15
「いらっしゃい」
道具屋に近付いたアリスを迎えたのは子供の様に高い声の商人だった。
その商人は男性でとても小柄だ。背丈はアリスの半分程度の大きさしかない。
ただし子供ではない。
確かに幼い顔立ちではある。
だがそこに生えている立派な口髭を見れば自ずと分かる。
恐らく彼は小人族だ。
だから子供みたいにみえてしまう。
妙に丁寧に手入れされたカイゼル髭がなければ、絶対にアリスも勘違いしてしまったはずだ。
それに小人族は自然には髭が生えないと聞いた事がある。
小人族のプレイヤーたちがそれを事実だと認めている。
もしかしたらそんな勘違いを減らす為、この商人はあえて髭を生やしているのかもしれない。
「こんばんは、お嬢さん。何をお探しだい?」
やんちゃな少年の姿とは裏腹に、落ち着いた物腰だ。
やはり見た目通りの年齢ではないのだろう。
「こんばんは。実はランプが欲しいんです」
店は物で溢れ返っている。
この建物の片隅が道具屋に占められているのは、この膨大な数の商品の所為だろうなと思う。
軽く見た程度ではどこに何があるのか把握出来ない。
だから当然、目当ての品物が置いてある場所も分からなかった。
「ふむ。ランプか。それなら確かこの辺に……」
商人は胡座を組んで座っていた丸椅子を飛び降りる。
それから商品の山を掻き分け始めた。
ガラゴロと音を立て、上に積まれていた物が落下している。
でもそんな事を商人は気にも止めない。
作業する手は止まる所か、より早まった。
既に彼の上半身は商品の山に埋まっている。
大丈夫だろうか。
「あの、手伝いましょうか?」
「いいや、結構。ちょいと待っててくれ」
アリスの提案は素気無い返事で却下された。
そう言われてしまえば、もう何も言えない。
仕方ないと口を噤む。
しかしそうしたところで懸念は消えない。
心配そうな表情で不安定な山を見た。
状況は悪化し続けている。
今にも崩れてしまいそうだ。
「よし、あった。これだ」
商人はそう言うと自分の身の丈程もある箱を引っ張り出した。
燻んだ鋼色のそれは、金庫の様に見える。
だいぶ長い間使われて来たのか汚れが目立つ。
そして商人が金庫を発掘したと同時に、アリスが予期していた通りの事が起きてしまう。
金庫が引き抜かれた事により今までは何とか保たれていた商品の山のバランスが、あっさりと崩れる。
大きな音と共に雪崩れが起きた。
商品は派手に転がり床に散らばってしまった。
それでも商人は泰然としていて、そっちには視線さえ向けない。
落ち着き過ぎだよ。アリスは心の中で呟いた。
「ランプの類は全てこの中にいれているのさ。壊れたらいけないから」
軽く金庫を叩きながら説明された。
曖昧に頷く。
だけどもっと気にするべき所があると思う。
例えばそこの散らかった床とか。
「それでお嬢さんはどんなランプが欲しいんだい?」
「ええと。どんな物があるんですかね?」
アリスは魔法ランプの事は知っていても、それ以外は全然知らない。
だからどんなと聞かれても答えられなかった。
しいて言うなら安くて丈夫で使い易いランプが欲しいけど。
「なんだ、知らないのか」
商人は驚いた様に言った。
アリスが頷くと、彼も分かったと頷いた。
「特にこだわりがないなら俺は光石ランプを勧める。金持ちなら魔法ランプの方が良いだろうけど、性能が良い分かなり高いからな」
「光石ランプ、ですか?」
「そうだ。名前の通り光石のランプさ」
光石は宿屋でも使った。
それのランプがあるのか。
「このランプは他より安価だ。仕組みが単純だし、何より素材が安い。加工も難しくはないし」
「安いのは良いですね」
それはとっても好ましい要素だ。
所持金はまだ4000イェン以上あるけど、良い道具を買うには心許ない。
出来るだけ安い物で済ましたいのがアリスの本心である。
「明かりを点けるのに必要なのは水だけだ。手に入れやすい物だから燃料には困らないのは助かるぞ。冒険者みたいに旅をする事が多い連中には特にね」
「なるほど」
アリスの場合はインベントリもあるから燃料の心配は完全に不要になる。
水ならば飲料にもなるし、ストックしておくのも良いかもしれない。
「それなのに欠点と言えば重さくらいの物だ。水が満杯に入れる分、他よりも重くなるのはどうしようもないからな」
「重さ、か」
もしランプを使いながらの戦闘が起きたとアリスは想定する。
まず片手が塞がり、動きが制限される。
重ければ重いだけ制限は酷くなるだろう。
店主の言い分を聞くにランプは壊れやすい物みたいだ。
重さを活かした武器にはできない。
寧ろ光を守る必要があるため余計に不利だ。
