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「それより、貴女はさっさと精霊探しでもしなさいよ」


 アリスのしつこい噛み付きに、流石のエルメダも辟易したらしい。

 本来の目的を提示して、アリスの勢いを削ぎ落とした。

 だけどアリスは不満そうに口をへの字に曲げて、エルメダを見上げた。

 まだ文句を言い足りたかった。

 エルメダは適当に受け流してしまうし、偶に飛んで来る反撃はとても手痛い。

 一方的にダメージを負ったまま、話が強制的に終了させられた気がして、何だか釈然としない。


「何よ。恨めしげな目をして」


 膨れたアリスの頬を、エルメダの白く長い人差し指が突いた。

 指は頬に窪みを作り、アリスは眉を顰める。そしてエルメダはその触り心地に驚愕を露わにした。

 柔らかく張りのある肌は、魔法で作られたと言われても納得してしまいそうなくらい、尋常の物ではなかった。

 まるで赤子の様だ。

 生まれてすぐで、何のダメージも受けていない者の肌だ。

 それが無性に腹立たしく、エルメダはアリスの頬を指で摘み、引っ張った。


「痛っ!突然何するのさ!」


 無礼者の手を軽い音を立てて叩き落として、アリスは怒って叫んだ。

 勿論その叫びは無視される。

 一瞬だけ苛立ちを覚えたが、エルメダが不貞腐れた様にそっぽを向く珍しい姿に打ち消された。

 呆気に取られてエルメダを見詰める。

 明らさまな態度に、エルメダも間抜けな姿を晒している事に気付いた。

 僅かに顔を赤らめて軽い咳払いをした。


「ほら。こんな事ばかりやってると日が暮れるわよ」


 エルメダは言った。

 アリスは渋々と頷く。

 認めるのは癪だ。

 しかしエルメダの言う通りだと思った。


「そうだよね。やっぱり」


 アリスは既に宿代を纏めて払っている。

 その中には今日の分も、明日の分も含まれている。

 だらだらとやって森に何泊もして、宿代を無駄にする訳にはいかないのだ。

 不満なのは変わらない。

 それでもアリスはエルメダから1歩距離を取った。

 そして体の向きを反転させる。

 望むのは巨大な湖だ。


「うーむ。見れば見るほど厄介な広さだねぇ」


 湖に近付き、覗き込む。

 湖水は透き通っていて、それは実に美しい景色を作り出している。

 色がない。極めて透明に近い。

 ただし問題なのは、これだけ澄んだ水なのに、湖底が全く見えない事だ。

 つまりこの湖は光が届かない深さがあるのだ。

 この広大で深淵な湖の中を、精霊見つけに探索するのは、ちょっと無謀過ぎる気がする。

 そもそもアリスは水中で長時間の活動を可能にするスキルを持っていない。

 ごり押ししようにも、それが許される深さではない。

 現状では湖の探索は不可能だ。

 アリスは苦々しく舌打ちした。


「でもここで悩んでても仕方ないしな」


 アリスは呟いた。

 無為に時間ばかりが過ぎるのは、好ましい事態ではない。

 日が暮れてからの探索は難しい。

 どんな魔物が出て来るか分からないし、湖で溺れる可能性だってある。

 でも良案は思い付かないから、アリスは諦めて決断する。

 まずは地道に周辺を探索をしよう。

 その最中に、何か良い方法が浮かぶ事もあるだろう。


「私は湖の周りを調べているよ」

「ふーん。分かったわ」


 アリスが言うと、エルメダは素っ気ない返事が帰って来た。

 そのままエルメダは顔を湖に向ける。

 精霊よりも湖の影の正体が気になっている様だった。

 だから探索を手伝ってくれそうな雰囲気ではない。

 残念だけど、それは仕方ない事だ。

 アリスは左回りに歩き始めた。

 左手に見える湖を置いて、まずは草地や木々に目を凝らす。


(ヒントがあれば嬉しいんだけどなぁ)


 地上からでは湖の表面しか分からない。

 泳いだり、潜ったりしないと何かあっても見つからないだろう。

 ならば反対に考えて、地上で手掛かりを探すのだ。

 もしかしたら湖の探索を可能にする何かがあるかもしれない。

 微かな期待をしつつ、アリスはのんびりとした足取りで、歩を進めていた。


(おや?)


 アリスは突然に足を止めた。

 それは不思議な発見をした為だ。

 奇妙と言うには地味だが、確実に可笑しな発見だ。

 アリスはその場所に近付く。


(やっぱり。ここだけ枯れてる)


 低い丈の草が生えた緑の草地に、ぽっかりと茶色い円形が出来ていた。

 そこだけ草が枯れているのだ。

 周りの草が青々としているから、環境に影響された訳ではなさそうだ。

 何かが影響を及ぼしたのだろう。

 人か、魔物か。

 或いは、もっと別の何かなのかもしれない。


(これは精霊の痕跡かな?)


