表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/66

43

 視線を感じた。

 祈る前から何となく気付いていたが、祈り終えるとその感覚が強まった。

 勘違いではないだろう。

 途切れる事がないはっきりとした視線は、間違いなく誰かに見られている事を示している。

 アリスは眉を顰めた。

 辺りを見渡しても、視線の主は見当たらない。

 視線が来ている方向までは確かに分かるのだが、そこには誰もいない。

 目を凝らしてもそれは変わらず、アリスは正体不明の視線を真正面から受け止めた。


「魔法か?」


 アリスはぽつりと呟く。

 それ以外には考えられなかった。

 姿を消しているのか。

 しかしそれにしては風で舞い上がった土埃が遮られる事なく流れている。

 もしかしたら別の離れた場所から自分を覗き見ているのかもしれないとアリスは考える。

 だけどテレビの様に遠くの光景を見られるのだとしたら、それは高位の実力者の仕業である。

 そんな便利な魔法が簡単に使えるのならば、もっと話題になっているはずだ。

 でもこの考えにも穴がある。

 アリスは自分を観察してくる程の実力者に心当たりはなかった。

 困り顔で頭を掻く。

 どんな方法を使っているにしても、視線の主が何を思って自分を観察しているのか、アリスには理解が及ばない。

 とりあえず害はなさそうではあるし、放置している事にしよう。

 気持ち悪いけど、対処する手段が何もないのだから、どうしようもない。

 アリスは少し悩んだ末に、色々と考えるのが面倒になり、このまま宿屋に戻る事にした。

 宿屋に着くまでに観察が中断されれば良いなと淡い期待を抱きながら、広場に背を向けて歩き出した。


「あれ?」


 アリスは思わず声を上げる。

 てっきり着いてくる物だと思っていた視線は、予想に反してすぐに消えた。

 振り返っても、やはりさっきまでの視線を感じられない。

 穴が空くかと思うほど見続けられていたのに、やけにあっさりと無くなった。

 本当に意味が分からない。

 着いて来ないのには助かるけど、無駄に振り回された気がして、アリスは腹立たしさも感じた。


「まあ良い」


 謎の視線は消えた。

 それは好都合である。

 アリスは今の内に宿に戻る事にした。

 見知らぬ何者かが宿まで着いて来ないと分かっただけ気が楽だ。

 薄暗く複雑な道を念の為に素早く駆け抜けて、アリスは1日振りに宿に帰った。


「おっと、アリスか。おかえり」

「ただいまです」


 いつも通りカウンターに立つラドがアリスを迎えた。

 やはり客は誰もいない。

 これで果たして商売になっているのか、見る度に疑問に思う。

 アリスは心配して質問した。


「私が出掛けている間に他のお客さんは来た?」

「いいや。相変わらず静かなもんさ」


 ラドは肩を竦めて言った。

 それを不味いと思っている様子もなく、どこまでも気楽な調子だ。

 呆れた様子のアリスに、ラドは笑いながら更に言葉を重ねる。


「そもそもの話、こんな目立たない場所にある宿屋に来る物好きなんて滅多に居ないぞ。名前も変わっているから、知ってても敬遠されているだろうし」

「……そりゃそうだね」


 複雑に思いながらアリスは頷く。

 ラドの言う事は最もだが、それだと自分が物好きになってしまう。

 それは違うとアリスは首を振る。

 自分から聞いて勧められた手前、別の宿に泊まるのは失礼だと思ったので、アリスはここに泊まったのだ。

 じゃなきゃ狂った鼠亭なんて、明らかにイメージが悪い名前の宿に泊まろうとは思わない。

 だって怖いし。

 アリスは初めてこの宿に来た時を思い出した。

 恐る恐る扉を開けたのは、アリスの記憶に強く残っていた。

 どんな恐ろしい場所なのかと勘繰った様な気もする。

 結果的には、宿の主人は善良で質も凄く高い、優良宿屋だった訳だが。


「そう言や、そろそろ昼だな」


 ラドの呟きを優れた兎耳はしっかりと聞き取った。

 アリスはパネルを開く。

 時間を確認すれば、ラドの言う通りお昼時になっていた。