しかし。アリスは己のスキルの事を思い出す。
その重量は自分にとって重い物なのだろうか。
未だ実感はないけどアリスは<怪力>のスキルを持つ。
それが獣人の身体能力に合わされば、普通の人よりもずっと力が強いはず。
「うん。決めました。そのランプを下さい」
「よし分かった。お嬢さんは運が良い。取って置きのがあるんだよ」
商人が取り出したのは円柱のガラス瓶だった。
持ち手が付いた金属の蓋が被せられ、そこから紐が垂れている。
紐の先には石が吊るしてある。
言わずもがな光石だ。
これが光石ランプか。少し予想とは形が違っていて戸惑う。
非常に簡素な造りに見える。
「この光石ランプは特別製なんだ。知り合いの魔法使いにガラスを強化して貰ったのさ」
「それって割れにくいって事ですか?」
「そうだよ。少なくとも落として割れるのは防いでくれる」
「へえー!」
アリスは感心した様子だ。
魔法には沢山の種類がある。
火や水は勿論だが、回復や強化などの魔法スキルも存在するらしい。
NPCについては不明な事だらけだが、高位の実力者ならガラス瓶の永久強化くらいチョイと出来てしまうはずだ。
「さて。これで2000イェンだけど、どうする。他のにするかい?」
「いえ。買います」
悩む事もなくあっさりと決断した。
所持金の半分がなくなるのは痛いが、先行投資だと思う事にしよう。
アリスはインベントリから大銀貨2枚を取り出した。
そして惜しみながらも、商人に渡す。
交換で受け取ったランプは、ほとんど重さを感じなかった。
体感では硬貨程度の重量である。
<怪力>の影響なのだろう。
やっと買い物を終え、アリスは協会から出た。
有り難い事に、サービスと言われて商人から水が貰えたので、ランプは既に明るい光を発している。
重さは水の入ってない時と変わっていない様に感じる。
どれ位の重さまで持てるのか少し気になった。
(中々明るいな)
アリスはランプをぶら下げながら、人気のなくなった道を歩く。
早足なのはラドが寝る前には帰りたかったからだ。
2つほど用事がある。
そしてその内の1つはどうしても今日中に済ませたい内容だ。
そんな思いもあって、急いでいるのだ。
地図をもう片方の手に持ちながら迷路の様な道を進んでいた。
その時だった。
まるで心の中まで見透かす様な視線を感じたのは。
「っ!」
反射的に振り返り、ランプで道を照らす。
だが誰もいない。
それもそうだ。
そこは今自分が歩いてきた道なのだから。
気の所為か?
浮かんだ疑惑を、アリスは否定する。
間違い様がない。
はっきりとした感覚だった。
(気味が悪いわ)
アリスはその場を脱兎の如く駆け出した。
幸運にも狂った鼠亭はすぐそこだった。
「なんだ? どうした?」
飛び込む様に入ると、ラドは非常に驚いたらしく目を丸くしていた。
「いえ、なんでも」
少し頬を赤らめ、アリスは誤魔化した。
最近になって失態続きだ。
溜息を吐きたい気持ちを抑えて、ラドに近寄る。
「はいこれ。お土産です」
アリスが手渡したのは4つの平原兎の肉だった。
このアイテムが掲示板にあった事を覚えていたのだ。
そして端数はラドに渡す事を決めていた。
だから協会では全てを売らなかったのである。
「おお! ありがとう、アリス。えっと、確か4イェンだったよな」
お金を払おうとしたラドを手で制す。
そしてお金はいらないから受け取って欲しいと告げる。
売ると僅かな量だが、協会から買おうとすれば12イェンはする。
良いサービスを受けているから、それに対するアリスなりの恩返しだった。
ラドは感動した様に目を潤ませた。
「それよりラドさん。ご飯をください。お腹がペコペコなんです」
「おう。任せとけ。少し待ってろよ」
遅めの夕食は、かなり豪華だった。
ラドは気合を入れ過ぎたと照れた様に言っていた。
お土産がそんなに嬉しかったのかな。
アリスは不思議そう思いながらも、手を休める事なくご飯を食べ続けた。
昼食を抜かしてしまったから、飢え死にしそうだったのだ。
今度からはきちんと準備して出かけようと心に決める。
満足いくまでたらふく食べてから、アリスは酒場を出た。
そして風呂に入り、部屋に戻った時には、既に日を跨いでしまっていた。
(しまったな。今度パジャマ探さないと)
昨日と同じ様に、下着姿になってベッドに入る。
寝巻はどこで買えるだろうか。
所持金が増えたら探してみよう。
今は金欠気味だから駄目だ。
明日は平原兎よりも強い奴に挑もう。
そうすれば金の貯まりも早くなる。
アリスはそれだけ決めて瞼を閉じた。
とても疲れていたのだろう。
眠りはすぐに訪れた。




