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(そっか。威力不足だったか)


 これで倒せると思っていたアリスには予想外の事だったが、考えて見れば至極当然の結果だったかもしれない。

 攻撃を当てようとした意識が向いていて、目的を見失っていた。

 現状で何よりも重要なのは平原兎を倒す事だ。

 その為には逃がさないのが前提条件で、逃げる暇が無いようにアリスは一撃必殺を狙ったのだ。

 決して石を当てたかった訳ではない。

 当たれば致命的なダメージを期待出来る大きめな石なら兎も角、片手で沢山持てる程度の小石では、当てた所で意味をなさない。

 何という失態だろう。

 アリスは自分の行動が恥ずかしくなり、僅かに顔を赤らめる。

 羞恥心を誤魔化す為か、手を払い付着していた土汚れを落とした。

 次の作戦を考えなければならない。

 無理矢理に思考を戻す。

 とても情けない失敗で終わってしまったが、さっきの作戦は必ずしも間違ってはいなかったと思う。

 だって初めて攻撃が当たったのだから。

 今までは軽く避けられていたのに、あの時はちゃんと命中していた。

 なら後は威力を上げれば、平原兎の討伐は成功する。

 それが難しいのだというのは、重々承知している。

 だけどアリスには、それを解決する方法が思い浮かんでいた。

 今度は片手ではなく両手で、手の中一杯の石ころを投げつける方法である。

 両方の石ころが1つずつでも当たれば、単純に考えて威力は2倍。

 小石ではあるけど、流石に平原兎では2発も耐えるのは厳しいはず。

 しかしこの作戦には欠点があった。


(ううむ。石の確保が大変そうね)


 さっきは小石を片手分集めるだけでも苦労した。

 生い茂る雑草の中で石の礫を発見するのは予想以上に大変なのだ。

 常に中腰で移動し、目を凝らしながら下ばかり見て歩く。

 準備だけでも5分は掛かった。

 あれを両手分用意するなら、労力も2倍になってしまう。

 それは嫌だ。やりたくない。

 この平原で最弱の平原兎を相手に、そんな前準備が絶対に必要だとはどうしたって思えない。

 そもそも1度の戦闘でそんなに時間を掛けるのは問題外だ。

 だって飽きてしまう。

 平坦な反復行動は割りかし好きな方だが、黙々と小石を集めて平原兎に投げつけるだけの狩りに、一体どんな楽しみを見出せるというのか。

 我が儘を言えば、もっとスピーディにやりたいのだ。

 アリスには平原兎の討伐を1体で終わらせる気なんてないんだから。

 やはりこの方法は無しだ。

 自分の決定に強い自信がある様で、何度も大きく頷いた。

 しかしそうなると、また新たな方法を考えなくてはならない。

 はて。アリスは首を傾げる。


(何か良い方法があるかな)


 所持しているアイテムを確認する。

 全くもって良い物はなさそうだが、何も無いよりはマシなはず。

 まずゴブリンのドロップアイテム。

 短刀に腰巻、それに牙。

 実に役に立たなそうな物ばかりだ。

 しいて言うなら短刀と牙を投げて刺す事が出来れば、小石よりも痛いだろうと思ったくらい。

 短刀はボロボロだし、牙は短いしで、実際に使う事は無いだろう。


(ここら辺は売っても大したお金にならないし、どうしようか。牙は魔法薬に使えるって話だけど、スキル持ってないんだよね)


 次に肉体回復の魔法薬。

 これの即効性には目を見張る物がある。

 説明を読むと、どんな肉体的状態異常も癒せる特別な魔法薬と書かれていた。

 もっと早く読むべきだったと反省する。

 ゴブリンの森で1度お世話になった為、後2本しかない。

 手に入るなら、どこかで手に入れたい。

 そうしたら安心して戦闘に集中出来る。

 格闘を主体とするアリスにとって怪我は天敵だからだ。

 それを瞬時に回復させられる魔法薬は喉から手が出るくらい欲しい。

 そう易々と入手出来ないだろうとは、勿論分かっているけれど。

 この薬の使用は控えておこう。

 なるべく早く別の回復手段を用意しなくては。


(魔法薬はもう1種類あったはず)


 そのもう1種類とは精神回復の魔法薬である。

 こちらはどんな精神的状態異常も癒せる特別な魔法薬である。

 因みに状態異常は大きく分けると肉体的な物と精神的な物の2種類しかない。

 肉体的な状態異常は麻痺、毒、石化などがある。

 精神的な状態異常は混乱、魅了、発狂などだ。

 どちらが危険かなんて比べる事は出来ないが、どちらも非常に厄介であるのは確実だと断言していい。

 これの確保も急ぐべきだ。

 片方が満足に揃っていても、もう片方が不足していれば、その時点で詰みになりかねないから。


(うん。今回はこの2つに出番はないか)


