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昨日の夕飯と同じ串焼き肉が今日の朝食だった。
インベントリがあるのに、携帯する食事の種類はまるでない。
それにエルメダが不満を言ったが、出来るならアリスもしている。
資金不足は頭の痛い問題で、余裕が無い内は贅沢なんか夢の話だ。
薬草採取のクエストを達成すれば少しはマシになるはずだけど、それでも雀の涙程度である。
どうした物かなと、朝食を良く味わいながら思う。
それほど悩んでいなそうな、とても呑気な様子だ。
寝起きが騒がしかった反動か、のんびりと食事は進んでいた。
「アリス。貴女はこの後どうするの?」
串5本分の肉を綺麗に平らげたエルメダは和やかに聞いた。
朝の様な激怒した姿を知らなければ、とても優しい人に見えた事だろう。
命の危機に瀕していたアリスはそれに騙される事はなく、感心しながら柔和な顔を眺めた。
(今日、何をしようかな)
エルメダの質問に、アリスは取り敢えず自分の目的を思い出す。
まず優先されるのはベルの頼み事だ。
精霊から薬を貰ったから、早くこれを届けに行くべきだろう。
もしかしたら一刻を争う重病人がいるのかもしれないし。
少ししか焦っていなかったベルの様子を考えるに、その可能性は低いだろうとは思っているけど。
それに確証なんてないので、急ぐべきなのだろう。
もう1つ忘れてはいけないのが、薬草採取の依頼である。
これも既に集めてあるから、帰ればすぐにでも達成出来る。
受注時の期限は1週間だから、まだだいぶ余裕のある計算だ。
それでも達成し忘れるのを避ける為に、アリスは冒険者協会に行きたいと思っていた。
記憶力は決して良くないアリスだ。
忘れたまま期日が過ぎて、依頼が失敗になるのを恐れたのである。
「エルメダはどうするの?」
またアリスも、同じ様にエルメダの予定が気になっていた。
自分と一緒に街へと行ってくれるなら、帰り道もきっと楽しくなる。
良い宿だって紹介出来るから、エルメダがそうしてくれる事を期待していた。
「私はそうねぇ」
エルメダは悩んでいる様だった。
悩んでいるなら、着いて来て欲しい。
その想いを乗せた目でエルメダを見つめ続けた。
すぐに鬱陶しいと言われて、しょんぼりして、大人しく中断していた食事を再開する。
「私はもう少しだけこの森に居るとするわ。湖の事で気になる事があったから、それを調べてみようと思って」
「そっか」
その言葉に興味が惹かれる。
湖の何が気になったのか、知りたいと思う感情があった。
けれどアリスにもやらなければならない事があるのだ。
分かったと残念そうに言った。
(だけど余り長くは留まるつもりはなさそうだな)
アリスが見たのは木々の間だ。
そこはさっきまで繭みたいなテントがあった場所。
今は綺麗に片付けられていて、すっかり元の森の景観に戻っている。
テントを仕舞ったと言う事は、恐らくエルメダは今夜はここに泊まるつもりがないのだろう。
「そうだ!」
名案を思い付いて手を打つ。
残っていた肉を口に放り込み、パネルを操作し始めた。
アリスがインベントリから取り出したのは1枚の紙だった。
口に入った物を嚙み砕きながら、それをエルメダに手渡す。
「これは、地図?」
不思議そうな疑問の言葉に、アリスは頷く。
口の中の物を吞み込んで、その地図について話出す。
「それは今私泊まっている宿屋への地図なんだ。狂った鼠亭と言って、名前の割りに良い宿でね」
アリスは宿屋の良い所を言い並べる。
例えば大きな風呂がある事。
それだけでエルメダは興味深そうに聞き始めた。
宿の主人がお人好しな事。
料理が美味しい事。
サービスが厚く料金が安い事。
部屋が綺麗に手入れされている事。
主な通りや人気の酒場から離れていて静かな事。
分かりにくい場所にあるけど、これ以上の宿屋はないとアリスは思っている。
「なるほど。覚えておくわ」
