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「それじゃ、依頼で指定されたアイテムと冒険者カード、後は依頼書の写しを出して下さい」


 事務的な口調でテレリは言った。

 そう言えばそんな事を依頼を受けた時に言われた気がする。

 アリスは既にあやふやな一昨日の記憶を薄っすらと思い出した。

 まあ今回は忘れていても何もな問題はなかった。

 どれもインベントリに入れてあって、ここで取り出す事が出来るからだ。

 パネルを弄り、まずは薬草を出す。

 赤と青と黄と緑。

 どの薬草もしっかり10本ずつだ。


「おや。これは中々良い品質。採取の仕方も丁寧です。これなら依頼人も大喜びするんじゃないかしら」

「あら。それは良かった」


 褒め言葉にアリスははにかむ。

 テレリはエルメダと違って素直に言うから、褒められた事の嬉しさは大きい。

 感情に引き摺られて忙しなく揺れる兎耳を、慌ててアリスは手で押さえる。

 獣人が素晴らしい種族であるのはアリスにとって疑う余地もない事だ。

 しかし感情がすぐ耳や尻尾に出てしまうのだけは考え物だ。

 そうして気付いたのは、テレリが向ける温かい眼差し。

 アリスは赤面し、顔を俯かせた。

 ゆっくりと耳から手を離したが耳はさっきの様に愉快に揺れる事はなく、羞恥心から力無く萎れていた。

 震える手で冒険者カードと依頼書写しをカウンターに置く。

 油断と判断ミスを重ねて、情けない姿を見られたのが、アリスには耐え難い程に恥ずかしかった。


「はい。では一応アイテムの鑑定などを行います。すぐに終わるから、少しだけ待っていてね」

「はい」


 まだ頬を赤くしたまま頷いた。

 テレリは依頼書とその写しを読み比べた後で、薬草を調べ始めた。

 素早い作業ではあるが、数が多いから時間が掛かりそうだ。

 アリスは恥ずかしさから気を逸らす為、システムパネルを弄り出す。

 特に何をする訳でもなく、インベントリを眺めたり、ステータスを見たりする。

 そう言えば、そろそろレベルが上がる頃だろう。

 イベントが連続していたし、もしかしたらこの依頼を達成すれば、その時に上がるかもしれない。

 アリスは予定を付け加えた。

 レベルが上がったら女神像でお祈りしてこよう。

 どんなスキルが手に入るか、今から楽しみだ。


「アリスさん。お待たせしました」


 テレリの言葉が思考に埋もれていたアリスを引っ張り戻した。

 カウンターの上にあった薬草の束や依頼書は片付けられ、冒険者カードと銀貨が8枚ほど置かれている。


「思ったより早いですね」

「そうかしら?いえ、平均よりは早いかもしれないわね」


 エルメダは指で眼鏡を突いた。

 それが他より早いと言えるだけの秘密らしい。

 前にも来た時も掛けていた記憶がある。

 他に使っている人を見ないので、もしかしたらテレリが冒険者の時代に手に入れた物なのかもしれない。

 今自分が装備している腕輪の様に、レアドロップなのかなとアリスは思った。


「依頼の達成を確認しました。これは報酬の800イェンです。アリスさんの冒険者カードもお返しします」


 テレリに言われるがままに銀貨とカードを受け取った。

 それらはインベントリにしまって、保管しておく。

 用事も済んで、アリスは礼を言って立ち去ろうとした。

