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 夢を見ている。

 アリスはすぐに認識した。

 現実みたいに迫力がある光景で、なのに現実よりも不確かな五感。

 矛盾した世界は違和感でしかない。

 ぼやけて見える世界に眩しさを感じて、アリスは目を細めた。

 周りを確認しようとしても、なぜか体は石になってしまったかの様に少しも動かせなかった。

 だから手で目を隠そうにも動けない。

 アリスはそのまま、ただ目の前で流れていく光景を眺め続けた。

 人々が必死の形相で走り抜けて行く。

 大きく口を開け悲鳴を上げながらアリスの真横を通っていく。

 しかし耳に届くのは、聞こうと思わなければ聞き逃してしまう程度の小さな音量だった。

 残念ながら、獣人の優れた耳は夢の世界では意味を成さないらしい。

 何から逃げているのか。

 アリスが疑問に思うと、見える景色が鮮明となった。

 灼熱がアリスの肌を撫でる。

 全方位で真紅の炎が燃え盛っていた。

 立ち昇った黒煙で空は暗い。

 この場所には見覚えがある。

 たった今焼け落ちた建物を見て、アリスはそれに気が付いた。

 全ては燃やされ、火の海になっている。

 しかし遠目に見える大聖堂が、どこにいるのかを教えている。

 ここは聖堂都市だ。

 賑やかだった街並みは焼き払われ、面影はどこにもないけど。

 アリスは自分が何でこんな夢見ているのか不思議に思う。

 こんな炎に囲まれた状況でも、アリスは焦りを感じていない。

 熱さや痛みもが全くないからだ。

 それに夢だし。

 どこまでも冷静にアリスは切り捨てた。

 いい加減、燃え続けるだけの光景に飽きを抱き始めている。

 何か変化がないものか。

 アリスが抱いた希望は、それからすぐに叶えられる。

 頭上から破壊が落ちて来た。

 アリスがその正体を轟音であるのと気付いたのは、自分の体が衝撃に弾き飛ばされた後であった。

 動けずに倒れているけど、やはり痛みはない。

 黒煙を切り裂いて、巨大な影が舞い降りて来る。

 アリスはその姿を見ようと影に注目しようするが、視界の鮮明さが急速に失われていく。

 炎の明るさも次第に小さくなり、闇に覆われていった。

 光も音も消え失せる。


「……ぅん」


 目を開けると、木の天井が目に映った。

 掛け布団を蹴飛ばして大の字に寝ていたアリスは、鈍い動き上体を起こす。

 やはり夢だった。

 自分の予想は当たっていたと、特に何の感慨もなく思う。

 あそこまで整合性が無ければ分かって当然である。

 そんな風に思えて、アリスはつまらなそうに息を吐いた。

 因みにアリスは現実で明晰夢なんて見た事なんてないし、そもそも夢を見た事さえ忘れている場合が非常に多い。

 ゲームとは言え、夢の中で夢と判断出来たのは初めての経験だった。


「今何時だろ」


 思った事をそのまま口にして、アリスは気怠げにパネルを開く。

 そのまま時計を見て、アリスは首を傾げて固まった。

 信じ難い情報にパネルを凝視する。

 昨日寝たのは昼過ぎである。

 しかしパネルの時計によれば、どうにも今は朝らしい。

 これが正しいなら、アリスは半日以上も寝続けた計算になる。


(道理で怠い訳だ)


 アリスは寝癖で乱れた髪を乱雑に掻く。

 寝過ぎた所為で頭が痛い。

 憂鬱に溜息を零した。


(珍しくこんなに寝相が悪かったのも、寝過ぎたのが原因かな)


 アリスは自分が今も座っているベッドに目を向ける。

 シーツは皺だらけで、枕に至ってはいつの間にか本来の位置とは真逆のフットボードの所にまで移動している。

 自分は普段ならここまで寝相が悪くならないと根拠のない確信を持ちながら、荒れ果てた寝具を元の位置に戻す。

 その後でアリスは着ているバスローブがはだけているのに気が付いた。

 盛大に前が開き、白い肌が大きく露出している。

 それでも何とか隠せているのは、ゲームのシステム的な補整だろうかと、アリスは下らない事を考える。

 勿論それは唯の偶然だ。

 お風呂を楽しむ為に殆どの制限を外したのはアリス自身なのだから。

 それをすっかり忘れながら、アリスは胡座のまま服を正した。


「良し。これで問題ない」


 アリスは露出の心配が無くなると、満足そうに頷いて、背中からベッドに倒れ込んだ。

 うんと体を伸ばして体の緊張を解す。


「んー!」


 やはり寝過ぎたのだろう。

 アリスは自分のだらしなさを反省した。

 体中に走る痺れる様な感覚が面白く、アリスはそれを楽しみながら体の調子を整えていく。

 数分をそれに費やして、アリスはようやく普段通りだと思える程度に、体には活力が戻った。

 システム的には何も変化はないだろうけど、アリスの気分は目覚めた時よりもだいぶ良い。

 寝転んだままベッドの上で跳ねて、アリスは立ち上がった。

 服を直した所だけど、取り敢えず外着に着替える事にした。


(下に降りて、ラドに朝ご飯を作って貰おう)


