表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/66

 少女は女神像の前に立っていた。

 周りを見渡すと、ここが街の広場である事はすぐに分かった。

 一瞬で切り替わった光景に少しだけ戸惑いながらも何が起きたのかは理解して、あまりにも優れた光景に感嘆する。

 それから、少女は思い出した様に頭に生えた耳に触る。

 意外にも滑らかな手触りだ。

 もっとフワフワとした物を想像していたのだが、良い意味で裏切られた気持ちである。

 こっちも中々に乙な触り心地だ。

 少しの間その極楽を堪能した少女は、いい加減に自分の兎耳を撫でるのを止め、システムパネルを出現させた。

 飛び出す様に現れた青く薄い板に、自分で開いておきながら目を丸くして驚く少女。

 周りの中世ヨーロッパ的な景観とは裏腹に未来的なデザインに、少しだけおかしく思った。


 システムパネルとは、このゲームのメニュー画面の名称である。

 これが実に便利な物で、ステータス画面やアイテムインベントリ、プレイヤー専用掲示板など様々な機能が搭載されている。

 世界観に合わないと言う意見もあるが、使うも使わないもプレイヤーの自由だし、便利な事には変わらないので、とても好評な要素だ。

 因みに、緊急のログアウトもここから行える。

 調べた限りだと正式なログアウト方法は宿屋などの安全地帯で寝る事らしいから、普段からこっちでログアウトするのはあまり推奨はされていない様だが。

 それを知った時、折角の便利機能なのに勿体無いなと少女は思った。


 システムパネルを開いたら、少女はまず自分のステータスを確認する。

 色々とランダムで決めたから、それを把握する必要があったのだ。


「名前は、アリス。何だか可愛い名前ね。少し恥ずかしいかも」


 そう言うアリスの顔は曇っていた。

 変な名前にならなかったのは喜ばしい事だったが、だからこそ複雑な気分になっていた。


「アリスで兎と来たら、白兎よね」


 しかし、自分は正反対の黒色だ。

 設定が面倒で現実そのままの髪色になっているから、頭に生えているのは真っ黒な兎耳だった。

 白色に変えておけば良かったと若干の後悔を滲ませる。

 だがその気持ちをすぐに切り替え、引き続きステータスの確認に戻る。

 どうせ変えないのだから、悩むだけ無駄だと思ったからだ。


「スキルは<格闘術>か。種族的には当たりかな」


 アリスの種族である獣人は、魔力量が少ないけど身体能力は高い。

 故に近接戦闘ではそれなりの強さを持っているのだ。

 それにアリスは武器の使い方を知らないし、自分に使いこなせるとも思っていない。

 その点ではより身近な戦闘スキルが手に入ったのは僥倖だった。

 事前に調べた情報だと無手格闘の評価は悪かったが、それはアリスにとって重要な事ではない。

 敵が倒せるなら、何だって問題ないのだから。


「さて。ステータスは分かったから、次は冒険者協会に向かうか」


 小さく口に出して、これからの行動を決定する。

 このゲームでは冒険者協会に登録して冒険者にならないと、依頼を受けるのが難しいと言われている。

 正式サービスが開始されたのは最近だからその情報が正しいとは限らないが、アリスには便利な物を使わない理由はない。

 取り敢えず冒険者として登録だけでもしておく。

 だからアリスは冒険者協会がある南門方面に向かった。


 剣を持つ女神が描かれた看板。

 これは冒険者協会のシンボルである事をアリスは知っていた。

 大きく開け放たれた扉から酒の匂いが漂う建物に、アリスは億する事なく入る。


 入り口を入ってすぐ横に、美人な女性が受付をするカウンターがある。

 その奥には壁一面に掲示板が設置されていて、そこには依頼書が貼り付けられている。

 反対側は酒場になっていた。

 厳つい男性や逞しい女性などが酒を片手に騒いでいる。

 端的に言って喧しい。

 アリスはそっちへの興味を失い、受付嬢の前まで行く。


「こんにちは、獣人のお嬢さん。何か依頼かしら?」

「あ、いえ。違います」


 どうやら、依頼人だと勘違いされたらしい。

 確かに今の自分の格好は街中で見かけた街人と格好が似ていたから、その誤解も不思議ではない。


「実は冒険者になろうと思いまして、登録に来たんです」

「あら、そうだったの。じゃあ、ちょっと待ってね」


 そう言って受付嬢はカウンターの引き出しから幾つかの物を取り出す。

 白い羽根ペン、黒インク、白紙のカード、掌サイズの金属板、鋭い針、辞典の様に分厚い本。

 前3つは何となく予想は付く。

 しかし後ろの3つは何なのか。

 細かい事は調べていないアリスにはさっぱり分からなかった。


「まずはこの紙に貴女の名前を書いて頂戴。最も馴染み深い文字で良いわよ」

「分かりました」


 アリスは言われるままに現実の文字を使って名前を書く。

 羽根ペンは意外にも書きやすく、満足出来る綺麗な文字が書けた。

