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 薄暗い森の中を少しの警戒と共に進んで行く。

 とは言え目に魔物や罠が映るなんて事はないから、耳の神経を研ぎ澄ませて、些細な音も聞き逃さない様にしている程度だ。

 人間の耳よりも幾分か高性能であるが、スキルの補助がないから効果も高が知れている。

 普通よりは少しマシ。

 結局の所その程度の力しかない。

 しかしアリスの歩みに淀みはなく、軽快に森を進んで行く。

 その理由は主に本人の油断であるが、勿論他にも原因はある。


「む!」


 硬質な何かを踏んだ感覚がした。

 それのすぐ後、背後で何かが射出された音が耳に届く。

 それが何か思い至る前には、アリスは既に横に跳び退いた。

 今まで自分がいた空間を貫いて飛んで行った矢を見送って、アリスはその顔に苦渋の表情を作った。


「また矢の罠だ。いい加減鬱陶しいなぁ」


 木に突き刺さった矢を睨みながら、愚痴が零れる。

 森に入ってからアリスは罠しか見ていない気がする。

 それ程までに罠の数が多かった。

 どれだけ仕掛けられているのかアリスには皆目見当がつかないが、歩く度に罠を踏む事を考えるに、相当数存在するはずだ。

 嫌な話だ。

 ゴブリンと戦いに来たのに、実際は罠の脅威にしか遭っていない。

 最もそれは避けられる程度の脅威でしかなく、それがアリスの軽い歩みに繋がっている訳だ。


(まあ緊張感はあるけどさ……)


 罠の種類は豊富で、そのどれもが対応を誤れば致命的なダメージを受けるから、退屈ではない。

 今避けた矢の罠や、頭上から岩が落ちてくる罠、底に鋭い杭が敷き詰められた落とし穴、足を砕くだろう大きさのベアトラップなど。

 しかしそれはアリスの望む楽しさではないし、今回の探索の目的にも添ってない。

 何度も言うがアリスは罠の回避練習ではなく、力試しをしに来たのだ。


(そろそろゴブリンと遭遇しても良い頃だと思うんだけど。全然見つからないな)


 辺りを見渡しても、視界に動く物は居ない。

 或いは居るのかもしれないが、罠と同じ様に今のアリスでは見破れない隠密力の高さなのだろうか。

 流石に一切戦闘をせずに帰る事にはならないだろうが、若干不安を感じずにはいられなかった。


「ううむ。どうしよう」


 アリスがこのままではダメなのではと疑問に思って、それが口に出た時だった。

 すぐ近くの草むらが、音を立てて揺れたのだ。

 咄嗟にそこを向く。

 普段なら気にしなかっただろうが、今の敵を望むアリスには、それが福音に聞こえた。

 足下に転がっていた石を、草むらに投げ付ける。

 石は真っ直ぐ飛んで行き、何かに当たって弾かれた。

 金属を引っ掻いた様な不可解な音が短く響く。

 そのお陰で確信が深まった。

 この音は魔物特有の声であると、アリスは知っていたからだ。


「やっと戦闘か。長かった」


 奇襲が失敗したと悟ってか、草むらからゴブリンが這い出て来た。

 正面の揺れた草むらだけでなく、左右からも1体ずつ、合計で3体の集団である。

 アリスは少し緊張した面持ちで、そいつらを眺めた。

 集団戦の経験は多いとは言えない。

 それよりも差しの対決が得意だったから、そっちを主にやっていた。

 でもこのゲームではそうも言ってられないだろう。

 アリスは呼吸を整え、騒めく心を落ち着ける。

 そして単純に考える事にする。


(なあに。どれだけ敵が居ても、全部殴り倒せば私の勝ちだ)


 自然体に佇む。

 焦りは消え失せ、冷静さが戻った。

 アリスの目は正面のゴブリンを、耳で左右のゴブリンを、正確に把握する。

 常に位置を捉え、全ての行動を掌握し、一度の反撃も許さない。

 それが理想だ。

 上手くはいかないだろうが、しかしそれは試さない理由にならない。

 単体相手なら余裕で勝てた。

 ならば集団が相手でも同じ様に勝ってやろう。

 口元に凶悪な笑みを浮かべて、アリスは真正面のゴブリンに向かい疾走した。


(まずはお前を倒す!)


