスは答えに詰まる。
そんな物この世界には存在しない。
現実世界での地名を言うのも手ではあるけど、それは出来れば取りたくない方法だった。
ファンタジーにリアルを持ち込むのは変な話だとアリスは思ったからだ。
「答えられないって感じだね」
アリスの沈黙に、女性は何を思ったか目を輝かせた。
質問に答えないのに、彼女はとても嬉しそうである。
「うふふ。そうかい。分かったよ」
女性は言った。
アリスは女性の事が段々と不気味に思えて来た。
息をしないメイドを従えている事や、この薄暗い場所と謎の状況が、それを強めている。
「なら次は私の番だね」
女性はピシッと襟を正した。
そしてふふんと得意げに笑った。
「私はカルマ・ウィッチィ。名前の通り種族は魔女さ。当然だけど特技は魔法だよ。その中でも食事中には話したくない様な事に最も長けている」
カルマはそう言って、ウインクをした。
「まあ今さっきのメイドを見れば、私が何を得意にしているのかはすぐに分かるだろうけどね」
カルマは両手を前に突き出して、低い呻き声を上げた。
楽しそうに笑っている。
それはおふざけである様だが、アリスは笑えなかった。
その意味が分かったから、思わずカルマから目を逸らし、テーブルに並ぶ豪勢な食事を見る。
「凄い料理だろう。料理は上手いアホメイドが作ったんだ。是非とも食べてくれよ。味の保証はするぞ」
カルマはハンバーガーを掴んで言った。
それを飲み込む様な早さで食べる。
アリスはカルマの口に消えていくハンバーガーを呆然と眺めた。
30秒も掛からず平らげたカルマは軽く口周りを拭いた。
そしてまた喋り始めた。
「さて。それじゃあ私が君をここに連れて来た目的についてでも話そうか」
「目的」
アリスは緊張した面持ちで復唱する。
自分をここに連れて来たであろう人物の事を思い出す。
中々に強力な雷の魔法だった。
アリスは魔法に詳しくないから白い雷について全く知らなかった。
しかしそれでもあの魔法が強力な物であるとは判断出来た。
その人が主と呼ぶのが、恐らく目の前の女性であると思うと、戦闘しても勝ち目なんか無さそうな気がする。
自分の命が握られている様に錯覚して、緊張感が大きい。
カルマは微笑む。
「別に大した事じゃない。だからそう緊張せずに、のんびりと聞けば良いよ」
アリスを気遣う発言をした。
そしてカルマは説明を始めた。




