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エルメダと精霊は相変わらず犬猿の仲だったけど、それでも話は弾んだ。
アリスの戦闘方法、エルメダの趣味、精霊の魔法。
この短い時間では話題が尽きる事は全くなかった。
喧嘩腰な2人の態度に振り回された不憫な者も居た。
しかし何だかんだ言って楽しい時間だったとアリスは思う。
楽しい時間が過ぎるのはとても早いと言う通り、アリスが気付いた時には日は大きく傾いていて、空は赤く染まりつつあった。
不味いと慌て出す人族と、呑気に空を見上げる精霊の姿は対照的である。
「やばい。野宿の仕度してないよ!」
アリスの泣き言に、エルメダは嫌味を返す余裕もなく頷く。
苦々しい表情を浮かべているから、エルメダも同じ思いなのだろう。
「念の為に言っておくが、夜の湖に近付くのは人には危険だぞ」
精霊は親切心を働かせ忠告した。
アリスが理由を聞くと、精霊はこの湖の事を説明し出した。
「ここは力の溜まり場だからな」
力の溜まり場とは、星の力が溜まる特殊な場所の事だ。
それはこの泉の他にも、例えば溶岩が煮え滾る灼熱の火口だったり、天高く聳え立つ巨大な樹だったりする。
その多くがこの星にとって重要な地点だから、女神の作り出した守護者が護っていると精霊は言った。
「精霊が護っているのに危険なのか?」
その辺の設定についてはちっとも詳しくないアリスは、首を傾げながら尋ねた。
精霊は強大な存在だ。
それに目の前にいる女性は優しい。
だから魔物が出ても、護ってくれるんじゃないかと思ったのである。
「危険なのは魔物だけではない。力の溜まり場には強い思念が集まり易いのだ」
しかし精霊は言う。
アリスの勘違いを正す為に、丁寧な言い方をして、詳しく話す。
「夜に来る思念とは総じて負の念だ。それも多くが月の狂気に彩られ、魔性の力を宿している」
「なるほどー」
でも丁寧に語られても、アリスは後半の内容については理解不能だった。
詳細を聞く気にもなれない程に意味が分からず、アリスはいつものように知ったかぶりを行う。
まるで分かっていない不思議そうな顔のアリスを見て、精霊は説明が伝わっていない事を悟る。
「つまり死霊みたいな存在で溢れかえると言う話さ」
正確には違うが、大体の意味さえ通じれば良いと、似た存在を例に出す。
「ああ! 確かに。それは危ないね」
アリスはようやく納得して、物知り顔で大きく頷いた。
ポンコツ娘と野次が飛んで来たが、それは華麗にスルーした。
「でもそれって倒せないの?」
アリスは納得したのに、尚も気になる事があった様だ。
それを聞いた精霊は、難しい顔をする。
「倒せるか倒せないかで言えば、単体なら問題なく倒せるだろうよ」
含みのある言い方だった。
アリスも気付いたが、それよりも話の続きが気になった。
「しかし奴らは魔物ではない。寧ろ魔法の現象に似ている。だから倒した所で何も得る物はないのだ」
「ふむ。倒してもアイテムは手に入らないのか」
それでは倒す意味がないなとアリスは思った。
途端に戦う気が失せて、戦闘を避ける方向に心を切り替える。
「それに奴らは発生した時と同じ様に、日が昇れば自然に消滅する。夜限定でしか存在出来ないのだ」
「へぇー」
アリスは面白い事を聞いたと思った。
何かのイベントの匂いがする。
だけど今は死霊に対抗出来る手段が何もない。
所有スキルとアイテムの関係で、未だにアリスが出来るのは物理攻撃だけだ。
「それに最近では魔女が活動している様だ」
「魔女?」
それは魔法使いとは違うのかなとアリスは思う。
魔法使いとは魔法を使える者を示すと知っていたからだ。
だから精霊が魔女と限定した言い方をした事に違和感を覚えた。
「そう言う種族があるのよ。人間の様な姿をしていて、強力な魔法を操る、理性と知性を併せ持つ魔物らしいわ。個体数が少ないって言われているわね」
「ああ。魔物なんだ」
アリスは倒せるかなと考える。
そして魔法がメインの相手なら、近付ければ勝機がありそうだと結論を出した。
しかし近付くまでが難しそうだと思い、倒せる気はしない。
「それで魔女の活動って何?」
「力を蓄えている様だったな。何をするつもりなのかは知らないが」
「力って、星の力を?」
「ああ。そうだ」
「ふーん?」
アリスは不思議に思った。
賢いと言われているのに、何だか危ない事をしている様だったから。
星の力を蓄えるなんて、いつ精霊が排除に動くかも分からない。
余程切羽詰まった事態に陥っているのかな。
そんなアリスの疑問を読み取ったのか、精霊は説明を付け加えた。
「魔女本人が来ている訳ではないよ。その僕が来ているのさ」
「ああ、そうなんだ」
使い魔的な存在をアリスは想像する。
黒猫や鴉、鼠の姿しか思い浮かばない辺り、アリスは純真である。
