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 アリスの奮闘によって、この地が水の底に沈むのは免れた。

 エルメダと精霊の間には未だに険悪な雰囲気が漂っているが、それはもうどうにもならないと諦めた。

 立て続けに気力と体力が消耗され、アリスは肩で息をする。

 魅了の抵抗、深淵の目撃、その追撃が上位者たちの喧嘩だ。

 本当に疲れ果てた。

 自分のいる目の前で喧嘩の売買はやめて欲しいと心底思う。


「それで。結局の所、忌々しい加護って何なの?」


 息を整えてからアリスは質問した。

 それまで仲の悪い2人組も何事もなく待っていてくれる。

 睨み合う事は幾度となくあったけど、怒りを爆発させるまでにはならなかった

 それに一先ずほっとする。

 冷や汗を流しながらも、再び喧嘩が勃発しなかった事を喜んだ。


「加護には2つ種類があるのだ」

「そうなのか」

「うむ。分かり易く言うなら白い加護と黒い加護だな」


 精霊は言った。

 両方とも聞いた事はないし、それらしい話もアリスは知らない。

 情報サイトになければアリスの知識は乏しい物で、エルメダから無知と馬鹿にされても致し方ない程だ。


「どっちも聞いた事ないなぁ」

「気にするな」


 アリスが申し訳なさそうに言うと、精霊は優し気に言う。

 顔は変わらず何の感情も浮かべていないし、声も平坦なままだが。


「お前は異邦人なのだから、知らなくても何ら不思議ではない。それに片方は公にもされてはいないはずだ。知っている方が少数だろう」


 精霊は事実を教えながら、同時にアリスを励ました。

 第一印象とは大きく違う優しさに、アリスは僅かでも彼女の力に恐怖した事を恥じた。

 己の不注意が原因で優しい人に恐れを抱いてしまった事だ。

 それを思い出して、何て勝手な奴なんだろうと反省する。

 しかし、優しい精霊がいれば、厳しいアラクネがここにはいた。


「アリスが何だろうと、常識を知らなくて良い理由にはならないでしょう。加護は人族にとっては重大な事なんだから」

「うっ」


 エルメダが横から言った。

 精霊の目がエルメダに移る。

 アリスは小さく呻く。

 それは正論である様に思えた。

 人と言う種族にとって重要な事を知らないのは、流石に問題である。


「ならば今知れば良いのだ。そう責める必要はなかろうよ」

「誤解ね。私は誰も責めてなんかいないわ」


 精霊はエルメダに言った。

 エルメダは精霊を腹立たしげに見て、周囲は重い緊張に包まれた。

 こいつら時間が経つ毎に仲悪くなってるなとアリスは思う。

 両方とも頑固そうだし、初対面で対立した感じだった所為で歩み寄れないんだろうと推測した。


「それで加護って何よ?」


 アリスは面倒そうに聞いた。

 精霊はエルメダから顔を背け、アリスの気怠げな質問に応じる。


「まず私は白い加護について話すべきだろうな」


 精霊は説明の始めにそう言った。

 お願いしますとアリスも返す。


「白い加護とは私の主が与える特別な力だ。お前たちの言い方だと女神と呼ばれる存在の加護だよ」

「なるほど」


 アリスは頷いた。

 それは相槌というだけでなく、精霊が女神に支えていると知った事による反応でもあった。


「白い加護の身近な例と言えば、異邦人の特性がそうだ。女神への信仰を深める程に強大な力を得る経験は、アリスにもあるだろう?」


 これにもまたアリスは頷いた。

 驚きに彩られた顔をしているのは、レベルシステムに設定があったからだ。

 しかし別に信仰は強くなってないんだけどねとアリスは心の中で呟く。

 失礼だろうと思って精霊に言ったりはしなかった。


「代表的なのは女神教の初代聖女が持っていたと言われている加護ね。死霊なんかに効果的な聖なる属性を得る加護よ」

「へぇ」


 エルメダが補足で説明してくれた。

 それは嬉しいのだが、アリスは初代聖女とか言われても、誰の事だかさっぱり分からなかった。

 けれど役職的に凄い人なんだろうと子供みたいな感想を持つ。

 それよりもアリスは、そっちも調べなきゃならんのかと軽く憂鬱になっていた。

 文字を読めないから本は使えないし、大聖堂で説教でも受ける必要がある。

