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アリスはふと思い出した様に尋ねた。
「ところで、エルメダはここで何をしてたの?」
用事もなく木の頂点にいるなんて、普通は考えられない。
木登りが好きだとか、高い所が好きだと言うなら話は分かる。
けれどエルメダの場合は、そのどちらでもなさそうだ。
だからこその疑問だ。
「何って、休憩よ。どこに行くかを考えてもいたわね」
「木の上で休んでたの?」
「そうよ。空飛ぶ魔物に注意しとけば安全だから」
そうだろうか。
アリスは首を傾げた。
自分が登った所で滑り落ちる未来しか見えない。
獣人とアラクネの差だろう。
全てとは言わないが、陸上を好む獣人が木で生活する姿は想像し辛い。
逆にアラクネは高木を活動領域にしていても当然な気がする。
だって彼女たちは蜘蛛だし。
糸を張り巡らせて巣にしていそうだ。
「どこに行くか考えてたってのは?」
疑問の焦点が移る。
アラクネの街は近くにないはずだ。
話を聞いた事がないし、前に見た周辺地図にも記載がなかった。
つまりエルメダは思っているより遠くから来たのだろう。
それなのに、目的地はないのか。
「私は旅をしているの。だから終点を決めず、気ままにどこへ行くか考えているのよ」
「なるほどね」
エルメダは旅人だった。
アラクネの旅人と言うのは随分と珍しいとアリスは思った。
蜘蛛は巣に定住するのが基本だというイメージが頭にあったから、旅人であるのに違和感がある。
アラクネも人だし、十人十色で当然なんだけど。
「エルメダは旅が好きなんだ」
「いいえ。それは違うわ」
アリスの言葉を、エルメダはあっさりと否定した。
驚きの声を上げ、アリスは目を白黒させる。
旅人なのに旅好きじゃない。
驚きの事実である。
それなら何で旅をしているのか。
アリスはちょっと考えて、すぐ様に答えを導き出した。
きっと、使命があるのだ。
何か大きな使命を持って、エルメダは旅を続けているのだ。
アリスは期待の込もった目をエルメダに向けた。
(何かのイベントかもしれない)
エルメダは突然の期待に戸惑う。
変な誤解を受けている気がした。
アリスの期待に輝く純粋な瞳を直視していられず、気不味そうに目を反らす。
本当なら知った事ではないけど、期待を裏切っている様で、どこからか罪悪感が湧いてくる。
「ちょっとした、家出よ。本当に何て事のない理由でね。所謂、価値観の違いって奴よ」
濁した言い方だったが、それでもアリスの期待を否定する。
変な設定を盛られても、エルメダとしては困るだけだ。
(なんだ。じゃあ大きなイベントではなさそうだね)
少し残念に感じたが、アリスは自分が現在進行しているイベントを思い出す。
ベルの頼み事だ。
水の精霊を見つける事。
正確には、その精霊が作り出す癒しの薬を手に入れるイベントだ。
この明らかに難易度の高いイベントを、他のイベントと同時に進めるのは、きっと厳しい。
そう考えると、ここでイベントが発生しなかったのは幸いだったかもしれない。
「で、価値観の違いって?」
忘れずに聞いておく。
デリケートな質問であ可能性も、勿論思い付いていた。
でもちょっとした理由だとエルメダが言ったから、きっと重い事情はないはずだと、アリスは判断したのだ。
「ああ。それは服の事よ」
エルメダはゆったりとした自分の服の裾を指で摘んで、少しだけ持ち上げて見せた。
それは良い所の令嬢みたいに可憐な動きで、アリスの心臓が大きく脈打つ。
頬の色が微かに赤く染まった。
だけどアリスにとって幸運な事に、ここは薄暗い森の中である。
エルメダにその変化が気付かれる事はなかった。
「そっか。服かぁ」
納得して頷いた。
アリスはなるほどと呟く。
「そう言えば、アラクネは服を着ないって有名だもんね」
アラクネの街は、どんな光景が広がっているんだろう。
唐突に、そんな考えが浮かんだ。
今迄はこんな事なかったのに。
不思議だと思った。
エルメダを知ったからだろうか。
彼女の美貌はアリスは自分が考える以上に、心を乱したのかもしれない。
(つまり、また一目惚れか?)
