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 文句は軽く受け流されて、終いには口先だけで丸め込まれた。

 結局アリスは何も言い返せずに不満そうな顔を作って、エルメダを見詰める。


「ほら。そんな顔ばかりしてると余計に不細工になるわよ」

「もう! 失礼な事ばかり言って」


 エルメダが茶化した。

 アリスは頬を膨らませて、すぐに表情を取り繕う。

 自分の顔をペタペタと触りながら、どこも変わった場所がない事を確認する。

 一安心した様に、アリスは力を抜いた。

 しかし残念ながら、ここに居るもう1人は、それを見逃すほど優しい性格ではない。


「あらぁ?」


 エルメダは悪意で満ちた笑みを浮かべて、馬鹿にした様な声を出した。

 気持ち悪いくらいに陰湿に響いて、アリスは思わず鳥肌を立てる。

 これ何かを言われる前に、アリスが先んじて手で制する。


「一応言っておくけど、間に受けた訳じゃないからね?」

「へー。そうなの。知らなかったわー」


 アリスは念入りに言っておく。

 少し焦っている風に見えるのは、決して気のせいではない。

 真実味なんてまるでない宣言だ。

 これを聞いた多くの人が嘘だと見抜くに違いない。

 エルメダも例外ではなく、真実が異なる事にあっさりと気付いた。


「何で棒読みなのさ」

「別にそんな事ないわよ」


 惚けた言い方をする。

 精神を逆撫でする薄笑いを浮かべながらだ。

 エルメダは自分が言い返すのを待っているに違いないと、アリスは思った。

 そうだとすれば、言い返した時に待っているのは手痛い反撃のはずだ。

 怯めば最後。一方的な罵倒が豪雨の如く降り注ぐのだろう。

 想像しただけでも酷い所業に、アリスは溜息を吐いて両手を上げた。

 それは所謂、降参のポーズだ。


「あーあ。終わりか。つまらないわね」


 エルメダはアリスが降参した途端、悪どい顔を消し去り、退屈そうな表情を浮かべた。

 予想外に、実に簡単に退いた物で、アリスは驚いた。

 もっとしつこい奴だと思っていた。


「引き際は心得ているわ」

「ふん。どうだか」


 胸を張り、誇る様に言った。

 しかしアリスは疑わしそうに言い返す。

 疑心に溢れた瞳の端には、大きな胸が映っている。

 眉間に皺を寄せているのは、暴言よりも、主にそれが原因だろう。


(近接戦闘で動くから胸が小さい方が有利だし)


 強がってはいるものの、劣等感を覚えているのは他でもない、アリス自身だ。

 それを自覚し、歯噛みして悔しがる。


「ねえ、アリス。貴方は質問したんだから、次は私の番よね?」


 エルメダは軽く首を傾ける。

 長い髪はそれと共に揺れて、甘い香りが鼻に届いた。

 さっきも思ったが、とても美味しそうな匂いである。

 こっちに来てからお菓子を食べていないのをアリスは思い出した。

 ログアウトが出来ないから、食べに行く事も出来ない。


(良い店を知ってれば別なんだけど)