アリスの紹介はエルメダの印象にも強く残ったらしい。
大切そうに地図をしまい、エルメダはそう言った。
もうアリスに宿屋の地図は必要ない。
何度も通った道だから、その地図がなくても宿に辿り着ける。
恐らくと言いたくなる程度に自信はないけど、いざとなればシステムパネルだって駆使出来る。
だからそれは、新しい客になるかもしれないエルメダが持っているべき物だ。
「宿があるのは聖堂都市だからね」
アリスは念を押す。
間違えて隣の街まで行かない様に。
実際に行った事はないが、2つの街は近い所にあったと記憶している。
近いとは言っても1日で往復出来る距離ではないので、間違ってしまうと戻って来るのに多くの労力が必要だ。
そうさせない為の善意を、エルメダは軽く適当に流した。
「それくらい分かってるわよ」
善意を無為にされたアリスだが、それで気を悪くする事はなかった。
エルメダが街に来る可能性が出来ただけで、アリスには満足だったからだ。
朝食を食べ終えると、2人は軽い挨拶と共に別れる。
アリスは街に、エルメダは湖の方向へと歩いて行った。
「道草をしなければ、意外と早く帰れるんだね」
街の南門を通り抜けながら、アリスはそんな事を呟いた。
森に行く時は青牡牛を狩りながら進んだ為に、走っていても時間を喰った。
それが遠因でエルメダとの出会いがあったと言っても過言ではないのだから、道草を一概に悪いとは言えないけど。
次どこかに向かう時は寄り道は控えようと決めたアリスだった。
(向かうべきは冒険者協会だね)
宿に帰る途中にあるし、遠回りしなくて済むから、すぐに用は終わるだろう。
これから依頼に向かうのか、武器を持った人たちとすれ違いながら、アリスは協会に辿り着く。
中に入ると朝っぱらから強い酒の臭いがしている。
酔い潰れた人がいるのは相変わらずだ。
掲示板の前には冒険者が居て、良い依頼を受けようと吟味している。
アリスがこうして見た限りだと、チームを組んでいる人が多い印象を受けた。
街の外は危険だし、魔物も決して弱くないから、それが安全だろう。
アリスもエルメダと一緒に行動していた時は、魔物を倒すのがとても楽だった。
(同じソロプレイヤーが居たら、チームを組んでみるのも良いかもなぁ)
不思議な事に他のプレイヤーの姿を見ないし、居ても誘うだけのコミュニケーション能力が圧倒的に足りないけど。
自嘲気味に考えながら、さっさと依頼を達成しようと思った。
受付に見知った顔を見つけた。
丁度良いとそこに向かった。
「おはようございます、テレリさん」
「あら、アリスさん。おはよう」
声を掛けるとテレリは書類作業を中断して顔を上げた。
作業を邪魔するのは申し訳ないけど、それは声を掛けてから初めて思い至った事だった。
悪いけど今回は我慢して貰おう。
「依頼の達成報告ですか?」
「えっ。あ、はい。そうです」
微笑みながらテレリが質問した。
それにアリスは驚いて、動揺しながら肯定する。
依頼を受けた時、テレリがその場にいなかった事を、アリスは覚えている。
聞いたのかと思うが、態々新米冒険者を話題に出すとは思えない。
なぜ知っているのか理由が分からず、アリスは仕方なく聞く事にした。
「どうして分かったんです?」
「えへへ。実は偶然なのよね」
テレリは恥ずかしそうに笑った。
その意味を考え、良く分からなかったアリスは首を傾げた。
「さっき書類を整理していたら、偶然貴女の名前を見つけたの」
「なるほど」
アリスはようやく理解を示した。
書類仕事も受付嬢の役目みたいだし、自分の依頼内容を知っていても何ら不思議ではない。
(でも、そうなると大変そうだ)
書類仕事。アイテム鑑定。接客。
まるで協会の業務を一手に引き受けている様に思える。
その激務を想像するだけで、アリスは自分には向かない仕事だと思った。
テレリはとても凄い人なんだなと尊敬の眼差し。
受付嬢がただ美人なだけでないと良く分かり、見る目を変えた。