それは思わず鼻で笑いたくなるくらいに滑稽だ。
真実なら、ちょろいと言う言葉だけでは済まない奴だ。
自分に限ってそれはない。
アリスは精一杯に否定する。
しかし疑念は消せずに燻り続けた。
「エルメダは服を着てるけど、それが価値観の違いなの?」
「まあ、それもあるかもね」
アリスは疑念を無視して話を進める。
今は考えない様にするのが1番だと思って、その通りにした。
情けない話だ。
しかし、効果的ではあったらしい。
興味はアラクネの街の光景から、エルメダの服装に移った。
「でもアラクネだって街の外に出るなら服くらい着るわよ」
エルメダはアリスの知らなかった事実を付け足した。
アリスは驚きの声を出す。
当たり前じゃないの。エルメダは呆れて返した。
「同性で家族同然の同族なら兎も角、外の人たちに好き好んで裸を見られたくはないわ」
「ああ。うん。そりゃそうだ」
最もな事を言われて、アリスは頷くしかなかった。
つまりアラクネの裸を見物に行った男たちの悉くが血祭りにされるのは、それが理由か。
背筋に冷たい物が走る。
危なかった。別に観光に行くつもりはなかったけど。
誰に対してなのか、きっちりと心の中で卑しさを否定しながら、その表情には安堵を浮かべる。
アリスはほっと息を吐いた。
「私は服が好きだから、街の中でも着ているけどね」
エルメダはそれが肝心だと言った。
「そうなんだ」
「そうよ。毎日違うデザインの服を着ているわ」
アリスは適当に相槌をうって、それから情報を整理する。
(エルメダは周囲のアラクネとの間に価値観の違いを感じている)
エルメダ自身の発言だから、恐らく誤解はしていない。
(価値観が違うのは服について)
これも間違いない事だ。
エルメダの服好きは、アリスでも断言出来るくらいに明確だ。
(アラクネは服を普段着ないのに、エルメダは毎日着ている。それが家出をした理由に直結するのだろう)
ようやくアリスは全容を理解した。
そして呆れた。
エルメダの服好きは相当の物だと分かったからだ。
「服、好き過ぎるでしょ」
「ふむ。やっぱりそうかしら? そんな気はしているのよね」
呆れた様な言い方をしたら、エルメダは真剣そうな顔で頷く。
自分で言っておいて、アリスは目を瞬かせた。
ただの戯れ言だったのに、真面目に受け止められている。
「どうしたの?」
アリスは心配そうに聞いた。
「だって、私が作った服の評価は皆一緒よ。変だって。腹立つわ」
怒りを滲ませながらに言った。
アリスははらはらとしながらエルメダを見守る。
「貴方が初めてよ。お洒落って言ってくれたのは」
エルメダが優しく、嬉しそうな微笑みを浮かべる。
アリスは大きな罪悪感を覚えた。
誤魔化しの為に放った言葉が、エルメダには重要な意味を持っていたらしい。
泡を食って考え出す。
励ます必要があると思った。
「今迄がどうだったかなんて、私は知らない。だけどエルメダの服を評価してくれる人は、案外沢山いると思うよ」
「そうかしら?」
自信がなさそうするエルメダの為に、アリスは似合わない真剣な面持ちで、はっきりと頷く。
「この森の近くの聖堂都市や、王城都市に行った事はある?」
「いいえ。無いわ」
答えに、したり顔でにやりとする。
アリスの思った通りであった。
「少なくとも、この2つの街には、私みたいなのが沢山いるはずだよ。その人たちなら、エルメダの服の価値がきっと分かる」
その人たちはプレイヤーと言って、技術が発展した現実を生きているから。
口には出さずに付け足した事実。
彼らは高い評価してくれるだろう。
多分、きっと。
エルメダに腕があるなら確実に。
「ふぅん。そっか」
分かったわ。
小さな呟きだけど、アリス自慢の兎耳は聞き逃さない。
無事に励ませたみたいだ。
アリスは満足気に微笑む。
しかし、その顔をじろりとエルメダが睨んだ。
「何よ。気持ち悪い顔して」
「ええっ!? それは酷いよ!」
エルメダの暴言に、アリスは堪らずに叫んだ。
鈴の音の様な笑い声が、怒ったらしい少女の声と共に、暗い森に愉快に響いた。




