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インベントリに入れて分かった事だが、門番から貰った剣は兵士の直剣と言うアイテムだった。
安直な名前である。
しかし性能は中々良さそうだ。
耐久力は高いし、攻撃力も店売りの安武器を軽く上回っている。
それに何よりもアリスを驚かせたのは、この剣には称号特性が2つも付いていた事だった。
称号特性とは、多くの場合に称号と略される、稀にアイテムが得る事がある特殊能力を指す。
例えばこの兵士の直剣は上質と獣殺しの称号を持っている。
上質はそのアイテムの耐久力と性能が上がり、獣殺しには獣系の魔物に与えるダメージを増す効果がある。
このゲームの正式サービスが開始されて早くも一週間が経とうとしているが、外部の情報サイトを見る限り、発見された称号持ちアイテムはまだ二桁前半に留まる。
しかもその内の全てが称号を1つしか持っていないのだから、この剣の希少性は突出していると言えた。
(あの門番、よくこんな貴重品を渡せたな)
くれるにしても普通の武器だと思っていただけに驚愕も一入だ。
アリスはとても面倒なお節介男の事を思い出しながら、呆れ果てた様に肩を竦める。
どれだけの値段が付くのか、アリスには見当も付かない。
(今は使う気ないんだけどなぁ)
インベントリを眺めながら、悩まし気に息を吐く。
予想以上の優良アイテムだった。
アリスが好む珍しいアイテムでもあった。
その所為か、このアイテムを使わないのは勿体無いとまで感じていた。
困った話だ。
アリスがしたいのは殴り合いだ。
少なくとも今まではそれが揺らぐことも無かったのだが、門番の余計な行動の結果、決断が鈍る羽目になってしまった。
別に武器を使った戦いが嫌いな訳ではないから、何れ向かい合う事になる問題だとは自覚していたが。
まさか始まってすぐにこうなるとは思ってもいなかった。
「ううむ。悩むなぁ」
そんな呟きを零して、何かを考える様に指を顎に当てて静止した後、アリスはインベントリを閉じた。
武器は取り出さなかった。
(取り敢えず今は格闘をしよう。それでもし死に戻ったら、その時にまた考えれば良い)
悩みが解決し、とても晴れやかな顔をして、アリスは前を見る。
そこには小柄で醜悪な人型がいた。
額に小さな角を生やし、緑色の肌をした、ずんぐりとした体型の鬼。
手に持つのは粗末なナイフ、腰に巻かれたボロ布。
間違いない。
アリスは確信した。
ゴブリンが現れたのだ。
(平原に出て来るゴブリンは、確かはぐれだったはず)
はぐれゴブリンは何かしらの理由で群れを追い出された存在だ。
集団でない上、罠も滅多に使わない為に危険度は普通の種と比べて低く、ネットでは平原の経験値とまで言われている。
可哀想な存在だと思う。
アリスには何があったのか知る由もないが、群れから弾き出され、その末路はプレイヤーの狩りの対象という散々な物だ。
しかし情けをかけようなどとは微塵も思わない。
人と魔物は敵同士なのだから。
(初戦闘だ。やっぱり緊張する)
他のゲームでは幾度となく対人格闘をした事があるが、人型とは言え怪物に挑むのは初めての経験だ。
自分の鼓動が大きく速く刻まれているのを感じ、苦笑気味に頬が緩む。
何度やっても慣れない物だ。
一人前を気取って呟いた。
はぐれゴブリンもアリスの存在に気が付いたのだろう。
ナイフを見せ付ける様に振り回しながら、金切り声を上げて威嚇する。
喧しい騒音だ。
あの体からは想像も付かない大声にアリスは顔を顰めた。
手を握ったり開いたりして調子を確かめ、ゴブリンを睨め付ける。
特別な構えはとらない。
自然体こそアリスに最も馴染んだ構えだから。
「落ち着け、私。肩慣らしだ」
小さいとは言え醜悪な怪物が駆け寄って来るのを目で捉えながら、アリスは自分に言い聞かせる。
見た限りゴブリンは自分より弱い。
スピードは遅いし、動きも鈍くてぎこちない。
唯一の脅威となるナイフも碌に整備されておらずボロボロだ。
目から伝わる分析結果が、段々と心を落ち着かせて行く。
驚異的な集中力が世界から音が遠ざけて、アリスは目の前にいる獲物だけをただ見据えた。
待つ、待つ、待つ。
獲物が間合いに入る瞬間まで微動だにせず待ち続ける。
そして獲物が攻撃範囲に入った瞬間、アリスは右足を大きく前に踏み込んだ。
その力に合わせる様に、握り拳を獲物に突き立てる。
手から伝わる脆い骨を砕く音。
右手を振り切り、それでも宙を舞うゴブリンからは目を離さない。
例えそれの顔面が砕けていても、それが素人でも難なく倒せる下級の魔物でも、勝つまでは敵だ。
顔を破壊されたゴブリンは力を失って地面に叩き付けられる。
同時にその体は光の粒へと姿を変えて消失した。
(おお、一撃か!)