 それを眺めていた受付嬢は呟きを漏らした。


「知らない文字だわ……。最近は多いのよね。確かカタカナって言うんだっけ?」

「はい。母国で使われる文字の1つです」

「ふぅん。言語には自信があったんだけど、まだまだ勉強不足だったのね。世界は広いわ」


 受付嬢の言葉に、アリスは少しだけ首を傾げた。

 そもそもこの世界と現実では言語体系は全く違うと言う設定である。

 カタカナが存在しないとは言えないけど、存在するとも思えない。

 気になる話だ。

 ゲームを進めて行けば、見つかったりするのだろうか。


「さて、アリスさん。次は自分の血で紙に拇印を押して欲しいの」

「はい。……あれ?」

「どうかした?」


 針の意図を理解して、早速実行に移そうとした時、アリスは違和感に気が付いた。

 この受付嬢は自分の書いた文字、つまりカタカナを読めないはずだ。

 なのに名前を正しく呼べる。

 それは奇妙な事だった。


「あの、何で私の名前を知っているんですか?」

「ああ、なるほどね」


 受付嬢は納得した風に頷く。


「私は<解読>のスキルを持っているのよ。だから見た事ない文字でも読めるの」

「へえー! 便利なスキルですね」

「そうなのよ。私が受付嬢に選ばれた要因の1つでもあるし」


 そんなスキルがあれば外国語の勉強も捗るだろうと、アリスはとても下らない事を考える。

 例えそんな便利能力があっても、真面目に勉強しないのだから宝の持ち腐れだと、冷静な部分が告げて来るのを無視して。


「血を出すのには、この針を使って良いですか」

「勿論。未使用の新品だから安心して使って」


 頷いて応え、アリスは針を左手に持った。

 少しの恐怖心を抑えて、右手の親指を軽く刺す。

 不思議な事に、思った程の痛みは無かった。

 赤い血が浮かぶのを確認して、それを自分の名前が書かれた紙に押し付ける。


「よし。じゃあそのまま冒険者カード……。金属板にも拇印を押して」

「はい」


 手早く金属板にも同じようにしてから、アリスは受付嬢を見た。

 受付嬢は拇印を押した紙を、分厚い本に挟む所だった。

 何をしているのか疑問である。

 単純に保存だろうか。

 それにしては雑過ぎる気がした。


「うん。正常に作用しているみたいね。これで冒険者登録は終わり。お疲れ様でした」

「そうなんですか。ありがとうございました」


 軽くお辞儀をして、感謝を言う。

 アリスが顔を上げると、受付嬢は金属板を差し出して来た。


「それは冒険者カード。冒険者協会での身分証よ」

「身分証?」


 受け取った金属板を改めて見れば、さっきまで無かった筈の文字が刻まれていた。

 見た事もない文字だ。

 この周辺で使われている言語だろうと予想は付いたが。


「重要な物だから失くさない様に気を付けてね。再発行は出来るけど、結構なお金がかかるから」

「充分に気を付ける事にします」

「あはは。意外とお金好きな兎さんなのね」


 指摘されて、アリスは恥ずかしそうに顔を背けた。

 いつもの悪い癖が出てしまった。

 一応の訂正をするなら、アリスが好きなのはお金ではなくキラキラした物や珍しい物である。

 そう言うのを買うのにお金が必要なだけなのだ。

 決して金の亡者な訳ではない。


「さて。冒険者登録した事だし、早速依頼を受ける?」


 受付嬢の質問に一瞬だけ悩んで、すぐに否を返した。


「自分の実力を知らないから、力試しの後にします」

「ふーん、そう。気を付けてね。この辺には強い魔物は出ないけど、油断したら死んじゃうわ」

「はい。負けません」


 気合を入れて、宣言する。

 今までにやって来たゲームのジャンル的に、殴り合いなら何とか出来ると言う自信があった。


「では、また来ます」

「うん。魔物の素材買取なんかもやってるから、是非とも利用してね」

「そうなんですか。よく覚えておきます」


 それではと前置きしてからお礼を言い、アリスは出入り口に向かう。

 そのまま協会の建物を出た所で、ある事実に思い至る。

 受付嬢の名前を聞いていない事に。

 だが戻りはしない。

 またここに来るのは確定しているのだから、次に会った時に聞けば良いのだ。


「よし。それじゃあ早速、肩慣らしに行こう」


 アリスはそう呟いて、すぐそこに見える南門を目指す。

 丁度良い事に、南門を抜けた先はゴブリンの森に続く平原である。

 ネットで調べた限りだと、個体の能力は高い物の厄介な性質を持つ魔物は存在せず、アリスにとっては実に良い狩場と言えた。


「ふふふ。私はどこまで通用するのか、楽しみだ」


 これから起きるであろう闘争の未来を想うと、口は自然と弧を描く。

 願わくば絶対不倒の強敵を。

 無理不可能であればあるほど、心は熱く燃え上がるのだから。

 アリスは意気揚々と歩き出した。

名前:アリス

種族:獣人/兎/女

レベル:1

<格闘術>

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