31
「準備は良いかしら?」
エルメダの質問にアリスは頷く。
少し時間を貰って、森の中から色々な物を集めて来た。
休みなく投げ付けても、そうそう尽きない程度には量がある。
それに考えていたより時間を取られたらしく、エルメダはどこか不機嫌そうだ。
ちょっとだけ申し訳ない気持ちになりながら、その顔色を伺う。
「あと3時間もすれば日が暮れるわ」
パネルに表示される時計を見て、確かにそうらしいと頷く。
素晴らしい体内時計だと思った。
アリスでは時計を見ないと判断出来ない事を、エルメダは空を見ただけで正しく判断した。
自分には出来ない芸当が、アリスの目に格好良く映った。
(憧れるなぁ)
アリスは空を見上げて刻を読む自分の姿を妄想する。
吹き荒ぶ風の中、靡く緑の草原に空を見上げて佇んでいる自分。
日没までの時間を察し、少し急ぐか、なんて言ったりする。
そこまで考えて、アリスはふと我に帰った。
(あれ? 似合わないぞ)
その姿は何故か全く格好良いとは思えなかった。
心の中で呟いた様に、似合わないのだ。
キャラの差。
アリスの脳裏にそんな言葉が過った。
慌てて首を振って、嫌な感じがする言葉を追い出す。
少なくとも自分はクール系に位置するはずだと分析して、自身を安心させた。
「日暮れまでには戦いを終わらせときたいね」
アリスが言った。
エルメダもそれに同調して頷く。
「そうね。日が暮れる前に拠点の準備とかしないといけないから、時間は掛けてられないわ」
「それもそうだ」
光石ランプを持って来ているから、明かりについては問題ない。
食料もインベントリの中で出来上がりの状態を維持しているから、食事についても心配はない。
でも安全地帯を探すのは手間だし、それの時間は多く欲しい。
「なら早速始めるとしましょう」
「おー!」
アリスは気合いを入れた返事をする。
変な物を見る目でエルメダに見られていた事に気付かなかったのは、精神と時間的な意味で幸いだった。
無意味な舌戦に発展し、最後には敗北するのが目に見えている。
アリスはまず、インベントリから拳大の石を取り出した。
「作戦はさっき話した通りよ。私が糸で攻撃し続ける。貴女はそれとなく注意を引いてくれれば十分よ」
言外に戦力不足だと言われているが、それも仕方ないとアリスは思った。
未だレベルは2である。
スキルも揃っていない現状で、強者を気取るつもりはない。
でも、自分では理解していても、言われっぱなしは悔しい物だ。
「まあ、任せてよ。エルメダが思っている以上の働きはしてやるとも」
自信に満ちた顔で、にやりと笑った。
その為に貴重な時間を割いてまで、投擲物を集めたのだから。
「そう。なら期待してるわ」
エルメダは淡白な反応で、発言とは裏腹に期待感は無さそうだ。
絶対見返す。アリスは強く誓った。
それから軽く別れを告げて、アリスはエルメダから距離を取る。
ターゲットを取ろうとしているのに、メイン火力の近くにいるのは、避けるべきだとアリスは考えた。
とは言え、あまり離れるのも不味い。
もし不測の事態があって、それでエルメダが窮地に陥ったなら、すぐに助けに入れる様にする為だ。
(よし。ここら辺で良いな)
適当な位置で、アリスは立ち止まる。
巨大な鯰を見据えた。
如何に傷を負っていても、あの巨体だ。
青牡牛よりもタフなのは間違いない。
でも心強い味方がいるから、アリスは恐れを抱かない。
エルメダに向かって手を振った。
これは準備完了の合図だ。
アリスはエルメダが頷いたのを見て、手の中の石を握り締める。
(戦闘開始だ)
エルメダから無数の糸が伸び、それらは一斉に毒沼鯰へと襲い掛かった。
鯰の身体中に突き刺さる糸。
血が伝い赤く染まっていく。
まるで血が抜き取られているみたいに見えて、少し怖い。
口髭に絡み付いた糸は、それを強く締め上げた。
毒沼鯰の口から、金属を摩り下ろした様な音の悲鳴が上がった。
