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16話。青牡牛の討伐数を60体から18体に変更しました。
17話。青牡牛のドロップアイテムの売値を1個10イェンから50イェンに変更しました。
目的の薬草が全て集まったのは昼近くになってからだった。
手に持った最後の緑色薬草をしまう。
大きく息を吐き出した。
一応、念の為にインベントリで指差し確認をする。
(赤色10。黄色10。青色10。緑色も10。よし、全部揃ってる)
四色薬草を全色10個ずつ採取する。
この依頼は無事に達成出来そうだ。
協会に行って納品すれば終わり。
それで報酬が貰える。
(これで800イェンか。ボロいね)
良い笑みが浮かぶ。
依頼は儲かると言われている理由もよく分かった。
危険な魔物狩りをするより、ずっと簡単で楽だ。
ちょっと遠出する必要はある。
でも許容範囲内だった。
(この森くらいなら日帰り出来る距離だものね。本来なら)
達成感と共に帰りたい所だった。
そうしないのは、アリスにはまだ予定があるからだ。
それは依頼よりも比重が高い。
イベントを進めなければ。
ベルの頼みをしないといけない。
善意で引き受けたはずなのに、既に義務感になりつつある。
アリスにも自覚はあるけど、まあいいかと思った。
(子供との約束は破れないし)
システムパネルをインベントリから簡易マップに切り替えた。
これで森で迷子になる可能性は大きく減らせるはずだ。
マップには森が映る。
北西の方向には街を示す記号がある。
まだ森の奥には入っていないはずだとアリスは思った。
簡易マップは狭い範囲しか映さないから森の端は見えていない。
でも浅い場所にいるのは確信していた。
未だ魔物と遭遇していない事が何よりの証明である。
基本的にエリアの奥に進む程、魔物は多く強くなるのだから。
(という事は。私は南東に向かえば湖に着けるはずだ)
薬草の森の奥に湖はあったはずだ。
街とは反対の方向に体を向ける。
マップの矢印の方向も変わった。
方角が合っているのを確認する。
(でもその前に昼ご飯の時間だ)
アリスは適当な木の根っこに腰を下ろす。
インベントリから取り出したのは、ラド手製の弁当だ。
作り立ての様に熱く、良い香りがする。
蓋を開けると、肉の匂いが広がった。
(あれ。平原兎の肉じゃない?)
形と大きさが、良く見る肉とは異なっていた。
平原兎の肉はもっと小振りだったはずだ。
不思議に思いつつ、アリスは串を持つ。
口まで運んで、ぱくりと食べた。
「うまー」
蕩ける様な肉の柔らかさ。溢れ出す肉汁。
アリスは顔を綻ばせる。
平原兎のそれより美味しかった。
好みの問題もあるのかもしれない。
だけどアリスにとってはこの肉の方が好きだった。
(何の肉なんだろう)
だから疑問に思う。
アリスは試しに残っている串焼き肉を1本、インベントリに入れた。
表示された名前は青牡牛の串焼き肉。
もしかしたらラドに贈った肉がそのまま使われているのかもしれない。
(宿代の代わりのつもりだったんだけど)
宿の経営は大丈夫なのかと、相変わらず人を不安にさせる善良さだ。
(まあ。美味しかったからいっか)
弁当を食べ終えて、容器はインベントリに入れておく。
帰ったら捨てる事にする。
それから今度は樽を出した。
水がなみなみと入ってる。
回復の魔法薬が入っていた瓶に水を注いだ。
(樽貰えて良かった。水不足にはならないものね)
瓶の水を飲み干して、ようやく立ち上がった。
まだ食べられるが、これ以上の食事は運動に支障が出てしまう。
そうならない為に、出した物をきっぱりと全て片付けた。
マントの汚れを払う。
(さてと。探索再開だ)
アリスは湖に向って、再び歩き始めた。
奇しくも、その方向は草木の密度が薄く、通り道と呼べるだけの隙間が続いている。
踏み倒された雑草も確認できる。
誰かが通った明らかな痕跡だ。
(人が定期的に通っているのかもね。湖の存在は割と有名みたいだし)
アリスは反対側にも続いている道を見て思った。
この様子だと湖に精霊はいなそうだ。
人が定期的に通っていても、精霊の発見はないのだから。
そこにいない事を表している。
何かしらのヒントが手に入るだろうと踏んでいた。
それさえも怪しくなっている。
ヒントになる物が、果たしてあるのだろうか。
あったとして、それは今もそこに残っているのだろうか。
(残っていたら良いなぁ)
もし女神教に持ち帰られていたら無駄骨になってしまう。
不安だ。
女神教は女神に関する全ての事に執着があるらしいとは良く聞く話だ。
だから遺物が見つかった日には、持ち帰って保管してしまっていても、何ら不思議じゃない。
今から急いても結果は変わらない無駄な行為だとは分かっていても、アリスは焦りを感じてしまい、歩みを早めた。
木を避け、枝を払い、進む。
奥に行くほど森の暗さが濃くなる中で、ただひたすらに湖を目指した。
そんな最中に、自慢の黒兎の耳は異音を捉える。
自分ではない何かによって、枝がへし折れた音だ。
(何だ?)
