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「神の成り損ないを、神と呼ぶのね」


 エルメダは変なのと呟いた。

 それもそうだとアリスは思う。

 神でないのに神と呼ぶのは不自然である気がした。


「全ては主の優しさによる物だ」


 精霊は疑問に答える様に言う。

 それはどう言う事だとエルメダが聞く。

 アリスも耳を傾けた。


「アレは神を羨んでいる。神に成りたいと今でも思っているはずだ。だから主はアレの名前に神を意味する言葉を入れたのだろう」


 精霊は女神を讃える様に語る。

 平坦な口調なのに感情豊かに聞こえるのはどうしてだろう。

 アリスにはそれが不思議だった。


「ふぅん」


 エルメダは精霊の説明を聞いて、難しい顔で相槌を打った。

 やはり気になる事があったんだろうと予想が付いた。


「女神って私が思っていたよりも性悪な奴みたいね」

「なんだと?」


 エルメダの暴言に、堪らず精霊は不愉快そうに反応した。

 仮面の様な無表情は崩れ、眉を吊り上げ怒りの目をエルメダに向けている。

 てっきり表情は変わらない物だとばかり思っていたアリスは、これに驚いて目を見張る。

 強い怒りによって精霊から発せられた冷たい波動が吹き荒れている。

 寒さに体を震わせて、やはり精霊も女神に対しては強い崇拝を抱いているのだなと思った。

 エルメダの発言は失礼な物だし、自らの信仰を侮辱された精霊の反応も自然な物にアリスは思えた。

 でもアリスはエルメダの発言も、同じように自然な物に思えて仕方なかった。


「神に成れなかったのに、本物の神からお前も神だと言われるのよ。それってとっても酷な事に思えるわ」

「馬鹿な。真に神たる存在から神と呼ばれるのだ。それは間違いなく誉れ高い事だろうよ」


 意地悪い顔をして嘲る様にエルメダが言うと、精霊は不愉快そうに言い返した。

 どちらもお互いを目の敵にし過ぎだ。

 アリスは困った顔をして頰を掻く。

 エルメダが間違っているとは思えないけど、精霊が間違っているとも言えない。

 争いになるのも頷ける。

 アリスもいい加減勝手にやってろと思うけど、そうは出来ない理由があった。

 全くもって質が悪い事に、この2人は今のアリスよりも強者だった。

 このまま激化すれば、周囲に大きな被害が出るのは確実だ。

 それを避けるには、面倒な事に、なんとかこの場を収めなければならない。

 アリスは溜息を吐いた。

 こんな気苦労を負うのは性に合わないと思った。


「貴女が封印されたのは、結局その黒い加護の影響なのか?」

「ああ。間違ってはいない」


 アリスは話を逸らす為にそう聞いた。

 精霊はエルメダとの威圧合戦を中断して頷いた。

 張り合いを一方的に退けられて、エルメダは小さく舌打ちをする。

 アリスの耳はそれを聞き逃さなかった。

 しかし下手に突いて飛び火するのも怖いので、何の反応もしない。


「正確な事を言うなら、黒い加護に気を取られ、邪神に直接封印されたのだが」


 精霊は言った。

 アリスは焦った様に尋ねる。


「ここに邪神が来たの?」

「いや、そうではない」


 精霊は質問に首を振って否を返す。

 しかしアリスは安心出来ず、少し怯えた様子で周りを見渡す。

 すぐにエルメダに怖いのかと突っ込まれて、強がって臆病心を隠した。


「黒い加護は授かった者を傀儡にすると言っただろう?その傀儡を利用して封印の術をかけて来たのだ」

「邪神は黒い加護持ちから干渉して来るって事?」


 思わずと言った感じでアリスは聞いた。

 それに精霊は頷く。


「勿論、無制限という訳ではないよ。私を封印する程の力は、そう何度も使えないはずだ」


 安心させる様に精霊は言う。

 しかしアリスにとってはそれに安心出来る要素などなかった。

 精霊を封印出来るだけの力を少なくとも1度は使って来るのだから。


「厄介な力だね」


 アリスがうんざりして言うと、精霊も全くだと同意する。


「流石に神に近いだけはあった。邪神の力は強大だ。封印術の予兆に気付けたのに、対応は間に合わなかった」


 精霊は封印された時の事を振り返り、淡々と語った。

 アリスがそれに言葉を返すよりも速く、先に反応したのはエルメダだった。


「あら、てっきり慢心が敗因だと思ってたけど違うみたいね。貴女の実力不足が全てだった様だわ」

「お前の言う事も間違ってはいない」


 精霊はエルメダの悪口を肯定した。

 しかしその声には、さっきまで消えていた怒りが滲んでいる。

 アリスは渋い顔をして呟いた。