 するとテレリが待ってと言ってアリスを呼び止める。


「アリスさん。実は最近この周辺で不思議な事が起こっているんです」


 不思議そうにテレリを見つめた。

 世間話だろうか。

 アリスは自分で考えていながら、それはないと思った。

 ではイベントだろう。

 何のイベントか、さっぱり見当が付かないのだけど。


「ふむ。何でしょうか」


 結局、答えは分からない。

 なので詳しい話を聞き出す事にした。

 理知的な雰囲気を装って、真面目な顔をしている。

 実に似合わない。

 外見は良いから様にはなっているのだけど、人柄を知る者が見れば大きな違和感に襲われるだろう。

 もしかしたら無理をしていると思われるかもしれない。

 だけどアリスはそうは思っておらず、頼り甲斐のある冒険者としての自分の姿を妄想していた。


「この街の周辺で、変な魔物が多数目撃されているの。新しい種族なのかは現時点では不明だけど、この辺りで頻繁に発見されるのは不自然だわ」

「……なるほど」


 テレリの言った事は、アリスにも心当たりがあった。

 精霊が住む湖にいた毒沼鯰。

 アレはエルメダに変だと言われていた。あの魔物が変化したのは、黒い加護が原因だったはずだ。

 もし黒い加護を授かった魔物が現れているだとしたら、考えていたよりも事態は深刻かもしれない。

 アリスは気を引き締める。


「その魔物って巨大だったりします?」


 アリスが確認の為に聞けば、テレリは曖昧な答えを返した。

 詳しく聞いてみる。


「巨大なのも確認されています。でもそれだけではなくて、色が違ってたり、体の特定の部位が増えていたり、定まった変化ではないの」

「そうですか」


 さて、これはどうした物か。

 アリスは眉を顰める。

 黒い加護についての知識は少ない。

 だからその魔物についても断言出来るだけの根拠はない。

 でも、一応言っておいた方が良いよね。

 アリスはそう考えた。


「私も薬草の森の湖で、そんな感じの魔物に会いましたよ」

「そうなの!?」


 テレリは驚いて声を大きくした。

 アリスは頷き、詳しい説明をする。

 ただし水の精霊と黒い加護についての事だけは隠しておいた。

 話せば何だか面倒になる予感がある。

 具体的には女神教の信者に絡まれそうな気がした。

 直接会った事はないけど、情報サイトでの噂は散々な物だったから。


「なるほどねぇ。巨大化した毒沼鯰ですか」


 テレリは説明した内容をメモして、難しそうに唸った。

 何を考えているのか、アリスからはさっぱり分からない。

 でも警戒だけはする事にしよう。

 魔物の異常は広範囲で発生しているみたいだから、このイベントは大きなイベントである可能性が高い。

 アリスは不安と期待に鼓動を早めて、拳を固く握った。


「アリスさん。気を付けて下さいね。女神教の動きが慌ただしいので、きっと只事ではありません」

「ええ。分かっています」


 アリスは力強く頷いた。

 今の自分は瀕死の巨大毒沼鯰を倒せない程度の実力しかないのだから。

 でもきっと黒い加護持ちの魔物を見つけたなら、躊躇なく挑みに行くんだろう。

 自分の性格を考えると、それはどうにも間違いなさそうだ。

 アリスは苦い笑みを浮かべた。


(本格的にイベントが始まる前に、レベルを上げとかないとな)