進行方向を見ていた目が、音の発生源に向けられた。
深緑色の茂みから、原因が歩み出る。
醜悪な姿をしたそれは、アリスにも見覚えがある魔物だった。
(ゴブリンが、なぜこんな所に)
そう思うも、考え直せば薬草の森はゴブリンの森と隣接している。
ビースト平原と同じ様に、ここにもはぐれがいて当然か。
納得の表情を浮かべた。
ゴブリンがいつ行動を起こしても対処出来る様に、アリスは拳を硬く握り締め、適度な具合に体に力を満たす。
場が緊張に包まれる。
その空気感はゴブリンにとって耐え難い物だったらしい。
金属音みたいな不愉快な音程の雄叫びを上げて、ゴブリンが突撃を開始する。
対するアリスの行動も簡潔だった。
間合いに入ったゴブリンを薙ぎ払う様に横から蹴った。
ゴブリン1体にとっては高過ぎる威力だったらしい。
体をくの字に曲げ、蹴りに振り回されるままに、木に叩きつけられた。
ゴブリンはそのまま消滅する。
(あ!)
<格闘術>と<怪力>。
アリスの蹴りは2つのスキルによって強化されていた。
青牡牛には耐性の関係であまり効果はなく、はっきり言えば期待外れの威力でしかなかった。
しかし、今回は違ったらしい。
ゴブリンを叩き付けた木から音が鳴る。
木に加わえられた衝撃は、その耐久を上回る程に強かった。
破砕音を立てながら、木は傾いていく。
大きさ故のゆっくりとした速さ。
轟音と共に、木は地面に横たわった。
呆気に取られる。
思ってもない威力だった。
(これは、怖いなぁ)
街中でこんな騒ぎを起こせばすぐに捕まってしまう。
捕まると下手をすれば死刑にもなると知っているから、アリスは青ざめる。
このゲームでの死刑とはアバターのロストを意味している。
PKが少ない理由にも直結する、重い罰だ。
(気をつけないと)
注意して行動する事にしようとアリスは決めた。
逮捕されるのも死刑になるのも嫌だ。
折角の楽しみの邪魔になってしまう。
小さく息を吐いた。
煩い事が増えた為に憂鬱な気分だった。
(でもお陰で、出て来る魔物の種類には予想がついたぞ)
ゴブリンの森の魔物が現れたのだ。
つまり他のエリアの魔物がいる。
ビースト平原の平原兎がいるかもしれな。
もしかしたら、果樹の森から擬態果樹が来ている可能性もある。
「ねぇ、そこの兎人。これは貴方がやったの?」
誰かの声が聞こえた。
飛び上がるほど驚いた。
兎人。多分、自分の事だろうとアリスは思った。
聞きなれない単語だから言い切れないけど。
(誰だろう)
アリスは息苦しさを感じた。
戦闘時とは別種の緊張に苛まれる。
何だか悪事を咎められた気分になっていた。
木を蹴り倒してしまったのは、完全に事故である。
街の外だし、態とでもない。
アリスは聞かれてもないのに胸の内で弁明を始めた。
逃げようかと少しの逡巡の後、余計に事態を悪化させる事に気付いて諦める。
鈍臭い動きで振り返る。
そして息を呑んだ。
(アラクネだぁ)
下半身が蜘蛛の、異形の女性がそこにいた。




