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 夜寝たのは遅かったのに、アリスは朝早くに起きた。

 ベッドの上に座りながらうんと背伸びをして、服を着た。

 今日もまたビースト平原に向かう。

 昨日の平原兎よりも遥かに強いと言われている魔物を狩りに行く。

 でもその前に腹拵えだ。

 酒場に下りる。

 まだ早い時間だ。

 しかし、やはりと言うべきかラドは起きていた。

 絶対に自分よりも遅く寝たはずなのに、どうして自分よりも早起きなのか。

 アリスは真剣に考える。

 もしかして寝ていないんじゃなかろうか。

 目を皿にしてラドの顔を見ても、疲れた様子は全くない。

 はてさてこれはどういう事だ。

 激務に疲れを見せないなんて、ファンタジーよりもファンタジーらしいラドの生態に疑問が芽生えた。

 朝食は山盛りの平原兎の焼肉と、パンとチーズである。

 いつも通りに美味しい食事だ。

 きっちり完食して満足した所で、紅茶を飲んで食休み。

 その間にラドに頼んで昼食を作って貰う事にする。

 ラドは喜んでその頼みを引き受けてくれた。

 有り難い。お返しに今日もお土産を持って帰ろう。

 アリスはちびちびと紅茶を飲む。

 そうしないと舌が焼けてしまいそうだった。

 美味しいんだけど、すごく熱いお茶である。


(柑橘系の香りがする。果物が入ってるのかな?)


 確かこの街の近くには果樹の森があったとアリスは思い出す。

 果樹の森は街の北東の方角に広がる森で、野菜畑を抜けた先のエリアだ。

 名前の通り果樹が生い茂る広大な森だ。

 出現する魔物は真正面から戦えば強くない物ばかり。

 しかし木に擬態していたり、森に溶け込んでいたりして、油断している相手を不意打ちする悪辣さを持っていて、厄介なエリアだと評判だ。

 最もそれへの対抗手段があるなら、打って変わり良い狩り場になるのだろう。

 因みに野菜畑は倒すと野菜を落とす魔物が群生するエリアだ。

 多くが戦闘能力を持たない為、外では最も安全なエリアらしい。

 戦闘が苦手な人の為の救済措置だとも言われていた。

 どちらにせよアリスは興味がない。


(早くレベル上げたいなぁ)


 そしてあの巨大ゴブリンにリベンジしたい。

 アリスは空になったカップを置いた。

 丁度のタイミングでラドが厨房から戻ってきた。

 手には昼食の包みを持っている。


「ありがとう、ラドさん」

「いいや。必要ならいつでも頼ってくれよ」


 礼を言って、アリスはお弁当をインベントリにしまう。

 それから宿屋を出て、大通りを南に進む。

 通りは店の準備をしている人たちで賑わっている。

 まだ商人以外の通行人の姿は少ない。

 日が出始めたばかりだから、きっと家にいるのだろう。

 そう思うと少し羨ましい。


(私ものんびりしたいかも)


 だけど今はレベリングが最優先。

 アリスは足を速めた。

 折角早起きしたのに時間を無駄にするのは勿体ない。

 さっさと平原に向かった。


(んー。結構いるなぁ)


 平原に着いたアリスはエリアを軽く見渡した。

 狙っている魔物はすぐに見つかった。

 そいつは平原兎の様に小さくないし、地味な色もしていない。

 頑丈そうな太く鋭い角。空の様に青い肌。

 筋肉で守られた体は硬く、矢程度なら弾いてしまうらしい。

 また、その重々しい巨体を使った突進は、鉄の鎧さえ砕くのだとか。

 青牡牛。

 それが魔物の名前だ。


(平原兎は逃げるだけだった。でも今日の青牡牛は違う)