「邪神って強いんだねぇ」


 精霊でも対処に失敗したのだ。

 今の自分ではどう足掻いても太刀打ち出来ないだろうとアリスは思った。

 いずれ戦う日が来ると考えると、このままではきっと拙い。

 どこに行ってもレベリングが重要なのだと言われているみたいで、アリスは頑張ろうと気合を入れる。


「そう言えば」


 突然、エルメダが何かを思い出した様に言った。


「私が知る限りだと黒い加護は消滅したって噂があるわ。事実長い間存在は確認されず、断絶していたみたいだし。それが何で今になって再び現れたのかしら」

「えっ。黒い加護って無くなったの?」


 アリスは驚いて言った。

 邪神は女神を倒す為に戦力を集めているのだとばかり思っていた。

 だから黒い加護を持つ者も沢山いるだろうと考えていたのである。

 しかしエルメダの話を聞く限り、どうやらそれは間違いらしい。


「それは恐らく主が邪神に罰を与えた事が影響しているのだろう」


 精霊は言った。

 女神が邪神に対して罰を与えた。

 アリスは困惑して首を傾げる。

 精霊よりも強い邪神は、女神よりも下に位置しているらしい。

 何だか拍子抜けである。


「何百年か前の話だ。邪神の横暴が主の怒りに触れた事があった」


 何百年も前の話なのか。

 アリスには想像も付かない昔の出来事だ。


「裁きの時、邪神の僕は多く居たが、その全てを主は消滅させた。大いなる破壊の意思はそれだけで邪悪な軍勢を蹴散らしたのだ。恐らく邪神も被害を逃れる事は出来なかったはずだ」

「まさか意思だけで邪神の軍勢を滅ぼしたのか?」


 アリスが驚いて聞くと、精霊はあっさりと頷いた。


「その通りだ。主は真なる神である。その意志を妨げられる存在はどこにもいないのさ。邪神も例外ではない」


 誇る様に精霊は言った。

 なんだそれ。アリスは呆然とした。

 圧倒的な力である。

 これが事実なら、女神の力さえ借りれれば邪神との戦闘は何の心配もいらないかもしれない。

 勿論アリスは、邪神と戦う時は自分の力で倒すつもりだから、手を借りる気は少しもないけど。


「女神は何で邪神を放置してるのよ。今のを聞く限りだと、簡単に倒せるんでしょう?」

「主は慈悲深い。例え自らを敵視する者が相手でも、それは変わらないのだ」

「甘いわね」


 エルメダは精霊の答えをたった一言で切り捨てた。

 精霊の目はじろりとエルメダを捉えたが、何も言わず、それが言い争いに発展する事はなかった。


「黒い加護を持つ奴って沢山いるの?」

「まだ少ないはずだ」


 精霊はそう答えた。

 ならばとアリスも聞き直した。


「それじゃあこれから増えるのか?」

「いや、そうとも言い切れん」


 それなら気を付けないといけないと思ってした質問は、再び否定された。

 アリスは目を瞬かせる。


「邪神も主の怒りに触れるのは避けたいはずだ。数を増やすよりも質を上げる事を優先するだろう」

「なるほど」


 それは安心出来ない回答だ。

 弱いなら相手取る事も出来るけど、強いと1人で倒すのは難しい。

 どこまでも厄介な事をする奴だと胸の内で毒を吐いた。


「ところで邪神ってどこにいるの?」


 強くなるまではそこに近付かない様にしようと思って、アリスは聞いた。

 重要地点の近くほど戦力が高くなるのはどこも同じであるはずだから。


「それは不明だ。主ならば把握しているのだろうが、私の認知範囲の中に邪神はいない」

「そうなんだ」


 アリスは残念そうに肩を落とす。

 質問が途切れたのを見計らい、次に口を開いたのはエルメダだった。


「邪神が女神の怒りに触れたと言ったけど、それは何が原因だったのかしら?」


 アリスは何となく下らない考えを思い付いた。

 エルメダは今まで女神に対して失礼な物言いだったし、実のところ怖かったんじゃないかと。

 しかし顔を見る限り、純粋な好奇心だけの様で、この予想は大外れだなとアリスは苦笑した。

 何を悟られたのか、エルメダに睨まれてアリスは情けなく驚き悲鳴を上げた。


「私も詳しくは知らん」


 精霊は予めそう言った上で、声の大きさを落として話し出す。


「風の精霊の話では、邪神は主の愛子を手にかけたらしい。ただし噂好きな者の言う事だから、信用性はとても低いが」

「ふぅん」


 エルメダは気の抜けた返事をした。

 アリスも同じである。

 もっと世界的な危機に動いたのだと考えていた物だから、好きな者のために動いたと聞いて、随分と人間臭い動機だと思った。

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