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アリスとエルメダは話し合いの結果、拠点を共にする事を決めた。
単独で夜を明かすよりも安全だとアリスが言って、それにエルメダが同意を示したのだ。
街の外での夜の活動は、アリスにとって初めてである。
だから心強い同伴者の存在が有り難い。
アリスは仲間を得られた事に安堵を示し、それを見たエルメダは小心さを馬鹿にした。
皮肉を言った時の満更でもなさそうな表情をアリスは見逃さなかったから、愉快な笑いを返す。
その笑みをエルメダが解釈したのかはアリスに分かる訳がない。
だからエルメダが抱いている気持ちは予想するしかないのだ。
けれど僅かに赤くなった頬を膨らませながら視線を逸らす姿を見るに、決して悪くは思われていないのだろう。
それが堪らなく嬉しくて、アリスは照れたように頬を掻く。
調子に乗るなと人差し指で額を弾かれ、すぐに涙目になったのだが。
「やっぱりここら辺が良いよね」
アリスは周りを見渡した。
ここは森の中だから周囲には木が立ち並んでいる。
天を覆う程の深緑の葉は夕暮れ時の赤い日差しを遮って、地面に暗い影を落としている。
でもここが良いなとアリスは思った。
ある程度の広さがあって、森の外から湖へと通り道からも離れていない。
それに行きでエルメダが休んでいた木があった場所にも近いから、安心感がある。
なぜなら木の上とは言え、エルメダが休憩地点に選んだのだ。
魔物の心配は他よりも少ないに違いないとアリスは睨んでいる。
「まあまあね」
エルメダの反応も悪くなかった。
良いとは言われていないが、罵倒が飛んで来ない分きっと良い判断なのだ。
自分の考えが間違っていない事をアリスは自慢気な顔をした。
ただ最終的な判断をしたのはエルメダだし、そのエルメダは木の幹に手を触れていて、アリスの方を向いていない。
タイミングが悪かったか。
なぜかアリスは反省しながら、粛々と野営の準備を始めようと思った。
「火、起こした方が良いよね?」
アリスはエルメダに聞いた。
光石ランプと言う光源はあるが、それとは別に火もあった方が安心出来る。
獣は火を恐るとどっかで聞いた気がする知識をアリスは信じているからだ。
エルメダは振り向いて、呆れた様な目をアリスに向けた。
「当たり前じゃない。火を起こさないでご飯どうするのよ」
「ああ、それもあったねぇ。忘れてた」
エルメダの当然の答えに、アリスは呑気に頷いた。
溜息が聞こえた気もしたが、アリスは何も聞かなかった事にする。
寧ろゲームをしていて夕ご飯を忘れるなんて良くある事だと開き直って、そして不敵な笑みを浮かべた。
本来なら獣の魔物を探して狩って、落とした肉を食事にするのだろう。
アリスは思う。
そんな事をしている時間はないと。
今でさえ視界は薄暗く、そろそろランプが必要だと思い始めている所だ。
薪集めと並行して食料集めをする余裕はないと言って良いだろう。
しかしアリスは自分に抜かりがない事を知っていたから、それはもう自慢気にエルメダを見た。
「どうしたのかしら。ただでさえ馬鹿っぽい顔がとても悪化しているわよ」
「酷い!」
アリスは余りの言い草に突っ込みを入れた。
ドヤ顔を消して、膨れっ面を晒している。
エルメダは笑いながら、軽い調子で適当に謝った。
しかし謝られたも低く唸るアリスは、実に不満そうである。
「それでどうしたのよ?」
エルメダは重ねて聞いた。
茶化しても気にはなっていたのである。
夜の時間が迫っているのに、アリスはどこまでも呑気な様子だ。
それが不思議だった。
「ご飯の心配は要らないと言う話をしようとしたんだよ」
今の暴言に対して言いたい事を我慢し、アリスは答えた。
例えエルメダには呑気に見えても、アリスだって少しは焦っているのだ。
半眼でエルメダを見つつ、インベントリから食料を取り出した。
「平原兎の肉かしら。たった今調理されたみたいに香ばしい匂いがするわ」
エルメダは森に漂った焼肉の香りに、僅かながら驚きの顔を浮かべた。
それがアリスに優越感を抱かせて、不機嫌が吹き飛び気分が良くなる。
エルメダはそれを気にせず、どうして出来立ての料理があるのか考えて、納得して頷いた。
「そう。アリス、貴女はインベントリ持ちなのね。通りで薬が見当たらないと思った」
「ふふふ。ばれたか」
アリスは自慢を隠し切れていない態度でそう言った。
エルメダは大いに呆れる。
「ばれたかって、これでもかってくらい自慢したでしょうに。隠す気がまるでないじゃない」
「だって珍しいって話じゃんか」
エルメダが脱力し肩を落として言えば、アリスは悪怯れずに言い返した。
それが気に障ったのかエルメダは、能面の様に表情を消し去り、絶対零度の冷たい目でアリスを見つめる。
下らない事を言ってる暇があるなら、早く野営の準備をしろ。
まるでそう言ってるみたいでアリスは慌てて何度も頷いた。
何故かは知らないけど凄く脅されている気分になった。
