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 アリスは呆然とさっきまで女性が立っていた場所を見つめる。

 道の土埃を風が吹き散らす。

 現れた時と同じ様に、去り際も足音の1つもしなかった。

 耳は良いはずだけど。

 アリスは不思議そうに自分の長い耳を撫でる。

 驚くべき隠密能力だ。


(<忍び足>なんてスキルでもあったりして)


 茶化した様にアリスは思った。

 その口元は柔らかい弧を描いている。

 予想外の幸運を喜んでいた。

 綺麗な人との出会いは、とても良いイベントだ。

 ぶつかる危険はあったものの、素晴らしい出来事なのは変わらない。

 もう1度アリスは周りを見渡す。

 でもやはり、女性の姿はどこにも見当たらなかった。


(綺麗な人だったなぁ……)


 女性の姿を思い出し、頬が紅潮する。

 落ち着きを取り戻しつつあった鼓動が再び早まっている。

 同性だと言うのに。

 恐ろしい美貌である。

 神聖ささえ感じる静謐な雰囲気と容姿なのに、見ただけで人を魅了する魔性を兼ね備えていた。


(もし私が男だったら、きっと一目惚れしていた)


 そんなにちょろくないと思っていたんだけど。

 アリスは込み上がる笑いを噛み締めた。

 これはどこか擽ったい。

 あるいは既に一目惚れに近しい感情を抱いているのかもしれなかった。


(あの人は何者なんだろう?)


 波の様に押し寄せる笑いを堪え切る。

 それからアリスはようやくその疑問を浮かべた。

 特徴は幾つかあった。

 女性はメイド服を着ていた。

 現代でよく見るスカート丈の短い、良く言えば可愛らしい、悪く言えば低俗な服装ではない。

 本格的なクラシックタイプの装いだ。


(いや、それは少し語弊がある)


 自分の付けた評価に首を横に振った。

 本格的と言う割に、女性が身に付けていた装飾品は多かった。

 上品の範疇に収まるとは言え、見た目を重視した格好だ。

 それだと本来の仕事着とは言い難い。

 マイナス評価には繋がらないけど。

 容姿とマッチしていて実に似合っていたとアリスは頷く。

 彼女はメイドなのだろう。

 この街の誰かに仕えているのかな。

 アリスは街の地図を頭に書き出す。

 細かい事は知らない。

 何日も前にちらっと見た事があった程度だし、そもそも詳しくは書かれていなかったから。

 でも中央周辺に高級住宅地があるのは覚えている。

 大聖堂を取り囲む様にして大きな館が連なっているのは壮観だ。

 お金持ちの女神教の信者が住んでいるのだろう。

 恐らく女性の仕事場はその辺のはずだ。


(メイドさんか。それっていいよね)


 何度も首を縦に振る。

 優雅に完璧に、仕事を素早くこなすクールなメイドの姿を想像して感慨に耽る。

 自分には出来ないと確信しているからこそ、余計に憧れが大きい。 


(私ってがさつだから。メイド服も似合わなさそう)


 自分で思っておきながら、アリスはがっくりと肩を落とした。

 気分が沈んでしまったらしい。

 耳が力なく枝垂れている。

 長い溜息が口から漏れる。

 それは羨ましいという強い思いに溢れていた。


(あら?)


 思考の深みに嵌っていたアリスは、ふと周りの変化に気が付いた。

 人が増え始めている。

 それに明るくなりつつある。

 屋台店の準備も着々と進んでいる様だ。

 思っていたよりも時間が経過していたらしい。


(これじゃ早起きした意味がなくなりそうね)


 焦りを感じてアリスは南門の方角へ向き直す。

 焦っているのに、のっそりと、トロールみたいに重鈍な動きだ。

 まだ落ち込みはまだ継続していた。

 開店に向けて忙しなく準備を続ける商人たちを尻目に、屋台が立ち並ぶ大通りを歩き抜ける。

 冒険者協会を過ぎて少し行けば、南門へと辿り着いた。


(随分と時間がかかったな)


 デジタル表示の時計を見て思う。

 女性に見惚れていた事よりも、歩く速さが遅過ぎた所為だろう。

 それを確信して、いい加減に気持ちを切り替える。


(綺麗な人に会えたんだから、それを喜んでれば良いのよ)


 再びメイドの女性を思い出し気分を高揚させて、アリスはだらしない笑みを浮かべた。

 クールさとは程遠い姿だ。

 それに気付くと、すぐ様に表情を消して、咳払い。

 何事もなかった様に取り繕う。


(ロイは今日もいないのね)