 敵を回復しても意味ないもの。

 アリスはポツリと呟いた。


(後は、これを使うのも面白そうね)


 所持金を眺める。

 初期から1000イェン近く減っているが、まだ4000イェンもある。

 この硬貨は不思議な物質で作られている。

 女神様が作ったと言われている事からもそれが知れる。

 例えば、金貨も銀貨も銅貨も、全て同じ大きさなのに同じ重さがある。

 どんな衝撃を加えようと壊れる事がないのも不可解だ。

 他にも硬貨を偽造しようとした者が強力な呪いを受けて醜悪な魔物になったという話まである。

 確かにこれでは神が造ったと考えられても不思議じゃない。

 アリスが考えたのは、この硬貨を投げつける方法だった。

 壊れないし、持ちやすい。それにある程度の重さもある。

 投擲道具としては正直良い線行ってる。

 まあ実行しようとは思っていない。

 もし自分も呪われたらと考えると、リスクが大き過ぎた。


(なら、これかな?)


 最後に見たのは、ロイから貰った剣である。

 上質な獣殺しの、兵士の直剣。

 持ち易く扱い易い、優れた武器だ。

 幸いにも獣殺しはこの状況にあっている。

 対応するスキルがなくても称号の力で平原兎に大きなダメージが期待出来る。

 上質によって性能が引き上げられているはずだし、当てる事さえ出来たなら間違いなく1発で倒せるだろう。

 問題は、アリスの実力では平原兎がこの剣のリーチに入る前に逃げられる事である。

 しかし他に使えるアイテムがないのも事実。

 一先ずこの剣を使ってみるとしよう。

 もし駄目だったらまた別の手を考えるだけだし。


(倒せると良いな)


 アリスは手持ち無沙汰に剣を振った。

 その顔には隠し切れない緊張が浮かんでいる。

 狙いは既に定まっていた。

 時折耳を動かせながら、後ろを向いている平原兎。

 隙だらけだ。

 しかしそれは余裕の表れ。

 何も考えずに突っ込めば逃げられる落ちが待っている。

 剣をしっかりと握り締める。

 やるべき事は単純だ。

 剣か拳か蹴りを平原兎に当てる。ただそれだけだ。

 後はアリスがイメージ通りに動けるのか。

 全てはそこにかかっている。


「……よし。やろう」


 アリスは決意に満ちた声で言った。

 そして走り出す。

 今出せる全力で平原兎との距離を詰めていく。

 必ず成功させると自信を持って。

 髪は靡き、巻き起こる風に草花は揺れる。


(今っ!)


 平原兎の感知範囲に入る寸前、アリスは跳んだ。

 今までの失敗による経験が見切ったタイミングは完璧だった。

 獣人の優れた身体能力で行われた跳躍。

 それはまるで鍛え抜かれたアスリートの様な滞空時間に繋がった。

 アリスの目には世界の全てが止まって見えた。


「てやあっ!」


 掛け声と共に逃走を邪魔する様に、持っていた剣を投擲する。

 唐突に目の前の地面に突き刺さった白刃。

 それによって生じたのは驚愕による一瞬の硬直。

 アリスはそれを見逃さない。

 平原兎が敵襲だと気が付いた時、アリスは綺麗な着地を決めた。

 この時には、距離は殆どなくなっていた。

 平原兎がどこに逃げるか悩んだ時、アリスは走り出していた。

 凶悪な笑みを浮かべていた。

 平原兎が逃げ道を決めた時、アリスは獲物が攻撃範囲に入った事を悟る。

 無駄が省かれた流れる様な動きで攻撃の体勢を整える。

 平原兎が逃げようとした時、アリス渾身の蹴りが獲物の体を粉砕する。

 重く鈍い音と共に、平原兎は宙を舞った。

 そのまま平原兎は消失し、光の粒が弾けて消えた。

 後には白い球体が残される。

 静寂が落ちる。


「やったー!」


 アリスは諸手を挙げて喜んだ。

 幾度となく逃げられた平原兎を倒せたのはとても嬉しい事だった。

 満面の笑みでアイテムを拾う。

 ドロップしたのは平原兎の毛皮だった。

 売値は1イェンだったはずだ。

 しかし喜びは消えなかった。

 却ってやる気が湧いてきた。

 この調子で狩りを続けよう。


(後99体倒せば100イェン。よし。頑張ろう!)


 その後、空が赤くなって、アリスは狩りを終えた。

 この日の平原兎の討伐数は54である。

 剣の投擲を仕損じなければもっと倒せたと、アリスは少し悔しそうに言う。

 しかし見事な結果である。

 最初の苦戦っぷりが嘘の様な健闘だ。

 お陰でレベルも上がって2になっていた。

 失った経験値は取り戻せたはずだ。


(明日は何を狩ろうかな)


 アリスは満足そうに帰路についた。

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