 この魔物は攻撃される前までは見かけの割に大人しい。

 ただし一度敵対者が現れれば、そいつを地面の染みにするまで、暴走は止まらない。

 全力で敵を屠ろうと、真っ直ぐに突進が繰り出される。

 それだけかと侮ってはいけない。

 青牡牛は平原兎とは反対に、平原最強の名を冠している。

 タフで強い、最初のエリアには似付かわしくない魔物なのだ。

 油断すれば挽き肉にされるのは自分だと、心得て戦わなくてはならない。

 アリスも最初は全力で勝負をする。

 インベントリから兵士の直剣を取り出した。


(青牡牛の場合は確実に先手を取れる。なら後はどれだけ相手を封殺するかだ)


 青牡牛の突進は非常に強烈だ。

 いかに<怪力>のスキルを持っているからと言って、止められるとは思ってないのだ。

 そんな間の抜けた死に方をしたら笑い者にされてしまう。

 アリスは堂々と青牡牛の元に向かう。

 日の光を受けて刃が美しく煌めく。

 斜め後ろから接近し、剣が届く位置を保つ。

 狙うのは首だ。

 どれだけタフでも、きっと大ダメージを期待できる。

 後はタイミングだ。

 確実に攻撃を当てられる瞬間を逃さしてはいけない。

 平原兎の時の様に外してしまえば、面倒になる。

 アリスは必殺を期する。しかしその割には殺意が表に出て来ない。

 故に平穏な空気が平原を流れ、それが青牡牛の油断に繋がったのだろう。

 魔物は僅かに悩む素振りをしてから、草を食べようと地面に顔を近づけた。

 敵が傍にいるのに、この愚行。

 自分の耐久力を過信し過ぎているらしい。

 この平原に天敵がいないのも、油断に拍車をかけたのだろう。

 アリスは躊躇うことなく剣を振るった。

 弧を描きながら天より振り下ろされた刃は、予想していたよりもずっと軽い手応えを持って、地面までも切り裂いた。

 驚愕に目を見開く。

 青牡牛の首は宙を舞っていた。

 血を吹き出しながら、くるりくるりと地面に落ちる。

 力を失って倒れようとする頭を失った魔物の巨体は、しかし音を立てる事なく光になった。

 雑草の絨毯に白いオーブが転がる。

 アリスは剣を振り下ろした格好のまま、あっさりと終わってしまった戦闘に、呆然と立ち尽くした。


(えっと。うん。もう1回!)


 余りに簡単すぎたので、気を取り直して2戦目。

 今度は剣で不意打ちはしない。

 突進を躱しながら戦う事にする。

 闘牛士の様に華麗に避けるのは無理だろうが、回避くらいはしてみせる。

 敵を怒らせるのはそこらに落ちている石を使う。

 これが攻撃と認識されるのは平原兎の時に実証済みだ。


(よし。頑張ろう)


 投げた石は青牡牛の頭に当たった。

 あんな大きな的なら外さない。

 平原兎もこれくらい楽に当てられたら良かったのに。

 昨日の苦労を思い出し、少し顔をしかめた。

 青牡牛は数拍の溜めを作ってから、突進を開始する。

 全速力で迫ってくる青牡牛は流石に威圧感が強い。

 間合いを見極める。

 青牡牛がすぐ目の前まで迫り、鋭い角が当たる直前、アリスは回転する様にして牛の真横に滑り込む。

 その勢いを殺さないまま、アリスは突進の方向に沿う様にして斬り付ける。

 手応えはあった。

 攻撃が当たった事を確信し、2度目の攻撃に備えて振り返る。

 だがアリスの目に飛び込んできたのは、傷を負っても再び突進を始めようとする平原最強の魔物の姿ではなく、深く刻まれた刀傷によって命を絶たれ崩れ落ちるだけの獲物の姿だった。

 勝ったのに、アリスは渋い顔を浮かべた。

 この剣に付いている獣殺しの称号は、それだけ強力だったのだろう。

 こうなってしまえば、仕方がない。

 アリスは嘆息する。

 別に楽勝が嫌いな訳じゃない。

 でも最弱にあれだけ梃子摺って、最強にこうも容易く勝ってしまうのは、やるせない気持ちだった。


(青牡牛には素手で挑もう)