初の魔物撃破を喜ぶよりも先に、そっちに驚く。
ゴブリンは想定よりもずっと脆い存在だったらしい。
これなら森も楽勝かもしれない。
アリスはそんな考えを抱くが、それがどれだけ愚かな行為なのかは気付かない。
それよりも、アリスは地面で光を放つ球体に興味を奪われた。
その球体は丁度ゴブリンが倒れた場所に落ちていた。
「あ、もしかして」
ふとアリスはその正体を察した。
早速その球体を拾えば、球体は形を変えて、手の中に収まる。
ナイフだった。
朽ちかけたナイフだ。
アリスはそれを見て、自分の予想が当たっている事を確信した。
「これドロップアイテムだ」
このナイフには見覚えがある。
つい今しがた倒したゴブリンも、同じ様なのを持っていた。
現実みたいな迫力のある世界に降って湧いたゲーム要素に、アリスの顔には苦笑が浮かぶ。
手に入れたアイテムの性能は低い。
アリスが知る武器は多くないが、それでも断言出来る程に低い。
だから恐らく使う事はないだろう。
でも折角の記念に貰っておく。
アリスはインベントリにゴブリンのボロナイフを閉まった。
(さてと……)
戦闘が終わりその場で少しの休憩をしてから、アリスは目の前に広がる光景を眺める。
緑の葉に覆われ、昼だと言うのに薄暗い。
素手での戦闘に支障がある訳ではないが、見通しが悪いのも事実。
奇襲には充分な注意が必要だろう。
言わずもがな、ここはゴブリンの森だ。
平原は攻撃的な魔物が少ないから通り抜けるのは簡単だった。
戦ったのもさっきのはぐれゴブリンが1体だけ。
しかし、ここはそう言う訳にもいかない。
平原と森では死亡率が大きく違うと言われている。
ネットに書かれていた報告だけ見てもそれは明らかで、強く注意喚起がされてもいた。
森も平原も下級の魔物が主体のエリアだと言うのは同じだ。
にも関わらず危険度にそれだけ差が出るのは、やはりゴブリンが仕掛ける罠が凶悪なのだろう。
この鬱蒼と生い茂る森に罠が仕掛けられたとして、それを見破るのは極めて難しそうだ。
それにゴブリンは集団で行動するのが基本だ。
例え奴らが武器にしているのが性能の低いボロナイフでも、人を傷つける事くらいは容易い。
1体ずつは弱くても、罠と群れの連携は脅威である。
でもアリスは思う。
まあ問題なかろうと。
それは大きな油断だし、致命的な慢心だ。
ゴブリンを一撃で仕留めた結果で生じた余裕は、心に隙までも作ってしまった。
アリスは己の重大な思い上がりを自覚しないまま、森の中に踏み込んだ。