「なるほど。オカルトね」
「ん?」
エルメダの口からファンタジーに似合わない言葉が聞こえた。
アリスの疑問の声に、エルメダはその意味を教えた。
「少し前から魔物ではない怪物が現れたって噂があったのよ」
「……それってもしかして幽霊?」
「はあ?」
恐る恐るといった感じでアリスが聞く。
オカルトで怪物と聞くと、他に思い当たらない。
しかしエルメダは何言ってるのよと言うような目でアリスを見た。
「幽霊は死霊系の魔物でしょう。それが出た位で噂になったりしないわよ」
「あ、そっか」
「そうよ。馬鹿ねぇ。私は魔女の僕の話をしてるのよ」
白く細長いエルメダの指が、アリスの額を軽く突いた。
思い切り馬鹿にされた感じがして、とても屈辱的だ。
しかしアリスに言わせれば、思い出せただけまだマシである。
アリスが口を尖らせて言った文句は、エルメダの時間の無駄だという言葉によって封殺された。
仕方なく、言いたい事を我慢して、アリスは話を戻した。
「面倒だけど、湖から離れた所に拠点を作らないとね」
「それが良いでしょうね」
アリスが呟くと、それにエルメダも賛同を示した。
それから幾つか言葉を交わし、野宿の拠点の候補を幾つか見繕った。
別れの雰囲気が漂い始めた空気の中で、アリスはようやく本題を切り出す。
「あの! 私、どんな病でも治せるって言う精霊の薬が欲しいんだ。どうかそれをくれないか?」
「ああ。いいぞ」
「えっ、いいの?本当に?」
唐突過ぎる頼みを、精霊はあっさりと頷いて了承した。
だから逆にアリスは驚いて聞き返す。
「うむ。本来なら簡単には渡せない物だが、お前たちには封印を解いて貰った恩がある。受け取ってくれ」
精霊は瓶を渡して来た。
鮮やかな青い液体で満たされた瓶は、夕日に照らされてキラキラと輝く。
アリスは慎重にそれを手に取る。
氷の様な冷たさに驚いて思わず声を上げたが、気を付けていたから落とす様なミスはしなかった。
「ありがとう」
「構わん。それともう1つ、お前に渡しておこう」
お礼を手で制し、精霊は更に別の何かを取り出した。
精霊がそれを差し出して来たので、アリスは手で皿を作って受け取る。
「これは、腕輪?」
アリスの言った通りそれは腕輪だった。
黒と紫が混ざり合った毒々しい色をした腕輪で、髑髏の装飾が施されている。
見た目よりもずっと重さがあるのだが、アリスの怪力の前ではコインと同じ程度にしか感じられなかった。
「そうだ。それは魔物が落としたオーブの中身だよ」
「あ、レアドロップ!」
湖に消えていった黄金のオーブは、精霊に拾われていたらしい。
アリスは嬉しそうに笑った。
早速手に装備しようとした所で、エルメダの声が行動を遮った。
「悪趣味な腕輪ね。毒沼鯰に相応しい落し物ではあるけど、贈り物としてはセンスを疑うわね」
貰い物に対して凄い酷評だ。
しかしその評価は的外れではないなとアリスは思った。
確かにこの腕輪は不気味で、現実なら人にあげるのを躊躇うデザインだ。
ただしそれは現実での考えである。
ここはゲームで性能が重視されるし、何よりもアリスは珍しい物に弱かった。
「ありがとう! 喜んで貰うよ」
アリスは腕輪を装備する。
インベントリから見た説明では、この腕輪は装備中に限りスキル並みの恩恵を2つも受けられるらしい。
<毒攻撃>と<毒耐性>。
凄く有能そうなアイテムが手に入って、アリスはとても喜んだ。
「日も暮れるし、そろそろ私たちは行くつもりだけど、貴女はどうするの?」
エルメダは空を仰いでから精霊に聞いた。
精霊は僅かに首を傾げる。
不思議そうな様子であった。
「どうもせんよ。再び湖の守護に戻るだけだ。私の用は今済んだのでね」
「そう」
エルメダはその答えが分かり切っていた様に薄い反応で頷く。
しかしアリスは残念に思った。
会ってから短い時間ではあったが、一緒に過ごして楽しかった。
だからもう少しだけ行動を共にしたいと言う思いがあった。
そんな我が儘を口に出す勇気はアリスにはなく、代わりに精霊に別れの挨拶を告げた。
「またね」
「ああ。またな」
エルメダは湖に背を向けて森の中へと歩き出した。
アリスは精霊に手を振りながら、それに続いた。
精霊が手を振り返してくれた事で、アリスの顔に笑顔が浮かぶ。
「アリス。森に入るんだから前を見て歩きなさいよ。普段でさえ危なっかしいのに、それだと転ぶわよ」
「はーい」
エルメダから注意を受けて、アリスは呑気な返事をした。
でも別れはしっかりすべきと思い、精霊の居た方を向けば、既にそこには誰もいなかった。
湖に帰ってしまったのだろう。
アリスは視線を前に戻した。
注意通り足下に気を付け、2人は森の中を進んで行く。
2016/10/8
・腕輪のスキルを<水耐性>から<毒耐性>に変更しました。




