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ビースト平原で最弱の魔物は何かと聞かれれば、誰もが平原兎を思い浮かべる事だろう。
そしてそれは間違いなく正解だ。
平原兎はほとんど攻撃手段を持たない上に、その体は小さくて脆弱だ。
そもそも攻撃自体を追い詰めなければしてこない。
どこを取っても戦うに適さない存在であるのは、覆しようのない事実である。
そんな平原兎の倒し方は、誰もが認める平原最弱の称号に違わず、とても簡単で単純である。
胴体をしっかりと掴んで勢い良く首を捻ってしまえば、それだけでドロップアイテムのみを残して、光の粒子に姿を変えてしまう。
最弱と言われる訳だ。
ここまでひ弱な魔物は他にビースト平原には存在しない。
しかし平原兎の狩りが効率的なのかと言えば、それは否だ。
まずこの魔物が弱い事から推測出来る通り、残すアイテムは悉く安価だ。
何らかの目的もなく、健常な頭と精神をした者ならメインの獲物にするのを躊躇われる、二束三文の安さである。
10体分のアイテムを売れば軽い食事を1食分浮かせる事が出来るだろうが、それならそのアイテムを自分で使った方が遥かに得だ。
或いは、最初から他の獲物を狙った方が手間が掛からないかもしれない。
それにこの魔物はとても臆病だ。
害意を感じた時点ですぐに逃げ出す。
そして極めて厄介な事に、非常に俊敏だ。
逃げに徹した小さくて敏捷な平原兎はそれだけで攻撃を当てる事が難しく、捕まえる事に至っては不可能に近い。
だから平原兎を狩るには、達人級の優れた腕前を持って遠距離から弓矢などで狙撃するか、餌場や逃走経路に狡猾に罠を仕掛けるのが一般的だ。
他にも魔法が使えるなら広範囲に効果を及ぼせる魔法を使うだけで済むし、超人的な足の速さを持つなら追い付ける事もあるだろう。
だがしかし、アリスにはそんな方法を取れるだけの技術も道具も知識もない。
獣人であるし、他の人よりかは身体能力が優れるだろうが、それで平原兎に追い付けるはずもない。
使えるのはロイから貰ったアイテムの剣が1振り。
後は格闘に特化した自分の身体だけだ。
もう1つ、平原兎の狩りをする上で気を付けなければならない事がある。
それは追い詰めた際の反撃だ。
逃げ道が全て封じられ尚且つ自分の脅威が目の前にいる時、平原兎は敵に対して牙を剥く。
その俊敏さを持って、人の急所である首に鋭い前歯で咬み付いて来るのだ。
捨て身の覚悟で放たれるその特攻で、命を落とす者も少なくないと言う。
犠牲者の多くが平原兎を格下と侮る輩だ。
愚かしい話だ。
平原最弱と言われていようと、平原兎は魔物である。
危険でないはずがないのだ。
(さて。作戦を立てよう)
南門前の端っこで、アリスは佇んでいた。
作戦とは勿論、平原兎を狩猟する為の作戦である。
流石のアリスも、今回は無闇に突っ込んでいては逃げられるだけだと正しく認識していた。
平原兎の狩猟難度は決して高くはない。
と言うか低い。
街で売られている食べ物に平原兎の肉が多い事からも分かる。
しかしそれは必要な物が揃っていればの話。
道具を持ってないアリスの場合は、その評価を当てに出来る訳もない。
テレリやロイは当然として、例え宿屋の主人のラドでさえ、アドバイスを求めれば他の魔物を狙えと言ってくるだろう。
今回の相手とは、それだけ相性が悪い。
アリスは向かって来る者への対処は上手い。
でも追跡能力に長ける訳でも、平原兎が気付かないだけの隠密能力がある訳でもないのだから。
そんな事は自明の理である。
(やっぱり、逃げ足だけが壁だ)
だけど、例え間違った方針だとしても、アリスは平原兎の狩りを諦める気はさらさら無かった。
諦めが悪いのは理由の1つだ。
種族は違えど同じ兎に負ける気がないのも、理由の1つだ。
それ以上にゴブリンに敗れてしまった事が大きい。
力試しは不甲斐ない結果に終わった。
それが原因でアリスはこのままじゃ駄目だと思ったのである。
だから1から始める事にした。
自分の他ゲームでの経験がこの世界でも通用する様に、適応していこうと考えているのだ。
その手始めに、最初のエリアであるビースト平原で最弱の魔物と言われる平原兎を狙うのは、アリスにとっては自然な流れだった。
(逃げ足が脅威なら、逃げられる前に倒せばいいのか?)
