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結局、ヒントになりうる情報は他にはなかった。
このイベントを進める気なら、きっと自分で調べていく必要があるのだろう。
神話の存在である精霊。
それが作る癒しの薬を探すだなんて、どれだけの難易度なのか。
気が滅入る話だ。
「ま、いいか」
だけどアリスは楽天的に言った。
何1つとして不満なんか無いみたいに晴れやかに。
どうにかなるさ。
脳天気な思いを抱く。
ベルの大切な人が薬がいると思っているのに。
しかし心配はいらないと勘が囁いている。
ゲームなのだから、確実に助ける手段があるはずだ。
「ベル。私に任せて。貴女の探し物は必ず見つけてあげる」
胸を張って、少女に宣言する。
冒険者としての実力は高くないアリスだったが、この依頼は達成してみせると心に決意の炎を熱く灯した。
冒険者協会を通した訳じゃないから正式な物ではない。
でも子供の悩み事くらいは解決して上げたい。
「本当に?」
ベルは目を丸くして問う。
大きな驚きが彼女の胸中を占めているらしい。
ポカンとした顔は非常に愛くるしい。
年相応の子供の表情だ。
ニヤリとアリスは笑う。
とても自信に満ち溢れている。
「本当よ。約束だ。少し時間はかかるかもだけど、必ず手に入れる」
アリスは本心から言い切った。
まだ何も見通しは立っていない。
けれどやると決めた以上、絶対に成し遂げる。
どれだけ難しかろうがもう構わない。
ベルは目を輝かせた。
事態に好転の兆しが見えたからだろうか。
とても嬉しそうだ。
しかしその表情はすぐに曇ってしまう。
どうしたのかとアリスは聞いた。
「でも私、お金持ってないわ。ほうしゅうが払えない」
「ああ、そんな事か」
ベルは依頼書をじっと見つめてそう言った。
なるほど。
充分な報酬に出来るだけのお金を持っていないから、正式な依頼を出していないのか。
ベルの不安を理解する。
その上で、アリスはその心配が無用の物である事を教えた。
「報酬はいらないよ。貰う気がないもの」
「えっ?」
自分よりずっと幼い子供から金銭をせびるのは何か違う。
それはアリスの思い描く冒険者像ではなかった。
だからいらない。
とてもあっさりとして言った。
「さてと」
アリスは立ち上がる。
ベルの依頼を受けるのは決まりだ。
しかし何をするにも準備は必要である。
今回も色々と揃える物があった。
もうすぐ店も閉まってしまう。
その前に、買える物を買わなくては。
「じゃあね。またその内に」
「うん。バイバイ、アリス」
ベルに軽く手を振ってアリスはその場を離れた。
もう片方の手には薬草採取の依頼書も忘れずに持っている。
ベルの話を聞く限り、どうせ目的地は同じだ。
ならこっちも受けておいた方が効率が良い。
それに支度にもお金がかかるのだ。
少しでも損失を抑えるために、こっちの依頼も受けなきゃならない。
(まあ、4色の薬草を10本ずつ集めるだけで800イェンだ。いい稼ぎにはなるけど)
頭の中で計算して、顔を顰めた。
薬草の森で薬草採取をしながら湖で精霊探しまでするとなると、外で野宿する必要がある。
早朝に出発したとしても日暮れまでに帰るのは困難なはずだ。
そうなると欲しい物が幾つかある。
しかしそれらを買おうとすれば、資金は軽く底を突いてしまうだろう。
いくつか諦めないといけない。
(テントとか高そうだもんなぁ)
高いと手が出せない。
流石にお金を使い切るのは怖い。
収入が安定していない今は特に。
でも今の懐具合だと、ほとんど使う羽目になりそうだと思う。
頭が痛くなる話だ。
(しばらくは依頼暮らしかな)
アリスは依頼書を受付嬢に差し出した。
すると冒険者カードの提出も求められる。
逆らう訳もなく、登録時に貰った金属板を渡した。
受付嬢は紙に文字を書き込んでいる。
何を書いているのかは相変わらず分からない。
文字を読めないのは中々に厳しいらしい。
他人事の様に思いながら、作業が終わるのを待つ。
文字の勉強をしようなんて殊勝な心掛けはアリスにはなかった。
(でも<解読>のスキルもいらないけど)
そんな物よりも戦闘に役立つスキルが欲しい。
青牡牛との戦闘では殴りや蹴りの威力不足が目立っていた。
<格闘術>のスキルがあってもまだ足りない。