「で、では!木の枝集めてくる!」
これ以上エルメダの機嫌を損ねる前に、アリスは駆け出した。
慌てふためく脱兎の様な後ろ姿を、エルメダは無表情を緩めて見送る。
腹立たしく騒々しい娘だと思いながら、その顔には優しい笑みが浮かんでいた。
後ろを振り返る余裕などないアリスは、そんな事にはまるで気付かなかったのだけど。
「集めて来るとは言ったけどなぁ」
地面を見渡しながら眉を顰める。
アリスに火起こしの知識はまるで無く、何を集めたら良いのか分からない。
燃えやすそうな乾いた木の枝や落ち葉を適当にインベントリへ突っ込んでいるけど、果たしてこれで良いのだろうか。
不安そうに頭を掻く。
「仕方ないか」
間違いがあったら大人しくエルメダの嫌味を受ける事にしよう。
アリスは足掻きを止めて、拠点へと足を向けて歩き出した。
十分そうな量は集めたはずだから、もしかしたら嫌味の量も減ると淡い期待を持ちながら。
アリスは拠点へと辿り着き、木の陰からちょこんと顔を覗かせた。
「あれぇ?」
そのまま目を丸くして、間抜けな疑問の声を上げた。
振り向いたエルメダは奇妙な姿勢をしているアリスに怪訝な目を向けた。
「何してるのよ?」
「それ、テント?」
アリスはエルメダの質問には答えず、逆に聞いた。
エルメダはアリスの視線を追って、目を引かれている物を見て、頷いた。
「見れば分かるでしょう。その通りよ」
「そうだね。確かに見たら分かる」
アリスはエルメダの言う通りだと思う。
しかしアリスが気になっているのはそこ正体ではない。
問題はそこでは無かった。
「テントが何で浮いてるんだ」
アリスは宙に浮いたテントを指差して言った。
エルメダはなるほどと頷く。
「木を支えにして糸で吊っているのよ。まだ仮留めって所だから、糸は見えないかもしれないけど」
「いや、そうじゃなくて」
アリスは首を振った。
そもエルメダがアラクネである事を考えれば、テントが何で浮かせているのかは大体予想が付くのだ。
だからアリスが聞きたかったのは方法ではない。
「どうして吊ってるのさ?」
「ああ、そっちの事ね」
エルメダは分かり難いと不満を言った。
そんな事を言われてもアリスは困る。
呆然としているアリスに、テントを浮かせた理由をエルメダは教えた。
「だって地面に寝ると服が汚れちゃうでしょう?」
「えぇ……」
それだけの為に面倒な仕掛けをしているのかよ。
呆然としてアリスは言葉を失った。
何だか思ったよりも下らない理由だ。
それを何も変だとは思っていない様子のエルメダを見ていると、お手上げだとアリスは悟る。
「薪、適当に集めたけど良いよね?」
エルメダから目を逸らして、アリスは焚き火を設置する場所を見繕う。
その際に出た問いには、エルメダから簡潔な回答があった。
「燃えれば何でも良いわよ」
「そりゃそうだ」
アリスは落ち葉を足で散らして土を露出させた。
そこに毒沼鯰と戦った時に拾い、余っていた拳大の石を円形に並べる。
あやふやな記憶を頼りにして、葉を敷き薪を組む。
「あ、マッチがない」
阿呆な事を吐かして、アリスは慌てた。
火の起こし方など知らない。
火打石などの道具は知っていても、それを正しく扱える知識は、アリスにとっては本の中だけの物だ。
魔法も使えないから、ファンタジーならではの方法は取れない。
「火ってどう起こせば良いの?」
分からない事は人に聞こう。
アリスは考えるのをさっさと諦め、エルメダに尋ねた。
エルメダは組まれた薪を見る。
「仕方のない娘ねぇ」
エルメダは手を伸ばした。
指が薪に向いている。
首を傾げるアリスを無視して、エルメダは指を鳴らした。
その瞬間に生じた閃光が空を切る。
エルメダの指先から発射された様に見えたそれは細長い軌跡を残し、薪に続いている。
すると何かが弾ける音と共に、薪から火の手が上がった。
「ええっ!?」
アリスは驚愕に声を零した。
無事に火が灯った事を確認し、エルメダは再びテント作りの作業に戻る。
アリスは焚き火とエルメダを交互に見比べて、ぽつりと呟いた。
「……魔法か?」
「いいえ。ただの手品よ」
疑問の形で呟かれた言葉に、エルメダは何でもない事の様に返した。
手品にしては魔法みたいに見えた。
実際に見るのは初めてだけど、ゲームの紹介動画では何度も目にしている。
だから今エルメダのした事が射撃系魔法に似ていると、アリスはすぐに気付けたのである。
「火の魔法まで使えるなんてね。糸だけだと思ってた」
「だから手品だと言ってるでしょうに。話を聞きなさいよ」
噛み合わない会話は無駄に弾む。
アリスはエルメダと頭の悪い話をしながら作業を続けた。
日も完全に落ちる頃、野営の準備は完全に整った。
アリスはその辺で拾った石を椅子代わりにして座りながら、8本足で立ちながら食事をするエルメダを見上げる。
疲れないのかな。
そうは思っても、きっと余計なお世話なのだろう。
変てこなエルメダに呆れながら、アリスは温かい串焼き肉を口に運んだ。




