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 リチャードは次の日の朝からリリーナを追いかけ始めた。勿論彼女は逃げるし、リチャードの居ない時間を狙って動いている。これでは息が詰まって、いずれ怒りとなり爆発するだろう。


「なぁリリーナ、もう逃げるのは止めないかい?

一度殿下と君の気持ちをじっくり話して、この先のことを決めるべきだ。でないとこのまま結婚することになる。

それは君にとって最悪のことだ」


「イルーゼ……まさか貴方まで私を裏切るの?」


「オレは君を裏切ったりしないよ。君を幸せにするためなら、どんな努力も惜しまない。それだけだよ」


「ならいいですけど……」


 納得のいかない顔をしているが、ちゃんと話さなくてはならないとは思っているようだ。良かったそこまで拗れてはいないようだ。リチャードに会わせようと思っていたら、先にオレ達を見つけたリチャードが近付いてくる。


「リリーナ、君と話がしたい」


「殿下がそう望むなら仕方ありませんわね」


 怒っているのか、リチャードの顔を見ずに言った彼女はツンとすましている。オレはそっと背を向けるとその場を後にする。きっと彼女のことだ上手くいく筈だ。拗れてしまった仲も解消される。仲睦まじくする二人を想像するだけで、受け入れられない自分がいる。けどそれが彼女の幸せならこの胸の痛さも我慢できる気がする。


 愛していた彼女のことを、誰よりも……


 いっそのこと二人の姿を目にしない場所に行けたら良かった。けどそれはできない。卒業するまでここを抜け出すことはできない。そしてその頃までにはオレも身をかためなくてはならない。家柄が釣り合っていて優しい女性。でも何故だろう、いくら考えてもそうして思い浮かぶ女性は、君しか居ないんだよ。リリーナ、君一人しか。


 それからのオレはまるで抜け殻のようだった。機械的に笑い、まるで仮面を着けているような思いがした。そしてそんなオレを素敵だと言う女性は沢山居た。けど誰もオレの本心に気付いてはくれなかった。リリーナとはあれから会ってはいない。彼女の行動パターンは嫌でも覚えている。だから彼女を避けて過ごすのは簡単だ。ランチを食べ始めた手が止まる。


「美味しくない……」


 君の居ない食事がこんなに不味いものだとは思わなかった。リリーナのことをぽつりぽつりと思い出す。生徒会の仕事が大変で、二人で頑張りやっと片付いたこととか、一緒にランチを共にしたり、図書室で勉強もした。彼女が嬉しそうに笑う姿を見たら、オレも自然と笑っていた。そうだオレはいつから心から笑わなくなったのだろう。フォークをぎゅっと握る。一目でいい彼女の姿を見たい。

 そう思ったらオレは走り出していた。

 今彼女がいる場所は多分生徒会室だ。また一人で活動しているのだと思えば、胸が痛かった。生徒会室近くで彼女の声が聞こえて、それが言い争っているような声で、オレは迷わず彼女の前に現れた。そこには彼女とリチャードとアイリスが居て、三人とも突然現れたオレに驚いていた。

 真っ先にオレに近寄ったのはアイリスだった。


「聞いてイルーゼ! リチャードが私に酷いことを言うの」


「酷いこと?」


「さっきまで私と一緒に居てくれたのに、リリーナが現れた途端、私を突き放して、君はオレの側室になる女だ。リリーナの前では近づかないでくれって言い出したの。こんな酷い話はないわ。私はこんなにもリチャードが好きなのに……」


 怒ってる半面冷静な自分が居て、リチャードとリリーナを見つめる。リリーナはこんなくだらないことはないと、言いたげにそっぽを向いてツンとすましている。リチャードはどこか慌てたような顔をしていて、それはリリーナが怒っているからだと気が付いた。

 リチャードのあまりにも不誠実な態度に、オレは怒りを通り越して呆れていた。


「リチャード、君がそういう態度をするならオレは彼女を渡さない。彼女を傷つけるならたとえ王太子であろうが許さない。行くよリリーナ」


 オレはリリーナの手を掴み生徒会室に入ると鍵をしめた。二人がドアを叩く音が聞こえたが、そんなことどうでも良かった。


「リリーナ、邪魔者はもう居ない。

君の本当の気持ちをオレに聞かせて欲しい」


「本当の気持ち?」


「そうリチャードのことを含めここ最近どう思っていたのか。聞かせて欲しいんだ。ダメかな?」


「ダメじゃない。私、ずっとイルーゼに支えられてたって気付いたの」


 そう言った彼女は泣きそうな顔をしていて、オレは彼女が一番支えて欲しい時に側に居なかった自分を悔いた。


「でも気付いた時にはもう貴方はどこにも居なかった。もしかしたら嫌われたのじゃないかと思ったわ」


「オレは君を嫌ったりはしないよ」


「分かってる。でもそれが一番怖かった。それから貴方が私にリチャードと向き合う時間をくれたことも分かってた。だから私は、リチャードのことから逃げるのを止めたの。貴方が用意してくれた時間を無駄にしないために、そうしたら貴方の浮わついた噂を耳にして、私は見放されたと思った」


「そんなこと思ってないよ。オレは君から逃げていたんだと思う」


「なんで?」


「リチャードと君がちゃんと話し合いをしたら、君達は結ばれると思ったからだよ。オレが会いたいと思ったら、何もかも壊れてしまいそうだから、オレは自分の気持ちを殺してでも君の幸せを願った。けどそれは間違っていたんだね」


 彼女の目から涙がポロリとこぼれ落ちて、オレは彼女の涙をハンカチでそっと拭った。すると彼女が抱き付いてきてそれを受け止める。


「リチャードにはちゃんと気持ちを伝えたわ。でも彼は変わらないどころか開き直って、彼女に心を残したまま私に近付いてきた。それが許せなくて辛かった。興味すらわかないくらい彼は最低だったわ」


 その言葉にふつふつと怒りがこみ上げてくる。リチャードが彼女の心を踏みにじったことは許せない。王太子でなかったら今頃殴っている。


「イルーゼ、私王妃様にこの事を打ち明けてみようと思うの」


 そうか、かのお方ならリチャードの不誠実さに怒るかもしれない。そうしたらリチャードに残された道は、アイリスかリリーナどちらかを選ぶしかない。だがそうなるとリチャードはきっとリリーナを選ぶ。王妃様からそう諭されるだろうから。けどそれでは彼女は幸せになれない。リチャードとの完全な決別が必要だ。震えるオレの手を彼女は優しく握る。


「大丈夫よイルーゼ、私上手くやってみせる」


 上手くやるってどうやってと思っていると、彼女は笑った。


「私を信じて」


 ここは彼女を信じるしかない。オレは不安を残しながらも頷いた。

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