 街に着いてから、アリスが考えていたよりも時間が経っていたらしい。

 どこでそんなに時間を潰したのかと驚いて、アリスは瞬きをした。


「昼飯は食べたか?」


 ラドの問いに首を振る。

 そんな時間はなく、勿論食べていない。

 それにしては空腹を感じていない。

 アリスは首を傾げる。

 もしかしたらお腹の減り方は一定ではないのかもしれない。

 ゲームなのに無駄に細かい所に拘っているなと呆れる。


「なら用意しようか?」

「いいえ。要りません」


 アリスはまた首を横に振った。

 空腹を感じていないのも理由の1つだったが、何よりもアリスはお風呂に入りたいと思っていた。

 昨日は野宿だったから、そんな贅沢な物はなかった。

 それに不快感があって、アリスは今すぐに体を洗いたい。

 空腹の仕方には拘るのに、体の汚れは再現していないみたいだけど。

 アリスはどうでも良い事を考えた。


「今日はお風呂に入って、体を休める事にします。寝ていると思うので、夕ご飯も食べれないと思います」

「そうか、分かった。冒険者は体が資本だ。しっかり休むんだぞ」


 アリスは頷いた。

 そのまま地下の浴場に向かおうとした。

 しかしすぐに足を止める。

 そう言えばと口にした。

 お風呂で思い出した事があったのだ。


「ラドさん。バスローブみたいなのってどこかで売っていますかね?」


 アリスはお風呂から上がった後に着る服を持っていなかった。

 身体を洗った後に外着を着るのは、何となく抵抗がある。

 だからそろそろ用意しようと思って、ラドに聞いてみたのだ。

 どこかで安く売っているのを知っていたらラッキー程度の考えで。


「ああ、それならここにあるぞ」

「えっ、あるんだ!」


 ラドはそう言ってカウンターの下から大きな木箱を取り出した。

 蓋を取ると白いバスローブが幾つも折り畳まれている。

 新品の様だ。

 アリスは呆気に取られた。

 まさかこの宿に置いてあるとは思わなかったのだ。


「売り物なんだけどな。だけどアリスは何日も泊まってくれるし、金は取らん。好きなだけ持って行ってくれ」

「いやいやいや。ちゃんと払うから」


 ラドのサービス精神とアリスの謙虚な心がぶつかり合う。

 幾つかの言葉の応酬の後、アリスはバスローブを本来の売値の半額で買った。

 互いの妥協点がそこだったのだ。

 商人なら商人らしく利益を考えろ。

 言い争いに疲れたアリスは普通とは真逆の事を毒突いた。


(無駄に体力使った気がするぞ)


 欲しい物は手に入ったけど、アリスの気力は大きく削がれた。

 こうなれば一刻も早く寝てしまおう。

 それで旅の疲れと心の疲れを一片に取り除くのだ。

 アリスは下に続く階段を2段飛ばしに駆け下りて、脱衣所に入って行った。

 出て来たのは、それから1時間ばかし経った頃だった。


(あー、さっぱりした)


 普段よりも早く出たんじゃないかなとアリスは思った。

 もう少しゆっくりしていても良かった気がする。

 入り直したりはしないけど。

 さっき手に入れたばかりの白いバスローブに身を包み、アリスは覚束ない足取りで部屋に向かう。

 来た時は瞬く間に下りてきた階段を、倍の時間を掛けて上がって行く。

 慣れない服を着ていて歩き辛い。

 アリスは正しくそんな状態だった。

 肌蹴ない様に手で押さえながら、小さな歩幅で進む。

 下着が見えない様に気を付けながら、アリスは何とか無事に自分の部屋に辿り着いた。

 部屋に入って鍵を掛け、アリスはバスローブ姿のままベッドに寝転がる。

 すぐに睡魔はやって来た。

 まだ日は高いけど、稀にはこんな日があっても良いじゃないか。

 誰にでもなく心の中で言いながら、アリスは掛け布団の中に体をねじ込む。

 カーテンの隙間からは日の光が射し込んでいる。

 それを虚ろに眺めつつ、ゆっくりと瞼を閉じた。

 遠くに聞こえる昼の賑わいが心地良い子守唄となって、アリスを眠りの世界に誘い込んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