 勿論、アリスはそんな店は知らない。

 そもそもお金が少ない現状、贅沢をする余裕はない。

 情けなく眉を下げた。


「聞いてる?」

「ああ、うん。当然だよ」


 焦りもなく頷く。

 事実、話は聞いていた。

 別の事に興味を奪われてしまい、答えるのを忘れただけだ。


「なら聞くわ。アリスはここに何をしに来ているのかしら?」

「それはね。私は薬草採取の依頼と精霊探しに来ているんだよ」


 噓偽りを一切混ぜず、真実を話した。

 精霊を探しているなんて変な人だと思われないかと思ったが、ここはファンタジーの世界である。

 きっとそう言う人もいると踏んで、隠し事はしなかった。

 エルメダは正直に答えたのに、自分が隠し事をするのは、不公平だと思ったからでもある。


「精霊探し?」

「そう。水の精霊を探しているんだ。何でも癒しの薬が必要なんだとか」


 アリスはベルの頼み事について教えた。

 最初は不思議な者を見る目をしていたエルメダは、事情を知った後には納得の色を浮かべている。


「でもこの近くに精霊がいるかしら?」

「さあ? それは知らない。でも一応、湖は見てこようと思ってる」


 そこに手掛かりがあるのか、今では全く確証がないけど。

 ベルと約束したからには果たさなければならないと言う義務感。

 ここで手詰まりなら、アリスは別の手段を取るまでだ。

 例えば女神教の大聖堂で教団幹部に精霊について聞いてみるとか、良い方法かもしれない。


「湖ね。確かに木の上から見えたわ。そう。あそこに行くのね」


 エルメダは何やら考え込む仕草をする。

 どうしたのだろうとアリスは首を傾げ、その行動を眺める。


「アリス」

「なに?」


 顔を上げたエルメダに名を呼ばれ、アリスは短い返事をする。

 不思議そうな表情はそのままに、何かを決意したらしいエルメダを見詰めた。


「その湖まで、私も貴方と一緒に行くわ。良いでしょう?」


 突然の提案だ。

 その真意は、アリスの理解力で計り知れる物じゃ無かった。

 しかし、それでも躊躇いなく頷く。

 否定する理由はどこにもない。


「勿論だよ。でも、どうしたの?心配事でもあった?」


 エルメダはこの質問に首を左右に振る事で答えた。

 ならなんで。とでも言うかの様にアリスは不思議な顔をする。


「別に大した事じゃないわ。ただ、精霊が居るなら私も会いたいと思ったのよ」

「ああ。それもそうだ」


 納得を示す様に何度も頷く。

 アリスも精霊に会ってみたい。

 薬を貰うと言う理由の他にも、個人的な興味もある。

 女神が作ったと言われるくらいだ。

 きっと美しい姿をしているんだろう。

 それはアリスにとっては重要で、凄く気になる事柄だった。


「じゃあ行こっか。あっちの方向であってるよね?」

「ええ。その通りよ」


 アリスが進行方向を指差し、エルメダが肯定する。

 簡易マップを開いてるから、恐らく間違いはないと思っている。

 だけどもし確認が取れるなら、それに越した事はない。

 偶にパネルで現在位置を確認しながら、エルメダと他愛もない話を繰り広げつつ進んだ。

 大抵の話に悪口が飛来するのは、既にお決まりに近い物がある。

 目的地が近づいた後半の頃には、アリスも稀に受け流せる様になっていた。

 道中、出て来る魔物もそれなりに居た。

 しかしその全てが簡単に沈んだ。

 アリスとエルメダの戦法が上手く噛み合った結果である。

 現れた魔物を、まずはエルメダが糸を操って拘束する。

 アラクネ特有の物らしく、普通の蜘蛛よりずっと丈夫な糸だった。

 またそれを操る技術は、並大抵の練度ではなかった。

 指1本で十数本の糸を巧みに動かし、ろくに抵抗を許さず、魔物の手足を縛り、木の枝に吊るす。

 アリスがアラクネの恐ろしさを垣間見た瞬間である。

 彼女たちの怒りに触れた何人もの男が、こうやって屠られたのだと思うと、アリスも冷や汗が止まらない。

 頑丈な糸と神業で拘束された魔物は、アリスの機敏さと格闘術によって殴殺される。

 戦闘はこれで終わりだ。

 10秒もかけずに魔物を倒す有様は、戦闘ではなく処理と言った方が正しい気がしてならない。

 出会う魔物に哀れみを覚えながら、しかしアリスは躊躇なく、強烈な拳を急所へと叩き込んだ。


「楽で良いわ」

「そうだね。緊張感もいらない」


 エルメダの言葉に同意を示す。

 魔物は障害ではなかった。

 エルメダがどうかは知らないが、アリス個人はミスも起こらない程度の簡単な作業の連続だ。

 それが少しだけ退屈だ。

 アリスが独り言の様に呟く。

 愚痴混じりな口調に、エルメダは呆れた様に笑った。


「捻くれ者ね。戦いを避ける節があるのに戦いが好きなんて」

「むっ。別に避けてないし」


 誤解を受けていると不満に思い、アリスは拗ねて言った。

 避けてはないのだ。

 ただちょっと怖いと思っているだけで。

 ゲーム初日から刀で頭を叩き割られた事が微妙にトラウマになっているのだ。

 戦闘が始まってしまえば気にならない些細な事だ。

 だけどいざ戦おうと思うと、初死にの記憶が、苦い感情を共に引き連れて、脳裏を過る。

 いい加減、克服すべき事なのは間違いないのだろう。

 アリスは決意を固め始める。

 大型ゴブリンへのリベンジを、ようやく具体的に考え出したのだ。

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