 アリスの頭に浮かんだ想像は、すぐに自分によって否定された。

 ベルの話を思い出したのだ。

 今回探している水の精霊は癒しを司ると言われているらしい。

 そんな存在が、こんな事をするとは思えない。

 理由があると言うのなら、アリスだって納得も出来るのだろう。

 けれど精霊は女神に作られた大層な存在である。

 それが手に平サイズの円形に草を枯らす理由は、アリスには想像も付かない。

 だとしたら、人か魔物の仕業だろう。


(それなら、他にも似た痕跡があると思うけど)


 魔物は力を制御しない。

 だから周囲に影響が与えられる時は、自ずと広範囲になるはずだ。

 そうすると、影響を受けた場所は点在していないと不自然である。

 人間の場合も似ている。

 こんな辺鄙な場所で意味不明な事を仕出かすなら、それは恐るべき陰謀か危険な実験である。

 だとすれば、それは繰り返し行われるはずだ。

 やはり奇妙な異変は点在していなければならない。

 ただし、陰謀にせよ実験にせよ、影響を受けた範囲が狭いから、人間の仕業ではないかもしれない。

 この程度なら隠れ家か何かでやった方が安全だろうから。


(うーん。じゃあ魔物の仕業かな?)


 アリスの主観と固定観念で満たされた考察は、原因が魔物であると結論付けた。

 それならきっと他にも痕跡がある。

 アリスは顔を上げて、辺りを見渡す。

 その時、唐突にアリスの視界に白い手が現れた。

 手は森の辺りを指差している。

 驚きで見開かれた目を半眼にして、アリスは手の主へと振り向いた。


「エルメダ。何してるの?」


 てっきりアリスは別行動をする物だと思っていた。

 精霊探しには興味なさそうに、湖を眺めていたから。

 それに何かを言うのはお門違いだと思って別れたのである。

 しかしエルメダは真後ろにいた。

 アリスでも気付けない隠密能力を駆使して、着いて来ていたらしい。


「決まってるでしょう。暇潰しよ」


 あっさりと言い切った。

 エルメダは当たり前と言う顔をして、アリスを見ていた。

 呆気に取られてエルメダを見返す。

 驚いながら聞いた。


「影の正体を調べてたんじゃないの?」


 聞けば、エルメダはそれを鼻で笑った。

 何だか馬鹿な発言をしたらしい。

 でもアリスにはどこが変なのか分からなかった。

 首を傾げて、エルメダを見る。


「大体の見当は付いてるのよ。貴女と違って賢いから」


 馬鹿みたいな言い方で、エルメダは胸を張った。

 何と返すべきかアリスは分からなかったし、考える気もなく、そうかと頷く。


「反応薄いわね」


 じろりと睨まれて、アリスは苦い笑いを顔に出した。

 仕方ないなあ。小さく呟いた。


「影の正体って何だったの?」

「教えないわよ。つまらない反応をする奴なんかにはね」


 エルメダは拗ねて顔を背ける。

 面倒臭いとアリスは思う。

 思ったけど、それは顔に出さずに、ただ笑みを浮かべる。

 例え面倒臭い行動をされても、アリスの感性はそれを可愛いと感じていた。

 全てはエルメダの美貌の力だった。


(ああ。そう言えば、エルメダは何を指差したんだろう?)


 アリスはエルメダに指示された方向を見る。

 目を凝らしながら視線をずらして行く。

 すると、それは見つかった。


「2つ目だ」


 地面で見た痕跡が再び発見されたのだ。

 今度は木に茂る葉が丁度円形に枯れ落ちている。

 高い位置の痕跡だ。

 人間の仕業だとは思えない。

 アリスはこれが魔物の仕業であるとほとんど確信した。


「つまり精霊の手掛かりじゃなかった訳だ。探索は続行だね」

「……待って、アリス」


 溜息を吐いて、面倒そうにアリスは言った。

 そして探索に戻ろうとするアリスを、エルメダが呼び止めた。


「どうしたの?」


 アリスが聞いた。

 すると心底呆れた顔をして、エルメダは分からないのかと聞き返す。

 何がだとアリスは尋ねた。


「アリス。あれらは湖の影の仕業よ」

「ええっ!?」


 もう1度、魔物の痕跡を見る。

 しかしアリスのスキルでは、それが枯れた草である事しか分からない。

 助けを求めてエルメダを見上げた。

 溜息が追加された。


「毒よ。正確には毒の水ね」

「毒だって?」


 痕跡に近付けていた顔を引き離し、アリスは立ち上がった。

 息を大きく吐いた。

 吸った毒素を吐き出そうと、無駄な試みをしている。


「アリス。良かったわねぇ?あの影はどうやら精霊ではなさそうよ」


 エルメダがそう言った時だった。

 湖に巨大な水柱が上がった。

 それでアリスも大体悟る。

 フラグが建ったのだ。

 つまり、イベントが進行された。

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