 戦力強化は必須である。

 アリスはレベリングを決意する。

 経験値稼ぎに最も効率が良いのは大小問わずイベントである。

 次が依頼で、最も効率が悪いのは魔物狩りらしい。

 因みに一番簡単なのは魔物狩りだ。

 だからレベルを上げる為に必要な経験値が少ない最初の頃は、それをするだけで良い。

 でも少し経てば、魔物を狩るだけでは碌にレベルが上がらなくなる。

 そうすると依頼やイベントで上げる方が現実的なのだとか。

 アリスは記憶にあった不確かな知識を信じて、しばらく依頼漬けの生活を送る事を決めた。

 テレリと別れて、ステータスを開く。

 残念ながらレベルは上がっていない。

 軽い溜息を吐いて、パネルを閉じた。


「あ!」


 その時、運良く見つけたのは、小さな少女の姿だった。

 言わずもがなその少女とは、精霊の薬を探しているベルの事である。

 アリスはそこに駆け寄った。

 今度こそレベルが上がるかもしれない。


「おはよう、ベル。今日もここに居るんだね」


 後ろから声を掛けると、ベルは飛び上がって驚いた。

 ベルは振り返って、目を丸くする。


「わあ。アリスだ! おはよう。この前ぶりね」


 目を細めて笑って、元気な声の挨拶だ。

 アリスも微笑みながらしゃがみ、目の高さを合わせた。


「お薬は見つかった?」


 やはりその事が気になったのだろう。

 期待に目を輝かせてベルが聞いて来た。

 勿論だと頷いて、インベントリから小瓶を渡す。

 青い液体で満たされたそれを、ベルは恐る恐る受け取った。


「これがね、ベル。君の探していた物だと思うけど。どうだろう、合ってる?」


 アリスの茶化した質問に、ベルはこくこくと何度も頷く。

 それはまるで大きな衝撃に驚き過ぎて呆然とした様子だ。

 アリスは目を瞬かせる。

 予想外の反応であった。

 精霊の薬だと言われてこの瓶を受け取っても、アリスは確実に疑う。

 しかしベルはこれが精霊の薬であると確信しているかの様だ。


「本物だと分かるのか?」

「当然よ!」


 ベルは叫びに近い声色で言った。

 驚きが消えないのか、小瓶を持つ手は震えている。

 怯えているのかと思うくらい、ベルは動揺していた。


「私たちには分かるの。ここまでワーワーしてるんだから、分かる人はとっても多いはずだわ」

「あはは。そうなのか」


 アリスは笑って誤魔化した。

 残念ながら意味は分からなかった。

 でもベルの目当ての物だった様で、アリスは安心する。

 これでこのイベントは達成だろう。


「なら、良し。それは君にあげる。大事に使うと良いさ」


 アリスは立ち上がった。

 子供を助けて気分が良く、このまま立ち去るつもりだった。


「アリス、待って!」


 しかしベルに呼び止められ、アリスは言われた通りに立ち止まる。

 振り向くとベルが手を差し出していた。


「報酬を渡してないわ。お金は持ってないけど、アリスには代わりに私の宝物を上げる」


 ベルの手に握られているのは虹色の光沢がある星型の首飾りの様だ。

 アリスは困った様に笑った。


「いや、受け取れないよ。それもベルが大事にしなさい」


 アリスは別に依頼を受けた訳ではない。

 ただ子供が困っていたから、助けようと思っただけだ。

 ベルの頼み事に関して言えば、報酬なんか望んでいないのである。

 寧ろ毒沼鯰の腕輪が手に入った時点で、満足していたりする。

 しかしアリスの思いとは裏腹に、ベルは決して譲らなかった。


「なら私もこの薬いらない!」

「えぇ……」


 そう言ってベルは精霊の薬を突き返してきた。


「病気を治したい人が居るんだろう?」

「むぅ。でも物を貰ったら、ホウビを上げなきゃいけないって教わったもの。そうしないと怒られちゃう」


 ベルはぶるりと震えた。

 誰に怒られるのかは知らないが、相当怖い人らしい。


「それにね。私はコレを持つのは貴女の方が良い気がするの。私が言うんだから間違い無いわ」


 ベルは落ち着いた声で言う。

 さっきまで混じっていたはずの稚気が消え失せていた。

 アリスはベルの目を見て息を飲む。

 精霊の目を覗き込んだ時の様な底知れなさを感じた。


「……そうか。分かったよ」


 アリスは手を広げた。

 ベルがそこに星の首飾りを置く。


「ありがとう、ベル。大切にするよ」

「えへへ。毎日着けてね」


 ベルに垣間見た神聖さは、もう姿を消していた。

 精霊の薬を見破った事と言い、謎の神聖さと言い、ベルも只者ではない様だ。

 アリスは首飾りをボディスーツの上から掛けて、マントの下に隠した。

 予想外の儲け物を喜ぶとしよう。

 アリスは滑らかな星の表面を撫でた。

 軽いのに大理石の様な質感だ。

 インベントリで確認しても特に変わった効果はなかったはずだが、実は高価な物なのかもしれない。

 果たしてこれを貰って良かったのだろうか。

 それと予想通りレベルが上がっていた。

 女神像の広場に向かうとしよう。


(新しいスキルは何だろな)


 ベルと分かれると、アリスはすぐに広場に向かった。

 女神像に祈りを捧げて、アリスは再び幻想の時間を味わう。

 今度はより強く神聖なる存在を感じた。

 やはり体は力に満たされ、全ての疲れが癒えた様に思えた。

 アリスはステータス画面から、新たなスキルを確認する。

 スキル名は<浸透勁>。

 攻撃が相手の防御を貫通する様になるらしい。

 又しても攻撃強化だ。

 そろそろ防御も強化して欲しいと、アリスは切実に思った。

名前:アリス

種族:獣人/兎/女

レベル:3

<格闘術><怪力>

<浸透勁>

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