やる気に満ち溢れているアリスは、早速1つの作戦を思い付いた。
これが作戦と言えるのか実に微妙なラインだが、それは兎も角。
アリスは物は試しと挑戦を開始する。
因みに作戦はこうだ。
兎に全力で駆け寄り、逃げられる前に殴りか蹴りを入れる。
少なくとも、この作戦の成否を賭け事にするのは厳しそうだ。
(あっ。兎みっけ)
草原を見渡したアリスはすぐに獲物を見つけた。
それと同時に走り出す。
平原兎は横を向いていたが、アリスの存在にすぐに気が付き、一目散に逃げ出してしまった。
追い掛けようにも小さい体はすぐに草に隠れてしまい、見失ってしまう。
やはり失敗した様だ。
(むぅ。もう1回だ!)
次の平原兎を視認すると、アリスはそっと後ろに回り込む。
真横から近寄るよりが可能性は高そうだ。
再び走り出すと、今度はさっきより気付かれるのは遅かった。
でも平原兎は自分に危険が迫っているのを確信したのか、背後を振り返る事もせずに逃げ出す。
今回も失敗だ。
(なら次は……)
アリスは真正面から平原兎に向かって行く。
体が向いている方から迫る事で、逃げる時の振り向きによるロスタイムの発生を狙ったのである。
逆転の発想だとアリスは考えるが、そんなに甘い訳がない。
確かにロスタイムは生じた。
秒に満たない短い時間だったが、ロスしたのは事実である。
しかし正面から行った所為で発見も早まり、最初よりも距離を詰める事を出来ずに逃げられた。
結果的に見ればマイナスだ。
(走るから悪いのかな?)
それなら忍び足で近付く事にしよう。
3回中最も結果が良かった背後からだ。
背を屈め、足音を出さない様に細心の注意を払う。
すると、どうだろう。
今までよりもずっと近付く事が出来た。
このままなら倒せるぞ。
アリスはその嬉しさを堪え、寧ろ気を引き締める。
少しずつ無音で距離を詰めた。
なのに何が悪かったのか。
平原兎はサッと振り向いてアリスの姿を視認して、即座に走り去る。
唖然とした様子のアリスだけが残された。
(うん。作戦を変えよう)
逃げる前に近寄るのは、現在の実力では無理らしい。
スキルが整っていたり、特殊な装備をしていれば結果は変わるだろうが、そのどちらも今はない。
だから次の作戦は、自分は近づく事なく獲物が逃げる前に倒すだ。
どうするのかは既に決まっている。
アリスは落ちていた手頃な石を拾った。
これを使おう。
少し離れた位置にいる兎に、アリスは石を投げた。
投擲に関するスキルは無くても、獣人の身体能力から放たれる石は充分な威力を持つ。
アリスの投石は真っ直ぐと飛び、そして外した。
石に驚いた兎は慌てて逃げ出した。
(よし。次を探そう)
アリスはめげない。
それから何度も投げては外しを繰り返した。
そして投擲回数が2桁に届こうとしていた時、投げた石が平原兎の元に飛んでいく。
そのまま行けば絶対に当たる軌道だ。
だがゴブリンの森で矢の音を聞き逃さず回避してみせたアリスの様に、平原兎も石を軽く避けて見せた。
またしても失敗だった。
(石1つでは避けられる)
なら話は簡単だ。
アリスは手の中一杯に石を持つ。
沢山投げれば1つくらいは当たるだろう。
そう確信して、平原兎に無数の石を投げつけた。
石はばら撒かれて広がる。
広い範囲に不規則に投げられた石を回避するのは、いかに平原兎と言えど難しかったらしい。
アリスの思った通りだった。
石は平原兎の胴体に命中したのだ。
ただ誤算があったのも忘れてはいけない。
複数の石を同時に投げた事により1つ1つの威力が弱まった投石。
平原兎が脆いと言っても、そんな物が1発当たって倒れるほど柔ではない。
慌てて逃げる様をアリスは只々見送った。