 だが、それをエルメダはすぐに察した。


「初代聖女について調べる必要は、私はないと思うけど。亡くなったのは私が生まれるずっと前だし」

「あ、そうなの」


 それは助かった。

 精霊がいる手前、言葉にはしなかったがアリスはそう思った。

 表情に出してしまったし、少し前にエルメダに言われた通り、分かり易い反応だったに違いない。

 ちらりと精霊を横目に見たが、さっきまでと何も変化はない。

 初代聖女に関する興味は無いようだ。

 ここ居るのが女神教の聖職者なら、自分が火炙りにされていた気がする。

 精霊が狂信的ではなかった事に、アリスは今更ながら安堵した。


「お前でも今の説明で分かったかもしれないが、白い加護は私が忌々しいと言う物ではない」

「うん。そうみたいだね」


 精霊の纏めにアリスは分かってるという風に返事をした。

 本当かしらと疑わしげに見つめて来るエルメダを無視して、アリスは精霊に話の続きを促す。


「それじゃあ、黒い加護が忌々しい?」

「ああ。その通りだとも」


 精霊は相変わらず平坦な声で言う。

 それでもそこには強い感情がこめられている気がした。

 それだけ黒い加護が嫌いなのだろうとアリスは思った。


「黒い加護は女神に仇なす者が与える巫山戯た力だ」


 精霊の説明に、アリスは目を丸くした。

 罵倒に近い言い方をしている。

 優しい精霊がこうまで言うとは、黒い加護は相当嫌われているらしい。


「この加護には与えられた物を大幅に強化する力がある。あの湖を占拠した魔物の様に、階級さえも変えてしまう」

「なるほど」


 アリスは毒沼鯰を思い出す。

 攻撃はされなかったし、既に衰弱していたし、自分で止めを刺した訳でもない。

 だがエルメダと共に攻撃しても、あの魔物はほとんど怯みさえしなかった。

 耐久力は上級魔物にも匹敵していたに違いないとアリスは思った。


「効果は大きいんだね」


 アリスが呟く。

 するとそれを聞いた精霊は、それだけだと言った。


「黒い加護は完全ではない。致命的な欠陥を抱えているのだ。故に純正な加護ではなくとも効果が大きい」


 アリスは首を傾げた。


「黒い加護は持ち主に大きな枷を与える。例えば自我の崩壊だ。精神が狂い、最後には邪悪に乗っ取られる。そうなれば周囲に破壊を齎すだけの存在となってしまう」

「……凶暴状態になるって事?」

「いいや、もっと酷い。邪悪の操り人形になると言った方が分かり易いか?」


 凶暴とは状態異常の1つだ。

 冷静な思考が出来ず、無差別に無茶苦茶な攻撃をし続けるらしい。

 アリスはなった事がないし、なった者も見た事がないから、それ以上の事は知らない。

 ただチームを組んでいたら、恐ろしい状態異常だろうなと思った。

 しかし黒い加護を与えられればそれよりも酷い事になるらしい。

 それはぞっとする話だ。


「その加護を与えているのは誰なの?」


 アリスが聞くと、精霊は僅かな間逡巡する様に口を閉ざした。

 しかし改めて口を開くと、彼女はその存在について話し出す。


「アレは神のなり損ないだ。故に神を憎み、そこから引き摺り下ろそうとする」

「ふぅん。興味深い話ね」


 エルメダの言葉には珍しい事に嫌味が含まれていなかった。

 もしかしたらエルメダさえ知らない話なのかもしれない。


「アレに決まった名前はない。誰も付けようとはしないし、アレ自身も自分の名前に興味がないからだ」


 精霊はそこで言葉を切った。

 神のなり損ない。

 女神に仇なす者。

 普段なら心惹かれる単語も、今は何故か恐ろしく感じる。

 それは平原兎の様な本能が、危機を訴えているからかもしれなかった。


「私たち精霊はアレに名前を付けていない。だが心優しい私の主はアレにも名前を与えられた」


 アリスは驚く。

 女神自身が名前を付けたのかと。


「邪神だ。私たちはアレを邪神と呼んでいる」


 精霊はどこまでも平坦に告げた。

 それを聞き、アリスはふと思った。

 そいつがラスボスだろうか。

 倒せるかなぁと不安になった。

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