 ゴブリンの口から驚愕の声が漏れ、同時にアリスの跳び蹴りがその腹部にめり込んだ。

 肉を叩く重い音が森に響き、強力な一撃を受けたゴブリンは背後に聳える木に激突した。

 力無く地面に落ちるゴブリンだが、アリスはそいつがまだ生きている事を見逃さなかった。

 それ故に即座に無慈悲な追撃を行う。

 へたり込むゴブリンの俯向く頭部に狙いを定め、再びアリスは全力の蹴りを放った。

 肉と骨が砕けた音を残して、ゴブリンの体が消失した。

 ドロップアイテムを示す光の玉が落ちたが、一先ずそれは無視して、呆然と立ち尽くす2体のゴブリンに向き直る。

 そこで漸く事態を把握し、ゴブリンたちは慌てた様子で武器を構えた。

 それを眺めながら、アリスの冷静な部分が思う。


(これなら楽に勝てそうだ)


 2体のゴブリンは同時に走り出した。

 当然の判断である。

 恐らく最初も自分を挟み討ちにしようと別れて隠れていたのだろうとアリスは思っている。

 自分よりも強い存在に挑むなら束になるのも手段の1つだ。

 しかしアリスにとって、それの対処は簡単だった。


(複数で戦うのが怖いなら、各個撃破すればいい)


 アリスは片方のゴブリンに狙いを定めて駆ける。

 近くまで寄ると、ゴブリンはナイフを構えて突進して来た。

 それが何ともお粗末な動きで、アリスは足を引っ掛け、楽にゴブリンを地面に転がした。

 横から頭に蹴りを入れ、首の骨を粉砕する。

 あらぬ方向に頭が曲がったゴブリンはそのまま消失した。


(残りは1体)


 逃げる気は無いみたいだから、油断せずに戦おう。

 体格の違いによるリーチ差を活かした立ち回りが良いだろう。

 そう決めて立ち止まり、ゴブリンの動きを注視する。

 停滞は一瞬だった。

 ゴブリンが動き出すと同時にアリスも行動を開始した。

 瞬く間に距離が詰まり、ゴブリンが間合いに入る直前、アリスは殴る態勢を取った。

 その時に予想外の事故が起きる。

 アリスは左肩に鋭い衝撃を感じた。


(な、何が……?)


 咄嗟にゴブリンから距離を取って、肩を確認する。

 そこで見たのは血に塗れた石の矢尻。

 後ろから矢が突き刺さっていたのだ。


(くそう、矢の罠か!)


 自覚した途端に激しい痛みに襲われる。

 浮かんだ涙を堪えて、アリスは息を整えた。

 ゴブリンは好機とばかりに醜悪な笑みを浮かべて、少しずつ近寄って来る。

 時間は無いらしい。

 アリスは仕方がないとすぐに心を決めて、背後から突き出た矢をへし折る。

 木製の矢軸は簡単に破壊出来た。

 後は簡単だ。

 アリスは歯を噛み締め、矢を一気に引き抜いた。


「づうぅ」


 激痛に声が漏れる。

 しかしアリスにそんな事を気にする余裕はない。

 震える手でインベントリを開く。

 取り出したのは、初期アイテムとして全プレイヤーに配布される肉体回復の魔法薬。

 瓶のコルクを外し、それを血が溢れる左肩に掛け流した。

 瞬く間に血が固まり、肉に変わり、皮膚で覆われる。

 グロテスクな光景にドン引きしつつ、その即効性に目を丸くした。

 怪我のあった場所に触れても、最早そこに痛みはない。

 もしかしたら実は高級な薬だったのかもしれない。

 それなら勿体無い事をしたかなと思って、こんな最序盤に使ってしまった事を少しだけ後悔した。


(あんなに痛くなければ使わなかったんだけどなあ。リアルに設定し過ぎだよ)


 少し呆れた気分になったがすぐに心を切り替えて、アリスはゴブリンに視線を向けた。

 ゴブリンはさっきまで浮かべていた余裕の笑みを消し、目を見開いていた。

 きっと驚いているのだろう。

 致命的な重症が完全に回復してしまったのだから、その感情に不思議はない。

 アリスは深く納得した。

 そして小さく微笑む。


(まるで隙だらけだ)


 今度は足元にも気を付け、ゴブリンに接近する。

 思い切り顔を殴りつけた。

 吹き飛んだゴブリンは、他の2体と同じように消失する。

 周囲の地面には3つドロップアイテムが落ちているのみ。

 若干の疲れを感じつつ、アリスはそれらを回収した。

 ゴブリンのナイフと牙、それに腰巻きが手に入ったアイテムだ。


(あ、ゴミかな?)


 とても失礼な事を考えながら、アリスは再び探索に戻る。

 もう少し戦闘したかったからだ。

 まだ日は高い。

 夕暮れ時になったら帰る事にしよう。

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