 剣を使えば勝負にならない。

 だから使わない。

 丁度良かったと思う事にしよう。

 <怪力>が戦闘にどの程度影響があるのか、気になっていたのだし。

 だけど正面から戦うのは怖いから、不意打ちはさせて貰う事にする。

 それくらいは許して欲しいとアリスは思う。

 青牡牛に打撃系の攻撃は効きにくいのに、格闘だけで挑むのだから。


「はあっ!」


 拳骨が青牡牛の胴体に叩き込まれた事で勝負は始まった。

 それだけでは止まらず、畳み掛ける様に追撃の蹴りを入れる。

 青牡牛はゴブリンより大きな金属を摩り下ろした様な声で鳴く。

 そしてアリスを引き剥がす為に後ろ足2本で立ち上がり、向きを変えて前足を地面に叩きつけた。

 ぎりぎり飛び退いたアリスは、相手を怯ませる為に顎に蹴りを見舞う。

 蹴り上げた足は即座に振り下ろし、額に踵落としを炸裂させた。

 青牡牛は後ろによろける。

 チャンスだと踏み込んだアリスは、咄嗟に腕を盾にして後ろに跳ぶ。

 鈍い音がして、アリスは吹き飛ばされていた。

 派手に地面を転がりながら勢いを抑える。

 そこまでして、ようやく立ち上がれた。

 青牡牛はよろめきから復帰した瞬間に、体当たりを繰り出したのだ。

 危なかった。アリスは激しく音を立てる心臓をぎゅっと抑える。


(むう。殴り蹴りじゃ埒が明かない)


 ダメージはあるらしいが、未だに青牡牛は疲労を見せない。

 方法を変える必要がある。

 突進して来た青牡牛にタイミングを合わせ、アリスは前に跳躍した。

 両手で角を逆手に掴み、足で首を絞めつける。

 何とか上手く出来た。

 1度見ておいて良かった。

 2体目との戦闘を思い出して呟いた。

 振り落とそうともがく青牡牛。

 アリスは懸命に堪えながら、目的を果たす。

 腕に全力を込めて、青牡牛に生えていた角を圧し折ったのだ。


(おお。<怪力>の補正が凄いな)


 感心しながら、アリスは折った角を、致命的な弱点に振り下ろす。

 柔らかい物を貫く感触が手に伝わる。

 壮絶な悲鳴が上がった。

 目から角を生やして、血の涙をながしながら、青牡牛はのたうち回る。

 申し訳ないとは思ったし、残虐な方法だとも思った。

 だけどこれが本気の戦闘である以上、卑怯だとは思わない。

 アリスは駆け出して、跳ぶ。

 その勢いを乗せた蹴りを目に刺した角へと当てた。

 深々と角が頭部に飲み込まれた。

 恐らく脳にも届く深さだろう。

 青牡牛は痙攣しながら消滅する。


(うぅ。夢に出そう)


 戦闘の熱狂が終われば、理性が戻る。

 さっきのホラー映画みたいな光景が目に焼き付いて離れない。

 アリスは振り払う様に首を振った。釣られて兎耳もフリフリと揺れた。

 インベントリから剣を取り出す。

 あの魔物に格闘は駄目だと思ったからだ。

 絶対に惨劇を繰り返す自信がアリスにはある。


(時間が半端だし、昼までやって、今日は帰ろう)


 結局アリスが昼までに倒せた青牡牛の数は、全部で18体だった。

 殴り蹴りだけで倒せるのか試した所為で、時間を掛け過ぎた感がある。

 ドロップしたアイテムは角、皮、肉の3種類だけ。

 レアアイテムは出なかったのが残念だ。

 しかしこれ以上の戦闘はする気になれないし、街に戻る事にする。

 幾らくらいになるかなあと、ぼんやりと思った。

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