 アリスは起きた時から疲労と同時に空腹を感じていた。

 昨日の昼と夜の食事を抜いているのだから、それも至極当然と言える。

 何もしなくてもお腹が減るのは、このゲームでも同じだった。

 アリスはインベントリから白い服を取り出す。

 それは昨日エルメダから貰ったボディスーツである。

 体に密着し体型がもろに分かるこの服にアリスは苦手意識を持っている。

 しかしエルメダの手作りかつ貰い物であるし、欠点に目を瞑ってなお余りある高い品質と性能がある。

 だからこの服を着るのに否はなかったし、逆に良い機会だと思ってもいた。

 普段着ない服を着るのを、恥ずかしさも当然あったが、アリスはとても楽しく感じているのだ。


「……これで良さげかな」


 姿見の前で最終確認をする。

 扇情的な格好ではあるけど、よく似合っているとアリスは思った。

 胸が大きかったら、更に良く似合っていただろうと残念にも思った。

 アリスは上からマントを着た。

 流石にこのボディスーツだけで外に出る勇気は無かった。

 新調した服には似合わない地味な皮の靴を履き、アリスは部屋の外に出た。

 通路を進み、酒場に降りた。


「おはよう、アリス」

「おはようございます」


 ラドと挨拶を交わす。

 酒場には良い匂いが漂っている。

 アリスは目を輝かせる。

 この匂いには覚えがあった。

 一昨日、森に行く前に貰った弁当と同じだった。


「良い香りですね」


 アリスは厨房を凝視しながら言った。

 ラドは苦笑して、恭しく手で席に着く様に促す。

 手間のかかるお姫様を世話する執事の様な雰囲気がある。

 ここは人気がない酒場だけど、中々にそれっぽい動きだった。

 ラドの多芸さに舌を巻きながら、アリスは促されるまま椅子に座った。


「腹減ってるだろうと思ってな。今日は青牡牛のステーキだ」

「わぁお!」


 アリスの冷めた部分の思考が思う。

 朝からステーキかと。

 飢え切った今なら食べれるだろうけど、現実ならば辛い料理だ。

 しかし目の輝きは強くなり、喜びが大きくなっている。

 既にアリスの手にはナイフとフォークが握られていた。

 食前の挨拶を口に出すと、アリスはすぐにステーキを食べ始めた。

 ふっくらとしたバターロール、濃厚な旨味が溢れ出るステーキ、新鮮な野菜のサラダ。

 一般的な女性が食べるには量があるその全ての料理を、アリスは美味しそうに食べ尽くした。


「余程腹減ってたんだなぁ」


 ラドは驚きの声で呟いた。

 実に良い食いっぷりだ。

 皿を空にしたアリスは満面の笑みで両手を合わせる。


「ご馳走様でした」


 嘘のように空腹感が消えて、アリスは息を吐いた。

 食べ過ぎたらしい。

 それもすぐに治るだろうとアリスは考えると、テーブルに肘をついて、ぼんやりとしながら時間を過ごした。

 素早く食器を片したラドが酒場の定位置に戻って来るのが、アリスの目の端に映った。


「今日の冒険者稼業は休みかい?」


 ラドは何気ない感じで聞いた。

 それも良いなとアリスは思った。

 ゲームの世界でも、稀には何もせず、ただ休むだけの日があっても良い。

 だけどアリスは首を横に振る。

 既に予定は立てられていた。


「今日は少しだけゴブリンの森に行くつもりです」


 アリスは大型ゴブリンとの再戦を考えていたのである。

 レベルが3になって、最初の頃よりも強くなったはずだ。

 保有しているスキルの全てが攻撃寄りの効果なのだから、攻撃力に関してだけなら、アリスはかなりの自信を持つ。


「そうか。アリスは見た目に反して実力が高いみたいだけど、それでも気を付けるんだぞ」


 アリスは頷いて返した。

 防御力にはあまり大きな変化がないはずだから、油断など出来る訳もない。


「では、そろそろ行ってきます」

「おう。気を付けてな」


 満腹による苦しさもなくなって、アリスは席を立つ。

 リベンジに燃えながら、アリスは再びゴブリンの森を目指した。

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