その轟音は離れていても耳が痛くなる大きさで、アリスは慌てて耳を押さえた。
エルメダは澄ました顔をしている。
流石だと感心して、自分も負けていられないと思った。
アリスも自分の仕事を始める。
「よいしょ!」
拳大の石は真っ直ぐに鯰に飛んで行く。
狙った場所に大体の精度で飛ばせるのは、平原兎戦での経験のお陰だ。
スキルが無くても、これ位は普通に出来るのだ。
風を切り進む高速の投石は、鯰の額に当たり、そして軽く弾かれた。
虚しく、小さな水柱が立った。
(……まあ、予想通りだね)
アリスは弾を切り替える。
今度はさっきよりも威力が高いだろう。
次にアリスがインベントリから取り出したのは木だった。
森に放置されていた倒木を幾つか回収していたのだ。
ここに来る前に倒してしまった木を思い出せて良かった。
でなければ、この素晴らしい思い付きも、きっと無かっただろうから。
「てい!」
軽い掛け声と共に、倒木は槍の如く飛んで行った。
それは一体どんな幸運か。
投擲物は鯰の目に直撃した。
また悲鳴が上がる。
2度目だから、心構えは出来ていた。
特別な対応をする事はなく、音の暴力を耐え切った。
次の木を用意する。
(これ、足りるかなぁ)
アリスはパネルに表示されている倒木の個数を見て、眉を顰めた。
時間を掛けても、両手で数え切れるだけしか見つからなかった。
アリスなら木を倒す事も出来た。
しかし精霊の住むかもしれない森で、自然破壊をする蛮勇は、生憎と持ち合わせていない。
(でもこれは全部投げた後に考えれば良いな。今は気にしないでいよう)
アリスの不安はすぐに消えた。
晴れやかな気持ちで、倒木を次々と投げ付ける。
最初の奴以外は大したダメージにはならなかったみたいなのが残念だ。
最後の倒木なんかは開いた口に飲み込まれ、大した効果は得られなかった。
(大丈夫。まだ取って置きのがあるんだから)
しょぼい結果に凹む事なく、アリスは次を取り出した。
それは苔むした大岩だ。
投擲物を探していた時に偶然目立たない草の茂みに転がっているのを見つけて、拾っておいたのだ。
(これは絶対に痛い!)
アリスには自信がある。
なぜなら、この岩は非常に重い。
倒木や水満杯の樽でさえ硬貨と同じ程度の重さしか感じないアリスでも、これには確かな重さを感じた。
だから痛いに違いない。
高威力だと信じて、アリスは大岩を全力で投げ付けた。
「たぁ!」
渾身の力で投げられた大岩は放物線を描き、毒沼鯰の頭部に直撃した。
あまりの威力に、鯰は動きを止める。
その間に大岩は鯰の頭の上を湖へと転がって、湖の中に消える。
水に落ちた音は、離れていても良く聞こえた。
異変はその時に起きた。
湖から眩い青の光が溢れ出し、次の瞬間に湖面が震える。
渦巻き、波立ち、泡立つ。
巨大な水の柱が天に向かって立ち昇り、晴れ渡った青空からは豪雨が降り始めた。
あまりの状況の変異に、戸惑いを隠せない。
アリスは急に心細くなって、慌ててエルメダの元に駆け戻った。
「何事よ!?」
エルメダも、これには驚いたらしい。
冷静さを欠いてアリスに詰め寄る。
事態を飲み込めていないのはアリスも全く同じであった。
知らない。分からない。
しかしアリスの言葉は、発せられる事はなかった。
「っ!」
魔法に疎い獣人でさえ、その魔力の波動を感知した。
芯まで凍てつく様な冷たい濃密な魔力が、辺り一帯に広がる。
突如として湖から現れた巨大な水の剣は、毒沼鯰を貫き、そのまま消滅させる。
代わりに生じた黄金に輝く球体。
恐らくは希少なドロップアイテム。
テレリの言っていた黄金のオーブだ。
それが湖の中に落ちて行くのをアリスは目で追った。
それを境に、異変は急激に治る。
雨は止み、湖には静寂が戻った。
残されたのは服を濡らした姿の女性が2人。
服が濡れている事が、今の現象が夢や幻でなかったのを教えてくれる。
彼女たちは互いに互いの顔を見て、揃って首を傾げた。