 門番は知らない人だった。

 ロイはこの前の様に街の見回りでもしているのだろうか。

 それとも単なるサボりだったりして。

 アリスは失礼な事を考えて、それは無いかと思った。

 直感が言っている。

 あれは面倒なくらい馬鹿真面目な男だと。

 最初に会った時の印象が大きいんだろうなと分析した。


「週交代なのかな?」


 気になった事が不意に口から飛び出した。

 慌てて手で塞ぎ、周りを見渡す。

 誰も気にした様子はない。

 よかった。ほっと胸をなで下ろす。

 もし誰かから親切にも返答があったとしたら。

 そう考えただけで安堵は深くなる。

 それはきっと凄く恥ずかしかった事だろう。


(そう言えば、ロイと最後に会った時、何か言っていたな)


 確か、今週は見回りだと言っていた気がする。

 記憶があやふやだから、全く断言できないけど。

 事実なら大変そうだなと思う。

 それだけ職務があるのは絶対に疲れる。

 他人事だから、その程度の感想しか持たない。


(まあいいや。特に用事もないんだし)


 アリスはロイについての思考を打ち切る。

 今最も重要なのはベルの頼み事で、次に依頼だ。

 目を前に向けた。

 太陽によって青々と照らされた草原がそれに映る。

 何度目かのビースト平原だ。

 アリスは左前を見た。

 そこに目的地の薬草の森がある。


(思ったより遠いみたいだ)


 目算して眉を顰める。

 ゴブリンの森よりも距離がありそうだ。

 でも文句を言っても仕方がない事は分かりきっている。

 そうした所で道程は変わらないのだから。

 時間のロスを補う様に、アリスは早足で歩き出した。


(相変わらずのどかな平原ね)


 景色を楽しみながら、目的地へと真っ直ぐ進む。

 遠目に平原兎を眺めると、気持ち良さそうに日向ぼっこをしている。

 青牡牛の横を擦り抜けても、彼らは気にせず食事を続ける。

 この平原では数少ない警戒対象のはぐれゴブリンは近くにいない。

 とてものんびりとしている。

 急いでいるのは自分だけだと言われているみたいだ。

 少しだけ腹が立つ。

 だが晴れた天気と、優れた景色が、その怒りをすぐに忘れさせる。


(戦闘がないと、こんな穏やかなんだ)


 歩みは自然と遅れがちになる。

 アリスは思い出す度に自分の足を急かす。

 でもあまり効果があるとは言えなかった。

 もう散歩しているのと変わらない速さで、目的地に向かう。

 耳に鐘の音が届いたのは、そんな時だった。

 アリスは何事かと振り返る。

 音は街の方から聞こえていた。


(んー。異常はなさそう?)


 警鐘かと思ったが違うらしい。

 ではなんだろうかと首を捻る。

 街の観察の為に視線を漂わす。

 アリスの疑問は、街のシンボルを見た時、簡単に解消された。


(ああ、鐘楼か。あったねそんなの)


 街の中央には大聖堂が建っている。

 聖堂都市と言う名前の所以だ。

 それに相応しい巨大で荘厳さな建造物だ。

 この大聖堂には鐘楼がある。

 聖堂と同じく巨大な物だ。

 この平原からでもはっきり見える、尖塔の中にあるはずだ。


(つまり、もうそんな時間なのか)


 鐘楼が鳴る時間は決まっている。

 その内の1つが、今鳴った。

 これは朝を告げる音だ。

 多くの人はこれに起こされ、街はようやく活動が活発になり始める。

 アリスはこの音で起きた事がないから、すっかり存在を忘れていた。

 システムパネルには時計があるし、アラームもある。

 精確な時間がすぐに分かるから、態々鐘を聞く必要がないのだ。


(早起きした意味がどんどんと消えていく……。まあいいんだけど)


 予定では既に薬草の森に着いているはずの時間だった。

 このままではいつ辿り着けるのか分からない。

 着々と進んでいるとは言え、アリスは不安に思う。

 早歩きでは駄目だった。

 それならば別の方法を取ろう。

 そう決めるとすぐに、アリスは駆け出した。

 薬草の森はまだ離れている。

 体力が持つか微妙なところだ。

 なんとかなると良いけど。

 軽快にアリスは走る。

 長い距離を走れる様に全力ではない。

 その後には森に入るんだから全力を出す訳がない。

 軽い足取りで地を蹴る。

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