もっと良い物が出ないかなと、アリスは少し不満気に思った。
その仏頂面に受付嬢は怪訝そうな目を向けた。
慌てて笑みを取り繕い、何でもないと誤魔化す。
疑わしそうな顔をしていたが特に何も言われなかった。
変な人だと思われたと確信して気持ちが凹む。
返って来た冒険者カードと何かが書き込まれていた紙をインベントリに仕舞った。
「この依頼の達成期限は1週間です」
「はい」
意外と長い期間だ。
でも確かに、それくらいの期間は必要なのかもしれない。
この世界は広大で、危険はそこら中に転がっている。
これ位の余裕がないと受けてくれる冒険者もいないのだろう。
「達成報告時には目標アイテムと共に冒険者カードと依頼書の写しを忘れずに持ってきて下さい」
「はい」
アリスは頷いた。
安心だ。
どっちもインベントリの中だから忘れることはありえない。
(さてと)
冒険者協会から出て、通りを見渡した。
明日の準備がここで済ませられれば良いけど。
見る限り多くの店がある。
多分、大丈夫そうかな。
首を傾げた。
(まずは食料を買いに行こう)
良い匂いのする方向に歩いていく。
きっと戦闘もあるだろうから、激しい動きをするはずだ。
それなら弁当の用意をしないと死んでしまう。
最初の屋台では肉をメインに扱っていた。
1番安いのは平原兎の肉だ。
それの串焼き肉を20本買う。
半分で十分な気もするが念の為だ。
多めに用意しておく。
(早くも200イェンの出費だよ)
平原兎の串焼き肉は1本で10イェンと実に安価な食べ物だ。
しかし量が量だ。
これだけで済んで良かったなと思う事にする。
余ったら余ったでアリスの場合は保存が効く。
インベントリの助けは大きい。
(あとパンも欲しいな)
次はパンを売っている屋台店に向かった。
その中でアリスが選んだのは柔らかい白いパンだった。
他よりも高いが、仕方のない事だと自分に言い聞かせる。
美味しそうだったのがいけない。
でも食料はもう十分だ。
水は宿屋の裏庭にある井戸水を汲めばいいとして、その入れ物を探さないと。
(飲み水とランプの2種類に使い道があるんだよね)
大きな入れ物を買って、汲み取る感じで使うのが良いかな。
それとも小さいのを数揃えるべきか。
幸いにも魔法薬の空き瓶が1つある。
これは飲み水に使えるはずだ。
アリスは出来るだけ安いのを手に入れようと、通りを歩き回った。
(うぅむ。上々だ)
そしてアリスは木の樽を手に入れた。
幸運だったと言う他にない。
偶然破棄されかかっていた物を譲り受けたのだ。
気の良い商人で良かった。
じゃなきゃゴミ漁りをする羽目になっていた。
しかし何とも勿体無い話だとアリスは思った。
確かに少し汚れているが、まだ使えるだろうに。
(最後はあれだな)
向かったのは服屋である。
アリスはそこでマントを手に取った。
暗い色をしていて、フード付き。
迷わずそれを買った。
テントがないから、せめてもの用意だ。
こんな物でもないよりは寝心地は上がるはずだ。
(こんな物かな。これで足りると良いが)
買い物を終えたアリスは帰路につく。
少しだけ不安そうにしている。
1日やっても精霊が見つからなければ返ってくるつもりだ。
たった1日だけの冒険。
しかしそうは思っても安心するのは無理な話だ。
ゲームとは言え、森で夜を明かすのは初めてだから。
宿屋に着くと、アリスはラドに明日の予定を伝えた。
明日は帰ってこないと。
ご飯の用意をさせても無駄にしてしまうと思い、予め言っておくのだ。
ラドは分かったと頷いた。
(明日は大変そうね)
のほほんと夕食を食べつつ、頭の片隅では心を決める。
そしてどうせやる事は変わらないと開き直る。
敵が現れれば倒すだけ。
薬草を集めるのも湖の探索も、さして難しい事じゃない。
大きく息を吐いた。
騒めく心はそれで落ち着きを取り戻す。
そのままのんびりと夕食を食べ終えた。
今日はゆったりとお湯に浸かる。
青牡牛から受けたダメージは既に癒えていた。
目を瞑りながら考える。
(きっと明日は嫌でも疲れる)
だから今日の疲れを全力で落とす。
ベッドに入ったのもいつもより早い時間だった。
システムパネルのアラームをセットして、安心して微睡む。
微かに届く街の賑わいを聞きながら瞼を下ろした。




